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2009年3月31日 (火)
いつか子供は会いにくる
別れた夫婦はお互いに会うことを避けるが子供は大きくなると離れていった親に会いたいと思うようになる。どんなお父さんなのだろう?どんなお母さんなのだろう?私はどのようにして生まれてきたのだろう?二人はどうして出会い、どうして別れたのだろう?そんな疑問から別れた親に会いたいと思うようになる。
「いつの日にか会いにくる」そのときに素晴らしい人生を歩んでいる姿を見せようと僕は思った。必要とされるならいつでも手助けをしよう。僕たちはお互いに愛し合っておまえを産んだのだと話してあげよう。僕たちはお互いに分かれてしまったけれども子供である君のことを決して忘れたことはないと話してあげよう。
別れた人を恨むのはやめよう。別れた人を心から愛していこう。離れてしまった子供を心から愛していこう。素敵なお母さんだったと子供に話せるようになろう。別れた妻に悔いのない夫婦生活だったと思えるようにこれから生きてゆこう。決して腐らず前向きに生きる姿を示していこうと思った。
2009年3月29日 (日)
できない理由を探し出す
いつもできない理由を探し出す癖のある人は状況打開を果たせないで苦しんでいる。状況打開のアドバイスをすれば「待ってました」とばかりにできない理由をたくさん延々と述べてくれる。
そして有効なアドバイスは否定されまたは無視され苦しい状況は何の解決もできないでいる。できない理由をたくさん述べる人は継続して我慢強く挑戦するまで何の変化も起きない。
ビジネスの世界でも学生の世界でもこうした人をたくさん見てきたがなかなかこうした性格は直らない。ビジネスの世界では仕事の業績が悪化し、学生では成績不振で喘いでいる。「己を知る」ことはとても大切だ。
学生には悩んでいないで少し勉強してみればとアドバイスし、躊躇する社会人には物事はやってみなければわからないものだとアドバイスする。過去は変えることができなくても未来は自分で変えられる。
2009年3月28日 (土)
最高の子育ては仕事をしている姿を見せること
世界中で逞しく育った子供はいつも両親が寝る間も惜しんで働いている姿を幼い頃から見て育っている。どんなに働いても楽にならない貧乏のどん底生活の中でも笑顔で早朝から深夜まで働き続けた親を見て両親に楽をさせたいと子供は思い親を誇りに思う。
汗水たらして働き続けるお父さんの手はごつごつしている。いつも笑顔で働いているお母さんの顔は日に焼けて真っ黒になっている。二人ともアンチエイジングにほど遠く、お洒落などには縁がない。しかし、誰よりもかっこよく誰よりも美しい。
2009年3月27日 (金)
この辺が私の分相応
京都には石庭で有名な龍安寺がある。そこの茶室蔵六庵の露地にある知足の蹲踞(つくばい)にはとてもユニークなデザインで吾唯足知(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれている。「足ることを知る者は富めり 強(つと)めて行う者は志有り」という中国・春秋時代の思想家 老子の言葉である。
今の会社に不満がある、今の連れ合いに不満がある、今の恋人に不満がある・・・、などと不満ばかりに目が向いているといつまでたっても満足を得ることがない。また、満足を得る会社では自分が能力不足と言われるかもしれない、満足する連れ合いや恋人には不釣り合いだと言われるかもしれない。
現状を嘆くのではなく現状を肯定して行動すればいつしか大満足になるだろうということだろう。また、現状を自分自身が変えようと決意して行動するものはその志に見合った結果を得るものであるという考え方。いつの時代も幸福とは自分の足元にある。
2009年3月26日 (木)
経営者の仕事は従業員を幸せにすること
起業家は最初「お金持ちになりたい」と思って起業する。たったひとりでの会社はどんなに小さくても事務所がなくても自分の城だ。誰の命令を聞かなくてもいい、思うがままに仕事をすることができる。ウキウキ気分で商品を売ったりサービスを売ったりする。
しかし、お客様は自分の言うことを聞いてくれない。思うように商品やサービスが売れなくて会社で従業員として働いていれば会社が自分を守ってくれていることに気がつく。自分の会社は自分を守ってくれない。それは自分が経営者だからだ。
