2010年2月 5日 (金)

神や仏は各自の心にあり

ご主人が病気になり信心している方から多額の寄付をすれば病気が良くなると言われて田畑を売って寄付したがご主人は看病もむなしくお亡くなりになった。その後、子供たちから先祖伝来の田畑がなくなり相続するものがなくなったのはお母さんが寄付してしまったからだと親子関係までおかしくなったと嘆いている方がいた。

神や仏にすがる気持はよく分かるが、物事には限度と云うものがあり、その度を越してしまうのは自分の弱さだと思う。どの宗教にも良き教えがあるだろうが、その効能に寄付する金額が影響するなどという僧侶や信者がいれば、その人こそエセ信者だと思う。それぞれの宗教の目指すところは個人の心を鍛えることにある。

人の心を鍛えると云うことであれば、別に僧侶になって修行するまでもなく仕事でも勉強でもスポーツでも心を鍛えることはできる。むしろ、他人に奉仕している修行であれば僧侶よりも働く方が優れた修行と云えるだろう。神や仏と云うものは各自の心にあり、その心を鍛えて生きることが幸福への道である。

多額の寄付で喜ぶのは神や仏ではなく、その教えを利用して生活している人だろう。田畑を売られて子供たちが怒りだすのも自然なことだ。その信者でなければ成仏しない、幸福になれないという宗教家がいるが、世界中にはその言語すら理解できない人も多いのでその人は生涯成仏できないと言っているようなものだ。

2010 02 05 [心と体] | 固定リンク

2010年2月 1日 (月)

家族から見捨てられ死んでいく

2008年度無縁死した方は32000人で多くはご家族から引き取りを拒否されて無縁仏となって埋葬されたそうだ。僕の最初の妻も姉やご親族の方がいたが引き取りを拒否されたので僕が墓を立てた。町内にも多くのひとり暮らしのご老人がいて今日は幾人かとお会いしたが皆さんとっても喜んでくださった。

仕事を失い年金暮らしだが子供は都会に出て田舎には帰ってこず、年金暮らしの親にお金を無心してもくれないと分かると疎遠になってしまう。「お金の切れ目が縁の切れ目」とはよく言ったものだ。「遠くの親戚より近くの他人」で、僕のようなお人好しもいる。「何かあればいつでも相談してください」と言っているが遠慮がちなので積極的に会うようにしている。

彼らは仕事をしているときのことをとても懐かしんで話してくれる。定年退職すれば仕事がないと云うだけで「鬱」になる人もいる。自分はもう誰からも期待されていないと感じることほど辛いものはないだろう。家族の絆がほころびていれば益々孤独になる。ひとり暮らしで自炊しているご老人は寂しそうな表情をしている。

引きこもりがちになるので散歩やお買い物や掃除をさせる。特に掃除の威力は絶大でうす暗く積み上げられた荷物の山を整理して捨て去り綺麗になった部屋にするだけで気分が良くなる。ひとり暮らしの方とその地域で暮らす人々との人間的な繋がりはどの町でも昔はあっただけにもう一度復活させたいものだ。

2010 02 01 [心と体] | 固定リンク

2010年1月31日 (日)

企業は人材を求めている

厚生労働省は1月29日午前、2009年の平均の有効求人倍率が0・47倍で、統計を取り始めた1963年以降で過去最悪だったと発表した。企業業績は軒並み落ち込み和歌山県でも上場企業の製造業がリストラだけでなく余った人員を農業に進出して振り分けるなどいろいろな取り組みがなされている。中小零細企業はそうした資金もなく倒産している。

こうした中小零細企業に長年営業として務めてきた50代の方がいた。自社の倒産によってこの先どうなる事かと家族皆で心配していたが取引業者から内の企業に就職しないかと3社からお誘いを受けたそうだ。今度は1部上場企業に再就職できたと喜んだが、この人は真面目でコツコツ信頼を積み重ねてきた人だったからできたことだ。

他人はその人の働き方を見ているので、その会社での働き方に素晴らしいと思わせるものがなければ再就職の誘いはない。僕も職を失った時は再就職のお誘いを受けていた。企業はその人柄、働きぶりを必ず見ている。どんな会社であれ、コツコツ真面目に信頼を積み重ねていれば「まさか!」の時に救いの手を差し伸べてくれる。

その誘いの手は誘っている企業にとって戦力になると思うからで、雇ってみなければ分からない人とは違うという確信がなければ誘いはしない。僕の知っている企業経営者も優秀な人材が欲しくて人材募集で悩んでいる。どんなに有効求人倍率が低くても優秀な人材には誘いの手がいつもある。誘ってくれるか、紹介してくれるような働き方を普段から心がけることだ。

2010 01 31 [仕事] | 固定リンク

2010年1月30日 (土)

加工貿易立国でなくなれば減少経済になる

加工貿易立国とは資源を輸入して国内の工場で商品を生産して先進諸国にその商品を販売することで外貨を稼ぐ国のことだ。昭和20年、日本は敗戦しアメリカ進駐軍によって統治された。昭和25年には朝鮮戦争による特需によって日本はアメリカから生産管理や品質管理を学び、その後の加工貿易立国への足がかりをつける。

外貨が入ってくれば生産はどんどん増え外貨は国内に溜まっていく。従業員の給与はどんどん良くなり生活レベルはどんどん良くなっていく。外貨を獲得することで内需も喚起され人々は旺盛な消費行動に出て経済は好循環する。働けば儲かる時代になるが、海外の商品がどんどん入ってくるこれまでの生産国は製造拠点を失うことになる。

加工貿易立国は他国にマーケットを広げることで儲けるビジネスモデルだが、国民の識字率が高く人件費が他国よりも安く政権が安定しており治安が良くてインフラが整備されている国であればどこでもそのチャンスはある。日本は人件費が世界でも突出して高く、雇用に関する法律が厳しく、法人税も突出して高いので世界から敬遠されている。

