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2008年5月31日 (土)

あなたは何のために働いていますか

再就職面接で「あなたはこれまでの職場で何のために働いていましたか?」と聞かれて「生活のためです」と答えれば採用されないだろう。企業が採用したい人材とは会社の業績をこれまで以上に伸ばしてくれる人で、面接では「会社の業績を向上させるべく働いてきました」と答えなければならない。それで得た収入を生活に使おうが趣味に使おうがそれは個人的な問題で会社としては関知しない領域だ。

会社で働いている人に「企業は従業員に何を期待しているのか?」と聞けば欧米では「企業収益の向上」だと答える。「そのために自分はこの企業に雇われているし、できなければリストラされる」と答えるだろう。企業は利益集団であり、稼いだ収益で従業員の給与を支払い株主に配当を出し次の投資を行っている。赤字の企業はみんなに迷惑をかけるので社会から淘汰される。

成功している企業人はいつも「企業収益の向上のため何ができるのか?いくらの予算でいつ、いかなる方法で、どれほどの収益をもたらすのか?」いつも自分に問いかけている。その挑戦が積み重なって自分を鍛え社会に貢献できる人材となっていく。企業収益向上のために知識を蓄え、スキルを磨き、積極的に技術を磨き営業し、広く出かけて多くの人に会い、お客様に喜ばれる人となる。

2008 05 31 [心と体] | 固定リンク

2008年5月30日 (金)

好き勝手にスクスク育て!

子供の頃からまじめで成績優秀な人は一流企業や官庁に就職して働いていることが多い。いわゆるエリートコースで収入も高額で安定していたが最近はリストラや企業売買などで安閑としていられないが、それでも多くの親はこうしたエリートコースを子供には歩んでほしいと思っているように思う。

子供の頃からやんちゃで両親を困らせ好き勝手なことをしている人なのに起業して成功していることがある。どんなに親がやかましく言っても平気で人様に迷惑をかけることすら行ってしまう。大人を馬鹿にしたような反抗的な態度も平然と取る織田信長タイプだが創業者として成功するのはこうしたタイプだ。

自分の子供がやんちゃだから言うことを聞かないと嘆くのではなく、この子は将来とんでもない大物になる可能性があると思うことだ。そうした長い目で子供を見ておおらかに愛してあげることで、子供は安心して悪さもするだろうしずるさも発揮するだろうがすくすく育ち大物になっていく。

親が口うるさく子供に言うことで子供の笑顔が消えてゆく。笑顔を失くした子供から子供の才能の芽が摘み取られていく。やんちゃな子供は親が何を言ってもやんちゃなものだ。それならむしろやんちゃな才能を伸ばしてやればいい。どれほどの大物になるか楽しみではないだろうか。

2008 05 30 [育児] | 固定リンク

2008年5月27日 (火)

社長が自宅を会社所有にして社宅として借り受ける訳

創業者の経営者が自宅不動産の購入を検討するとき、個人で購入するよりも会社で購入して社宅として利用し退職するときに退職金代わりにもらい受ければ住み続けることができます。創業者である経営者が倒産すれば自宅などの不動産も抵当に入っているので個人所有であろうが会社所有であろうがなくなることに変わりはありません。不動産は会社所有にして必要経費を節税するほうが得策です。借入するときの抵当として考慮するならば抵当価値があるそこそこの物件にするべきでしょう。

会社で不動産を購入し社宅にした場合、借入金の支払利息は全額経費になります。不動産を購入すると、登記費用や不動産取得税など諸費用がかかりますが、社宅であれば、この諸費用は会社の経費で処理することができます。また、固定資産税や火災保険などは会社の経費になります。そして、建物の価値の減少分である減価償却費を費用処理できるのが、社宅にする大きな節税メリットです。例えば木造住宅の耐用年数は約20年ですから、3千万円の建物であれば、毎年150万円減価償却していきます。社宅であれば、毎年150万円を減価償却費として経費処理することができます。

徴収すべき家賃は建物の床面積が、132平方メートル(マンション等の場合は、99平方メートル)以下である場合には、次の3つの金額の合計額が、社長から徴収すべき1ヶ月分の家賃となります。
・(その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
・12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3平方メートル)
・(その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22%
建物の床面積が、上記の132平方メートルを超える場合には、次の2つの金額の合計額を12で割った金額が、社長から徴収すべき1ヶ月分の家賃となります。
・その年度の建物の固定資産税の課税標準額×12%(マンション等の場合は、10%)
・その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×6%

不動産の購入に関しては転売しやすい好立地で人口流入地区であること。耐震基準を満たしている新築物件であること。投資物件としての妙味のある立地であることが大切で価格はそんなに問題ではありません。会社の剰余金をこうした投資物件に投じることは企業家としての選択であり悪いことではありません。住居の購入を考えている創業者であればこうした購入の仕方を利用すればいいでしょう。