従業員でいるときは会社に対する不平不満を言っていたが、自分が経営者になるとその不平不満はすべて自分ができていないこと=自己否定につながる。自分の会社が嫌になるということは自分が嫌になるということになる。起業家はこうして経営者の苦悩を知る。
成功している経営者の多くは謙虚で愛情に溢れてお客様に感謝し勉強家である。従業員の幸せを願い、いつも従業員のご家族にまで気を配っている。従業員はお客様の幸せを願い、いつもお客様のご家族にまで気を配って仕事をし勉強家である。愛情の薄い経営者は会社を大きくできない。
2009年3月25日 (水)
如何に生きるべきか
子供の命が余命1カ月ならどう判断して行動するのか?と思い、子供に接するようにしているとイライラや腹立ちはなくなりむしろ今を一緒に生きていることに感謝するようになる。遊んでばかりの子供の命があと1カ月なら叱りつける親はそうそういないだろう。
反対に自分の命が余命1カ月なら家族や従業員にどのように接するだろうかと考えて行動するとイライラや腹立ちはなくなりむしろ今を一緒に生きてくれていることに感謝するようになる。相手の欠点を責めるのではなくカバーして何の苦にもならない。
残された命を他の人々のために使いきって生涯を終えようとするだろう。いつまでも生きていると思うから他人を受け入れる寛容さがなくなり欠点をあげつらい相手を責めることで自己主張するが相手はそれで感謝することはない。如何に生きるべきかは命のはかなさを知ることから始まる。
2009年3月24日 (火)
浮気をされたら反省すべきはどちら?
恋人や夫婦のどちらかが浮気をすれば浮気をした相手は責められ、浮気をされた相手は同情される。しかし、浮気をするのは今付き合っている相手への愛情が薄れたからであって反省すべきは浮気をされた方ではないだろうか。
例えば下請け業者との付き合いがどんなに長くても納入品の価格や品質でより優れたライバル企業が現れれば仕事を取られるのはビジネスの世界では常識となっている。価格競争力や品質向上に努め仕事の受注を取られないように努力しなければならない。
このとき、仕事を取った企業をどんなに責めても状況が改善されることはない。ビジネスの世界では絶えず商品や技術を磨いていくことが求められる。浮気をされた人が自分磨きを怠っていたからだという反省がなければ戻ってくることはない。
いつも反省すべきは自分にあり自分を磨くことを怠ると魅力は失せていく。相手を失望させる言動は厳に慎むべきでビジネスの世界では醜態を現わしているとしか思われない。
会議って何だろう
会議(人が集まる)には懇親、伝達、決定といった目的があります。伝達会議(報告会、連絡会議)は、誰かが何かを他の誰かに伝えたいときに開催されます。また決定会議は、何かを決定し、決定したものを実行に移すための会議でで要最小限の出席者で済ますのが基本です。
このなかで本当に必要なのは決定会議だけです。懇親会議は、業務が終了したのちに飲食することで効率よくできますし、伝達会議であればグループウェアや、メール、電話、掲示、通達で済ませられます。効率よく会議するには決定会議だけで充分です。
会議=決定会議であるためには、決定されるものがなければ会議は開催する必要はありません。毎月決まっているからやろうというのは無駄な会議となりやらない方が、業務効率は上がります。以下、会議を主催するまでに決めなければならないことを列記します。
1. 誰が出席しなければならないのか(懇親、伝達といった出席者を出さない)
2. 決定のためには何を議論するのか(議論の内容は事前に配布済みでなければならない)
3. 議論するために必要な事項は何か(議論に必要なデータは事前に配布できていなければならない)
4. そのために各出席者は何を用意すればよいのか(何を発言するのかも決めておく)
5. 決定したものは何時までに実行するのか(期限を決めて決定事項を実施する)
6. 実行するためには何が必要であるのかについての決定も行う(予算、人員、物資など)
7. 出席者全員の役割を決定し、履歴に残しておく
8. 議事録を作成し必要部署に回覧(グループウエアー、メーリングなど)を行う
最後に前回の会議で決めたことが実行できたのか検証します。できない場合はその理由と解決策を考えて履歴として残す必要があります。これが次の会議の議題のひとつになります。
2009年3月23日 (月)
生産要素(factors of production)
