2009年7月 1日 (水)

官は民より強し、されど民は官より逞し

長州の吉田松陰は生存しているときは役人によって罪人として生まれ故郷で扱われている。死後、明治となり役人は吉田松陰を山口県が生んだ大先生として扱っている。和歌山が生んだ経営の神様と云われる松下幸之助は生前、和歌山の役人に良い印象を持っていなかったらしい。

実は僕も郷里の役人に良い印象は持っていない。国民の公僕たる公務員は民間人よりもはるかに高額な収入を得ているが、その態度は横柄そのもので何度か悔しい思いをしてきたからに他ならない。横柄な態度をとる公務員は採用されたばかりの若い方のほうがひどい。

国民宿舎、交流センター、公民館、第三セクターによるいろいろな事業のほとんどは営業努力もなく人件費だけがバカ高になり赤字を垂れ流している。その赤字はもちろん民間人の税金によって賄われるが当事者たる者にその意識はなく計数管理もなければ努力目標もない。

2009 07 01 [心と体] | 固定リンク

2009年6月30日 (火)

結婚18周年のプレゼント

6月30日は僕の結婚記念日だ。18年前の6月30日貧乏な僕は地元の国民宿舎で結婚式を挙げた。結婚を機に毎日ビーチに行ってウインドサーフィンをしていた生活を改めて仕事に精を出すようになった。学習塾と予備校を経営して長男が生まれアパート暮らしの僕は妻の誕生日に80坪の一軒家をプレゼントした。

今年は「わかるとできる」10周年の記念日にあたる。子供たちも大きくなり僕は妻に15年間暮らしてきた家の大規模なリフォームをプレゼントした。たくさんの思い出はあるが、子供たちはこれからは自分の人生を歩みだす。夫婦2人になる日も近い。妻がいちばん望んでいる家にしてあげたいと思った。

2009 06 30 [住まい・インテリア] | 固定リンク

2009年6月29日 (月)

ルールを決めてあげなくちゃ子供は面食らう

親は子供のことを思いできるかぎり何でもしてあげようと努力する。しかし、いつでもそうしたことができる訳ではないので子供にはいつ、そうできるのか、できないのかが分からない。そのため、子供にとってストレスとなり感情的になってしまう。

親の方も良かれと思っていつもやっているのに今回だけできないだけで叱られるのは割に合わないと思って気分を害してしまう。こうした事態を避けるにはお互いに納得できるキチンとしたルール化をすべきだろう。いつ、どんなとき、どのような状況で、できるのかをよく話し合って決めることだ。

2009 06 29 [心と体] | 固定リンク

2009年6月28日 (日)

上司と部下の付き合い方

真剣に仕事をするほどに自分と上司との意見の食い違いが生じることはよくある。経営者である僕と専務である植田の間にもこれまでたくさん意見の食い違いがあった。お互いにこの会社を思い必死になっているからこそ生じるもので植田の考えを紹介する。

植田専務は僕とふたりきりのときに自分の考えを正直に話しだす。それは僕の考えとまったく違っていることもある。最後まで僕に話した後、植田は付け加える。「私の上司は社長ですので、私の意見はお伝えしましたが、最後はどのような決定であれ私は社長の意見についていきます。」

僕の考えを押し通すこともあるが植田はいっさいの不満を感じることなく全力で自分の意見とは違う僕の意見を全面的に推し進めてくれる。東芝という歴史ある企業風土で養われた従業員たるべき者の態度を僕は恐れ入りましたと感じてしまう。

あるときは、植田の意見を採用することもある。そのときでも、これは自分の考えだとはいっさい言わないで僕の意見であるかのように振舞っている。あくまでも仕えている上司を支えることに徹する態度は同じ東芝出身の山口常務にも当てはまる。

部下である自分の意見が上司に受け入れられないと拗ねることなど東芝では考えられないのだろう。最終的な決定権を持っている上司の決断は自分と違っていても全力でやりきる。その潔さは、まるで現在に生きる武士そのものだと恐れ入る。

2009 06 28 [仕事] | 固定リンク

2009年6月27日 (土)

この人が私を幸せにしてくれるという甘えは見事に打ち砕かれる

結婚に憧れる人は多いが、その大半は結婚後、後悔しているという。「君を幸せにするよ」というプロポーズの言葉、「うれしいわ、わたしあなたのために美味しいお食事を作るわね」という彼女の言葉は3年も経たずに「あれは嘘なの?」とお互いに言い合っている。

