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2006年12月18日 (月)
お父さん、如何に死ぬかを考えて
僕の父親はガンに侵され74歳で亡くなった。多くの励ましに応えようと5度の手術に耐え、抗がん剤に苦しみながら、必死で生きようともがいていた。戦争で高校を中退し、郵便局で働き始めて、高校生の母と恋仲になり僕が出来て、両家の反対を押し切って所帯を持った。
幼く貧しい夫婦に喧嘩は絶えず、二人目の子供(僕にとっては妹)が事故で死んでから、夫婦仲は冷めていった。外で飲食をして毎日のように酔っ払って帰ってくる父は、食べるものもなくてひもじい思いで内職をしている母や僕に辛く当たっていたが、父も同じように辛かったに違いない。
食べることすらできなくて、母は僕を連れて親戚の家に伺い援助してもらっていたが、そのためには多くの小言を聞かなければならなかった。台所でお金もなくお米もなく、泣き崩れている母をみて、外に飛び出し、他人の畑の野菜を引き抜いて家に持ち帰ったこともある。
2度目の手術のとき、僕は父親に、「人は誰でも死んでいく。僕もお父さんもいつか必ず死んでいく。自分が死んでも残された者が、元気に逞しく生きていけるように死ぬことが大切だから、お母さんに、ありがとうと手紙を書いてください。」と、お願いした。
父親は僕の願いを叶えてくれ、延命治療を拒否し、家で余生を過ごして死んでいった。母にすれば、長く苦しく耐えてきた人生だろうが、たった1通の手紙ですべては報われ、父と暮らせたことに感謝するようになった。死期を悟って生きるとき、生きている者を如何に生かすかを考えて実行した父を僕は誇りに思う。


