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2009年1月31日 (土)

偉ぶる人ほど不幸

家の中でいちばん偉そうにしている人は何でも自分の言うがままに家族を使うが感謝しているわけでなく本人はやりきれない不満を抱えている。その不満のために益々家族への要求はエスカレートしていき隷属している家族はますます小さくなって暮らしている。

かつては父親がそうだった。僕は毎晩のように酔っ払って帰ってきて家でもお酒を呑み母や僕に暴力をふるって偉ぶっていた。「お前らなんかに何がわかる!」と吐き捨てるように叫んで酔いつぶれて寝てしまう。母も僕もそんな父を尊敬することはなかった。

僕は22歳になり母と僕がそんな父にしたのだと思って今日からは父を精一杯愛していこうと母に言った。それ以降、徐々に父の態度は変わっていった。65歳も過ぎると丸くなり母や僕に感謝の言葉をいつも言ってくれる父になった。偉ぶっている父は孤独で辛かったと思う。

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2009年1月30日 (金)

親は経験したことを話し、子供は経験したいと思う

「歴史は繰り返す」といい、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という。親は子供に自分が経験したことから同じ過ちを繰り返さないように指導するが、子供は経験したことがないので同じ過ちを繰り返そうとする。結果として歴史は繰り返される。いくら嘆いても自分と子供は近い他人でしかない。

経験したことがある人がどんなに注意しても経験していない人は理解できない。経験してみて初めてあのアドバイスはこういうことだったのだと理解する。何とも皮肉なことだが人類はこうしたことを繰り返している。世代交代して行く過程では同じことが何度も繰り返される。

その過ちを繰り返さないように記録しておくことは大切だが、同じ人間でない限り他者は同じ過ちを繰り返していく。反省とは経験した者にしかできえない行動だ。こうしたことを理解して子供を見るとアドバイスはするが同じ過ちを繰り返したあとのフォローをしっかりやるべきだと気がつく。

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2009年1月29日 (木)

過干渉の親は干渉されるのが大嫌いの矛盾

子どもに過干渉の親は子供時代に愛情に恵まれていないことが多い。自分が親になれば理想的な子供教育を目指して行動する。しかし、理想的な子供教育は子供に対する愛情が過干渉によって反抗的な子供になってしまい愛情よりも憎しみが増幅しがちである。

憎しみが増してせっかくこんなに心配しているのにどうして分からないのという態度になり益々親子関係は悪化する。過干渉の人は他人からせっかく素晴らしいアドバイスをもらっても「私に干渉しないで!」と避ける傾向がある。つまり、他人に過干渉する人は他人から過干渉されることを嫌うという矛盾が生じている。

冷静になって自分自身をよく観察することができなくなることは誰にもある。どうにも子供に腹立たしい時は危険信号だと思えばいい。怒りの感情が沸々と沸き起こってくるときは冷静さを失くしているので子供は反抗的になるかできるだけ逃げていようとするものだ。

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2009年1月28日 (水)

いつまで勉強しとるんじゃ!

僕は中学3年生の時、高校受験のために深夜遅くまで勉強していた。ある日、父親が包丁を持って僕のところにやってきて「いつまで勉強しとるんじゃ!電気代がもったいないとわからんのか!」と包丁を振りかざして怒り出した。僕はとっさに外に飛び出して逃げた。

1時間ほど近くの駅でいると心配した母親がやってきた。もう大丈夫だから家に帰って来いと言った。僕はニコニコしながら「母さん、あれだけ父さんが頭に来るぐらいだから僕は~高校に合格する」と言った。この子は何を言っているんだと思ったそうだが僕にはそんな自信があった。

貧乏な僕の家では電気は貴重なのだが明け方まで勉強している僕を自分勝手だと思ったのだろう。確かに僕は進学したいと言ったが、明け方まで勉強するから電気代を出して欲しいとは言わなかった。ただ、僕が受験する高校の受験生でこれだけ父親を怒らせたのは僕だけならきっと受かると思った。

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2009年1月26日 (月)

親の期待はどんどんエスカレートする

どんなに優れた機械でも休めなければ壊れてしまう。人間ならばなおさらでしっかりと休養を取らなければ体や精神を痛めてしまう。子どもにとって一生懸命になって努力しているようでも親にはなんて怠慢な生活をしているのだろうと思うことがよくある。