相性が他の誰よりも良いと思って結婚したのに、最後は性格の不一致でしたと別れていく。恋人同士の時はお互いに相手を思いやり優しくし奉仕することを喜びと感じていた。しかし、結婚すると相手が何もしてくれないという指摘をし優しさを失くし奉仕するより奉仕しろと叫んでいる。

こうした感情の違いは毎日会っている仲ではよく起こりがちで、家族でも毎日顔を合わせていると思いやることがなくなる。むしろ、自分のことは自分でやってお互いに干渉しない関係の方が快適になる。相手がすべきことを要求し続けるのはむしろ自分の甘えになる。

2009 06 27 [心と体] | 固定リンク

2009年6月26日 (金)

他人に期待すれば腹が立つ

他人に対して腹を立てる場合は、自分が期待したことを他人がやってくれないというストレスが我慢できなくなり腹を立てていることがほとんだ。「やってくれない」「どうして~できないの」というストレスが腹立ちの原因だが、腹を立てる前にキチンと説明し相手が納得しているかというとそうではない。

多くの場合、相手にも期待に添えない理由があり相手も自分に期待していることがある。腹立ちはお互いの期待をお互いに裏切っている現象だ。お互いの立場を理解して歩み寄りやいたわりが必要だろうが、自分の都合だけを優先するので相手も腹を立てるか離れるか落ち込むかになってしまう。

他人に期待する前に、それが自分の甘えなのか、必要なことなのか、説明すべきことなのか、よく考えることだろう。子供は親に甘えるので、過度の期待をするものだが、恋人や仕事仲間、友達はそれを甘えだと注意してくれる。腹が立てばすぐに怒るのはひかえた方が良い。

2009 06 26 [心と体] | 固定リンク

2009年6月23日 (火)

時間があれば身の回りをピカピカに磨いてみよう

週末になると僕は家じゅうの掃除を始める。押し入れから倉庫にいたるまで全部を綺麗に清掃し整理しゴミを分別し洗濯してお風呂はカビキラーやバスクリンでピカピカになるまで磨き上げる。朝から夜までかかることもあるが僕は掃除が大好きで整理整頓されていない状態では落ち着かない。

お金はほとんどかからないし家族は喜ぶし僕も綺麗な家にいると気分がよくなるとても安上がりな週末の過ごし方だ。お友達がやってきて部屋に通すのがうれしくなるし珈琲をお出しするのも気分が良い。料理をしていても換気扇まで綺麗にしたキッチンは気分爽快で専念できる。

家族サービスは旅行に連れていくことばかりではない。主婦にとっても子供にとっても父親が汗だくになって家の便所を掃除し便器に手を突っ込み拭き掃除している姿は綺麗にしてくれる以上の何かを感じさせてくれるようで笑顔が増している。この笑顔はお金では買えない貴重なものだ。

仕事をキチンと成し遂げるには私生活からキチンとしなければならないと多くの有名な企業人は話しているが僕もそうだと思う。教室を奇麗に出来ていない、会社のデスク周りが綺麗に出来ていない人は私生活でも整理整頓が出来ていない場合が多い。

週末、疲れた体を引きずって掃除を始めるのは正直気が重い。手伝ってくれないジレンマもあるが、家にいて機嫌が悪い自分や家族がいるよりは夜になり笑顔になっている家族にする方が疲れは少ない。相手を責めるかフォローするかだけの決断だろう。

2009 06 23 [心と体] | 固定リンク

2009年6月21日 (日)

子供は自分を映し出す

子育てに悩む親は多いが、同じ数だけ親について悩んでいる子供がいる。親の言うことを聞かないということは、子供の言うことも聞いていないということ。「人は自分を映し出す」自分が抱えている悩みはその相手も抱えている。親だけの悩みではない。

子供が反抗的だというまえに、子供のシグナルを無視している親がいる。子供を厳しくチェックすれば子供も親を厳しくチェックする。子供の弱点を指摘すれば、子供は親の弱点を指摘するだろう。親だから文句言わないの!は子供には通用しない。