こうした状況下では加工貿易立国のけん引役を担ってきた日本企業ですら海外に生産拠点を移しつつあり日本は益々さびれていく。17世紀は欧米が世界の富を集めて繁栄し、20世紀は日本やドイツが世界の生産拠点として世界の富を集めた。21世紀は日本を除くアジアが世界の資源供給や生産拠点として富を集めていく。


2010 01 30 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2010年1月28日 (木)

人は期待され貢献できる場所で幸せを感じる

定年退職した父をいたわり「これからは家でゆっくりしていてください」と言っても、3ヶ月もすれば家でのんびりしていることに飽きが来て何かしたくなる。大好きな釣りやパチンコにも飽きて父は保険の外交員として働くようになり若い保険会社の所長に「給料泥棒だよあんた!」と言われて退職するが、今度は新聞配達のアルバイトを始める。

悪天候でも早朝から出かける父にそこまでしなくてものんびりしていれば良いと云うと「俺は誰かの役に立っていると思わないと生きているという実感がわかない。ただ、家でのんびりしているのは俺には死んでいるのと同じことだ」と言った。年老いても誰かの役に立ちたいという思いはあり、誰かの役に立っているという実感こそ大切なのだと思った。

現役を引退した父は現場でバリバリ働いていた頃をいつも懐かしんでいた。昔の同僚や部下が訪ねてきてくれると喜んでいっしょに酒を酌み交わしていた。その後、町会議員となり町のためにいろいろな相談にのっていることが多くなったが「困った 困った」と言いながら嬉しそうに働いていた。生きるとは誰かのために奉仕していることで感じるものなのだ。

2010 01 28 [心と体] | 固定リンク

2010年1月27日 (水)

少子高齢化の日本はダウンサイジングしていく

昭和20年代の日本は爆発的な人口増加にあり市場は拡大する一方だった。敗戦で焦土と化した日本は進駐軍主導の復興がなされておりドルと円は1ドル=360円で固定されていた。昭和20年から昭和40年にかけて人々は暮らす家も欲しければ家財道具も着る物も食べ物も欲しい時代で店に商品があれば売れる時代だった。

人々は活気に満ち溢れ、収入は上昇し、モノの値段は上がる一方だった。日本の労働賃金は世界的に安く、安い人件費で生産された商品は世界中に安くて丈夫な商品として飛ぶように売れていった。日本は加工貿易立国として世界に冠たる経済大国へとのし上がっていく。固定相場制度も変動相場制をとるようになったが2009年まで日本は世界第2位の経済大国だった。

平成の時代になると日本の労働賃金は世界的に高いものとなり生産は労働賃金の安い中国へと移行していった。中国の通貨元はアメリカドルと固定されており、かつての日本のように加工貿易立国による経済大国へと変貌していく。膨大な人口を抱え貧しい暮らしから豊かな暮らしへと変貌するにつれ人々の消費意欲はかつての日本同様旺盛だ。

少子高齢化、人口減少の日本では市場は縮小傾向になり世界的に高い人件費は減収によって平均化されていく。こうした縮小傾向にある市場では工場や商店などあらゆるものが過剰となりダウンサイジングしていく。人口減少に合わせて生産数を減少させ、商店数を減らし、市場に合うようになっていく。2050年までこうした状態が続く。

2010 01 27 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2010年1月25日 (月)

敗北を知って成長する

僕は中学3年生の時、母親がどうしても東京の私立高校を受験してほしいというので父と3人で受験に行った。競争率がかなり高かったと記憶しているが下見に行った時、見るからに優等生らしき多くの受験生を見てこれは田舎者の僕には無理な世界だと思った。僕は中学3年生になってから勉強を始めた田舎中学の成り上がり者でしかなかった。

しかし、1次試験の筆記試験では合格し、高校から駅までの帰り道、多くの不合格の受験生をしり目に家族3人は喜びに満ち溢れていた。郷里の中学校では校長先生が初めて東京の私立高校に合格したと朝礼で自慢していた。2次試験の面接では落ちる人は少ないので早くも入寮に必要なモノを考えていた。

2次試験は父と二人で面接し、よく知っている音楽について聞かれたので難なく答えることができた。父親は学費のことを聞かれ家は貧しいので仕送りはできないと答えていた。合格発表の日、僕たちは自信満々で会場に行ったが不合格だった。ほとんどの受験生が合格で封筒を手にして駅まで歩いていたが僕は持っていなかった。

駅のプラットホームに立ち、悔しい思いと恥ずかしい思いで胸がいっぱいだったが、この気持ちは数日前に筆記試験で落ちた受験生が味わっていたものだった。そしてその時、僕は彼らを軽るんじるような態度や気持ちを持っていた。そんな優越感を持ったまま合格し人生を歩むのと、合格と不合格の両方の気持ちを知ってこの先、生きていくのは全然違うと思った。

東京の私立高校受験はとても大切な謙虚さを僕に教えてくれた。どうせ合格したところで仕送りができないのであれば田舎に戻るしかない。すっきりした気持ちで母親に「受験できてよかったよ、お母さんありがとう」と言った。このまま合格していたら僕は鼻もちならないほど傲慢で人をすぐに軽蔑するようなバカな男になっていただろう。

今年は僕の子供たちの受験で妻は子供たちの合格を願って落ち着かない。そんな妻に僕の体験談を話してあげた。子供たちが合格することは親としての願いだけど、合格したからよかった、不合格だからダメだったということはない。不合格がその後の人生でどれほど役に立つか分からないこともあると妻に教えてあげた。大切なことは合否に関係なく親は子供たちを愛するということだろう。

2010 01 25 [心と体] | 固定リンク

2010年1月23日 (土)