2008 05 27 [住まい・インテリア] | 固定リンク

2008年5月24日 (土)

あなたが僕の子供というだけで幸せです

僕は自分の子供が大好きで、ただ自分の子供でいてくれるだけで幸せだ。学校の成績が如何なるものであってもそれを咎めるようなことはせず、笑顔で子供を受け入れたやりたいと思う。僕が自分の生き方にいつも反省しているように、子供だって人を傷つけたり失敗したり反省することはたくさんあるだろうが、それを責めるのではなくいつもかばってやろうと思う。

家族はどんなときにも助け合う間柄でありたい。どんなに落ち込んでいても虐められても辛いことがあっても親に辛くあたっても反抗的であっても家に帰ればいつも笑顔で迎え入れてやりたい。自分の子供たちの父として生きていることにうれしさと感謝をいつも感じる。お父さんだって失敗し人を傷つけてばかりなんだからただ生きてくれるだけでいい。

2008 05 24 [心と体] | 固定リンク

2008年5月22日 (木)

ある中間管理職の方へのお返事

僕の夢は人々が嬉々として生きてほしいということです。如何なる環境にあっても人それぞれに生きている意味があります。如何なる逆境にあっても人には生きる希望があります。それに気が付き、多くの命と共に生きていることに感謝し、命ある限り多くの人のために自分の命を燃やせる人であってほしいのです。

10年前、和歌山県有田郡吉備町にたったひとりの僕は「3年後、日本一のパソコン教室を作る」とたったひとりのパート従業員である植田専務に宣言していました。この人は大馬鹿野郎かもしれないが、面白い馬鹿野郎だから付き合ってみようと思ったそうです。3年間、自分の持てるすべての力を注いで仕事をしてみました。

できない!という常識は僕にはよく分かりますが、できないという常識に真正面から挑戦する僕はかっこいいなと正直思っていました。馬鹿にされるたびにうれしくなってヤル気が沸々と湧いてくるのです。世の中の成功者の多くはこうした大馬鹿野郎です。「やってあかんかったら、腹を抱えて笑えばええやん」ですよ。

リーダーはいつも部下が仕事しやすい環境を作るように動いてあげることです。僕には100名近い部下がいますが彼らが何をしているのかは明確には把握していません。彼らの行動を逐一把握するよりも彼らが嬉々として働ける環境を作ることが僕の仕事だと思っています。

そのためには、僕たちは何を目標としているのかが明確になっていなければなりません。ビジネスの世界では業績です。これが第1目標で、業績が伴わなければ廃業するしかありません。業績を目標として働くには業績に対する目標が必要ですが、業績はお客様が支払う商品やサービスに対する対価ですからお客様満足度を高める必要があります。

お客様はただが一番うれしいのですが、無料にしてしまうと会社が持ちません。そこで、業績と経費のバランスが必要になります。自分たちの経費をまかない次の経費を蓄えてしかもお客様満足度を高める計画と行動が仕事には必要ですね。こうした考え方がスタッフに浸透するようにいつも対話を心がけてみてください。

2008 05 22 [仕事] | 固定リンク

2008年5月19日 (月)

親を敬う子供が社会で成功する

日本人がブラジルに渡って100年以上、日系ブラジル人が大出世しブラジル経済に大いに貢献しているが、彼らの多くは祖父や祖母、父親や母親が一生懸命に働き、自分たちを学校に行かせてくれたおかげでこうして成功しているのだと異口同音に話している姿を見る。貧しい暮らしの中から子供にだけは学校に行かせてくれたことに感謝し何としても成功して家族に少しでも良い暮らしをさせてあげたいと必死になって勉強してきたことがよく分かる。

1980年代、アメリカにいた僕は若い日本の留学生が遊びに夢中になっている中で、中国人やインド人の留学生が真剣に勉強している姿を見てきた。彼らも同じように家族が懸命に働いてくれているおかげでこうして勉強できていると感謝していた。2008年、中国やインドが伸びてきているが彼らが成長し国家を支える人材となっている。彼らもまた祖父や祖母、父や母に対する感謝の気持ちが人一倍ある。

僕もまた両親に感謝しながら生きてきた。暴力的だった父親で何の資金援助もしてくれなかった父親だった。父をよく知る人の評価が決してよくないのも知っているが実直に働いてきた父親を僕は誇りに思っている。両親がいなければ僕はここにいない。もっとも身近にいる人を愛せない人が社会で成功するとは思えない。社会で成功するには多くの人を愛せるハートが必要だ。

2008 05 19 [心と体] | 固定リンク

2008年5月15日 (木)

やることなすこと気に入らないって?