僕は自分の子供たちが大好きだ。いろいろな弱さもあってしかるべきだろうと思う。親である自分もまたいろいろな弱さをもっている。家庭ではそんな弱さをカバーしあい、いたわり合い、愛し合って過ごしていたい。子供が幼い頃にはそうしていた。いつまでもそうであるべきだろう。

2009 06 21 [心と体] | 固定リンク

2009年6月20日 (土)

周りの人に与える感覚こそがその人の幸・不幸の一因

あの人に会うと心が晴れるという人は、多くの方から慕われいつも笑顔を絶やさず、自分は幸せだという。あの人に会うといつもどんよりとした気分にさせられるという人は、孤独で自分は不幸だという。その人が周りの人に与える感覚こそがその人の幸・不幸の一因ではないかと思う。

あの人に会うと心が晴れるという人は、自立しており自分のことを誰かにやってもらうことが少ない。相手のことを思いやり優先順位をつけて実行に移せる計画的な考えを持っている。あの人に会うといつもどんよりとした気分にさせられるという人は、他人にいつもお願いする癖がある。相手のことを思いやるゆとりはなく自分のことでいっぱいになっている。

あの人に会うと心が晴れるという人は、自然とそれができている訳ではない。いつも、自分自身との戦いを繰り返し感情的になりそうな自分を黙って押し殺し笑顔で振舞っているにすぎない。怒りの感情や悲しみの感情は誰にでもある。それを抑制できる自分がいるかいないかだけの違いでしかない。

2009 06 20 [心と体] | 固定リンク

2009年6月19日 (金)

昭和30年代 多くの家は貧乏だった

僕は、ちょうどペリー来航から100年後の昭和28年8月28日生まれ。終戦の痛手を感じつつ、さあこれから日本再生だという芽が出てくるころだった。空襲を受けていない田舎には昔の家並みが残っていたし学校は古い木造校舎だった。先生の多くは帰還兵で授業といっても戦争体験談が多かった。元兵隊の先生はとても生徒には厳しくよくゲンコツをくらった。

多くの家は貧乏で子供は小学校から親の手伝いをしたり内職などの手間仕事をしていた。洋食はほとんど食べたことがなく都会の百貨店の大食堂でカレー・フライ・ハンバーグなどを知った。家では魚と野菜中心の食べ物でお菓子などは大人が食べるものだと思っていた。お酒の当てに親がお菓子を食べているとき、おこぼれを戴いて早く大人になりたいと思った。

小学生の頃は肉と言えば鶏肉で牛肉を食べる家などほとんどなく、誰もが家で牛肉を食べるとなるとクラス中に自慢していた。「俺ん家、今日牛肉食べるんやで」と誰かが言えば、クラス中から「うわー、すご~い」といった会話がなされていた。テレビもなくラジオを聴きながら必死になって親が働いている姿を見ながら子供は大きくなっていった。

2009 06 19 [歴史] | 固定リンク

2009年6月18日 (木)

北京オリンピック 男子400mリレー 日本男子 銅メダル

朝原率いる男子400mリレー、朝原は1996年アトランタ5輪でオリンピックに初出場している。400mリレーのアンカーとして参加したが朝原の時にバトンミスをして失格となっている。それから12年、大先輩となり最後のオリンピックとして参加した。12年間チームをひとつにすることに集中してきた。4人のランナーがそれぞれの責任感を持ってベストを尽く、次の走者にバトンをつなぐ。

第1走者塚原直貴は100m準決勝で左足の太ももを故障、第2走者末續慎吾は世界選手権銅メダリストだが200m1次予選敗退、第3走者高平慎士は自己ベストを下回り200m2次予選敗退、第4走者朝原宣治も100m2次予選敗退念願の100mファイナリストにはなれなかった。

そんな4人でもチームとして団結すれば大きな力を発揮する。第1走者塚原直貴、第2走者末續慎吾、第3走者高平慎士、第4走者朝原宣治、心をひとつにしたとき奇跡が起こる。これまで日本陸上界を引っ張ってきてくれた朝原の最後の引退レースにしっかりバトンをつなぎたい。

仕事も同じで従業員のひとりひとりの心がひとつになり何としても素晴らしい業績を出そうと努力すれば最高の人生・最高の思い出を歩むことになる。従業員ひとりひとりを尊敬し責任感を持って自己ベストを尽くすように努力すれば最高の人生を歩み、最高の業績を出せる。

2009 06 18 [心と体] | 固定リンク

2009年6月17日 (水)