経営者は慢心と臆病を繰り返す

第二次世界大戦で日本軍はアメリカを攻撃し最初の半年間は絶好調で各地で勝利を収めた。勝因は世界最高の航空機部隊を擁していたからだが、日本軍は航空機部隊を補強せず戦艦を建造する。また、占領地の拡大により補給路が伸びていくが補給路に部隊を配置できないほど拡大してしまった。こうした軍上層部の判断ミスによりアメリカ軍の反転攻勢を受けることになる。

同じように企業経営者は業績好調のときは拡大路線を突っ走る。いくら借入金が増えても工場や店舗を拡大すれば儲かると信じ込んでいるので誰の忠告も耳に入らない。しかし、社会環境の激変や分析の甘さや判断ミスによって業績は急降下するものだ。このとき、企業経営者は初めて反省し敗北を覚悟する。倒産の恐怖は企業経営者を苦しめ眠れぬ夜を何日も過ごしていく。

絶望の淵にまで追い込まれて初めて人は謙虚になり逞しくなる。倒産の危機に直面して業績を回復させた企業経営者は慢心を恐れ、勝因を分析・検証することを忘れない。新規進出に関しては臆病になりなかなか腰を上げようとしない。僕もそうした経営者で、人材を雇用して徹底的に鍛え上げ、好業績を出していてもなかなか重い腰を上げようとしないし、情に流されないよう注意している。

2010 01 23 [経営] | 固定リンク

2010年1月22日 (金)

企業は成長しなければ年功序列も維持できない

勤続年数、年齢などに応じて役職や賃金を上昇させる人事制度・慣習のことを年功序列というが、この制度の前提条件は人件費の増加分以上に企業規模が年々大きくなり経常利益がでること、従業員数が年々増えることである。1990年までの日本ではその条件を満たしており企業組織は年々大きくなっていき利益は大きくなる一方だった。

5年で主任、10年で係長、15年で課長、20年で次長、25年で部長、30年で本部長か事業部長、35年で執行役員といった役職に付き定年退職するというのが戦後50年ほど続いた年功序列型のエリートコース。社長や会長のご子息と結婚していっきに出世するという離れ業もある。1990年以降企業業績は横ばいか低迷し経常利益は微々たるものになり年功序列を維持することができなくなる。

これ以降の日本企業は終身雇用、年功序列ができず、低賃金で働いてくれる若者の雇用もできない、部下がほとんどいない管理職が増えてくる会社組織となっていった。肥大化した組織には中間管理職がわんさかいて1990年以降はホワイトカラー層のリストラが進んでいった。部長などの管理職経験者が職を失って転職できずにいるニュースが流れていた。

雇用の問題を取り上げるときは企業業績と拡大をどのようにして確保するのかがもっとも大切な問題となる。儲からない企業に補助金を出すからと雇用をと迫っても企業は成長モデルを描けなければ採用には踏み切れない。海外に打って出るか、競争力のある技術や商品やサービスの開発をするか、営業力で他を圧倒するか、他と同じことをしていては儲からない市場になったことだけは確かである。

2010 01 22 [仕事] | 固定リンク

2010年1月21日 (木)

お金が欲しいのではなく仕事が欲しいのだ

日本を家庭に例えるとお父さんの収入(税収)は少ないので、妻や子供たちから借金(国債の発行)をして家計を賄っている状態である。妻や子どもたちの仕事が少なくなってきており、収入も減少気味である。お父さんの収入を増やす(増税)か妻や子供たちの仕事を増やさなければ家計は火の車になるという状態だ。

昭和30年代であれば国内で生産した商品を輸出することで外貨を稼ぎ収入を増やすことができたが、現在では生産そのものを国外で行うようになった。外貨を稼ぐよりも内需を喚起して国内で仕事を増やす必要がある。内需を喚起するには規制緩和、新産業の育成、民間への払い下げなどがある。

明治の頃も国営企業を創り、儲けが出るようになれば民間に払い下げて産業を育成していたが、現在では天下り先として払い下げをしなくなった。規制緩和は自由競争につながるが価格の低下や収入の減少によって規制に守られてきた既存企業が抵抗してうまくいかない。

新産業の育成では太陽光発電やクリーンエネルギーなどが注目されているが、海外で欲しいのはその技術とともに課金システムや配電、配送、配水システムなどトータルに管理運営することが求められている。日本では課金システムなどは行政が握っており民間企業はその技術のみで海外に提案する事態となっている。

国会の1日の運営費は約1億円、国会ではこうした議論を活発に行い民間企業を強くして雇用を増やすように予算配分や規制緩和や水道やゴミ処理事業などの民営化をしようという議論がなされるべきだ。しかし、数億円の出所を追求する場となっているが10日もこうした議論をすればその運営費ですでに追及している金額をオーバーしている。

2010 01 21 [仕事] | 固定リンク

2010年1月20日 (水)

企業寿命はどうして30年ほどなのか

多くの企業は30年ぐらいの寿命しかないと言われている。30年経てばどんな優良企業でも企業としては赤字経営に陥っているという。起業した頃は高収益企業だったのにどうして30年で赤字企業になってしまうのかを検証してみよう。

入社した従業員は毎年昇給されることを期待する。企業は定期昇給を果たすために懸命に努力する。起業した頃、従業員は誰もがそんなに高給取りではないので企業の経常利益率は高い。そこで経営者は思い切って昇給するようになる。ベンチャー企業の昇給が大きいのはこのためである。ベンチャー企業の経営者は労務や経理の知識はないので人情で経営し将来を見ていない。

年率3%の昇給を果たしていくなら25年で人件費は2倍に39年で3倍になる。5%の昇給なら16年目で2倍に24年で3倍になり30年で4倍になる。8%なら10年目に2倍となり16年目に3倍、19年目に4倍、22年目に5倍、25年目に6倍、27年で7倍、29年目には8倍になる。従業員が辞めなければこれだけ人件費は年々増大していく。赤字企業がリストラするのはこの人件費の増大についていけないからだ。

