2009年11月23日 (月)
夫婦は相手の非を責めるのではなくフォローすべき
結婚していっしょに生活を始めれば3ヶ月もすれば相手の不可解な行動が分かってくる。料理が下手だ、掃除ができない、部屋でおならを平気でする、いびきがうるさいなどデートしていたころには分からないことがたくさん出てくる。恋愛感情が冷めるのはこうした頃だ。ついつい、相手を責めて「どうして~ができない」と語気を強めてしまう。
僕はこうした頃、目についたことは仕事でどんなに疲れていてもすべてフォローしていこうと思った。料理が下手なら料理を教え、裁縫ができなければ裁縫を教える。掃除ができなければ掃除をし、洗い物ができなければ代わって洗い物をしておく。それが僕の愛情表現で、だからこそ妻は僕をいつまでも愛しているのだろうと思う。
相手の責めどころを見つければ優位に立てるので責め続けて精神状態をボロボロにしてもまだ満足できないでいる。しかし、どんなに人を責めてみても人として尊敬できる行為ではない。それよりか、思い切って責めどころを責めず相手の立場をフォローしてあげれば感謝され尊敬される。つまりは真に頼りがいのある人であろうと思ったのだ。
2009年11月22日 (日)
彼女がいなければダメなんて嘘です
僕は38歳で3度目の結婚をしたが、妻は23歳で、妻のご両親は付き合い始めたころから大反対だったし当然のことだと僕は思っていた。彼女が両親に会ってほしいと云うので会いに行ったが最初から「別れてくれ」の話で僕もご両親に別れるように娘さんを説得してくださいと話した。
僕は2度の離婚を経験しているので、娘さんを幸せにする自信はあませんし、娘さんがいなくなっても狼狽するほどのバカでもありません。彼女が僕を大好きなのはとてもよくわかりますが、ご両親のお気持ちもよくわかりますと平然と話していたが、妻は僕の家に押し掛けてきて帰ろうとしなかった。
妻の友人も大反対で別れるように話して欲しいと言われていた。僕は何度も彼女に君がいなくても何の支障もないから自分の家に帰りなさいと言っていた。彼女はどんなに言われようが反対されようが暴力をふるわれて家に連れ戻されても僕のところに帰ってきた。
そこまで気合が入っているならいっしょになろうと思って仲人に国会議員の知人を立ててご両親を説得した。妻のご両親にとっては娘の初めての結婚なので国会議員という箔をつけなければご両親のご親族や知人への説明に困るだろうと思っての配慮だった。
2009年11月21日 (土)
人を愛しても愛に溺れず
恋人や妻やご主人が浮気をすれば烈火のごとく怒ったり、もう死んでしまいたいと落ち込んだりして大変動揺するのが普通だろうが、僕はそうされたときでも自分自身を反省して相手の幸せを願う余裕がある。浮気ぐらいで動揺していては男子本懐の仕事はできないし、そうさせたのは自分の落ち度だろうと思う。いつも反省するのは自分が最初だ。
人は生まれた時も死ぬ時もひとりであり誰かと一緒などということをすれば犯罪なのだ。自分自身がひとりでも強くなければ誰かを愛するということなどできない。僕を必要としている間はしっかり愛しても、必要以上に愛情を押しつけて相手を独占しようなどとは思わない。時期が来ればおさらばなのが人生だ。僕のために人生を棒に振るなどということはさせない。
あなたはもう必要ないと言われれば、ハイそうですかではさようならと言えるぐらいの度量がなければ愛情に振り回されていく。僕はすべてを失くしても誰かを愛し一緒にいたいなどという感情はない。愛する人を幸せにするには失くしてはならないものがある。愛する人を守るためには守れるだけの強さを身につけていなければならない。
僕は煮え切らないのが一番嫌いだ。人生はたかだか80年、生きるには大変短い時間しかない。落ち込んで腐っている暇は僕にはない。憎んだりイジケテいたり恨んでいたりといった時間はもったいなくてできない。ただまっすぐにいつも笑顔で走って走りぬいてバタッと倒れて死んでいきたい。たくさんの人を愛して教育という僕の仕事を通じて幸せにしてあげたい。