我慢といたわりと感謝がない

僕が子供の頃はとても貧しくお菓子や玩具や漫画などは買う余裕がなく、友達の家に行っては漫画を見せてもらい玩具をさわりお菓子をいただいた。家に帰れば軍手の内職が待っていたので玄関先で母親といっしょに内職に精を出していた。夜遅くになると酔っ払った父親が帰ってきて母に暴力を振るうという日課だった。止めに入る僕は小さいので父に突き飛ばされて腕が抜けたりして整骨院に運ばれて治療をしてもらうことがよくあった。

友達の家にはやさしいご両親がいて好きなものは何でも言えば買ってくれていた。しかし、彼はそんなやさしいご両親にいつも不満をぶつけていた。「魚は嫌だと言っただろう」「あんなお菓子が食えるか」「さっさと出て行けよ」そして僕に同意を求めてきた。「なあ、俺の親はほんと分からないよ。馬鹿じゃやないかあいつら!」僕はそんな友達が馬鹿に見えた。「おまえの方が阿呆じゃ。」と言って僕は彼とは付き合わなくなった。

それから50年が過ぎ、中学の同窓会でばったり出会った。お金持ちの家に生まれたがご両親が亡くなり家は没落して彼は日雇いのような生活で貧乏暮しをしている。子供とはこの2~3年話をしたことがなく険悪な空気があるらしい。彼の性格は一向に改善されず、我がままし放題なので「おまえは相変わらず阿呆のままやのう」と言った。「おまえには我慢といたわりと感謝がない。だからいつも不満ばかりに包まれているから誰も相手にしない。」50年前に言おうとしていたことを初めて言った。

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2009年6月16日 (火)

マイナス思考の言葉を発していると人は逃げていく

本田宗一郎の言葉に「やってみもせんで」という言葉がある。やらないうちから出来ないという若手の技術者に向かっての言葉で、挑戦することなく出来ない、不可能だと決めつけてしまう常識に問いかけた言葉だ。ホンダの歴史は常識への挑戦であり、不可能だと思えることへの多くの失敗を重ねることで可能にしてきた歴史がある。

「できません」「やれません」「無理です」といった否定的な言葉、「憎らしい」「悲しい」「辛い」「苦しい」「死にたい」といったマイナス思考の言葉、こうした言葉は人を破滅に追いやる魔力を持っている。こうした言葉は聞いている方もうんざりするので離れていく。自分自身もこうした言葉ばかりが駆け巡り魔力の呪縛に陥ってしまう。

「できます」「やります」「可能です」といった肯定的な言葉、「愛してる」「うれしい」「ワクワクする」「楽しい」「生きたい」といったプラス思考の言葉、こうした言葉は人を幸福にする力を持っている。こうした言葉は聞いている方もうれしくなるのでついてくる。自分自身もこうした言葉ばかりが駆け巡り幸福の循環につながっていく。

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2009年6月15日 (月)

与えられている幸せは長く続くと不満になる

仕事を失くしたとき、失くした職場はかけがいのないものだと気付く。しかし、その職場で働いているときは、不満が多いものだ。上司や社長がバカに思えて同僚といっしょにいるときは愚痴がほとばしるように出てくる。「こんな会社いてやるものか!」啖呵を切って退職したものの次の職場でも同じことを繰り返してしまう。

恋をすると恋人は最初とても優しくしてくれる。お互いに惹かれあい心を許しあった仲だと勘違いする。恋の始まりはただ興味があるだけなのだ。甘えられるとだんだん嫌になり「私はあなたの親じゃない」と嫌われてしまう。恋は甘えすぎては愛情に発展しない。他人は親のようにどこまでも付き合ってくれはしない。

親が車を買ってくれたときは、とても感謝し大切に乗るが慣れてくると横柄になり車をいたわることもなくなる。長く乗っているとだんだん車に不満を持ち、もっと良いものが欲しくなる。「こんなボロ車に乗っているのは私ぐらい」と買ってくれた親に不満をぶつけることもある。与えられている幸せは長く続くと不満になってしまう。

2009 06 15 [心と体] | 固定リンク

2009年6月13日 (土)