経済学における生産要素(factors of production)=資源は、日本では土地(land)、資本(capital)、労働(labor)の3つに分けられる。しかし、アメリカの高校ではこれに起業家(entrepreneur)を加えて学ぶ。起業家は最後のリスクを背負う特別な労働者ということで個別に扱う。彼がいなければ会社そのものがない。
土地とは生産過程で使用される人為によらない天然資源で土地・森林・鉱物・気候といった人の努力によって生み出せない天然資源財のこと。 資本とは財やサービスの生産に使う道具や設備・工場などである。労働とはあらゆる努力を惜しまない能力と技術を持った人々を指す。
この4つがアメリカの経済学では生産要素(factors of production)として紹介されている。アメリカでは起業家が経済の原動力であるといわれ、彼らが新規事業を考えて実行する能力を持っている。彼らのリスクが土地と資本と労働を利用して新たな商品やサービスを提供する。
起業家は 1、何を作るのか(商品やサービス) 2、どのように作るのか(生産方法) 3、誰のために作るのか(その商品を対象とする消費者) という基本的な3つの問題をクリアーしなければならない。何しろ資源は限られているので慎重にならざるを得ない。
アメリカではそのため起業家は尊敬されるし、起業家になるための学習も小学校から行っている。しかし、日本ではそのような学習はほとんどなされていないし尊敬されていることもない。日本では起業家が育たないので会社の減少は止められない状態が続いている。
2009年3月20日 (金)
学ぶ者から出世する
僕の父は高卒で郵便局に入り公務員として働いていた。郵便配達をして一家を支えてくれていた。郵便配達は外勤と言われ朝と昼の2度決められたルートを周り、郵便物を配達する。それ以外の時間は郵便物を配達ルートに区分けする。
高卒の父はどんなに働いても出世できないでいた。大卒のキャリアがやってくると25歳で郵便局長、現場のことはほとんどノンキャリアがやってくれる。少しでも出世しようとした父は仕事が終わると勉強し始めた。
深夜まで郵政の仕組みや法律について勉強し郵政大学に通い小さな郵便局の局長になった。それ以後も郵政の試験に挑戦し大阪や神戸の郵便局の郵政課長にまで登りつめた。正月やお盆になると同期の方が父を自慢していた。
同期入社の多くの仲間が定年になるまで入社した郵便局で配達をして終わった。「俺たちと違っておまえのお父ちゃんは偉いで」と言ってくれた。ひとりの人間として頑張ったのだなと思えたのは社会人になってからだった。
父は定年退職した時に退職金から200万円を僕に渡そうとした。僕は丁重にお断りして夫婦で使ってほしいと話した。定年退職してからも仕事を続け、生涯勉強を欠かさないでいた。そんな父を僕は誇りに思う。
2009年3月19日 (木)
国家資本主義の台頭
2007年アメリカのサブプライムローンが焦げ付いているというニュースが流れ始めました。この頃からアメリカの住宅価格が値下がりし始め一部投資家は株価の値下がりを予想し株を売却し始めました。2008年秋アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが倒産し株価は一気に値下がりし世界中で金融危機が発生しました。
これにともない高騰していた資源価格も暴落し始めましたが不安心理から景気後退が始まり企業業績の悪化から大量の失業者を世界中で出すことになりました。企業業績は一気に悪化し銀行から借り入れができない企業は国を頼るしかない状態となりました。これまで国有企業を民間に払い下げていた動きが逆流し始めています。
ロシアでは資源を扱う企業を中心に資金投入を条件に国が役員を派遣して企業の国営化を推進し始め海外からの資金が流出し株価は暴落しました。アメリカでは大手保険会社AIGの役員報酬が高額だとして論議されていますが、これも最大の株主である国の意見を無視できないからです。世界中で大手企業を中心に企業の国営化が始まっています。
こうした動きは「国家資本主義」と言われ企業は国家繁栄のためにこそ存在するという考え方です。グローバルに展開している企業ではその販売商品自体が兵器以上に効力を発揮するので政治上も企業を国営化するのは有効だとする考えです。資源などの商品を購入したければ要求を受け入れるように交渉できます。