2009年11月20日 (金)
浮気をされた僕は彼女に謝った
僕は20代のころ2度目の結婚をしていた。押し掛け女房だった二人目の妻とは7年間の結婚生活だったが20代の僕には多額の借財の返済がのしかかっており毎日寝る間を惜しんで働いていた。返済のために東京から神戸までの東海道をワゴンで行商しながら移動し車中でひとり寝泊まりする行ったり来たりの毎日だった。妻には田舎で開業しているブティックや化粧品店を任せていた。
そんなある日、出張から帰ってみると家には何もなく店員がひとり困ったように立ちすくんでいた。妻とは連絡が取れないままに数日が過ぎたころ、妻の友人が離婚届を持ってきて、理由は聞かずにここに署名捺印してほしいと言われた。言われたままに署名捺印してあっけなく僕の7年間の結婚生活は終わった。その後、数日してから妻は妻子ある男と駆け落ちしていることが分かった。
2週間が過ぎたころ妻はやってきた。僕は寂しかったという彼女に心から詫びた。男のもとに帰るのを僕は止めようとしなかった。車が欲しいというので彼女に与えた。それから2年が過ぎ、彼女は男と別れて僕に会いに来た。復縁してほしいという話で涙を流して謝罪している彼女に謝るのは僕の方で君に罪はないと言った。このまま別れた方が良いと云い、生涯僕を誇りに思えるよう精一杯生きると云って別れた。
本当は、もう一度彼女と暮らしてみたかった。返済も終わり、今度こそ彼女に寂しい思いをさせないという自信もあった。心のどこかに後ろめたい気持ちを持ちながら僕と暮らすよりは、新たな恋を見つける方が彼女のためになると思って僕は復縁を断った。帰りの車の中で僕は涙を止めることができず前を見ることができなかった。彼女が再婚したと聞くまで僕は恋をしなかった。
2009年11月19日 (木)
結婚と夫婦
結婚した当初はお互いに恋人気分なので、こまめに相手のことを気遣い自己犠牲をいとわずとても優しくなる。寝ないでもお弁当を作ったり、どんなに大切な接待でもお断りして自宅に帰るなどといった行動にでるのが最初の3ヶ月から半年ぐらいの間だろう。つまり、体力的な限界に至るまでこうした状況が続く。
これ以上、こうしたことをしていると病気になると思った頃から手抜きをするようになるが、手抜きをするためには理由が必要となるために相手の行動を分析するようになる。「あの人は、家でゴロゴロしているだけ」「あいつの料理はいつも同じ」といったアラ探しを始めるようになる。これで恋人気分は一気に冷めていく。
料理に手抜きがあると外で食べたくなるし、家事ばかりをしているとストレスも溜まり何もしない日が欲しくなる。夫婦以外の人との付き合いも恋しくなる頃喧嘩が始まる。それは恋人から夫婦への脱皮作業で、お互いに長く付き合うためには必要不可欠なことだろう。しっかりぶつかり合って妥協点を見つけることだ。
良い夫婦というのは恋人同志のようにお互いを気にかけていない。何が好きなのか?どんなことに興味があるのか?今日は何をしたのか?といったことには関心がない。お互いにお互いの生き方を尊重しているが干渉はしない。生きるために必要な空気のように包まれているが気にならない存在である。
2009年11月16日 (月)
人を助けるは自分を助けることなのか
身寄りのないご近所のご老人が病気で倒れ、誰の言うことも聞かず死を受け入れようとしていた。苦痛に身をかがめていたご老人は昔から知っている人であり、僕はそのことを知ってそのご老人に「予科練で生き残ったのはこうして死ぬためではありません。死んでいった仲間のためにも生き抜いてください。」とお話して僕が引き取ることにした。
入院生活は2カ月にも及んだが、彼はやっと退院することができた。病室に伺うといつも涙を流して感謝してくださるその方に接して僕はいつも生きるエネルギーをいただいていた。週に二度通院しなければならないが、久しぶりに自宅に帰れた喜びはいかばかりだろう。人を助けることは自分を助けていることではないのだろうかとふと感じた。
2009年11月15日 (日)
少年よ大志を抱け!