また、少し勉強できるようになるとさらに高みに登れと期待を膨らませていくが子供にとってはありがた迷惑なことも多い。「母さん、私はこれで精いっぱいなの」というシグナルを見落としてはいけない。学生の頃の不勉強は働き出してからの勉強で充分カバーできる。

むしろ、働き出してからの勉強こそその人を成長させるものではないだろうか。松下幸之助しかり、本田宗一郎しかりで社会人になってからの勉強がその後の人生を決定している。学生の頃は勉強よりも道徳心を磨いた方がその後の人生には役立つと僕は思う。

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2009年1月25日 (日)

自分のプライドを賭けて言えない言葉

僕は55年の人生で他人に「死ね」とか「うざい」といった相手をまったく否定するような言葉を言ったことがない。また自分自身に対して「死んでやる」と自分を完全に否定する言葉も言ったことがない。「死ね」とか「うざい」などと言われた人は大きく心を傷つけられ生涯忘れることがないだろうし、「死んでやる」と言えば相手の方が心配するか軽蔑するだけだろう。

日ごろ親切にしてくださっている人に対して「死ね」とか「うざい」といった言葉を言ってしまえば、自分が受けた恩を仇で返すことになり失望や落胆は計り知れず生涯忘れることはない。何気ない言葉でも「死ね」とか「うざい」といった言葉は強烈に相手を傷つける。人生は漫画でもなければゲームでもテレビドラマでもない。取り返しのつかない言葉が「死ね」とか「うざい」といった言葉だろう。

どんなに意地悪をされても苛めにあっても僕は「死ね」とか「うざい」といった言葉を言ったことがない。それは自分自身へのプライドで自分はどんなにされようとも魂までは腐らないという僕からの強烈なメッセージでもある。ひとりで泣いても悔しさで感情が高ぶっても決して「死ね」とか「うざい」とは言わないで黙って我慢しその場から離れるようにしている。

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2009年1月24日 (土)

日本全国には700万件の空き家がある

日本中にある空き家は平成20年で約700万件だと言われています。しかも、空き家や空室率の高い地区は田舎ではなく東京23区内や大阪市などの大都市になっています。1994年以降、大都市圏では大量に新築マンション、戸建て、賃貸住宅が供給されました。昭和の時代、住宅不足が叫ばれていたのが平成20年以降は供給過剰になっています。

僕の住んでいる田舎でも空き家が増えている。かつてご家族で住んでいたが子供たちは都会や海外で暮らし、それぞれに購入マンションなどで暮らしており田舎のご両親が亡くなり空き家になったものや文化アパートを経営していたが人口流出で入居者が減少して空き家となった文化アパートも多い。こうした空き家をどうしたものかという相談もよく受ける。

また空家率10%以上の大都市が増えていますし人口減少が避けられませんからますます空き家が増えてきます。大都市では中古物件の販売や借家が増えるでしょうから優良中古物件が低料金で買えたり借りられる時代になりそうです。販売用マンションなのに購入した方が投資目的に購入され賃貸で入居している方もいます。不動産の購入よりも賃貸でいる方がチャンスが広がるように思えます。

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2009年1月23日 (金)

不動産購入リスク

不動産を購入すれば値上がり益によって売却時にはかなり儲けるという現象が日本でもアメリカでも起こったが、その後そうしたことがなくなり不動産も自動車と同じように購入した時から資産の減少が起こると考えるのが普通になった。団塊の世代やベビーブーマーが30代の頃は不動産需要があり値上がり益も期待できたが人口減少期になると様相は一変する。

日本では人口減少期に入るので不動産は下落していくと考えるのが普通で、こうしたときは賃貸にしておくことが資産を守るうえでは大切だと思う。高額な借り入れをして不動産を取得するのが夢という考え方は終身雇用や年功序列が当たり前だった20世紀には通用しても21世紀にはいつ解雇されるのか分からないし年功序列制度はすでに崩壊している。