月収20万円の従業員が2年目に3%なら6000円アップ、5%なら10000円アップ、8%なら16000円アップすることになる。20世紀は5%定期昇給の企業が多かったので人件費は30年で4倍になっている。例えば年商10億円経常利益2億円企業の人件費が年間3億円として30年後人件費は12億円となっている。欧米では同じ仕事で同じ業績であれば昇給はなく成果給で評価している。

企業経営者はここに注目せず企業年金や定率昇給を保証して会社の利益以上に人件費の増大をする羽目になってしまう。定年退職まで働いてほしいと経営者は願い労働者も同じように願っている。しかし、企業収益には限界がありいつまでも昇給できると思って生活設計しても企業は昇給を確保できないのが現実だ。いつまでも従業員が働ける会社で業績が横ばいの時、企業は定期昇給できないのが現実である。

20世紀の日本企業の強みであった年功序列と定期定率昇給制度は企業規模が年々昇給以上に経常利益が拡大していくことを前提に構築されている。また、世界の標準年収と同じ程度まで日本で働く人の収入も減少していくと思われる。企業規模が大きくなれない時代に人件費のみが毎年増大して倒産するため日本の企業は平均寿命30年となる。

2010 01 20 [仕事] | 固定リンク

2010年1月19日 (火)

国会は権力闘争の場

民主党が政権与党になり自民党は野党になった。野党になればこれまで支持基盤となっていた団体からの寄付や陳情が減る。それはすなわち自民党の弱体化につながるので何としても民主党を追い落とす必要がある。大物政治家は誰もが何かしら叩けば埃の出る身なので少し調べれば怪しいことことなどわんさか出てくる。それを徹底的に追及することで政権交代につなげたいのが自民党の本音である。

国会審議の場では本来の審議がなされず、与党の大物政治家を追及する場となっている。それは国民のためではなく野党に落ちた自民党のためである。僕には単なる権力闘争の場としか映らない。そんなことは司法の仕事で国会の仕事ではないと思う。テレビや雑誌などがオモシロおかしく報道しているが政治家が国会で取る態度ではないと思う。

860兆円もの借金を抱えている日本の未来をもっと真剣に話し合っていただきたい。会社の経営者でもポケットマネーで従業員に飯をおごり結束力を高める。大物政治家であればポケットマネーで小物の政治家を接待し結束力を高めなければならずそれなりに物入りであろう。10億程度のお金などで騒ぐほどのことでもないと思う。社長の接待交際費がどうもおかしいと役員会でもめているが会社は赤字経営と多額の借入金で火の車なのだ。

社長を信頼していない役員は次の社長になるために役員会議を社長の不正接待交際費を追及する場にしているが、それは監査役の仕事で役員会の仕事ではない。役員会は会社の大きな方向性を議論する場で、その決定によって会社の未来は大きく変わる。社長が立派に会社を経営していれば多額の接待交際費を使おうが高級車に乗り高級クラブで綺麗な女性と豪遊しようが好業績に貢献していればかまわない。大物はそれぐらいの方が頼もしい。

2010 01 19 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2010年1月18日 (月)

相手の感情に振り回されて生きる

悲しい映画を見ると思わずこちらまで泣いてしまう。元気の出る歌を聴けば心が弾む。講演会で感動的な話を聞けば心が癒される。人は他人の出来事をまるで自分の出来事のように感じてしまう。これを感情移入といい、これを商売にしているのがエンターテインメントだということもできる。

嬉しいことがあったと聞けばこちらまで幸せな気分になり、悲しいことがあったと聞けばこちらまで沈痛な気分になる。人は他人と会ってその人の感情を自分の感情として知らず知らずに受け入れている。マイナスの感情移入された者同志はお互いにマイナスの感情を増幅させていく。

相手の感情に振り回される人は感情的な人であり、それを自分の感情だと思っているが、それは相手の感情を受け入れやすい人だということだ。むしろ、相手の感情に左右されない自分を確立できていない優柔不断な人だということもできる。自分の長所ばかりでなくこうした短所をよく知って克服しようとすべきだ。

失恋や愛する人の死など心を大きく傷つけられる出来事に会うと自分の感情を自分が受け入れて自己増幅するようになる。このとき人はさらに落ち込むような音楽や映画などを見て深い悲しみに沈むようになるが、これは一種の回復剤で気持の整理期間だと思えば良い。

2010 01 18 [心と体] | 固定リンク

2010年1月16日 (土)

予期せぬことや期待外れは新たな展開のチャンスである

受験生にとって受験は1年に1度のチャンスで誰もが受かりたいと思うが不合格になる人が必ずいるものだ。頑張ってやってきたのに不合格になることは非常に辛いことで僕も高校受験で経験があるが合否発表会場から駅のホームに立つまで神妙な気持ちになっていた。母親は駅のホームで電車に飛び込むのではないだろうかと心配していたそうだ。

不合格になった僕は周りの合格した受験生の喜びの声を聞きながら武蔵野の駅のホームに立ちサッパリした気分になった。いつの日にかまた東京に出てくることがあれば今度は合格した彼ら以上の男になってやると云う決意を秘めて僕は田舎に帰って行った。田舎しか知らない甘ちゃんの僕が必死になって生きている大都会の彼らの姿に触れ彼らを知ったことは大きな成長への糧となった。

社会人となりこうなってほしいという期待を大きく外れることや予期せぬ事態に直面することがあるが、狼狽せず冷静にチャンスとして捉えるのも高校受験で不合格になった経験からだと思う。多くの場合、予期せぬことや期待外れは新たな展開のチャンスであり、打開策を練ることで更に強固で素晴らしいアイデアに行きつく。落ち込むような出来事のほとんどはそうなってよかったという感謝に代わる。

2010 01 16 [心と体] | 固定リンク

2010年1月15日 (金)

世界は昇進なし昇給あり企業になる

日本企業はこの20年間製造部門は外注できるものは外注して組み立てだけ残し営業部門を強化して事務部門を縮小するダウンサイジングを行ってきた。会社組織も事業部制度から子会社化やフラット組織へと移行して昇進はなくなった。最近は子会社をM&Aで吸収合併している。