北海道開拓時代、札幌農学校 (現北海道大学) 初代教頭ウィリアム・スミス・クラーク (William Smith Clark、クラーク博士、1826年7月31日 - 1886年3月9日) は1876年 (明治9年) 7月に札幌農学校に赴任する。たった8ヶ月教壇に立っただけだが、これほど日本人に有名になったアメリカ人の先生もいない。
彼をしてここまで有名にしたのは退任の際に学生たちに言ったと云われている「少年よ大志を抱け!」Boys, be ambitious という贈る言葉だろう。僕は高校時代にこの言葉に接してとても感動した記憶がある。彼の講義を受けたことのない多くの学生や日本人に今でも夢と希望を与え続けている。
人は誰もが少年であり、誰もが幾つになっても大志を抱いて夢に向かって挑戦する大切さを教えてくれる言葉だと思う。小さなことでクヨクヨせず、うろたえず、狼狽せず、感情的にならず、もっと大きな志のために生きる大切さを教えてくれる。彼の立像は札幌市内の羊ケ丘展望台にある。
愛する人を幸せにできますか?
人を好きになれば、その人のために何かしてあげたいと思う。その人が幸せになれるよう努力できる人であろうとする。自分を犠牲にしてでも愛する人のためにできることは何でもやってみる。それが人を愛するという自然な行為だと思う。お互いに尊敬しあい成長できる関係を築こうとすれば長く愛し合える。
好きな人を自分の奴隷のように振り回す人もいる。相手の立場を無視して自分の言いなりになるように仕向けて行く。惚れた弱みに付け込んで、要求はエスカレートしていく。あるいは、無視されると付きまとい相手に不快感を与え恐怖感を植え付けて離れられないようにするがお互いに破滅の関係となっていく。
相手の成長を願って自己犠牲も厭わず付き合うことを愛情と云い、自分の欲望を満たすために付き合うことを自分勝手だと云う。僕は愛する人を幸せにできないと思った時はどんなに辛くても離れるようにしている。離れることが愛情であるということも生きているときはありうる。
ひとりでジッと我慢して涙して耐え抜くことが本当の愛だということもある。好きだから一緒にいたいという感情が自分勝手なときはどんなに辛くても押し殺すのが本当の愛情だろう。それができないならば人を愛する資格はない。相手が受け入れられないことはするべきではない。
2009年11月14日 (土)
人間が小さくなっていないかい?
ちょっとしたことが気がかりになり、どうにも不安でしょうがない。ちょっとした言葉や行動が気になり、どうにも不安であったり頭に来ていたり、落ち込んでいたりでどうしようもないことはよくある。僕はこんな時、自分に問いかけている。「人間が小さくなっていないかい?」
「自分はもっと心の広い器でありたいと思っていたではないか、それがどうだ、こんなことで感情的になっている。そんなことで志をまっとうできるのか?」そんな問答を自分に何度も何度も問いかけてみる。自然と気分も落ち着いてきて平常心に戻っていく。
みかんを売り歩いた20代
僕は20代前半、魚やみかんといった産地物を行商して日銭を稼いでいた。和歌山は「たちうお」という高級魚が日本一捕れる。「有田みかん」もまた紀伊国屋文左衛門で有名だ。猟師や農家の方は販売を漁協や農協などにまかせっきりで自分たちで販売したことがない。物流網を抑えられない生産者は利幅が薄くなるので生活は豊かではない。
行商は対面販売なので商品の鮮度と自分の雰囲気が勝負となる。商品の鮮度が良いと思っていただくには僕の口上がはきはきしていなくてはならない。気分が落ち込んでいるときは売れない。どんな状態であっても笑顔ではきはきと口上できる練習を何度も行い、毎朝、飛び込み販売していた。その経験がどれほど僕に役立ったか計り知れない。
営業ができない販促ができないと言っている人は多いが、それでは人と会って商売はできない。お客様がお店に来ても、来なくても、同じ雰囲気をかもし出して商売ができなければ好業績は望めないということを行商して理解できた。如何なる商売であってもその原点は対面販売で、その場所がお店なのか路地なのか他人さまのお宅なのかの違いでしかない。
2009年11月10日 (火)
良い商品を扱っている人はパソコンができない
市場では良い商品を扱っている仲卸の商売人がいます。小さな商店やネット販売している会社や消費者はこうした仲卸の方から商品を購入します。仲卸の方にご自分でネット販売されれば儲かると思うので教室でお勉強してくださいとお願いしてきました。ただ仕事が忙しくてなかなかご自分で勉強しようと思われないようでした。