自分へのご褒美だと独身女性がマンションを購入したものの転売できなくて困っていることもある。中途半端に小さな間取りや価格が商品下落を激しくしている。アパート経営を始めたが入居者が予想以上に少なくて赤字になり転売しようとしてその下落幅に驚いたということもある。また、マンション開発業者が予定していたリートなどの販売先をなくして倒産している。

設備が老朽化して誰も入居してくれないアパートやマンション一軒家なども多い。地盤沈下してひび割れて建具がきしんでいる不動産もよく見かける。高額な投資となる地盤改良することなく内外装だけ行い転売している例も多い。リゾートマンションは新築価格と中古価格の下落幅に驚く方も多い。不動産購入はあまりにもリスクが大きく賃貸で資産を守る方が得策である。

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2009年1月21日 (水)

より良い人間関係の作り方

僕の母はいつも知り合った方には手作りの「巻き寿司」をお土産にして持って帰っていただいたりそのお宅に持って行ったりしてより深い人間関係を結ぼうとしていますし、僕はちょっとしたお土産を持って行ったりいっしょに食事をしたりしてより深い人間関係を結ぼうとしています。また、僕の32歳になる息子は食べ物を小分けにしてお世話になっている方々や同僚、後輩にお持ちしてより深い人間関係を結ぼうとしています。僕の家族に共通しているのは食べ物をプレゼントしたりいっしょに頂くなりしてより深い人間関係を結ぼうとしていることです。

僕は就職したとき上司や同僚に「田舎からのお土産ですので食べてください」と有田ミカンやかまぼこなどをプレゼントして仕事を教えていただきました。嫌みな上司や先輩社員も食べ物が入ると態度が柔らかくなりますし、ちょっとした仕事のコツなども教えてくれるようになります。食事を奢ってくれるようにもなりますし仕事の悩みまで教えてくださることもあります。上司や経営者となった時は部下や取引業者の方々にお土産をプレゼントしたり食事をふるまったりしてより深い人間関係を結ぼうとしました。

「同じ釜の飯を食った仲間意識」は人間関係をより強くします。僕の人脈のほとんどはこうして作られたといっても言い過ぎではありません。魚の行商をしている時も魚を無料でお配りして先により深い人間関係を結んでから販売を始めました。人間関係の構築が苦手な人はこうしたことをまったくと言っていいほどやりません。そのためにその人のために一肌脱ごうと思ってくださらないので人間関係はとてもドライです。人は良くしていただいた人に恩義を感じ無理して動いてくださるが何もしてくれない人には恩義を感じないので自分の都合でしか動いてくれません。

2009 01 21 [心と体] | 固定リンク

2009年1月17日 (土)

悩みは最大のものに関心が移る

駅のホームにある飲料水の自販機の前で100円玉を落っことせば一生懸命に探そうとする。見つからなければ悔しい思いをするが、乗車するべき急行電車に乗り遅れれば100円玉のことなどすっかり忘れて焦るだろう。翌日恋人から別れてほしいと言われれば電車のことなどすっかり忘れて死んだ方がましだと嘆いている。次の日、病院であんたは癌だと言われれば別れの辛さより死への恐怖にさいなまれている。

人は今置かれている最大の悩みに関心が移り、それまでもっとも自分が悩んでいたことがかすれていく傾向がある。「あんた、先ほどまで~で悩んでいただろう」と言われてそうだと思い出す程度になってしまう。いっしょになって悩んでいた友達はあっけにとられてしまうものだ。悩みとはそうした性質を持っている。今ある悩みに苛(さいな)まれている人は、さらに大きな悩みがあれば自分はどうするだろうと考えてみればいい。

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2009年1月16日 (金)

苛められ傷ついた心は癒されない

人付き合いで他人を無視したり、無言で睨みつけるだけだったり、何を言っても否定するばかりで受け入れようとしなかったり、馬鹿にされたり、自分に対する侮辱的な言葉を周りの人に話していたり・・・そうしたことをされた場合、その人を心から許す気持ちにはなかなかなれない。

傷つけられた心は幾つになっても癒えることなく残っている。会うとそのときの記憶がよみがえりまた同じように苛められるのではないかと思ってしまう。苛めた人はすっかり忘れても苛められた方は生涯心の傷となって残っている。それほど人を苛める行為は残酷で悲惨だ。