その人が好きであれば、その人の言動のすべてが好印象で、とても好感を持って受け入れる。ちょっとしたミスでもカバーしたり許してあげることにも嬉しさを感じるほどだ。その人と何かしら関係していると思うだけでワクワクしてくる。その人が嫌いであれば、その人の言動のすべてが悪印象で、嫌悪感を持って受け入れる。ちょっとしたミスでもカバーできず許してあげることもできずに憎悪を感じるほどだ。その人と何かしら関係していると思うだけでムカムカしてくる。こうした二面性が人間にはある。

全く同じ人物なのにある時は好感を持ちあるときは嫌悪感を持ってしまう。その人が何かの原因で変わり印象が変わる場合もあるが、その原因は自分にあることが多い。他人を受け入れる寛容性=器は日常受ける刺激によって大きく変わるので寛容性がなくなってくると感情的になって他人に対して嫌悪感を持ちやすくなってしまう。たとえば毎日嫌なことが続くとチョッとした他人のミスが気になって気分が悪くなってしまう。

あの人は嫌な人だと思ってしまうとき、自分の寛容性が小さくなっていないかと考える。良いことがあると人は嫌なことがあっても平気で過ごせる。楽しい出来事を思い出してみたり、良い思い出になるように努力してみたり、その場を離れて気分を入れ替えたり、つまりはその人との関係を良くしようと考えて実行してみることだ。嫌悪感を抱く前に嫌悪感を抱いている自分を反省してみる。嫌悪感はその人の世界を小さくして不幸の原因となるので避けなければならない。

ストレスが多い毎日の中では他人を受け入れるどころか他人を拒否しがちになる。一方が嫌悪感を持つと必ずお互いに嫌悪感を持ってしまうので好印象を持とうと決意して行動してみることだ。それでも相手が嫌悪感を持ち続けていれば別れていくだろうが寛容性を広げようと努力した人はそれだけ成長する。寛容性の大きさはその方の幸福感を左右し、寛容性が大きい人ほど生きていることも楽しくなる。「何をそんなに私とんがってるの?」って思える自分が大切だろう。

2008 05 15 [心と体] | 固定リンク

2008年5月14日 (水)

PCビギナーズ、商業界 の2誌に紹介されました

日経PCビギナーズ6月号 P62~P69までデジカメ写真でアルバムを作る特集記事を載せています。僕と植田専務の顔写真入りで和歌山県湯浅町の湯浅醤油の美観地区を紹介していますのでご覧ください。これは6月発売予定のフォトショップ・エレメンツ6の講座照会を兼ねて記事にしました。P41には生徒募集広告が載っています。

商業界6月号 P144~P148まで中小企業診断士の秦 元親さんのFCビジネス最新動向に当社が紹介されています。都内にて取材を受けましたのでいろいろと自社の経営モデルを紹介させていただきました。パソコン教室業界全体が低迷する中で当社だけが毎年増収増益を果たしているビジネスモデルなども紹介されています。P148では株式会社オールエイズが紹介され萩原社長のコメントが載っています。

2008 05 14 [仕事] | 固定リンク

2008年5月12日 (月)

人の心を溶かすのは深い愛情

拗ねる(すねる)、妬む(ねたむ)、憎む(にくむ)、反抗するといった感情は自己主張が認められない状態になり、相手を思いやる感情がなくなり、自己実現だけが目的になってしまった時に起こる。激しい怒りやどうしようもない深い悲しみに陥ることで自己防御しようと脳細胞が働く。しかし、感情に振り回される自己防御であって問題の解決策にはならない。

こうした激しい感情を突き抜けると今度はただ生きている自分に感謝できるようになる。どんなに辛いことでも受け入れられる自分を発見した時に、人はもっとも人らしい行動が取れるようになる。すべての生命は他の生命の助けなしには生きていけない。毎日の食事ですら他の生命を皿に盛り頂いている。自分は活かされているひとつの命だと気がつく。

周りの人に感謝し、深い愛情を注げるようになる。拗ねる(すねる)、妬む(ねたむ)、憎む(にくむ)、反抗するといった感情を持っていた自分が恥ずかしくなり自己主張よりも他人主張を受け入れようという気持ちになる。こうした感情の起点となるのがみじかな人の無償の愛情で、無償の愛情をもった人に接することによって人は甦るのだと僕は思う。

2008 05 12 [心と体] | 固定リンク

2008年5月10日 (土)

片思いの力って凄いんだよ

片思いのとき、相手の方が自分の思いを受け入れてくれるように必死になって努力する。気に入られようと高価なモノを買ってプレゼントしたり、手足となってどこにでも行ってあげたり、どんな相談にも応じようとしたり…相手の方が好きになったことでこうした行動を喜んでとるようになる。それを僕は片思いの力と言っている。