彼らもネットショップで扱っている商品以上の良い商品を販売できたり、同じ商品ならもっと安く販売できる立場にいます。商売を自分が信頼している顔が見える範囲内で行い続けている方ばかりですので対面販売が中心となっています。商売の原点ではありますが、これでは札幌に来てくださる方だけの商売でしかありません。
「利は元にあり」信頼を積み重ねてきた彼らがパソコンを学習してネットを通じて自信のある美味しい北海道の食材を広く日本全国の方に販売していただければ内地の消費者にとっても彼らにとっても良いことばかりです。僕に「これはうまいんだよ!」と言ってたくさん試食させていただいた御恩をお返ししたいですね。
2009年11月 9日 (月)
美味しいものを北海道で見つけました
「わかるとできる」は北海道から沖縄まで日本中に教室があり、研修会や教室訪問などで僕はこの10年間日本中を回っています。その土地土地での美味しいものを頂いたりしますので、ちょっとしたグルメになりました。北海道でもたくさん美味しいものを頂いておりますが、先日は札幌中央卸売市場に行ってきました。
パソコン教室「わかるとできる」は札幌中央卸売市場の近くにもあるので、紹介と挨拶をかねて一軒一軒訪問しながらパソコン学習の必要をお話していきました。中央市場ですから北海道の食材はここに集まってきます。一般消費者はここでお買い物ができませんが、場外市場でならお買い物ができます。
場外市場ではセリ落とされたばかりの新鮮な商品がたくさん売られています。観光のお土産屋さんよりも安いですし美味しいと思いました。小さなお店ですがホテルや食堂にも卸しているそうです。パソコンができないと話されるかたが多いので教室でしっかり勉強してくださいと話していると食事をご馳走になりました。
2009年11月 5日 (木)
自立再起を果たすために恥を捨てろ
農家の収入が減少の一途で生活にも事欠くありさまになっている。世界中から農産物が入ってくるようになり国内だけで生産している農家は何かしら強烈な特色をださねば安売りになってしまう。何の贅沢もせず暮らしていても返済不能な借金を抱えて途方に暮れている農家の方が相談しにきた。
子供たちは借金を借り換えて自分たち名義にすると言っていると話してくれたが、子供たちの年収で返済できる額ではなく、名義変更すれば子供たちが地獄を見るから止めるように言った。むしろ、農協には返済できないし、子供たちに名義変更しないから自己破産も辞さず好きなようにしてくださいと話すように言った。
僕は行商で「みかん」をたくさん売ったことがあり、商売の基本は行商だと教えてあげた。生産農家だから二の足を踏むのではなく、積極的に売る姿勢が必要で、そうしてきた農家が再生を果たしている事実もあることを教えてあげた。他人に頼るのではなく自立再起を果たすために恥を捨てろとアドバイスした。
内臓疾患のように自覚症状がないうちに病巣はどんどん大きくなり自覚症状が出てくるとすでに手の施しようがないようになっている方は多い。日々健康に留意して食事や運動をするように、日々の生活に安閑とするのではなく勉強や挑戦を怠ってはいけない。「まさか」はいつもやってくる。好調の時こそ次の布石を打つことだ。
2009年11月 2日 (月)
不況の時はしっかり勉強
厚生労働省の9月の毎月勤労統計調査(速報)によると、従業員5人以上が働く事業所の今夏のボーナスは昨夏比9・7%減の平均36万3104円であると発表された。また、今年の冬のボーナスは大企業平均16%減となると言われているので、中小企業はそれ以上に厳しくなると思えるので平均30万円以下になることも予想される。
大企業は大規模なリストラや増資によって業績が上向いてきているが、中小企業は相変わらず業績不振に苦しんでいる企業が多い。知り合いの経営者も冬のボーナスは出せないと苦しい胸の内を明かしてくれた。来年はリストラする中小企業が増えてくると思われるので、今のうちにしっかり勉強して資格や技術を身につけることだろう。
2009年11月 1日 (日)
人は傷ついて優しくなり、絶望のドン底で希望を見つける
自信満々のときの自分は自分を見失っているときのことが多い。自分をよく見せようとしたり、相手にこうだと決め付けた言い方を自然としている。あいつはダメな奴だと決めつけて平然としているが、その自信が崩れ去ることをまだ知らない。