民間企業経営者はこうした動きには反対ですが、自社の資金繰りが悪化し民間銀行からの借り入れができず、倒産か国営化を検討するならば従業員を守るために国営化を選択します。企業家はどんなに努力しても税率、許諾権、規制などで政治家の意図する方向に無理やり動かされます。
2009年3月18日 (水)
業績は経営者の執念が生み出すのもだよ
教え子の割烹料理屋に行った。そこそこ腕の良い料理人で地元の人から愛されているお店を開いている。3月は個人事業主にとって青色決算と確定申告をする月で今年は50万円の経常利益が出ましたと話してくれた。個人事業主にとって50万円の利益は年収50万円でしかない。
家族への専従者給与で生活はできているものの経営者が年収50万円は心もとない。僕は「毎年業績は減少しているだろう」と言ったが図星だった。どこにでもある平凡な割烹料理屋でおまえのお店にはこれは凄いと言わせる一品がないと言った。
料理人として平凡に終わる腕しかないと失礼にも話して、家伝の味噌の付け方や美味しいご飯のヒントを教えてあげた。汁物とご飯だけで勝負できる料理人でなければ儲かるお店はできないし家族をしっかり支えることもできない。料理人の意地にかけてこの2品から味を磨けと言った。
40歳になる教え子はうっすらと涙を浮かべながら「先生、僕はやってみます」と言ってくれた。個人であれ企業であれ業績は経営者の執念が生み出す。経営者に家族や従業員を守るために必死で仕事をししっかり稼いでみせるという意欲がなければ業績は悪化する。
経営者に執念がなければ従業員に辛くあたったり仕事にヤル気がなかったりする。自分に厳しい経営者は従業員にはやさしいものだ。やさしくしていてもその経営者の執念は伝わり従業員は自発的に動いてくれる。執念のない経営者はどんなに厳しくしても従業員はついてこない。
2009年3月17日 (火)
君が笑顔にみんな喜んでいる
どんなに落ち込んでいる人も嘆いている人も親しい人の笑顔に触れてホッとする。その笑顔をたくさんかけることのできる人に誰でもなれる。こんな自分であっても遠慮することはない。人はみんな助け合って生きなければ生きてはいけない。
泣き崩れている人にも笑顔で接してあげよう。君の笑顔に反応しない人はいない。きっとみんな喜んでいる。君が笑顔に励まされる人がいることを決して忘れてはいけない。どんなに落ち込んでいても君が笑顔を見て励まされ君が励まされる。
2009年3月16日 (月)
誰かが私を幸せにするのではなく私が周りの人を幸せにするのだ
何か良いことがないかな?誰かが私を幸せにしてくれないかな?と思っている人は多い。今度は良いことが起こるだろうとか、今度の恋人は私を幸せにしてくれるだろうといった他力本願で自分の幸せを掴もうとしているがそれを果たせる人はいない。
何か良いことが起こった!たとえば高価なプレゼントを頂いたとか、高学歴・高収入・高身長の恋人ができたなどといったことが起こってもしばらくすると高価なプレゼントのありがたさもなくなるし、素敵な恋人に捨てられるかもしれない不安や何もしない自分に愛想が尽きてくる。
時間が経てば受身の幸福感はなくなっていき不安や不満といった悩みを抱えてまた何か良いことがないかな?誰かが私を幸せにしてくれないかな?と思ってしまう。幸せは自分が主体となって成し遂げるものでなければ長続きしない。何か良いことをしよう!私が周りの人を幸せにしよう!と思うべきだ。
自らが主体となって考え行動しなければ心からの達成感や満足は得られない。その過程ではどんなに苦労しても失敗してもかまわない。むしろ、艱難辛苦である方が喜びは大きい。私がみんなを幸せにしてみせると思って歯を食いしばり、涙をいっぱい流して頑張ってみることが最高の幸福への唯一の道だ。
自分の愛する人を精一杯守ってあげよう。心から支えてあげよう。どんなに自分が辛くても愚痴の一つもこぼさないでいつも笑顔でいよう。ただ、あなたを愛しているから。あなたを幸せにできるよう毎日を過ごしてみよう。あなたのために生きてみよう。その毎日が積み重なり素敵な生き方だったと思えるのではないだろうか。
2009年3月15日 (日)
母ちゃんの涙
僕は中学2年生の時、毎日父親に暴力を振るわれてむしゃくしゃしていたので学校中の上履きをローカに投げ出したことがある。朝礼の時に校長先生が立腹され誰がやったのかと言ったので僕がやりましたと前に出た。
その日の夜、担任の先生が家にきて母親に「お宅のお子さんは学校で暴れるし手がつけられない」と話されていた。母は「うちの子供は毎日父親から暴力を受けているので投げやりになっています。どうか許して下さい。」と泣きながら謝っていた。