無理のない返済だったのに…

2009年度は世界的な景気後退の影響で残業がなくなり、ボーナスカットが多くの企業で検討されている。ボーナス返済を組んでローンを組んでいる人には大変な事態で、不動産や高額商品をこうしたローン返済で購入した人は返済できずに手放さなければならないことが起こっている。

3,000万円を借入期間35年、変動金利 2.475%でローンを組めば、毎月の返済額80,158円 ボーナス月の返済額240,475円 年間返済額 1,282,530円 毎月8万円なら何とかやっていけるわねとマンションや戸建てを購入する。5年後、元金は300万円ほど減っている。10年後、元金は約2,400万円やっと600万円を返済できたにすぎない。

もしも、10年後会社が倒産、あるいはリストラにあったり、ボーナスの減額によって返済不能になったとき、金融機関から競売にすると催促されれば3,000万円のマンションは10年後1,000万円程度の売却しかできない。2,400万円ー1,000万円=1,400万円の残金は仕事を失くした人であっても返済義務が生じている。

収入減となっている人にとってマンションも失くしてアパートで暮らしても1,400万円もの返済をするのは難しく、自己破産をして返済を逃れるしか手はない。高額商品を借入金で購入するということはこうしたハイリスクを背負い込むということになるので慎重に考えるべきだろう。

2009 06 13 [金融] | 固定リンク

2009年6月12日 (金)

失敗は成功のもと

つまずきのない生き方など多くの場合できない。受験、失恋、離婚、解雇、・・・そのたびに自分は何て不幸なんだろうと思ってしまう。しかし、一方ではこれからはどこでも受験できるし、誰とも恋愛できるし、誰とでも結婚でき、どんな会社にも就職できるチャンスができたともいえる。

つまずいたとき、落ち込んで嘆いていても、このつまずきこそ自分のチャンスだと踏ん切りをつけて生きていけば、それは楽しい生き方だと思う。つまずき転んでも大地を見つめて石ころのひとつでもつかんで這い上がってやろうと思ってみることだ。

僕の半生はつまずきに満ちている。挑戦者であれば人よりも多くのつまずきを経験する。たくさんの経験は書籍やテレビやゲームでは味わえないもので、たくさんのことを教えてくれた。挑戦者であればこそ多くの苦しみや悲しみを味わい生きている醍醐味を知る。

2009 06 12 [心と体] | 固定リンク

2009年6月11日 (木)

内弁慶の外鼠

僕の父は他人にはとても親切で何でも引き受けていた。手に余ることでも引き受けてどうにも動きが取れなくなり母にあたり散らしてお酒を飲んでは暴力をふるっていた。母は動きが取れなくなった事態を検証し、分析して解決策を見つけて行動して解決していった。

周りの人は必然的に父を頼りにならぬ人、母を頼りがいのある人と判断していった。我が家を訪れる人も父ではなく母を慕ってやってくるようになり益々父のストレスはエスカレートして暴力的になっていった。安請け合いは大怪我の元なのだと僕は父を見て知った。

頼まれれば嫌とは言えない人を見ると父のことを思い出してこの人は家で暴れないだろうか?ご家族に当たってはいないだろうかと心配になり、何度も念を押して拒否できる機会を多く与えるようにしている。お人好しの父は最後までお人好しのままでいたが母がいなければ自滅していたかもしれない。

2009 06 11 [心と体] | 固定リンク

2009年6月10日 (水)

パソコンスキルを磨けばチャンスは広がる

就職や転職にはワード・エクセルだけでなくパワーポイントやアクセスの資格まで必要になる。ネット環境の知識があればもっと喜ばれるだろうし、最近はホームページビルダーなどを使って自社のホームページを製作できる人を募集している企業もある。企業や行政にとってパソコンスキルはあればあるほど欲しい人材となっている。

企業活動もネットを通じて行われることが多く、ネットからのアクセスに対して如何に早く応対できるかが業績の分かれ目にもなっている。日本全国から検索して自分の要望に応えてくれる企業・行政を探すのはパソコン一つあれば事足りる時代になった。僕たちの教室に通われている方にもこうした傾向はよくあらわれている。

パソコンスキルのある中小企業にも業績拡大のチャンスは広がっている。大企業であれ中小企業であれネット上では同じこと、同じ土俵で戦うことができる。パソコンスキルと現実の商取引をパソコンを使って宣伝告知すれば小資本でひとりでもビジネスチャンスが広がっている。パソコンは知れば知るほど面白い道具だ。