自信がもろくも崩れ去り、もう死にたいと思った時が本当の自分を見つけた時だろう。絶望の淵にある惨めで悲しみに包まれた自分ほど自分らしい姿はない。人は誰でもいつかはそうした状況に追い込まれる。そのときから優しくなり他人を受け入れるようになる。
ただ生きていることに感謝し、これまで当たり前だと思っていたことに感動し感謝できるようになる。自分は生きているのではなく生かされていると思うようになる。こんなチッポケな自分だからこそ今を精いっぱい生きているだけで褒めてあげようと思える。
2009年10月30日 (金)
男は若い母親を求め、女は永遠の恋人を求めて結婚する
結婚ほど大きな勘違いはないだろう。結婚式で「彼にたくさんブランド物を買ってもらいま~す」などとたわけたことを言っているが、付き合っているときのようにはいかない。彼にすれば汚い部屋を綺麗にしてくれると思っているが、これまた汚い部屋で生活している女性が整理整頓するのは幻想だ。
恋愛はお互いに相手を気遣って誰よりも優しく誰よりも愛おしい人だと思って付き合える。しかし、結婚とはいっしょに暮らすことなので相手のグウタラな一面が全部見えてしまう。なんでもやってくれた人、なんでも買ってくれた人は「おまえは馬鹿か!」と怒鳴ってしまうだろう。
お金持ちはお金を使わない
世界中のお金持ちを調べると世界中どこでもお金持ちは質素な生活をしているという。高級車にも乗らず、買い替えもほとんどしない。中間層の方ほど消費意欲は高く高級志向が強いそうだ。ブランド物を身にまとい所有することで自分をよく見せようと思うらしい。
お金持ちは収入以上に消費せずお金が必然的に貯まっていくが、中間層は借金してでも贅沢をするのでいつまでたっても貧乏らしい。自分の収入に見合った生活を心がけるべきだろうが、どうしても見栄を張りたいと思うのだろう。収入以上の派手な生活をしてしまうものらしい。
僕は身の回りのものにはいっさい関心はないが整理整頓だけは癖でどうしても綺麗にしておきたい。整理整頓の基本はモノをできる限り持たないことで必然的に持ち物は少ない。生活は質素なものになり買い物はほとんどしない。料理が好きなので外食もほとんどしない。
僕は自分をよく見せようとは思わないので背が伸びる靴や足が細く見えるスーツは持っていない。高級品や流行のモノは身に着けていないし所有していない。ありのままの自分を評価してくださる人とお付き合いをしたいので、見栄を張る人にはチョットと貧相に見えるがいっこうに気にならない。
2009年10月29日 (木)
人のために生きることで感じる幸せ
自分のために生きることが大切だという考え方は戦後民主主義教育の中で培われた考えだ。人は何のために生きているのだろうかという疑問にたいする一つの考えだろうが、民主主義の考え方の基本は「皆のためにあなたは何ができるのか」という質問にたいする答えのように思う。
家族を連れてカナダ・バンクーバーの水族館を訪れた時、市長が講演されていたが、そのときも「バンクーバーが皆さんに何ができるのかを期待する前に、皆さんがバンクーバーのために何ができるのかを考えてください」と話されていた。アメリカ大統領リンカーンも「国民の、国民による、国民のための政治」と講演された。
行き過ぎた滅私奉公は自滅になるが、行き過ぎた自分のためもまた自分を見失う。そのさじ加減を心得ることが幸せな生き方なのだろう。
2009年10月28日 (水)
言い訳ばっかり言われてもねぇ
受験生になるとその人の性格がよく現れてくる。受験生が志望校に合格するには勉強する以外に道はないが、いつまでたっても勉強しない生徒がいる。彼はいつも何かしら言い訳を用意しており「家族がやかしましい」「友達がやってきた」「メールが入ってきた」などといっては自分が勉強できないことの理由を自分以外に求める。当然、志望校には合格しない。
社会人でも仕事ができない理由を自分以外に求める人がいる。仕事ができる人になるには仕事を果敢にしていく以外に道はない。しかし、仕事ができない理由を「教えてくれないから」「給料が安いから」「上司が嫌いだから」「部下がついてこない」などと言っている。しかし、すべての原因は仕事をしない自分にあり、反省して仕事を積極的にする以外に仕事の醍醐味を味わうことはできない。