片思いの力を恋人に限定せずにいろいろなモノに広げてみてほしい。たとえば仕事に片思いを馳せるとどんなことでも必死になって喜んでやるようになる。仕事に熱中しているので上達も早いしお客様や仕事仲間の信頼も厚い。結果としてその仕事はその方の人生になくてはならないものになり多くの人に認められるモノになっていく。

人間関係に広げてみれば、多くの方が良い人だと褒めてくださるようになり信頼も厚くなる。人の好き嫌いをなくして多くの人を愛して片思いの力を利用すれば、幸福に満ち溢れた人生を過ごしていることに気がつく。人の好き嫌いは自分の器の大きさで、その人の器が小さければ仲の良い友達ぐらいしか受け入れられない。

僕は相手がどうあれその方やモノに片思いをするようにしている。片思いなのでその方やモノには迷惑なこともあろうがどんどんその方のためになると思えることは積極的に努力する。気がつくと僕は多くの方から信頼され感謝されるようになった。こうした幸せはお金や名誉や権力では得られない人間としての最高の喜びだと思えるようになった。

2008 05 10 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 7日 (水)

上意下達と下意上達がなければ遣り甲斐は生まれない

アメリカのAT$T社の製造部門でウエスタン・エレクトリック社がシカゴに持っていたホーソン工場で従業員のヤル気がなくなり欠陥商品が増加して返品の山を築いてしまった。工場長は労働環境をチェックしたが給与面でも福利厚生施設面でもライバル工場より優れていた。報告を受けた経営者は困ってハーバード大学に調査を依頼した。

従業員に聞き取り調査をして、1、従業員全員、自分がやっている仕事の目的を知らない。2、自分たちの仕事が地域社会や会社のためにどのように役立っているのか知らない。3、貢献度や寄与度に応じた評価基準が知らされていない。という結果を得た。つまり、従業員全員が何のために仕事をしているのか全く分からない状態だということに気がついた。

ハーバード大学のメーヨー教授は二つのことが必要だと診断した。ひとつは上から下へのトップダウン(上意下達)もうひとつは下から上へのボトムアップ(下意上達)で、この二つの連絡網がキチンと機能していない=コミュニケーション不足であることが仕事へのヤル気を削いでいることを教えてくれた。不都合な真実であっても上に報告することが大切なのだ。

部下に必要な情報を伝えないでこれだけにしようと制限を加える。上司に現場の情報を制限して伝えるなどということがあった場合、業績は必ず悪化する。僕の会社でもこうした情報操作が行われていたことがある。そのために全員が苦しむ事態に陥ったが、その原因はこうした情報操作だった。面白いことに情報操作している幹部ですらそのことで苦しむという皮肉を生んでいた。

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2008年5月 6日 (火)

人と接する幸せ

僕は人と接するのが大好きでテレビを見ているよりも人と話をする方が好きだ。テレビは多くの情報を与えてくれるが人はその人が感じたモノを僕に与えてくれる。人はそれぞれ感じ方が違うのでその人の感じ方を知るとそうした感じ方もあるのかとちょっと不思議な感覚を覚える。多くの人は多くの感じ方を教えてくれるので人との出会いはとっても好きだ。

テレビやパソコンはたくさんの情報を与えてくれるが、時間があれば静かに何もない部屋で明かりもなく音もなくひとりでボーッと深く静かに考える時間が好きだ。そんな時間が考えをまとめてくれるし閃きもある。瞑想というにはおこがましいし熟慮というほど頭を回転させていない。人と会っている時間とひとりでボーっと考えている時間が交互にあって僕は自分を保っているように思う。

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2008年5月 4日 (日)

長く生きることより充実した中身が大切

僕の父は死期を悟ってからは心静かにベッドで横になり、妻に「これで最後だからタクシーを呼んで欲しい」と言って病院の先生に痛み止めの注射を打ってもらって永眠した。愛される喜びを感じた日々に感謝して、これ以上病院の治療を続けようとはしなかった。僕や母に遺書を残していたがその内容は感謝にあふれていた。僕は父の死を見て長く生きるよりも充実した生き方が大切なのだと思った。

多くの人のために尽くし、人の愛情を感じ、人に感謝できる生き方こそもっとも大切な生き方なのだろうと思った。たったひとりでも自分を愛してくださる人がいて、その人とともに過ごした日々に感謝できればいつ死んでも悔いはないということだろう。自分と関わる多くの人にできるだけその期待にそえる生き方をしてみようと僕は思った。気がつけば僕は悔いのない日々を過ごしていることに気がついた。

「滅私奉公」とは自分を活かすことだと僕は思う。自分を殺して人のために尽くすことができれば、結局自分を最大限に活かすことになると実感する。若い頃は自分がやりたいことや認められたいことが前面に出て人を傷つけることもあったが、今は他人がやりたいこと、望むことをやらせるように最大限自分が努力することに徹している。

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2008年5月 3日 (土)