親が子供を苛めたり、子供が親を苛めたり、上司が部下を苛めたり、部下が上司を苛めたり、友達が友達を苛めたり、好きな人があなたを苛めたり・・・人は憎しみから他人を苛めることがあるがその苛めは生涯その人を傷つけることだと知っておくほうがいい。その人は生涯あなたに近寄っては来ない。

苛められた人といっしょに暮らしたり仕事をいっしょにしたりするのはとても辛いのでそのときは離れているようにするべきだろう。そうしないと我慢すればするほど心がボロボロに引き裂かれていく。「君子危うきに近寄らず」思い切って環境を変えた方が双方にとって有益だと思う。

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2009年1月15日 (木)

自分の人生は自分が創っている

松下幸之助は9歳で小学校を中退し和歌山県を出て大阪の船場で丁稚奉公を始めた。日本中にはたくさんの丁稚がいたのにどうして松下幸之助だけが大企業の経営者になりえたのだろうか。彼以上に一生懸命に働いた丁稚も多かったはずだ。もともとは和歌山県でも有名な資産家のお子さんだったが父が米相場に投資して失敗し没落してしまった。

自転車屋の丁稚をしているときに大阪に導入された市電に乗りこれからの時代は電気だと直感し今の関西電力に入社する。仕事が面白いのでどんどん出世して暇になると今度は夜間学校に入学して仕事をこなしながら勉学にいそしんでいる。ただ小学校中退の彼は同僚のようにとはいかず筆記が苦手で途中で退学している。

彼は仕事も良くでき最年少の22歳で検査員という最高の役職に就いた。しかし、その役職に安住することなくソケットの開発を始めている。就職したら仕事を誰よりも早く覚えて積極的にこなし、少しの時間でも勉学に励んでみたりいろいろな物を見学したり体験したりして社会の流れを見ている。そして、オリジナルのものを開発しようとしている。

多くの丁稚奉公の中でこうした意識を持って働いている子供は少なかったのではないだろうか。仕事の愚痴を言い、与えられた仕事に創意工夫することなく、積極的に伸びようとする仲間の足を引っ張り、苛めで憂さを晴らし、給金で遊びを覚え、勉強よりも仲間といっしょに遊ぶことを優先していたのではないだろうか。

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2009年1月14日 (水)

自己所有ではなく自己都合による利用にこだわる生活

僕の部屋は4帖半でほとんどモノがない状態ですが生活はとても豊かです。友達が来れば近くの仲良しの料理屋に行きますがイタリアンでもフレンチでも割烹料理でもうどん屋でもOKです。最高の料理人を雇っているのと同じで最高のおもてなしができます。もしも、自宅に最高のキッチンを用意して彼らのような料理を振る舞えるかと言えば答えはNOです。

週末は近くの温泉に行って露天風呂やジェットバスなどを楽しみますが、自宅にこんな設備を持っている人などいません。別荘がなくてもリゾートホテルや旅館を利用すれば最高のおもてなしを受けることができます。親しくなれば多少の無理も聞いてくれます。自己所有にこだわるとお金がいくらあっても足りませんが、それぞれをうまく利用すれば生活はとても豊かになります。

こうした利用では、行きつけの施設の方と親しくお付き合いすることで僕は近隣の飲食店では食べに行った時に何かしらお土産を持っていったりします。人付き合いがうまいかどうかは生活の場を広げられるかどうかでもあり、積極的に気に入った飲食店や施設の方と親しくなっておくことです。街が自宅のように利用できる環境は自分で作ることができます。

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2009年1月12日 (月)

他人のふんどしで相撲を取ることも一興

仕事が嫌だと思っている人は少なくない。誰でも一度や二度は仕事を辞めたいと思うものだ。僕はそうした相談を受けると仕事が嫌な時は転職するか仕事を好きになるか独立するかだろうと話す。嫌な仕事でも一生懸命にやって業績を上げていれば取引業者やお客様の会社から退職するならうちの会社に来て欲しいという話がある。何の話もやってこないならそれは自分の評価が思った以上に低い場合で素直に反省すればいい。