子供でも大人でも言い訳を自分以外に求めている人はいつまでたっても状況は良くならない。今の状況を良くしようと思えば誰かが何かが変わればではなく、いつも真っ先に自分が変わらなければならない。他人や環境を変えるのは難しいが自分を変えるのはたやすい。こうした事実に気がついた人が反省して成長し、愚痴っぽい仲間から離れていく。
2009年10月27日 (火)
好きな人のために別れることができる人
第二次世界大戦が終戦し多くの日本兵が内地に帰ってきた。ご主人や恋人の戦死通知を受けた妻や恋人が再婚や別な人と結婚し、戦死したと思ったご主人や恋人が帰ってきてどうしようかと悩む人がいた。もとのさやに収まるように別れた人がいる。その人は大好きだからこそ好きな人がいちばん幸せになることを願っての選択であり自分にはもっともつらい選択であったはずだ。
自分が大好きな人と一緒にいたいと思うのは自然な感情だが、自分の感情を優先して相手の感情や幸せを願う行動に出られない状態は自分勝手だと思う。僕は自分が大好きな人のためには自分の感情を殺して生きることを選択してきた。僕といっしょにいることで幸せになれないならばどんなに悲しくても別れることを選択する。本当に強い人とは相手のことを思いやれる人だろう。
2009年10月25日 (日)
住宅ローン返済ができない人が増えている
僕の知っている人が10年以上住みなれた戸建ての返済ができなくなり、銀行から競売にかけられ残金の返済も滞り自己破産してやっと一息ついたと話してくれた。30年ローンだと10年間返済しても元金はほとんど減っておらず金利の支払いだけをしている状態だった。
2009年度は夏のボーナスが減額されリストラや残業カットなどで年末に向けて返済不可能の相談が増えている。2009年冬のボーナスも減額またはでない企業もあり、住宅ローン破たんは急増する気配を見せている。日本の住宅ローン貸出額は444兆円内民間金融機関は111兆円を貸し出している。
景気拡大策として持ち家制度は拡大してきたが、持ち家制度よりも日本にある400万戸以上の空き家を貸家として再利用する制度を整えるべきだし、空き家を改築して再販できる制度も整えるべきだろう。海外では中古住宅ローンも活発だが日本では新築でなければ貸出条件は悪くなっている。
雇用なき景気回復はどうして起こるのか
雇用なき景気回復(jobless recovery)は先進諸国に共通している問題で企業業績が回復しているのに雇用は回復せず、失業率は高いままで推移し賃金は低くなっている。今や経済活動は国内だけにとどまらず世界と貿易している時代であることを忘れてはならない。
企業は同じ商品を安く製造するために低賃金の国に出て工場を建てる。日本は少子高齢化で将来マーケットが拡大する余地はない。内需産業である物販業もまたこれから伸びてくるであろう諸外国に商売を広げるようになる。日本で培ってきたビジネスモデルを国外で活かすようになる。
人件費の高い先進諸国はこうして産業の空洞化現象が起こり内需が喚起されず企業業績は良くなっても国内に工場や商店を広げないので雇用は生まれない。むしろ、世界の平均的な賃金に横並びするかのように収入の減少が起こってくる。高収入を望むならば独立するか技能や資格を持った人になるしかない。
2009年10月24日 (土)
大人になれば勉強しておかなきゃ
学生の頃の勉強が実務に役立つことはほとんどない。日本の教育は実務に即した内容ではなく基礎教養といった内容になっている。欧米では職業訓練校に近い学習内容で実社会に出てからすぐに役立つ内容だ。また、先生も企業から出向いていることがあり、優秀な学生はそのまま先生が務めている企業に就職している。
昭和の頃まで日本企業は終身雇用、年功序列を維持していたので、学生は何の職業訓練を受けていなくても企業で3か月から半年かけてじっくりと研修していた。しかし、終身雇用、年功序列が崩壊した現在では即戦力となる人材を募集しており、期待に添える人材は日本の教育を受けた学生ではなく欧米の学生となる。
日本では実務に即した勉強ができる学び舎は当社のようなパソコン教室や専門学校に限られており、社会人教育は現在の日本では必要不可欠であるにも関わらず学び舎は少ない。日本では社会に出てからの勉強がとても大切でここで実務に即した勉強をし知識や資格を手に入れておかねば高収入は望めない。
企業の業績悪化から職を失う方や収入の減少に悩む方が増えている。そうした事態になってからどうしようかと悩むのではなく、普段からいつ何時そうなってもうろたえないようにしっかり勉強して備えておくことだろう。自己投資を怠り、天下泰平だと遊んでいたりお金を使い切ってしまうと大変なことになる。