東広島校 植木博秀さんの体験発表

東広島教室に伺った時、教室に来られていた生徒の方々と教室スタッフの皆さんが僕のために歌を歌って出迎えてくださいました。初めてのことだったので、これにはビックリでした。スタッフの涙の体験談とともに生徒代表の植木さんの体験発表を記載します。


ブンちゃん先生、ようこそ東広島校へおいでくださいました。あの人気の高いブンちゃん先生にお会いすることができるということで、私達は今日のこの日を指折り数えて待っておりました。大変お忙しい中を時間を割いてこの交流会に来て下さったことに心から感謝申し上げます。1時間という短い時間ではありますが、めったにお会いできないブンちゃん先生との心の交流会を有意義に過ごしたいと思っております。私がこの「わかるとできる」教室を知ったのは、平成18年10月に新聞の広告を見たときでした。今どきの会社では、パソコンができるぐらいは常識ではないだろうか、と思い当時77歳でしたが挑戦してみることにしました。

10月17日に入校した時には、尾花由記先生がおられていろいろと説明をしてくださいました。私はワープロで文章を書くぐらいのことしか知りませんでしたので、説明を受けてからパソコンは随分いろいろなことができるんだなあと関心してこれだけいろいろなことができれば人生が豊かに過ごせるかもしれないと意を強くしました。あれから、インストラクターの先生がたもつぎつぎと変わられましたが、今では福重照美先生と前谷夏季先生のお二人の先生に指導を受けております。

両先生ともいつも笑顔で迎えてくださり、生徒たちの為に前向きに一生懸命に指導してくださいます。何度も同じことを聞いても、いやな顔ひとつせず、わかるまで丁寧に教えてくださいます。私たちはいつもこのお二人の先生に「ありがとうございます」と感謝しています。両先生の人柄のよさもさることながら、ブンちゃん先生の教室運営の理念がここでも立派に生きているのだと思います。ブンちゃん先生!どうかこのお二人の先生をほめてあげてください。

私はこの教室に週2回通って1年半になりますが、ワード初級とデジタルカメラ応用編を修了し、エクセル初級講座がもう少しで終わるところです。としを取ると若い頃に比べて物覚えは遅く、忘れるのは早いという情けない状態となりますので、習うスピードはどうしても遅くなります。ブンちゃん先生の教えにあるように「年齢に関係なく挑戦することが大切でそこから道が開けてくる」という言葉に力づけられて、夢と希望を持っていまからもパソコンに挑戦して行きたいと思っています。

次に、ブンちゃん先生のパソコン講座を聞いている時、その合間にパソコンのことだけでなく、人生の生き方について教訓になるいろいろな言葉を解説つきで教えていただきました。これらの教訓は家庭でも職場でも大切にしたいものであり、ブンちゃん先生が大変な苦労をされていろいろな職業を体験され、ついに成功されてその中から生まれたものだけに大変感銘を受けました。私は過去の人生を反省するとともに、これからの人生に活かしていきたいと思っています。

名言の一部を挙げてみますと、「幸福は自ら挑戦して自らの手で勝ち取るものです」「夢と希望を持ちなさい」「他人に与えたことは見返りを期待しない」「感情で対立した時は我慢して自ら折れる」「人を非難しない」「喧嘩をしても相手に逃げ道を作ってあげることが大事です」「苦しい時は逃げないで前を向いて前進する」「精一杯努力する」「何事も年齢に関係なく前向きに挑戦することが大事です」などです。今日は、ブンちゃん先生にお会いできて本当に幸せでした。ブンちゃん先生!どうかますますお元気でこれからも私たちをご指導くださいますようお願いいたします。今日はどうもありがとうございました。

2008 05 03 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 2日 (金)

生徒さんとの感謝の思い出


フジグラン東広島校 インストラクター 福重照美

BUNちゃん先生、本日はお忙しい中フジグラン東広島校までお越しくださり、まことにありがとうございます。今回このような場を設けていただき、BUNちゃん先生の前で体験発表をさせていただけることをとても光栄に思います。

東広島校のインストラクターになって約1年4か月が経ちます。とても内容の濃い毎日で、たくさんの生徒さんとの出会いと別れがあり日々学ばせて頂いております。インストラクターの仕事は人の役に立てている!と常に実感でき、今まで経験してきた仕事の中で一番やりがいを感じる仕事です。人から感謝されることの喜びを生徒の皆さんから教えていただきました。本当にありがとうございます。