自分の評価がどれほどなのかは転職しようと思いますが僕を雇う企業はあるでしょうかと業者様に聞いてみればいい。「君なら是非ともうちの会社に欲しいね」と言ってくだされば仕事の内容や給与面での相談次第では転職するのも良いことだ。「君なら他にいい会社が見つかるだろう」と言ってくださる場合はどこに行っても雇う会社はないということだろう。

仕事で業績を上げて評価も高い場合は独立を考える人もいる。一国一城の主となるのは誰でも一度は夢見る。経営者となって思う存分やってみたいと思うのは自然な考えだろう。業者様でも「君が独立するなら君と取引するよ」と言ってくださる方がいること。今の会社内で貴方に就いてきて下さる方あるいは応援して下さる方がいることなどが独立への条件だろう。誰も応援してくれない場合は独立しても失敗する。

今の会社内で倒産のリスクは経営者にお任せして給与を頂き独立してもできない仕事をやらせていただくことに感謝して社長のふんどしで相撲を取ることに生きる喜びを感じる従業員も多い。多額の借金をして自分の給与が取れないリスクを背負い、従業員には気を使い、銀行にはペコペコし、家族からは生活費をいつ入れるのだとせっつかれることなく思う存分仕事ができることは大いなる喜びだ。

2009 01 12 [心と体] | 固定リンク

2009年1月11日 (日)

思いやりを失くし自滅し、反省して蘇生する

自分の要求ばかりが先行して相手の立場を考えない行動に出るのは赤ちゃんで、親の立場を考えないで自分勝手に行動する。それでも親は喜んで赤ちゃんの世話をするが、それは相手が赤ちゃんでひとりでは何もできないことを知っているからに他ならない。

社会人になり自分の要求が先行して相手の立場を考えない行動に出て「私のことを何も考えてくれない」と言っていると人付き合いは破局を迎える。親は付き合ってくれても他人はそこまでは付き合えないと離れていく。自分が甘えていたと反省するしかない。

職をなくしたり、恋人をなくしたり、連れ合いをなくしたり・・・人の別れにはお互いの思いやりをなくした結果ということが多い。思い出してみると相手を傷つけて自分勝手なことばかりしていたと反省することばかりだろう。その反省こそが自分を蘇生させる。

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2009年1月10日 (土)

可処分所得は減少傾向

内閣府の「国民経済計算」や「国民生活白書」によると可処分所得は1998年以降減少傾向にある。特に若者の可処分所得の減少が著しい。日本では資産の保有がシニア層に集中しており豊かなシニア層と貧しい若者層に二極化している。パートアルバイトの若者の平均年収が150万円前後で推移しておりパートアルバイト労働者は増加傾向にある。

パートタイム労働者の年収は男性20代114万円、30代163万円、40代147万円、女性20代118万円、30代120万円、40代120万円でこの年収だと将来展望が描きにくい。また、20~29歳の若者の失業率は8%台となっており非常に高い。夫が正社員、妻がパートタイムという形態や夫婦でパートタイムが増えており可処分所得が低い原因になっている。

子育て世代の実質可処分所得は1990年以降ほとんど伸びていない。また、貯蓄残高ゼロ世帯が22%あり20代では37%にもなっている。初婚平均年齢はどんどん高齢化し男女ともに30歳弱、また生涯未婚率は急上昇しており10人に1人は結婚しない。年収が少なく貯金ゼロで遊びにもお金をかけない若者が増えているのもうなずける。

2009 01 10 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2009年1月 9日 (金)

誰も私のことを分かってくれない


「あなたに私のことなど分からないわ」「僕のことなど誰も分かってくれない」などといった言葉を聞くことはよくある。落ち込んだ時や感情的になっている時によく出てくる言葉だが、他人は受け入れてもいいと思える程度までは分かっているように振る舞えるが、それ以上は受け入れがたい。

他人にこう思ってほしいとかこのように行動してほしいと思っていても自分が要求している内容が相手に伝わり、しかもそれを受け入れても良いと思っていただけなければ相手はこちらの思うようには動いてくれないものだ。ただ、それだけのことなのに悲観したり怒ってみたりしている。

自分の考えているように他人が行動してくれないときは自分の実力がそこまで行っていないか自分の考えが身勝手なことになっているかだろう。つまりは自分を高めて受け入れなければならないと思ってもらえるようになるか、反省して謙虚になるかだろう。相手にとってまだ自分は子供のようなのだと思えばいい。