2009年10月18日 (日)
子供を愛せない親
子供は1歳半ごろから反抗的になる。いちばん厄介なのは離乳食を食べさせることで毎回子供と格闘しなければならない。1歳ごろまでは母乳で育っていたが食生活をすべて変え、食事方法もすべて変わり、しかも話ができず半ば強制的に変わるのだから子供にとってもそのストレスは大変なものだろう。
親の言いつけを守れないことでの親のストレスも相当なものだが、子供の立場に立って何がどう変わったのかを理解できずに言いつけだけが増えていくのは悲しいことだろう。こうしてお互いに感情的になっていく。すべては親の愛情が指導になってしまうからだ。
指導しきれないストレスが子供を愛せない親にしてしまう。話下手な子供にゆっくりとできることを増やせば良いと温かく見守る優しい目を思い出してみれば良い。子供は年を重ねるに従いいろいろな指導に出会う。親だけは指導ではなくいつも愛してくれる人だと子供に思ってもらえるよう振舞ってあげるべきだ。
2009年10月16日 (金)
経営者の使命は従業員に仕事を与え続けること
人の幸せは4つあり、愛し愛される幸せ、感謝される幸せ、やりがいを感じる幸せ、期待される幸せ、そうした幸せを仕事はすべて与えてくれる。その幸せを感じるように経営者は企業の環境を整えることが大切であり、従業員はその環境の中で4つの幸せを感じながら仕事をすることだ。
企業経営者はがんばって働いてくださる従業員の幸せを維持していくことが使命であり、「明るく、楽しく、元気よく」働ける職場を提供し続ける努力を惜しんではいけない。企業経営者である僕はいつもそのことを気にかけている。そのための改善や対策はすぐに取り掛かるようにしている。
いっしょに働いてくださる従業員が結婚し、お子様を授かり、家を購入していく姿を見るのはうれしいことだ。職場は従業員に 愛情、感謝、やりがい、期待される喜び をもたらしてくれる。職場ほど人に多くの幸せをもたらしてくれるものはない。経営者はそのことをわきまえて従業員に接するべきだろう。
2009年10月14日 (水)
殿様商売では赤字も当然
公立病院の赤字が止まらないが患者のためにというよりも、医者と看護婦に都合のいいように病院は運営されており、患者は大いなる不便を感じている。手続きは紙に書く、支払いは現金のみ、診察室の待合ではいつになれば自分の番になるのかも分からず、診察、薬局、支払いと待たされっぱなし、これでお客様のためにあるといえるのだろうか?
土木建設業の赤字も止まらないが、見積もりはいい加減で期限を過ぎても工事は終わらず、自分都合で請求書は増額されてくる。相変わらずどんぶり勘定で見積書を出して施主に自分たちの失敗を押しつける行為は絶えることがない。リフォームなどの工事でも発注したものと違っていても施工して施主にこの方が良いと言ってのける厚かましさでお客様本位といえるのだろうか?
百貨店や総合スーパーは納入業者泣かせだというのは誰もが認めるところだ。高飛車に応対する店長や本社の従業員を見ているとかつてのダイエーの再来かと思う。「このスーパーに納入しているというだけで価値がある。こちらの言い値で卸すのはあたりまえだ」と平然と言ってのける店長に納入業者は反感を持つのは当然のことで、こうした殿様商売をしているためお客様は離れる。
世の中はまだまだ改善する余地があり、お客様や納入業者が不満に思っている業種にこそ、新規ビジネスのチャンスが広がっている。病院事業を法人に開放すれば飲食業などがもっとお客様本位の運営をするだろうし、家電店やホームセンターや家具店がリフォーム事業を請け負えばもっと安くなる。地場の農家や漁師が産直商品をネットや物産展で販売すればもっと安くて新鮮なものが売れる。
艱難辛苦は人生を彩るスパイスである
もう死にたいと思ったり、何でこんなに苦労しなければならないのと深い悲しみに包まれたりと生きていれば艱難辛苦は絶えることなくやってくる。理不尽なことを言われたり、貸したお金を踏み倒されたりと人生は自分の思い通りにはいかないものだ。
ただ、どんな艱難辛苦も時間が経てば懐かしく思い出される。「あの時は、もう死にたいと思った」「あのときは、もう駄目だと思いました」などと懐かしそうに話される方に誰もが出会う。斯(か)く言う僕もそんなひとりである。そして、耐えきれぬほどの艱難辛苦があればこそ今の自分があると感謝している。