私は大阪の大学卒業後、兵庫県で訪問販売の営業をしておりました。宅配牛乳の営業で、一軒一軒のお宅に飛び込み営業をしていました。日々・毎月決められた契約目標軒数の達成に向けて業務に取り組んでいました。兵庫県は宅配牛乳の激戦区で営業所もたくさんあり、お客様への営業も激しく、とても嫌われる営業でした。居留守を使われたり、話を全く聞いてもらえなかったり、いらないと言われることがほとんどで、どうやって話をして契約を取るかだけを考えて日々働いていました。仕事のやりがいは契約件数をみんなよりたくさん取ってくることや目標達成をすることでした。お客様の気持ちは一切無視をして行っていたので、人の役に立つことや感謝される喜びは全く感じませんでしたし、それが仕事のやりがいだと知りませんでした。

東広島校のインストラクターになってから本当の仕事の楽しさを知ることができました。私にとってとても大きな出会いでした。この仕事との出会いは東広島に住んでいる従兄の叔母さんからの紹介でした。パソコンの資格を持っていたので活かせる仕事に就きたいと思い探していたところ、紹介してくれました。叔母さんからの紹介がなかったらここで働いていることもなかったと思います。紹介してくださったことにとても感謝しています。

パソコン資格があるといってもインストラクターの仕事は初めてで、最初は全くわかりませんでした。業務に就く前に、生徒の皆さんが受けられるBUNちゃん先生の授業の受講をさせていただいていたので、授業内容は事前に把握することができ、とても心強かったです。しかし、いざ業務に就くとなかなか思うようにはいきませんでした。質問されたことに対してどのようにお答えしたらいいのかわからない。緊張して質問された内容を理解することさえでいないこともありました。

また、フォトショップや水彩講座などまだ私が勉強していない講座を受けていらっしゃる生徒さんからのご質問に答えられず、先輩インストラクターの方に対応していただくことも多々ありました。業務に就きたての頃は先輩の方々にはもちろん、生徒の皆さんにもとてもご迷惑をおかけしていたと思います。うまくお答えすることができなかったり、時間がかかったりしてしまっても、何一つ文句を言わず、私の説明で「ありがとう」と言っていただけた時はとても嬉しい気持ちと今のままではいけないと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。生徒の皆さんのパソコンを身につけたいという頑張りが、私の勉強の励みにもなりました。

インストラクターの業務に就いて最初に嬉しかった思い出は、生徒さんから先生と呼んでいただけたことです。私とお名前が同じ、野尻照美さんという生徒さんがいらっしゃいました。私が業務に就いてすぐのイベントで皆さんの前で自己紹介をさせていただきました。イベント参加者の皆さんもそれぞれお互いに自己紹介をされた時に、野尻さんは「福重先生と同じ野尻照美です。」とあいさつをされました。照れくさかったですが、とてもうれしかったです。そして、まだまだ入りたての私が先生と呼ばれてもいいのだろうかとも思い、不安もありました。しかし、先生と呼んでいただけることに感謝し、責任を持って行動しなければならないと実感した出来事でした。

私自身の初めての入会対応・担任は業務に就いて丸2ヶ月が経った時でした。現在も続けて通ってくださっている、尾辻康博さんです。教室前にいらっしゃったところをお声がけしました。私が、リードしてお話や提案を進めることができず、教室前で二時間ぐらいお話をしました。その後、教室内でまた一時間ぐらいお話をして入会をしていただきました。私にとって初めての入会獲得そして担任でしたが、自分自身納得できない気持ちでした。対応時、何をお話すればいいのかがわからず、ダラダラとお話をしてしまい、私自身、途中から進め方がわからなくなってしまいました。そして、尾辻さんに入会していただくことが申し訳ない気持ちでいっぱいでした。話しに終わりが見えず堂々巡りになっていたので、仕方なく入会してくださったのではないかと思いました。

尾辻さんが帰られた後、りょうこオーナーにこの気持ちを伝えると、「そんな気持ちで尾辻さんの担任になることが、一番尾辻さんに失礼であること。私のことを信用してくれてお金をお支払いして入会してくださったのだから、納得いかないと思うのではなく、責任をもってパソコンを身につけていただくため対応していかなければならない。」と教えてくださいました。納得いかないと無責任な考えを持ってしまった自分がとても軽率で恥ずかしく思いました。

私に、インストラクターとしての自信をつけてくださったのは、佐武基寿さんです。入会された時、パソコン初めてでお家にパソコンもありませんでした。再就職のためにパソコンができるようになりたいと、とても意欲的で前向きな方だと思いました。平日は毎日教室に来てお勉強されました。教室でお勉強されている時にVistaのパソコンを購入されました。ちょうどVistaのパソコンに切り替わった時期でした。パソコン全く初めてで、教室ではXPでお勉強され、お家ではVistaのパソコンで練習をされて、人一倍苦労をされたと思います。しかし、弱音や愚痴は一切はかず毎日ひたむきにお勉強されていました。私は、佐武さんとお会いすることがとても楽しみでした。そして、いつも私の励みになりました。