僕は母の涙を見てとても申し訳ない気持ちになった。それ以後、学校で暴れるのを止めた。30代に入ったばかりの両親なので夫婦喧嘩も絶えないし父親は毎日外でお酒を飲んで帰ってくるので家にはお金がなく生活費に困る毎日だった。
僕は中学校を卒業したらすぐに働くつもりだった。この家から出ていきたいと思った。お金を稼いで母親に少しでも楽をさせてやりたかった。そして父親を憎んでいた。そんな家庭に父自身も帰りたくなったかだろうと気がつくには後30年ほどかかった。
2009年3月14日 (土)
楽しい話が出来ない人から人は離れる
いつ会っても楽しくない話ばかりする人がいる。どうしても物事をうまくとらえられないで「あの人は~で大嫌い」「毎日本当に嫌なことばかりだ」「私は、本当は~したかった」といった話が続く。何を見ても何が起こっても愚痴になる材料を探している。
こうした話を聞く方は楽しくないのでだんだん相槌を打つのに疲れて離れるようになる。人が自分から離れていくのでますます面白くなくなり愚痴の種はどんどん増えてくる。愚痴る内容はたくさん積み上がり誰かに話したくてうずうずしている。
人相も愚痴っぽい人相になり楽しい笑顔は消えうせている。あの人は愚痴っぽい人だろうと予想がつくようになり新たに親しくなる人が少なくなっていく。決して幸せだと思えない日常に陥るが自分が変わらなければ不幸は続く。
如何なる物事もいつかは良い方に変わると思って笑顔を絶やさず愚痴っぽいことは人には話さず楽しい話をするように注意していく。だんだんと前向きな話が態度に変わり始めると好転し幸せを感じられる生活が始まる。
2009年3月13日 (金)
ヤル気(モチベーション=motivation)を高める方法
3日坊主でなかなかヤル気を継続できなく悩んでいる人は多い。ヤル気を喚起するのに外的要因には2つあり、プラスのインセンティブ=incentiveとして、ご褒美を頂く方法がある。テストで100点取れば1000円貰える。目標を達成できれば豪華な食事に行けるなどといったものによってヤル気を継続することができる。
マイナスのインセンティブは罰を与えることでヤル気を喚起する方法で、遅刻をすれば上司に叱られる、ルールを守れなければ罰金を取られるといったことになる。ただ、こうした外的要因は、また目標達成できればもっとご褒美をくださいというふうに慣れてくるに従ってエスカレートする傾向がある。
ヤル気を喚起する内的要因は心の持ち方で「人々のために」「家族のために」といった気持がヤル気の原動力となる。もっともハートを揺り動かすのは恋心で「愛する人のためならば」という気持ちほど強いモチベーションはない。大好きという気持ちは困難だと思えることをやすやすと乗り越える力を発揮させる。愛はその人を変え世界を変えるのだ。
2009年3月12日 (木)
必要なことは言葉ではなく優しさ
子供はただひたすら信じられると、その信頼を裏切ることは容易でなくなる。呑気にしていても遊んでばかりでも正すこともなく「気がすむまでゆっくりしておいで」と言って責めるでもなく一生懸命に働く親を見て申し訳ないと思わない子供はいない。子供は親の態度を見て育つ。
喉まで出かかる感情的な言葉をグッとこらえて笑顔で子供にやさしく接し、「おまえがいるから頑張れる」と仕事をする。家に帰って来て遊んでばかりの子供を見ても悲惨なテスト用紙を見ても先生から「どうするんですか」と言われても人様にご迷惑をおかけしても僕だけは子供にいつも優しくあろうと思う。「おまえが僕の子供だということだけで幸せだ」と僕は思う。
親は先生でもなくコーチでも上司でも友人でもない。注意してくれる人は外にたくさんいる。たくさんの注意を受けても立ち上がれない我が子を見ていたわることもできない親でいる方が親らしくないと僕は思う。ズタズタに引き裂かれた心をジッと我慢している我が子を見守る親でありたい。
子供がどんなに落ちぶれていようとも僕だけはとことん付き合ってあげようと思う。ボロボロの人生であっても僕だけは子供を守ってあげようと思う。何も言わなくても子供は充分反省しているものだ。子供は親の愛情を感じて必ず自分の足で立ち上がり飛び出して行く。「頑張れ」とエールを送るだけで充分だ。
2009年3月11日 (水)
人付き合いは育てていくべきもの