反対に「私は他人のことを分かっているのか?」と問い返してみよう。ほとんど他人の事が分からないだろうし人の考えや感情は変幻自在で理解できないというのが本当のところだろう。私も相手のことが分からないのに相手が自分のことを分る筈がないと思えば少しは謙虚になれる。

人はそれぞれ自分が大切だから、他人の要求には素直には応え難いものだ。他人の都合を考えずに自分のことばかり言っているとき「あなたは私を分かってくれない」と叫んでいることが多い。「あなたはあなたを分かっていますか?」その問いに「はい」と答えられる人はまずいない。

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2009年1月 8日 (木)

阪神タイガースで「アニキ」と呼ばれる4番打者

阪神タイガースで「アニキ」と呼ばれる4番打者 金本知憲著「覚悟のすすめ」を読みました。1991年ドラフト4位で広島東洋カープに入団。体力もなく注目されることもなく、いつ戦力外通告されるか分からなかった状態だったそうです。連続フルイニング出場世界記録を更新中の彼の生き様は一流と言われる選手にふさわしい内容でした。入団して3年後には戦力になる選手になろうと練習につぐ練習に励んだそうです。

シーズンオフこそ他の選手と差をつけるチャンスだと筋トレやバッティングを磨きました。どんな病気や怪我でも試合に出場していたのは最初の頃はレギュラーを他の選手に奪われる恐怖からだったそうです。後半はプロのレギュラー選手として期待されている以上出るのは当たり前という意識だそうです。ビジネスの世界では退社してからの過ごし方が大切でしっかりと勉強して自分を磨いていなければ他の従業員とは差がつかないということでしょうか。

どんなことがあってもやり続ける心や努力する心が大切で少しの練習では身につかないそうです。筋肉は少しの手抜きも許さないそうでやればやるだけ筋肉はついてきますが、さぼるとすぐになくなっていくそうです。入団当初は体力がなかったけれども3年間筋トレをやり続けるとプロの世界で通用する体力がついたそうです。ビジネスの世界でも少しだけやって結果が出ないと愚痴っても当たり前ということで、3年間はやり続けるということでしょうか。

チームプレーに徹して個人の記録に目をつぶる態度がなければ優勝しないそうで、かつての阪神タイガースは個人記録に重点を置いたチームだったそうです。その頃は万年最下位の駄目トラチームでした。優勝するためにはお互いに優勝するという強い意識とお互いに切磋琢磨して向上するひたむきさがなければならないそうです。お互いにひたむきに問題点を指摘して修正する強いチームワークがなければ優勝しないということです。言わなければならないことはあえてすぐに言うことですね。

また一流の選手になるには「感謝の心」が大切で。感謝することで多くの人から支持され支援されるようになれたそうです。その支持や支援に応えるべく努力するという好循環が生まれます。怒鳴られて嫌々やらされている練習でもやり抜けば実力になってくるそうです。辛いことから逃げ出そうとする自分を無理やり追い込んでくれる人がいれば向上するきっかけとなるそうです。嫌みな上司も見方を変えれば自分の成長のためになっているということでしょうか。

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2009年1月 7日 (水)

知力、体力よりも精神力

わが愛する阪神タイガースの前監督 岡田彰布(おかだ あきのぶ)著「頑固力 ぶれないリーダー哲学」という書籍を読みました。常勝チームになるには「勝利への執念、個人プレーではなくチームプレー、緻密な作戦、短所ではなく長所を伸ばす指導、打順をいじらず」といった内容でした。ビジネスの世界でも打順を組織に置き換えれば納得できるものでした。

ドラフトで入団してくる選手は皆才能が溢れているのに多くが潰れていくそうです。使ってくれないという不満から腐っていく選手、ちょっと活躍するとチヤホヤされて舞い上がってしまい自分の才能を過信して潰れていく選手が多いそうです。そんな精神面の弱さを克服して真面目に謙虚に練習に励む選手だけが残ってくると書いていました。