パソコンでは私が先生ですが、それはパソコンだけでのことで、佐竹さんを始め生徒の皆さんが私にとっては先生であり人生の大先輩です。お話をしたり、ひたむきに頑張られている姿に日々教えられました。私よりはるかにいろんな経験をしてこられているので、言葉の一つ一つにも重みがあります。佐武さんから、継続してやり続けることの大切さ、人に感謝する気持ちを教えていただきました。

インストラクターの業務について、約10か月がたった頃に、戸田雄憲さんとの出会いがありました。現在も通ってくださっており、マンツーマン会員としていつも一緒にお勉強をさせていただいております。私がお渡ししたチラシを見て教室まで来てくださった方です。その時パソコンはお持ちでなく、まったくの初めてでした。知り合いの方がネット株をされていて、自分もやってみたいと興味があったそうです。チラシをお渡しした翌日に教室まで来てくださり入会してくださいました。通い始めて1か月ぐらいが経った頃に、パソコンを購入しようと思うとおっしゃられ、教室でも購入できることをお伝えしました。

お勧めを紹介してと言われ、なるべく安くて最新のパソコンを何台かお勧めしました。その時、私はパソコン本体の性能などについて知識がほとんどなく、調べても違いがあまりよくわかりませんでした。誰もが高いものより安いものの方がいいと思うと勝手に思っており、手頃な価格のパソコンをお勧めしました。パソコンでどんなことをやりたいのかどのようなパソコンがいいのかなど、戸田さんのご要望はまったく聞かず考えず提案をしました。私が調べたパソコンの見積もりをご説明したところ、「商売はお客様のことを考えて自分が自信をもって良いと思えるものを提案しなければならない。この商品は私のために心の底から提案してくれていると思えない。そんな気持ちではダメだ。」と言われました。

言われた時はそこまで言わなくてもとムッとしました。しかし、それは図星で、私の心の中を見透かさせていました。戸田さんからビシッと言っていただき、パソコンの知識がなくパソコン販売から逃げ腰だった私を向き合わせてくださいました。アドバイスしてくださった後に、「私は、このようなこと思っていても本当は人には言わない。教えてくださいと言われない限りしゃべらない。」とおっしゃられました。私のことを思って言ってくださったのだと思い、とてもありがたく感謝の気持ちでいっぱいになりました。その後も戸田さんは現役で働かれていた時の話や子どもの頃の話など、いろいろお話をしてくださいます。若い頃はとてもご苦労をされていたみたいです。昔の話や自分の考えなどご家族の方にも周りの方にもあまりお話しされないそうです。「このような話をするのは、あんたにだけよ。」とおっしゃってくださり、とても嬉しかったです。

ちょうどこの頃、前谷教室長が愛媛から東広島校に転勤して来られました。私よりインストラクター経験も長く、生徒対応や入会対応などとてもすごいと聞いていたので、来られることが決まってから楽しみでした。一緒に働いてみてそのすごさを実感しました。いつでもどんな時でも相手の方のことを考えて生徒さんのことを考えて行動されます。そして自分がしんどい時もしんどそうな顔は絶対にせず、いつも優しい笑顔をされていて本当に素晴らしい人だと思いました。教室長になられてからは、有言実行で考えたことはすぐ実行し、目標は絶対に達成できるように計画をしっかり立ててお話しをされ、本当に尊敬しています。

今回BUNちゃん先生に東広島校へ来て頂くためにたてた「2ヶ月で入会者数30名」の目標は、私は最初、達成できるのか半信半疑でした。簡単に達成できるような数字ではありません。しかし、教室長が絶対に達成できる!と自信を持って言われていたので、私も信じて頑張ろう!と思いました。信じて行動した結果、本当に達成することができ嬉しさと驚きでいっぱいでした。私が、ここまで一生懸命に取り組むことができたのは教室長の目標に向かってのひた向きな行動と自信いっぱいの姿をいつも見せていただいたからです。物事に対して精一杯取り組む姿勢と達成した時の喜びを教えてくださいました。

わかるとできるのインストラクターの仕事を通じて、皆さんから教えて頂くことはとても多いです。この仕事に就いて、人と正面から向きあうことの大切さ、向き合ってともに喜んで悲しんで苦しんで、時には本気でぶつかり合うことの大切さを教えていただきました。人としっかり向き合うことはとてもエネルギーを使います。エネルギーを使いますが、その分日々喜びを感じる量は何百倍も大きいです。生きる喜びを皆さんから教えていただきました。毎日一生懸命パソコンのお勉強をされている皆さんの姿が私の励みです。これからも一緒に頑張りましょう!よろしくお願い致します。

パソコン教室わかるとできるとの出会いがなかったら今の私はありません。わかるとできるを創立してくださったBUNちゃん先生に感謝しております。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願い致します。