2009 06 10 [学問・資格] | 固定リンク

2009年6月 9日 (火)

すべての人は我が師匠

どんなに尊敬されている人物でも人である以上、素晴らしい面とそうでない一面を持ち合わせているものだ。自分が尊敬する人物は~さんだと誰もが知っている人物をあげることは多いが、尊敬する人を狭めることなく人を見る方がいい。

どんな人にも素晴らしい一面がある。その一面を見て尊敬してあげればすべての人に尊敬の対象は広がっていく。人付き合いも、今日はどんな素晴らしい一面を見せてくれるのだろうかという期待でその人を見ればよい。すべての人は我が師匠なのだと思って人付き合いをすればいい。

2009 06 09 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 7日 (日)

親孝行、したいときに親はなし

人間は如何なる環境にも順応する。何でも言えばやってくれ、欲しいものを言えば手に入る。訳もなく拗ねてダダをこねると困ったように機嫌を取りに来る。お金があることを恨んで、どうして家はもっと貧乏じゃないのかと恨んでしまう。こうした状態にいる人はそれが無くならなければとても幸せなことだとは気がつかないし感謝もしない。

何でも言えばやってくれる人はいずれいなくなる。欲しいものを言えば買ってくれた人はいつまでもいるわけではない。訳もなく拗ねてダダをこねると困ったように機嫌を取りに来る人は去っていく。お金があることを恨んでいても一人になればすぐに貧乏を体験できる。すべてを失くしたとき、馬鹿にしていた人が感謝すべき人だったと気がつく。

親、友達、恋人、同僚、上司などいろいろな人間関係にこうしたことは当てはまるが、甘えすぎ、拗ねすぎ、感情的になりすぎで心から自分を思ってくれている人をないがしろにしていることはよくある。失くしてから気が付くがどんなに後悔しても戻ってくれはしない。その人を失くせば自分には大きい痛手だということを失くす前に気付き大切にすべきだろう。


2009 06 07 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 6日 (土)

他人のあら探しは愉快、自分のあら探しは不愉快

週刊誌やネットでのゴシップ記事は人気があり、他人のあら探しほど面白いものはない。ゴシップ記事が書かれたことによりその人の評判は地に落ちて、取り返しのつかない不幸な事態に陥ることもある。それでも第三者は面白がってさらに当事者を追い詰めていく。こうなると苛めでしかない。

他人の欠点をあげつらうのは誰にでもできる。他人の欠点ばかりに目を向けて感情的になり長所を見ようとしない、欠点をフォローしようとしない行為は社会生活を営む人間としては卑劣な行為である。自分の欠点を他人に指摘されれば驚き怒り悲しみなどの感情が湧き起こる。

人は人を責めて生きるよりも、人は人と助け合って生きることを喜びとしている。両親を責めたり、子供を責めたり、同僚を責めたり、上司を責めたり、会社を責めたり、友達を責めたり…そんなことをするよりも両親を助け、子供を助け、同僚を助け、上司を助け、会社を助け、友達を助ける方が人間らしい生き方だ。

2009 06 06 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 5日 (金)

貢献感は幸福感

誰かのために努力して感謝される貢献感ほど強く幸福を感じるものはない。仕事の世界では誰かのために仕事をして感謝されることほどうれしいものはない。また、そうした仕事をして得た利益で自分の会社の従業員に給与を支払い、その家族が幸せになれることは大いなる喜びとなる。

自分のために仕事をするから、家族のために仕事をするへ、そして、いっしょに働く仲間のために仕事をするへ、それから、会社のために仕事をするへ、そして、お客様のために仕事をするへ、それから、その地域のために仕事をするへ、さらに世界のために、人類のために・・・

いま目の前にある些細な仕事はそんな貢献感の塊なのだということに気がつくだけでいい。

2009 06 05 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 2日 (火)

世界最大の自動車メーカーが倒産した

2009年6月世界最大の自動車メーカーGMが倒産した。人件費の高騰、社会保険の厚遇など従業員への経費が経営を圧迫したが、最大の原因は売れ筋商品を持っていないことに尽きる。オイルショックの時に燃費効率の良い小型車の開発をすべきだったがローン会社やリース会社を設立して大型車の販売をしていた。