世界的な競争にさらされて世界の賃金格差があれば低賃金の国で生産するようになり昇給はない状態となり、この20年間減収になっている。年収300万円時代から年収200万円時代へと変わりつつあるのはインドや中国の中間層の年収と平均化されてきているからである。

これからの日本企業はこうした世界的に賃金が均衡化されている現状の中で昇進なき昇給を目指すようになっていく。IT化された組織では事業部の縦割りは弊害が目立ってしまいスピードが問われる時代には合わなくなっている。中間管理職をたくさん置く必要はデジタル化した21世紀になるとなくなっている。

事業部制にするとそれぞれのスタッフが事業部を超えて業務を遂行するときに上司にいちいち相談して決済を仰ぎ、上司から指示を受けた部下がきめられた時間だけいっしょに仕事ができるという面倒でバカなことが頻繁に起こっていた。稟議書や報告書を書いている間に儲け話は無くなってしまっていることもある。

国際的に活動している企業では、できる限り少数の管理職しか置かず、プロジェクトごとにリーダーを決めて業務を遂行し、プロジェクトが終了すれば役職もなくなるという形態を取り入れているので事業部やそれに伴う中間管理職はない。誰もが同じ会社で働く仲間であり、誰もがチャンスをもらえる組織である。

2010 01 15 [仕事] | 固定リンク

2010年1月14日 (木)

2010年は日本企業にはもっとも厳しい年になる

野村証券の新春懇親会に参加して多くの企業経営者の方とお話できたが、皆さん異口同音に「去年はまだ何とかやっていけたが今年はもう駄目だ」というご意見だった。2008年年末~2009年前半は派遣社員や契約社員の更新をしないことで赤字幅を少なくできた。

2009年~2010年初頭にかけては受注そのものがないという厳しい状況に突きつけられているという。大企業は生き残りをかけて外注先を選別しており経費削減に必死になっている。外注先は国際的で、仕入価格よりも安い販売価格を提示されるなど単価が折り合わないと嘆かれていた。

土木建築関連は春から公共工事がほとんどない状態になるので戦々恐々としており、下請け企業は受注がないので製造できないし、物販は安売り競争になって儲からない。2010年は倒産する企業がドッとでてくるという印象だった。先行き不安を隠せない経営者で暗い雰囲気の新春懇親会となった。

今後は昇給もなく退職金も企業年金も払えないと嘆かれている企業経営者が多かった。日本では終身雇用・年功序列は日本の企業を強くする基本的な方針だったが貫こうにも貫けないで苦しむ経営者にお会いして、日本は大きく変わっていく分岐点にあるのだなと感じた。

こうした状況で就職先や転職先を見つけること自体が難しいと思える。数年前にもこうした状況があり、このときは会社法が改正されて1円起業ブームが起こった。2010年もプチベンチャーが注目される年となりそうだ。大企業は工場移転を含めてアジアへの進出を加速させ日本は眼中にないので日本にとって厳しい年となりそうだ。

2010 01 14 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2010年1月13日 (水)

マーケティングとは「どうすればもっと売れるか?」を考え実行すること

京都の錦市場はたくさんの観光客で賑わっている有名な市場だが、儲かっているお店とそうでないお店がはっきりしている。儲かっているお店は観光客が一見(いちげん)さんで、通りすがりであり、たくさん荷物を持ち帰ることがないということを知っているので、そこで食べるぐらいか食べ歩きするぐらいに小分けして販売している。

儲かっていないお店は家で調理するならと持ち帰りを期待してたくさん盛りかごに入れて販売している。地元の人を対象にしていた頃の販売方法をいっこうに変えていない。すでに地元の方はほとんど錦市場ではなく近所のスーパーでお買い物をしている。観光で来たお客様は他にも行きたいので重い荷物を持ち歩かないので売れない。

産直市場も人気で僕の地元にも「どんどん広場」という人気の産直市場がある。野菜や果物は飛ぶように売れているが地元の魚はさっぱり売れない。陳列もイキが良いことをアピールするような手書きの木札ではなく、マジックで段ボールに書いただけの貧相な札なので新鮮さや安さがアピールできていない。掛け声もないのでお客様は魚売り場を素通りしている。

売れないお店の主人や店員は暇そうな顔をしてお客様を睨んでいるので余計に入り辛い。お店の陳列やポップを楽しいもの見たくなるものに変えて、笑顔でお声掛けをしたり、試食を勧めたりすれば全然売上は違ってくるだろうが気が付いていないかできないと諦めている。魚の行商をしていた僕にはとっても歯がゆいことで魚がかわいそうだ。

一等地にあっても商売が下手な人は儲からない。辺鄙(へんぴ)な立地であっても内外装を際立つようにして販促に力を入れて人気のお店にしている方もいる。そこに入りたいと思わせる技術や買いたいと思わせる技術こそがマーケティングであり、何かしらそうした書籍を買って読んだり、セミナーに出席したからと云って売り上げは良くなるわけではない。

2010 01 13 [仕事] | 固定リンク

2010年1月12日 (火)

人生の大半は苦しみ

子供の頃は、欲しい物が手に入らない、親が言うことを聞いてくれない、やってくれない、勉強しろと言われるなどといったことで苦しむ。大人になれば、片思いで苦しい、ダイエットできない、もっとカッコ良くなりたい、お金持ちになりたいのに貧乏だ、上司から嫌味を言われて仕事が面白くない、欲しい物が買えないといったことで苦しむ。

初老になれば孫が遊びに来てくれない、子供がいつまでもお金が欲しいと言ってくる、老後の年金が心配、身体が変調をきたしている、尿が漏れる、食欲がなく身体が重いといったことで苦しむ。人は幾つになってもこうした生老病死や日々の生活苦から逃れられることはない。苦しみこそいつまでも付き合わなければならないものだ。