どんなに才能があっても精神面でのタフさが一流選手と潰れていく選手との違いでしかないのだと思いました。「腐ったらアカン」という言葉があるように拗ねてみたりイジケテみたりという状態はいちばん救い難い心です。いついかなる時もいつかはチャンスが必ず自分にも巡ってくると信じてトレーニングに励める強い精神力こそが野球の世界でも大切で知力、体力よりも精神力が求められます。

2009 01 07 [心と体] | 固定リンク

2009年1月 6日 (火)

整理の基本は捨てるにあり

整理整頓の仕方でその人の処理能力が分かるとまで言われているし、ビジネスマンがもっとも関心が深い項目のひとつに整理整頓があるといわれています。僕は職場でも家庭でも整理整頓している中で生活することが大好きなので雑然とした中では生活できません。

整理整頓する前に基本的な分類として1か月以内に使ったことがあるもの、3か月以内に使ったことがあるもの、3か月以上使っていないものに分類します。3か月以上使っていないものはほとんどが捨てるようにしますが、どうしても置いておかねばならないものは倉庫などに保管します。

3か月以内に使ったことがあるものは半分程度は捨てるように整理します。1か月以上使っていないのでただ置いていたという場合がほとんどです。ただ近くに置いているだけでいつかまた利用するかもしれないという場合は誰かにプレゼントするか処分するかにします。どうしても置いておかねばならないものは倉庫に保管します。

1か月以内に使ったことがあるものはさらに1週間以内に使ったことがあるものと1週間以内に使ったことがないものに分類して整理するとデスクや部屋に置かねばならないものがかなり減少してきます。倉庫に保管するものはファイルやアクリルボックスなどに整理して保管しておき1年以上経っているものはほとんど捨てます。

職場でも家庭でもこうした整理整頓を心がけると身の回りはいつも最小限度の物しか置いていないのですっきりしますし見た目も綺麗に整理整頓できます。博物館のようにいろいろな物が雑然と展示されているデスクや家庭では物に囲まれて何から手をすければ良いのかが分からないのではないかと思います。

2009 01 06 [生活] | 固定リンク

2009年1月 5日 (月)

学問は我が身を助ける

社会人になってからの学問次第で状況は大きく変わる。社会人になれば自分に必要な学問とは何かがはっきりと分かっている。資格であったり専門知識であったり熟練であったり・・・。社会人になればパソコン操作をまったく必要としない企業はないので必要不可欠の学問としてパソコンが入ってくる。21世紀はパソコン知識や資格は最低限の技能になっている。

その次には決算書や事業計画書やプロジェクト計画を分析・立案・検証できる知識として簿記が入ってくるだろう。企業で働く従業員の成長力がその企業の業績を左右する時代なのだ。その次には自分が従事している仕事の専門知識の勉強や資格が必要になってくる。書籍だけで得られる知識もあれば学校に行って学ばなければ習得できない知識もある。

20代、30代、40代、50代といくつになってもこうした実務知識の習得にあくなき探求心を持って挑戦し続ける社会人はいくつになっても成長期にあり万年青年であり続ける。こうした学問の積み重ねによって実力も付き評価も高まりチャンスがやってくる。組織の中で「今度のプロジェクトはあいつにやってもらおう」という評価を得るのはこうした社会人だ。

あくなき挑戦者であり続ければ愚痴もなくなり他人の評価も気にしなくなり他人事に一喜一憂しなくなる。自分を磨けば自信もつきヤル気も沸き起こる。「あの人はこうだ」「こんなことを言われた」「社会が悪い」「環境が悪い」「政治が悪い」などと言って自分を省みない社会人には成長はない。自分の中に一本の筋を通すことができるのも学問である。

2009 01 05 [学問・資格] | 固定リンク

2009年1月 3日 (土)

無職にて天下の大地を踏みしめる

仕事を失い天下にひとり立つ。そんな素敵なことはない。無限の可能性を手に入れたのだから、誰にも邪魔されず、上司に文句も言われず、ただ己の信じるままに天下に行動を起こすことができる。己の力量次第でどんなにか大きなことを成すかわからない。無職とはそんな状態を指して云う。

僕は23歳、31歳、45歳の3度、無職になったことがある。23歳ではお金に困って魚の行商を始めたが、これがビジネスの基本を叩き込んでくれた。31歳では有り金全部をもってアメリカに行ってきたがアメリカも日本も同じ人間だと痛感して帰ってきた。45歳では残された人生を何か人のためになることをして過ごしたいと思った。