企業の進化論があり、如何なる企業といえどもお客様の変化に対応できない企業は規模に関係なく滅びていく。反対にお客様の変化に対応できる企業は規模を拡大することができる。今の時代は購買価格も安く維持費の安い軽自動車やハイブリッド車に人気が集中している。

企業は現状に安閑としていると時代に取り残されていく。高給を取り従業員の福利厚生や株主の配当や株価に重点を置いた経営者では将来を見据えた長期的な開発への大規模な投資はできなかったのだろう。結局、従業員や株主の期待を裏切る結果となってしまった。経営ミスだと言われてもしかたがない。

2009 06 02 [経営] | 固定リンク

2009年6月 1日 (月)

大学は出たけれど職はなし

1973年のオイルショックと僕の大学卒業が重なり就職先がほとんどない状態となってしまった。僕は大阪工業大学工学部建築学科なので大手ゼネコンに就職しようと思っていた。1年先輩も大手ゼネコンに就職していたので安心していたが中東戦争によって僕の将来は大きく変わっていく。

満足な就職先がないことは不幸な出来事だが、その結果、仕事であれば何でも請け負うようになり、いろいろな仕事を覚えられた。結果として今はその経験が活かされている。僕はパートではなく個人で起業したが、オイルショックがなければゼネコンで生涯働いていたと思う。

そのときは何て自分は不幸なんだろうと思ってしまうが、その不幸な出来事があればこそ今の自分がいる。魚の行商から始めたので飛び込み営業、ドブ板営業などは得意になった。どんな環境にあっても絶えず努力していれば逆境が鍛えてくれて大きく成長しているものだ。

2009 06 01 [仕事] | 固定リンク

2009年5月30日 (土)

愛する人は私を不幸にしてくれる

人を好きになりこの人と一緒になりたいと思う。この人といるだけで私は幸せで胸がいっぱいになる。あの人は今何をしているのだろうというワクワクした気持ちはやがて消えていく。恋愛とはそのまま放置していれば自然消滅するものだ。

恋愛には自己犠牲が必要で我慢して相手に合わせることを喜びとしているときはいいが、そうもいかなくなって我慢の限界に達すると相手が疎ましくなり恋愛解消へと行動するようになる。他人は両親のように我慢強くないことを思い知る。

恋人同士とはこうした不安定な状態で付き合っている。愛する人が私を幸せにしてくれるなどという確率は本当に低く、相手も同じように私を幸せにしてくれると相互依存して自己犠牲を嫌っていれば憎しみに変わるのも早いだろう。

失恋とはお互いの依存心がぶつかり合って頼りになれないと判断した結果に他ならない。恋愛を継続するには相手の依存心に十分応えていけるだけの度量や経済力が必要だろう。結局、お互いに成長できない関係は長続きしない。

2009 05 30 [心と体] | 固定リンク

2009年5月28日 (木)

親の背中で子供は教育する

親が働いている姿ほど子供に影響を及ぼすものはない。僕は経営者なので勤務時間は24時間休みなしという状態が多い。ただ、経営者として家族には僕の仕事ぶりを見て何かを得てくれれば良いと思っている。テレビを見ない、ゲームもしない、家にいるときは家事をしたり本を読んだり仕事をしている。

家族はその姿を見て何かを得てくれれば良い。言葉ではなく生き様こそ最高の教えだろう。いつの日にか家族が私のお父さんを畏敬の念で話してくれれば僕の教育は間違っていなかったということだろう。教育は言葉でも暴力でもない。その人の生き様=背中で教育しなければ本物とは言えない。

2009 05 28 [心と体] | 固定リンク

2009年5月27日 (水)

挑戦して最高の恐怖感を味わってビビって知るもの

僕は法人会の講演会に呼ばれることが多い。経営者の中には家業を継いで親の代の勝ちパターンを踏襲しているだけの二代目、三代目の方も多く業績悪化を直視できないのでゴルフなどの遊びに耽っている方もいる。従業員は、社長が無能で遊びに夢中だと知ったらヤル気をなくすだろう。

自分の下で働いて下さる従業員を幸せにしようと思えば家業から企業へと脱皮していかなければならず、自分の行いにも反省すべき点が多々出てくる。しっかり勉強して商品開発や新規開拓や新ビジネスへの挑戦など時代の変化に対応できる企業への脱皮が求められる。