ところが、誰でも苦しみのない生活を求めてどうにかならないかと金銭をはたいたり、哲学や宗教に救いを求めたり、密教的な修行に身を投じて苦しみから逃れようとする。そんなことをするよりもこうした苦しみは逃れられないものだし、こうした苦しみがあるからこそ人は成長していけるし、成長したことでより深い幸せを感じるのだと現実的に考えるべきだ。

苦しみを受け入れて苦しみを乗り越えようと考えて行動する過程こそが人生の醍醐味だろう。結果はどうあれ、真剣に悩んで解決策を見つけて実行する中で、人は鍛えられて風格が出てくる。苦しみがなければ悩むことがなくなり面白みのない人になってしまう。苦しみこそが生きていることへの証で、それを受け止めて真正面から取り組むから生きていることが楽しいのだろう。

2010 01 12 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 9日 (土)

自信をもった時がいちばん危ない

自信満々で話してくれる人に誰も注意やアドバイスをしようとは思わない。下手にそんなことをすれば反対におまえはどうなのだとお叱りを受けるか反感を買ってしまうと感じるからだ。そのため自信満々の人は誰からも忠告されなくなり持ち上げられるだけとなる。

周りの人があんたは偉いと言うようになれば、それは自分が偉そうにしているからだろうと反省してもっと謙虚にしようと努める時だ。誰からもおべんちゃらを言われるようになると自分は成功のノウハウを身につけているからだと思うようになる。

しかし、成功のノウハウは時々刻々変化する。今日の勝ちパターンは明日の負けパターンになる恐れもある。第2次世界大戦では日本帝国軍は真珠湾攻撃において航空部隊で大勝利を収めたにもかかわらず、巨艦主義を貫き航空部隊を強化した米兵に負けた。

祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声(こえ)
諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色
盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ  (平家物語)

祇園精舎の鐘の音には
永遠に続くものは何もないと言っているような響きがある
まんじゅしゃげの花の色は
栄えたものは必ず滅びるという法則を表している。
権力を持ったものも長くその権力を持ち続けることはできない。
それは春の夜の夢のようだ。
強い力を振るったものも結局は滅びる。
それは風の前にあるちりと同じである。

2010 01 09 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 8日 (金)

寿退社で不幸になる女性たち

女子社員が結婚を機に主婦業に専念するために退社することを「寿退社」と言い第二次終戦後の日本では広く一般的な慣習だった。昭和30年代からの高度成長期にはご主人の収入は10年で2倍になるという好景気だったし、一般家庭では3~4人のお子様を育てているのが普通だったので子育てに追われてとても働きに出るなどと考えられない時代だった。

平成になると10年たっても年収は上がらず結婚しても妻となる女性の収入をあてにしなければ生活できないほどになった。低収入の時代に寿退社という価値観だけは親御さんにはあり、寿退社した女性は夫婦生活を始めると同時に生活費に困窮するありさまとなる。困惑したご両親は子供夫婦に幾ばくかを支援する羽目となる。

欧米では寿退社などという考えそのものがない。結婚というプライベートなことと仕事というチームワークを必要とすることは別個に考えている。多くの女性は結婚しても仕事を辞めたりはしない。そのため女性は高収入を確保しており夫婦生活は安定して豊かであり続ける。女性といえども社会人となれば結婚しても独立した収入源を確保する。

日本はこうした流れに沿うような形で夫婦共働きが一般的になってきたが、女性が寿退社してパートに出て働くのが日本的な考え方となっている。ガッツリ働く女性ではなく、あくまでもご主人の補助としての収入減でしかない。そのため、収入は少なく生活は不安定で貧しい。女性は結婚すれば幸せになれるというのは幻想で、実際にはそのための原資を如何にして稼ぐかを考えねばならない。

旦那の稼ぎで生活できるという甘い考えは世界中でも通用しない。欧米では女性はしっかり自分で稼いでいつ離婚しても生活できる基盤を作っている。そのため、旦那に愛情を感じなくなればさっさと別れてしまう。腐れ縁でいつまでもくっついていると云う事がない。日本ではいまだに甘い考えで寿退社する女性が後を絶たない。

2010 01 08 | 固定リンク

2010年1月 7日 (木)

他人の不幸の上に自分の幸せは築けない

優れた人物は如何なる人からでも教えを請う謙虚な態度を持っているが、他人を憎んだりバカにしたりということはない。反対に人物ができていない人は自己主張が強くいつも誰かをバカにしてみたり苛められた過去を話すことで仲間との繋がりを保っている。人はゴシップネタには強烈な興味を引くが、他人をいくら憎んだり非難しても自己の成長はない。

憎しみやゴシップ話を人は何の証拠もなく信じやすい。なんてひどいことをする奴だと思うことで良い気分になりいっちょやってやろうという団結につながる。しかし、こうした繋がりは脆く儚いもので仲間内の誰かを憎んだり非難したりして崩壊していくケースが多い。人はマイナスの感情に支配されて良いことは何もないのにその感情にどっぷりと浸ることが大好きだ。

僕は誰かを非難中傷したり憎んだりゴシップ話をすることはしない。自分がそういうことをされてきたからで、そうしたことをされてきた自分が耐え抜き成長できたのに対して、非難してきた人が没落していくのを目の当たりにしてきたからに他ならない。他人の不幸の上に自分の幸せは築けない。

2010 01 07 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 6日 (水)

自分の評価は他人がするもので自分がするものではない

自分で自分を評価する癖のある人は自分を他人の評価以上に思う。他人の評価が低いと嘆いて愚痴っぽくなったり批判的になったり反抗的な人すらいる。それで何が変わるのか教えてもらいたいが本人はただ評価が気に入らないという。

企業では好業績を出すのがもっとも評価が高いので、低い評価だと思うならば好業績を出すように努力してはどうかと聞くが本人はいっこうにヤル気がない。ヤル気のある人は他人の評価を気にしないで仕事に励んでいる。