寛容の精神=人の言動を受け入れ他人の罪や欠点など責めないこと はお互いを理解しあうときとても大切な要素である。人付き合いは育てていくべきもので、そのためにお互い寛容でなければ腐ってしまい別れてしまう。あの人と3年、7年、10年と付き合うほどにお互いの信頼が深まるというのはお互いに寛容であるからだ。
相手のことが理解できないとき人は感情的になってしまうが、一呼吸置いて相手のことを理解しようとしない自分がそこにいるのではないかと最初に思ってみることだろう。相手の立場に立って何を言いたいのか?何を期待しているのか?何がしたいのか?理解しようと努めることが寛容の精神である。
こうして育て上げていった人間関係は何物にも代え難い見えない財産となる。ただ、いっしょにいるだけで安心でき幸福を感じるようになる。尊敬し信頼し合って付き合ってくれる人がいることは金銭や名誉や地位よりも素晴らしい満ち足りた幸福をもたらしてくれる。そのためには年月が必要だがその価値は十分にある。
2009年3月10日 (火)
褒めてあげれば笑顔も浮かぶ
人付き合いで大切なことは相手のことを褒めてあげることで、褒められて気分を害する人は少ない。自然と笑顔も浮かび話もはずんでいく。子供にだって幼い頃はたくさん褒めていたはずだ。ただ、ヨチヨチするだけで「すご~い!」と驚嘆していた。
それが小学高学年頃から褒めるよりも「~しなさい」「どうして~できないの」と言うようになり褒めることは影を潜めるようになる。子供の顔から笑顔がどんどんなくなっていき反抗的な態度に変わる。親はそれを見て益々態度を硬化させる。
自分の子供が勉強できないぐらいで感情的に怒鳴るべきなのか?テレビばかり見ているだけで…ゲームばかりするだけで・・・ただ健康で友達を大切にして表情豊かに生きてくれるだけでいいとどうして願えない親になったのだろう。子供だって自分の親を褒めたいだろう。
「お母さん大好き」「パパ、大好き」と言ってみたいといつも思っているものだ。あなたは親として自分の子供を心から毎日のように褒めているだろうか。ジッと子供の目を見ればいい。見つめるその眼はいつも「どうして私を愛してくれないの?」と訴えていないか。
2009年3月 9日 (月)
愛してくれる人と付き合う
魅力的な人と付き合いたいと誰もが思うだろうが、魅力的な人は多くの人からお付き合いの申し出があり引く手数多(あまた)だ。この人と付き合ってくれれば何でもすると思っているが金銭や物をいくらプレゼントしてもハートを射止めることはない。
人のハートを射止めるには自分もその人にとって魅力的な人であろうと努力しなければならない。魅力的な人は何かと努力しているものだ。知的な努力、スタイルでの努力、人を愉快にさせる努力、仕事をバリバリする努力、など得意な分野で自分を磨くことだ。
相手が自分に魅力を感じてきたら自然と付き合うようになるが、それまでは片思いでしかない。また、自分の魅力が消えうせてきても別の魅力を磨けばいい。スタイルに自信がなくなれば知的か優しさを磨けばいいだろう。何の努力もしなければ別れたいと思われる。
2009年3月 8日 (日)
行き当たりバッタリになるのは計画と実行ができていないから
いつも期限ギリギリにならないと動けない人は多い。「やろう、やろうと思っていたんだけど・・・時間がなかった」と言う。結局、期限ギリギリになって慌てて動き出すのでせわしなくなりストレスがたまり感情的になっていく。普段の生活も行き当たりバッタリなので部屋の整理整頓ができていない。
修正しようと思えば、まず日程表を作成する。期限が決まってくれば、それまでに何をすべきなのかをスケジュール表に書き込んでいく。予期しない日程が入ってくることも、予定どうりに消化できないこともあるので毎週1日は修正日として置くようにする。あとは、そのスケジュール表の通りに行動するだけだ。
こうしたスケジュール管理はビジネスの世界では当たり前のことだが実生活ではなかなかできていない。そのためにいろいろな人をギリギリになってから慌てさせてしまうことになる。いつも、しっかりとスケジュール管理をする癖を身につけることはとても大切で手帳などを持ち歩くようにすればいい。
自分を知り分析し反省するべきはしっかり反省できる人は成長できる。言い訳ばかり言っているときは何の解決にもならない。人は他人との係り合いの中で生きている。人付き合いを学び、人付き合いを磨いていくことは幸せになるひとつの大きな条件だ。
2009年3月 7日 (土)
必要ないのは官僚ではなく政治家