如何なる艱難辛苦も時間が経てば懐かしい思い出となる。その艱難辛苦に耐えて乗り越えた人は成長しているので、さらに大きな艱難辛苦を用意してくれる。艱難辛苦は人生を彩るスパイスのようなもので、これがなければ人生は何ともつまらないものとなる。
艱難辛苦に押しつぶされそうになっている人はちょうどスパイスを振りかけた状態で、しばらくなじむまでに時間がかかるがジッと耐えているだけでいい。やがて熟成されて好い味になり、今の艱難辛苦に耐えられるようになる。周りの人の優しさも身に沁み素敵な涙を流すようになる。
2009年10月12日 (月)
公共工事は経済効果が大きなものを優先する
政権交替で僕が住んでいる和歌山県の高速道路工事がストップした。御坊~白浜間を4車線化する予定だったが現実には有田インターで朝夕、日曜祭日混むだけで有田インターまではすでに4車線化工事が確定している。その工事が終了すれば混雑は緩和される。
和歌山県は人口減少と過疎化が進み投資に見合う経済効果は見込めない。和歌山県人の若者は大学進学で県外に出る割合が全国1位、そのまま都会で就職している。半島になっている地域では人は観光でなければやってこない。
ご多分にもれず和歌山にも無駄な箱モノがたくさんあり、そのほとんどは赤字運営されている。行政を担当する政治家や公務員には損益計算書や貸借対照表を読めるものがいなく、単年度予算で確定している予算を使い切ることしか頭にないのは残念な慣習だ。
2009年10月10日 (土)
人とともに生きてこそ わかるとできる10周年記念講演会
人は人のために生きることで心から幸せを感じる。「わかるとできる」10周年を記念して今年のBUNちゃん講演会では多くの生徒の方が幸せをつかんだ体験談をお聞きすることができました。60歳を過ぎてから頑張ってパソコンスキルを高めてつかんだ上場企業採用通知を握りしめて来てくださった生徒。
不登校だったお子様が「わかるとできる」でお勉強して東京でSEとして働くようになりお父様に高価なそしていつも僕が指していた万年筆を買ってプレゼントしたこと。ご夫婦で会社を立ち上げて「わかるとできる」に通われて僕の講義を聴くことで業績を良くしようと頑張っている奥さま。
会場を手配して黒子となって働いているスタッフの感謝の笑顔と感動。「BUNちゃん先生!抱きしめてください」と飛びついてくる生徒の方やスタッフの皆様。右肩が白くなった僕の背広は僕の勲章でした。この10年、いっしょに働いてきてくださった植田専務の誕生日が東京会場で、スタッフ一同からの素敵なプレゼントまでありました。
台風の影響で東京会場では電車がストップして多くの方が駅で立ち往生するというハプニングや北海道の皆様には交通手段がなくて来年春に延期となりましたことを心よりお詫びします。皆様の温かいハートに幸せいっぱいにしていただきました。皆さんとともに生きてこその幸せをたくさんいただきましたこと心より感謝いたします。
2009年10月 2日 (金)
子供には不動産を売らない方が好い
ご近所の方の娘さんが結婚し、初孫のお子様が産まれたので所有して使っていない一軒家を安く売って住んでもらおうと思っていると相談があった。僕は、「売らずに安い家賃で貸してあげ住まわせればかわいい孫にも会える。若い夫婦は安い収入で精いっぱいやりくりしているから不動産を借金して買うことなどさせないことだ。相談しているお父さんが死ねば遺産を相続するので売ってもいっしょだ。お金が必要で使っていない一軒家を売るのであれば他人に売った方が後々面倒なことにならなくて済む。」とアドバイスした。
田舎では親が生きているときに別の家を敷地内に建てて子供夫婦が暮らしている。その子供夫婦が大きくなり彼らの子供が結婚して・・・。となってくると空き家があるのでどうしようかと思い悩むことになる。男の子供は相続を考え所有している家を売るという発想はないが、娘の旦那となると他人と云うイメージがあり、売っても好いかと思ったそうだ。その中途半端な思いやりが娘夫婦には負い目となる。
義理の父親からそうした話があれば娘夫婦も断りにくく無理をしてでも買おうと考える。しかし、収入から返済を計画して考えてあげなければどこかで無理がたたり喧嘩の原因となってしまう。中途半端な思いやりがかえって娘夫婦を苦しめてしまうのではないかと忠告した。親族に金銭問題が絡んでくるとこれほど醜いものはないから、できればただで暮らせば好いと思いきって言ってみることだろう。