坂本龍馬の「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」という有名な言葉にもあるように才能ある人は他人の評価を気にしていない。仕事は自分で見つけて自分で研究して自分で磨いて実行するようになれば他人の評価を気にしなくなる。

他人の評価が気になるうちはまだまだ人物として小物だと云うことで、まだまだ成長の余地が大いになると思えば良い。むしろ、他人からあの野郎と大いに議論に上るようになれば他人が無視できないほどに成長している証だろうと喜ぶぐらいがちょうどいい。

2010 01 06 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 4日 (月)

感謝の心なくして成長なし

父が自分の子供だと思っていなかったので僕は毎日のように父から暴力を受けたし、大学に進学しても学費はくれなかった。そんな父でも31歳の時に僕は感謝と愛情あふれる手紙を父に書いた。最初の結婚は10カ月で世継ぎができたという理由で妻から離縁され、多額の借財を背負って20代の10年間返済で苦しんだが彼女が死んだ時、再婚した方も肉親も葬式すらしなかったので僕が葬式とお墓を作った。

僕はどんなに苛められようとも腐ることなく必死にもがいて生きてきた。そのたびに多くの人が支えてくださり成長できたが、そのきっかけを与えてくれたのは常識では憎んでも余りある人だった。こうした出会いがなければ僕は平凡に生き必死になって努力することはなかった。だからこそ、その人を憎むのではなく感謝し今の自分にできることをしている。

自分に最大のピンチを与えてくれた人にもそれなりの理由があり、お互いの理由を押し通せば衝突して憎しみだけが募る。どんなドン底に落とされても、そこから這い上がることで予想もしない大成長があるとこの年になって思える。如何なる人にも感謝してみずからの糧にできるようになれば、その人は本物だろうし憎しみから逃れられないのであればまだまだ鍛える余地が残っている。


2010 01 04 [心と体] | 固定リンク

正月は孤独な方を訪問する

正月、僕は地元の「紀州有田みかん」をナイロン袋に入れて年老いて一人暮らしの方を訪問してみかんを置いてきた。正月だというのに家に鍵をかけ、電燈も灯さず、ひとり小さな部屋でテレビを点けて静かに観ている方が多い。都会暮らしですでに50代~60代になるお子様たちは田舎に来ることも少ない。

戦争中を生きてこられた80代の方は食生活さえ気をつければ健康な方が多い。むしろ、食生活が良くなり肉食中心の40代から50代の方の方が不健康で病気がち、何かしら身体にメスを入れていることが多い。お子様を病気で亡くされ孤独なご老人もいて、寂しそうにひっそり暮らしている。

お若い頃は活発にお仕事をされ多くの方の尊敬を集め、家も賑やかだったことが偲ばれる。僕はそんな方に自分の半生を書くことをお勧めしている。誰が読まなくても僕が読みたいので書いてくださいとお願いしている。地方の無名の人々の何の変哲もない半生であっても、僕にはそれが素晴らしい半生だと思えるからだ。

できれば、パソコンを使ってご自分の半生を書いてほしいとお願いしている。パソコンはご老人の健康にはとても良い。指先の運動にもなり、テレビを観るよりも頭を使うし、生き生きとしていた自分を思い出すことで活力を取り戻すことができる。部屋の掃除もお買い物も楽しいことだと知っていただける。

2010 01 04 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 3日 (日)

37年ぶりの同窓会

僕が卒業した耐久高校は1852年(嘉永5年)に初代駅逓頭(かつての郵政大臣)であり「稲むらの火」の主人公として知られる濱口梧陵(ヤマサ醤油第7代浜口儀兵衛)により創設され創立150年を超える。TBS日曜劇場『JIN-仁-』でも緒方洪庵のスポンサーとして創立者は紹介されているが、実際は勝海舟のスポンサーである。

学区制度がしかれていた頃は有田地方では一番の進学校として有名で、この高校で3年間学級委員をさせていただきながら過ごせたことは非常に大きな成長の糧となった。特にB2といわれる国立理系の進学クラスでの2年間は才能豊かな学友たちとともに学び、遊び、キャンプをし、ギターを弾き、大いなる刺激を受けて過ごせたことは最高の喜びであった。

B2クラスで2年間、担任の先生には知的な考えや平常心を持ってことにあたる大切さを教えていただいた。個性豊かな先生たちと学友たちとの出会いがあればこその青春であり今の自分があるのだと感謝でいっぱいだった。ひとりひとりがとっても眩しかったあの頃に戻った気分で同窓会を過ごすことができた。今の自分があるのも素晴らしい青春時代を送らせていただいた彼らのおかげだと感謝せずにはいられない。

2010 01 03 [心と体] | 固定リンク

2010年1月 2日 (土)

世界経済は新興国に依存する

2010年はアメリカ、ヨーロッパ、日本と云った先進国の没落が顕著になり、中国、インド、ブラジル、ロシア、南アフリカといった途上国の内需依存によって世界経済が繁栄する構図になると予想される。これまでは、新興国による生産によって物が安くなり、余ったお金を株や不動産などの投資に回してその利益で高額商品を買っていたのが先進諸国だった。

物価が安くなったことや不動産バブルの崩壊で先進諸国の生産や労働力の賃金が下降し、新興国の賃金上昇が起こり内需が喚起されてきている。新興国ではインフレが起こっており賃金上昇によって消費意欲が高い。また、上昇志向も強く勤勉である。新興国の富裕層は浪費家であり、それによって消費がさらに喚起されている。技術力やブランド力を活かして先進諸国が生き残るマーケットがそこにある。

自由貿易の拡大によって世界的に賃金が平均化されていく、その仮定では通貨の統一が図られる。また、公害、薬害などを規制する世界的なルールが必要となる。国と云う概念は日本人が県をまたがるような感覚になっていくだろう。廃藩置県や藩札の廃止などを行い、諸藩が日本と云う国家に統一されたように諸国はひとつに統一されていく。