国会答弁を聞いていて「~と言った」「記憶がない」などといった話がとても多く、これで実務は大丈夫なのだろうかと思ってしまう。会社では会議はできる限り短時間に集約して実務に集中するし、会議で「~と言った」「記憶がない」といった話などは無意味だと一蹴(いっしゅう)に付される。
政治家の本来の仕事は法案の審議ですが選挙で当選するためにあちこちの会合に出掛けたり人脈を作り続けるために各種団体からの陳情や接待を受けたり党派の受けを良くするためにいろいろな勉強会に出席して誰がどんな行動をとっているのかを知ることに忙しく動き回るようになります。
法案の審議は実務に疎くなるので官僚に質疑を作らせます。官僚は質問と同時に模範解答も作り答弁する方の政治家に渡します。つまり、議会での審議とはそのほとんど大切な部分は官僚によって質問も回答も作られているのです。政治家がオリジナルティーを発揮するのは「~と言った」「記憶がない」といった子供の喧嘩程度になります。
実務に就いている人がもっとも諸問題に精通しているのは至極当然のことなのですが、政治家は自分の方が官僚よりも偉いというパフォーマンスをしなければなりません。しかし、現場に行っても将来的な展望ではなく自分に投票してくれる有権者の多い方の意見を取り入れることしかしません。つまり、問題をより複雑化してしまうのです。
企業でいえば現場に疎い高給取りの中間管理職で毎日会議ばかりしていますが係長クラスから情報を集めて話し合っているだけです。現場の平社員は管理職を馬鹿にするのも当然で、リストラすべきは現場で実務を執っている官僚ではなく無駄な中間管理職です。日本を経営するという視点から見ればそうなります。
2009年3月 6日 (金)
元 わかるとできるの教室長が本を出版しました
「これからはじめるエクセル超入門の本」 たくさがわつねあき著 著者は元「わかるとできる」の教室長です。多くの生徒の方に接してきた経験が活かされているのでかゆい所に手が届く内容です。字も大きく老眼の方にはうれしい大きさです。
たくさがわさんは出版されたとき丁寧に挨拶に来られ、この書籍が出せたのは「わかるとできる」に出会えたからだと仰ってくれました。こうして、成長した元スタッフに出会え感謝されることは僕の喜びでありこれからの励みになります。
組織は私物化してはならない
業績悪化の企業に行くと中間管理職が組織を私物化している場合が多い。管理職の方が経営者に連絡・相談・報告がなく、経営者からの情報も組織の末端まで流さないようにし組織を私物化して業績を悪化させているが中間管理職は何ら反省できないで経営者を自分の担当する部署からますます遠ざけている。
組織の末端まで経営者の情報が伝わらない状態は会社としてどのような方向性で運営しなければならないのかがまったく分からない状態で、末端社員は反抗的な中間管理職につき企業としての団結力を削ぐ結果となり業績は悪化する。先日もこうした企業経営者にお会いしたが早急に手を打たねば倒産すると忠告した。
会社は公器であるが経営者の元に一致団結して働くことで組織としての強みを発揮することができる。しかし、中間管理職が経営者に反抗して組織を運営すれば、そこに企業としての団結力はなくなり業績は悪化する。経営者を中心として団結して働けないならばその職を辞退するのが企業を守る唯一の策となる。
経営者を馬鹿にしてその企業で仕事をしている人生などもったいないと僕は思う。それほどまでに実力があるならばさっさと独立してもっと素晴らしい企業を興すことができるだろう。そうして大企業を起こした人も多い。愚痴や不満をつのらせて経営者を信頼せず仕事をするのは給料泥棒だと僕は思う。
2009年3月 5日 (木)
子供は母の愛情を独占したいと思い嫉妬(反抗)する
反抗期になると子供の心は自立とこれまでのような甘えを行ったり来たりする。親から離れて一人暮らしをしてみたいと思ったり大好きな人との生活はどんなに素晴らしいものだろうと夢見たりするのもこの頃だろう。
兄弟がいれば兄弟に嫉妬して母親を困らせることで自己主張する。「私はここにいるのにどうしてもっとかまってくれないの?」子供の心の深くには母親への甘えがある。弟(妹)には優しいのに私には辛くあたると反抗的になる。
母親がお父さんと話をするだけで嫉妬することもある。子供は母親とは深い愛情で結ばれている。「何を甘えているの!」と一喝すればするほど子供は母親を困らせて自分への注目度を高めようとする。