23歳の時は悲しかったが、その悲しみはこれからの不安でしばらくして悲観の中にビジネスの夢を見るようになった。多額の借財に絶望していたが、その絶望の中にやり抜いてみせるという希望を見つけた。31歳の時は2度の離婚でさすがに何もヤル気が起きなかったのでアメリカに行った。

ロスアンゼルスのサンタモニカの海岸で失恋して無職になってしまった黒人と出会った。落胆している彼に僕の洋服の番を頼み、僕は西海岸の海を泳いでいた。一緒に食事をして話をしていると日本人となんら変わらない同じ人間だとつくづく思った。たくさんのアメリカ人と友達になりアメリカで商売もできるという自信を持った。

アメリカで興味を持ったウインドサーフィンを帰国してから始めようと仕事は夜で済ませる学習塾にした。学習塾に夢と希望を抱いていたわけではなく、自己都合でそうなっただけで勉強も風次第で、いい風が吹いているといつもビーチに行っていた。子供たちにとって僕は先生ではなく何でも相談できる物わかりのいい兄ちゃんだったろう。

45歳の時は自分が覚悟を決めて無職になり1年ほどは考え悩み続けた。こんどこそ仕事に命を吹き込もうと思っていた。社会人教育の必要性を感じてパソコン教室を始めることにした。僕は3度ともに自分で風を起こすことで自分を活かしてきた。無職なら自分でどんな風でも起こせる。おのれ自身を見失ってはいけない。

2009 01 03 [心と体] | 固定リンク

2009年1月 2日 (金)

父よあなたは偉かった

子供の将来を憂い思わず子供に厳しくしつけてしまう親は多い。その親の厳しさが理解できるのは自分が親になり子育てに悩み疲れ果てたときだろう。僕の親は厳しかったが親と一緒に暮らしているときはただただ憎らしい存在でしかなかった。毎日のようにぶん殴られる生活に殺意さえ抱くことすらあった。

若い頃の僕は親の力などなくても自分の力で何でも乗り越えられると信じていた。世の中は自分の実力次第でなんとでもなると信じていた。とくに学生の頃は知識に溺れているので始末に悪い。勉強さえしていれば自分よりも成績の悪い奴より社会で成功できると信じていた。それらが崩壊するのは就職してからだ。

成績が振るわない奴でも親の会社を継いだ奴はしっかり素晴らしい経営者になって収入も良くなり人格も備わっていた。親の助けをうまく利用して社会人になってからスキルアップに努め資格を手にして立派になっていった奴もいた。悪さばかりしていた奴でも無一文から会社を立ち上げて成功している奴もいた。学校の成績とは多くの場合関係のない世界だった。

魚の行商をしていることを知っている両親はどんなにか僕を助けたいと思ったことだろう。他人から「あんたの息子さん、魚売っていたわよ。なんとかしてあげたらどうなんよ」と非難されたことも多々あった。それでも両親は近くでひとり住んでいる僕に何も言わず何も助けずジッと耐えていた。そんな関係が10年も続いた。親父がとてつもなく偉い親だったなと思うのは親父が死んでからだった。

2009 01 02 [心と体] | 固定リンク

2009年1月 1日 (木)

人は斬るものではなく活かすものである

会社を英語ではカンパニー(company)と云いその意味には「仲間」という意味が含まれています。企業の財産は資産の部に書かれているものではなくその企業で働く仲間です。人こそ財産で如何なる企業といえども人なくしては活動できません。

企業経営者を信じて一生懸命に働いて下さる仲間を切ることはできない。仲間のために自分たちの取り分を減らしてでも仲間を助けようとするのが人情だろう。赤字を出して人員削減しないで済むように必死の思いで営業に駆け回るのが人情だろう。

2009年は仲間意識と行動が問われる1年になるだろう。仲間のためにどれほど真剣に働けるのかが試される1年となりそうだ。企業人となればビジネスの世界で勝ち抜かねばならぬが収益を出すのは仲間の生活費を稼ぎ、仲間の家族の生活費を稼ぐためでもある。

2009 01 01 [仕事] | 固定リンク