2008 05 02 [心と体] | 固定リンク

東広島教室の教室長の前谷さんの体験発表

今日は、東広島教室の教室長の前谷さんの体験発表を載せます。全国ランクインの常連ですが、常連になれた秘訣が生徒の方との心温まる交流だったのだなと感じる発表です。吉村オーナーの教室は3教室ともに全国ランクインしスタッフの皆さんがこうした体験を生徒の方々の前で感涙しながら発表して下さいます。もらい泣きしました。

体験発表の前に、私の自己紹介をさせていただきます。

私は2年前の5月に愛媛県のジャスコ川之江校に入社しました。入社して初めての会社が、このありがとう株式会社でした。入社当初は内気で人とコミュニケーションをとるということが一番苦手でした。次第に「自分にはこの仕事は向いていないんじゃないか」と考えるようになり、辞職を申しでました。でも、社長をはじめ、専務やジャスコ川之江校の教室長はこんな私をこの会社には必要だと言ってくれたのです。その時私は、「もう少し頑張ってみて、それでだめなら辞めよう」と決めました。

それから2カ月程経ち、生徒さんとも距離が縮まり始め、今まで一番苦手だったコミュニケーションが一気に楽しくなり、今では生徒さんとの会話がとても楽しみになりました。その頃、私はこの仕事の楽しさを体感し、自分の居場所はここしかないと思い始めました。それから1年半、愛媛県のジャスコ川之江校でお世話になり、昨年10月に東広島校へ転勤してきました。

東広島校の生徒さんはどんな方がいらっしゃるのか、私を受け入れてくださるのか、という期待と不安がありました。しかし、皆さん笑顔で歓迎してくださり、不安は一気になくなりました。中でも植木さんは私を一番歓迎してくださり、それが何よりも励みになりました。そして、これから一緒に働く福重先生とも早く打ちとけて楽しく仕事をしていきたいと思いました。福重先生は私を実家へ招いてくれたり、教室に早く馴染めるように気を使ってくださいました。福重先生の実家に行かせていただいた時は、お母さんが私の好きな山芋の手料理を沢山用意してくていました。お父さんも隣でお餅を焼いてくれたり、色々お話をしました。おじいちゃんとおばあちゃんもとても親切に私を迎え入れてくださり、すごく温かい気持ちになりました。それからもお母さんが手料理を作って下さったり、私が体調を崩した時は薬を持ってきて下さったりと本当に愛情に溢れたご家族だと思います。その一つ一つの心遣いや思いやりが私にとって心の支えとなっています。

そして今年の2月、BUNちゃん先生に東広島校へ来て頂くための目標を達成するために力を合わせて精一杯がんばりました。福重先生と二人で目標達成するための話し合いを何度も行いました。「絶対にBUNちゃん先生に来ていただいて、生徒さんに喜んで頂きたい!」私たちにはその想いだけでした。それが生徒さんにも伝わったのか、たくさんの生徒さんに応援のお声をかけていただいたり、協力もしていただきました。このような素晴らしい日を迎えることができたのも、皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

東広島校はこれからもっとたくさんの地域の人たちに愛される教室、なくてはならない教室にしていきます。どうかこれからもよろしくお願いいたします。

2008 05 02 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 1日 (木)

仕事は下意上達でござる

紀州藩主(現在の和歌山県)から江戸時代の第8代将軍になった徳川吉宗は享保の改革を行ったことで知られている。彼のやり方はボトムアップ(下意上達)式経営で目安箱を置き、その中に「江戸では貧富の差が激しく野たれ死にする老人がいて見るにしのびない。幕府の援助で収容施設を作ってほしい。」という意見書があった。吉宗将軍はさっそくこの意見書を書いた小川に会い、大岡越前にこの意見書を実行するように言い、小川に初代の所長になるように言った。小石川養生所は東京都養育院となり、初代の小川先生は赤ひげのモデルになった。

僕もボトムアップ式経営の実践者で、現場のスタッフやお客様の意見を取り入れ現場に即した事業計画を練り上げるが、それは僕が練り上げるのではなく、現場スタッフが自分たちが担当している地区やお客様の意見を聞きながらお互いに話し合って出てきた意見を優先するのもとなる。現場ではお客様の意見とスタッフの意見が違うこともあり、そのときはどちらの意見を優先するのかアドバイスすることにしている。

言いだしっぺがその意見を採用され実践できるということはヤル気十分で、そのことが仕事をする上では最も大切な要素になってくる。仕事はヤル気でヤル気は自分たちがやりたいと心から思っていることに違いない。やりたくもないことや疑問に思っていること不安に思っていることなどを実践しても成果はたかが知れている。それよりも現場の主役が納得してヤル気になったことを失敗を恐れないで実践できる環境を作ってあげることが経営者に与えられた仕事だろうと僕は思う。

2008 05 01 [仕事] | 固定リンク