挑戦すれば誰でも恐怖におののくこともあるだろう。さっさと逃げ出したいと思うことも多々あるだろう。ビビってしまって声も出ないこともあるだろう。しかし、そうした挑戦があればこそ、自分の下で働く従業員に幸せを与えることもできるのではないだろうか。

起業した頃は家族を養いたいと思うものだが、安い給与でいつまでも働いてくれる従業員ができてくれば経営者はその従業員も家族として充分給与を与えたいと思わなければならない。企業の家族主義はこうして生まれる。しかし、最近は従業員を踏み台にして経営者の一族だけが繁栄を謳歌しているのを見ることが多い。

2009 05 27 [心と体] | 固定リンク

2009年5月25日 (月)

図書館は自分の書斎

最近は図書館の開館時間も長くなり朝10から夜7時や場所によっては夜9時まで、また日曜・祭日も開館している。イベントも多く、アニメ本も多いので子供連れのお母さんも多くなってきた。受験生の中学生や高校生も多く、パソコンの貸し出しもしているし自分のノートパソコンを持ちこめば無線ランでインターネットや電子メールもできる。

僕は月に2度程近くの図書館を利用しているが、1度に10冊まで2週間借りられるのでとても便利だ。出張前などはたくさん借りておき移動の最中に読んでいる。最新本も置いてあるし関連する書籍をまとめて借り、同じ内容の箇所を比較しながら読むこともあり、とても便利だ。書籍の購入代金もバカにならないので節約になっている。

図書館内にはレストランもあり安い値段で美味しい珈琲もいただける。僕は図書館内に留まって読書はしないが、読書している方も多い。昔と違って最近の図書館は賑やかで静かに本を読むという場所ではない。たくさんの書籍を借りてきて自室で素敵なBGMと挽きたての珈琲を戴きながら本を読むのが僕のストレス解消法のひとつである。

2009 05 25 [文化・芸術] | 固定リンク

2009年5月24日 (日)

生き恥をさらしてこそ部下を守れる

雇われ経営者は事業の失敗の責任を取って辞職すれば事は済む。それまで責任追及されていた非難の的は次期社長に代わる。中小企業の創業者は事業の失敗の責任を取って辞職することができない。逃避するには自殺しかないが自殺すればその責任は家族に及ぶ。

中小企業の経営者は家族や部下に非難が及ばないようにするにはあえて生き恥をさらし続けなければならない。すべての非難を一身に受けてさえいれば家族や部下が責められることは少ない。多くの責めは深い後悔の念となり次への飛躍の糧となる。

生きてさえいればチャンスはやってくる。リーダーはすべての責任を一身に背負う気概と部下をどこまでも信頼する信念がなければならない。かつて「悪いのはすべて私です。部下には何の責任もありません」と謝罪した経営者は再起を果たしている。

2009 05 24 [仕事] | 固定リンク

2009年5月23日 (土)

ルーキーは夢に向かって走れ

何事にも幾つになっても初めてのことはある。そのときは新人(ルーキー)で、初めてだからこそ恐れを知らずに挑戦できる。大それた夢であってもルーキーはがむしゃらに挑戦するからこそ観る者を魅了する。甲子園を目指している高校球児は毎日泥んこになりながら練習に励んでいる。

彼らはどんなに相手が強豪でも試合では勝つと信じて疑わない。僕の住む街に野球場ができ、その開幕試合に地元の耐久高校(浜口五稜創立で僕の出身校)と桑田・清原が率いるPL学園が開幕試合をした。試合はPL学園が終始リードし、9回ツーアウト、最後のバッターは僕の教え子の大木慎太郎、彼は桑田の投げる豪速球を思いっきり振ってホームランにした。

相手は全国に名を馳せているPL学園、観客の誰もが地元高校が勝つとは思っていない。しかし、耐久ナインは試合終了まで勝つと信じて戦っていた。ベンチや控室で悔し涙をいっぱい流していた。耐久の得点はたった1点だけだったが、僕はそこにルーキーの意地を見た。

最初から怖気づいているようでは試合には臨めない。相手がどんなに強くても勝つと信じてチーム全体が一丸となって挑戦するからこそドラマが生まれる。たとえ負けたとしてもその後の人生において彼らが得たモノは大きいはずだ。地元住民もまた若い彼らから地元の誇りを教えってもらった。

2009 05 23 [心と体] | 固定リンク