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2005年12月30日 (金)
町より人を育てよう
僕が住んでいる小さな町も市町村合併の波に飲まれて3つの町がひとつになる。町内の有志が僕のところに来て新しい町の町長に立候補してほしいと頼みに来た。町は大きくなるが過疎の町ゆえに財政は厳しく、赤字の立派な会館や役場などの箱物をたくさん抱えているし、過疎の学校も整理がついていなく、先生も過剰なら、町の職員も多すぎる状態で何をすれば健全な町政になるのかも分からない状態らしい。
有田の谷の財政は何とかなるだろうが、僕はこの町の将来を担う若者を育成する事業が大切だと言った。かつてこの町の近く広川町に、17世紀中期江戸初期の頃、浜口儀兵衛がいたが彼は千葉県銚子に行き、ヤマサ醤油を起業し貧困にあえぐ広村の村民を多く雇用して仕事と給金を与えて村民を救った。広村を襲った南海大地震の津波では私財を投げ打って津波防波堤を民力によって造った。僕は彼が創立した耐久社の卒業生だ。
今の俺たちにこの人の心意気があれば、優秀な人材を育てて世界中、どこでもいいから起業させ、多くの町民を雇用していただけるようにすれば良いではないか。有田の谷にこだわらず、日本にもこだわらず、広く世界をまたにかけ見聞を広めて起業し、多くの人に仕事を与える人を育成し、できうればこの町の人々を雇用して仕事を与えて欲しい。そうした町の取り組みが可能であれば僕は立候補しよう。
この町がなくなっても、この町が育てた人材が世界を豊かにし平和をもたらした町だと言われれば、それだけで充分ではないか。政治とは、町の発展を望むのではなく、町に暮らす人々の幸福を願うものであらねばならぬと僕は思う。あまりにも話が大きすぎたのか、江戸初期、有田の商人の心意気は現在には通じなく、それだけ人は小さくなったと感じた日であった。
「さこさん、相変わらず話が大きいなぁ、わしらようついていかんわ。」「あんたの車、いい加減ボロやのに買い替えへんのけ?」「僕は仕事には飛行機で行くから車は必要ないんやで。」「へえ~、そりゃごっついわ!飛行機で仕事に行くんやって!」「北海道から、沖縄まで車なんぞで行かれへん。」「へえ~、さこさん、あんたそんなとこまで仕事に行ってんのか?」僕たちはお互いに笑ってしまった。