それまで先進諸国の賃金上昇は望めないので消費は落ち込んだままだろう。それによって財政赤字が膨らんでいく。貿易赤字の解消に先進諸国は新興国に対して貿易摩擦を避ける対策を求めるようになるが、それが紛争の原因となりかねない。アジアが存在感を増し、欧米諸国がこれをよく思わないで何とかしろと言ってくる。日本は金融投資によって利益を稼ぐ国となる。

2010 01 02 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2010年1月 1日 (金)

一日(いちじつ)の計は朝(あした)にあり、一年の計は元旦にあり

計画がなければ実行してもうまくいかない長続きしない。しっかりと計画を立てなければいけませんという諺です。その日1日が素晴らしい一日だったと思える日々を過ごすには朝が大切で、今日は何をすればいいのか、しっかりと計画を立てて実行することであり、今年は素晴らしい年だったと思うには同じように元旦に今年1年間の計画を立てて実行しなければならないという教えです。

ビジネスの世界にも計画→実行→検証→再実行というサイクルがとても大切だという教えがあります。12月の売り上げは「わかるとできる」全体で前年比114.8%になり、直営教室で114.3% 直営の1教室平均売上 約196万円となりました。12月はパソコン教室では売り上げの少ない月ですが、それでもこれだけの売り上げを確保しお客様から支持されていることに感謝いたします。

パソコン教育業界での教室数や業績は低下していますが、それはキチンと教えることなくただ安いだけの教室、入室しても生徒の質問を受け付けず放置している教室、テキストがカラーでなく見にくいのに改善しようとしない教室、先生の講義にワクワク感がない、安いという宣伝だけが横行して教育産業にあるまじき行為が横行しているからです。

2010 01 01 [心と体] | 固定リンク

2009年12月31日 (木)

ただ聞いてあげる優しさ

人はただ自分の悩みや愚痴を聞いてくれるだけでいいときがある。しかし、話す相手を間違えると相手は過敏に反応して具体的なアドバイスをしてみたり感情的に行動したり言葉を投げかけてしまう。たとえば、「もう死にたいわ」と話す若者は結構多いが本気でそう話している訳ではない。真に受けて怒りだせば「バッカじゃない!」と思われてしまう。

「あんたなんかいなければいいのに!」といった言葉も本気でそう言っている訳ではないが、受け手に寛容力がなければ「なにぃ!テメエノ方がいなくなりやがれ」と過敏に反応して取り返しのつかない結果を招いている。受け手の方が相手よりもより大きな心を持っていなければこうしたことはできないが、とても大切なことである。

「話半分」ということもあるので、話した内容がいつもそうだとは限らない。お母さんが子供が話す内容に、妻が主人に話す内容に、部下が上司に話す内容に、生徒が先生に話す内容に…といろいろな状況があるが、話を聞く方は相手が話す内容をよく聞き、ああそうかいとうなずいて、感情を表には出さない優しさが必要だろう。

2009 12 31 [心と体] | 固定リンク

2009年12月30日 (水)

父ちゃん ガンバレ!

不景気で仕事が減り残業どころか平日にも自宅待機、ボーナスも出ない所が出たりと給与所得者にとっては大変厳しい年でした。一生懸命に働いてもこれまでより少ない収入に妻から愚痴を聞かされて落ち込んでは居酒屋で安酒を呑んで憂さを晴らす日もある。

1日500円のおこずかいで過ごしても子供には塾に行かせて私立の進学も大丈夫だと云い切り、妻が友達とイタリアンレストランでコース料理をいただき、お買い物をして来ても愚痴は言わない。黙って発泡酒を呑みながらテレビでお笑い番組を観て男は辛いなと思う。

会社で嫌味なことを言われ、下げたくもない頭を下げ、言いたくもないおべんちゃらを言い、家族のためにと必死になって我慢して働き、やっとの思いで稼いだ給与を妻に「こんな稼ぎでどうやって食っていけるのよ」とけなされても、それでも笑顔で「すまない」と云えるのが働く男の生き様だろう。

2009 12 30 [仕事] | 固定リンク

2009年12月29日 (火)

実るほど頭を垂れる稲穂かな

田植えをする春から初夏にかけ、どんなに強い風が吹こうと青空に向かって真っすぐに伸びていた稲穂が、秋になりコメが実ってくるほどにゆったりと稲穂が下を向くようになる。収穫時期を迎えると稲穂はさっさと刈り取って腹いっぱいおいらを食べて元気に暮らしてくださいと云わんばかりに頭を垂れながら秋風に揺らめいている。

人は成長するに従って偉くなりたい、有名になりたい、お金持ちになりたい、などと青空に向かって真っすぐに生き努力している。その中で、少し成功を収めるとちょっと自慢したくもあり、アドバイスもしたくあり、自分は成功者だと思われたくもあり、少し高級なモノにも手を出したくもあり…と自分を誇りに思ってしまう。これだけ頑張ったんだもの少しは自分を褒めたっていいじゃないかと思う。

でも、それが他人には目障りであいつは偉そうになった、自慢ばかりしている、威張ってばかり…などと自分の成長にとってはマイナスな面ばかりが起こってくる。自分に誰も的確なアドバイスや応援をしてくれない状況をみずから創ってしまう。成功が一転して転落するのは一瞬の出来事だから気がつけば手遅れと云うことも多々ある。

自分を誇りに思うほどに少しばかりの成功を収めたことは周りの人々が支えてくれたおかげだと感謝し謙虚にすればもっと成長できる。いつまでも、多くの人に感謝し謙虚に振舞い、多くの人の支えを失くさぬように多くの人のために生きることが自身をさらに高みに登らせる唯一の生き方である。「あなたがいたから私は今こうしていられる」「あなたと出会えたから私は勇気と元気をいただいている」そう云える日々でありたい。

2009 12 29 [心と体] | 固定リンク