反抗期を乗り越えるにはただただ子供を愛してあげることに尽きる。「どんなことがあってもお母さんはあんたが大好きだからね」という無償の愛情を感じてやっと子供は落ち着きを取り戻して自立への成長を始める。
真正面から子供と向き合い子供のメッセージをくみ取る。子供の心が見えてくるまでジッと見つめてほしい。子供は誰でも親に認められたいと思っている。ただひたすら愛されたいと思っている。
2009年3月 3日 (火)
心の平安を求めて
生老病死といった解決が難しい問題にぶつかるとその悩みや不安から解放されるために一部の人々は宗教を信じるようになる。心の解放はなかなか難しい問題でイデオロギー(政治的・社会的な意見、思想)だけでは多くの人を解放し難いものなのだろう。宗教は多くの人々に支持されてその地区や民族や国家に合わせて変化していく。
キリスト教やイスラム教でも地区や民族や国家によって宗派に分かれていくが、そこで問題になるのが多くの信者が信仰してくれそれぞれに救いとなっている宗教のどちらが本当の神なのか?といった問題にぶつかる。教祖はもちろんのこと信者も自分が信じて疑わない宗派が正しいと主張するのは至極当たり前のことだ。
問題は、その食い違いから紛争になり戦争を引き起こすようになることで、こうなると人々を救うはずの宗教が人々を殺戮へと追いやるものとなってしまう。その対立をなくして平和に暮らすにはお互いの宗派の違いを認めそれぞれが正しいと信じている神はそれぞれに人々を救っているのだから正しいと言うべきなのだろう。
人々が国境を超えて交流し、民族が他の民族と一緒になって働くようになった現在では同じ信者だけが集まって仕事をする時代ではなくなった。それぞれに信じる宗教をそれぞれに正しいから改宗しろと云い争うよりも認め合うようにしなければ紛争はなくならない。世界中の教祖は集まってお互いにそれぞれの意見を交換しどうすれば世界平和に貢献できるか話し合う必要がある。
2009年3月 2日 (月)
高級官僚の天下りや渡りに対する対処策
公務員の天下りは日本だけでなく世界中で起こっている。公務員を退職すればどんな仕事に就こうが職業選択の自由があるというのが彼らの言い分でありごもっともな話なのだ。退職した高級官僚は行政からの仕事をもらっている民間企業や公益法人にすれば人脈があるので採用する利点もある。
問題はその高給と高額な退職金にあるのであって仕事の内容そのものはそれで立派に役に立っていいることもある。そこでもっとも合点がいく処理方法は退職した高級官僚を雇う場合であっても理事というトップの役職であっても年収と退職金を一般庶民が納得できる範囲に制限すればいい。
いきなり役員に就いても新入社員に変わりはないし如何にコネがあるといっても公益法人の場合、年収は1800万円程度を上限とするのが妥当だろう。また、退職金は勤続年数に応じて徐々に上げるものであって5~6年で退職するなら年収と同額を上限とするのが妥当だろう。それでも相当な高収入には違いない。
天下りをしてもそんなに甘い汁を吸えないとなると天下りに魅力を感じなくなり官僚として定年まで働く方がましということになる。官僚の弊害は途中で退官して官僚トップには同期がいない状態にする悪しき慣習にある。民間企業ではご年配の方を平気で部下として立派に扱っているのに優秀で頭脳明晰な官僚にできないはずはない。
2009年3月 1日 (日)
生徒の方がネットショップを開設いたしました 生徒の方のメールより
BUNちゃん先生ご無沙汰いたしております。長岡の居酒屋そして県央の教室、地場産センターと三回お会いしました。あれから3~4年たったかもしれません。わかできはますます発展をされまぶしい太陽を見るような感じで私の中には存在しています。私、ここのところ教室へは少し足が遠のいております。しかしながら県央のスタッフの皆様からは折に触れいろいろアドバイスをいただいておりました。このことは大変うれしく心強く思っております。
さて私現在56歳ですが26~7年勤務した会社をこの1月で退職いたしました。そのことについては今ここでは詳しく書きませんが良い思いでとなっております。明日Webサイトを開設し開業をいたします。私は35年位食品畑を歩いてきました。今この年になってなにか自分で仕事を興してみたくなりました。新潟には、豊かな自然と、深い歴史、そして愛すべき人が沢山おられ、何よりも食の宝庫なのです。その新潟の食を多くの人にというよりは、たかが知れてるかもしれませんが「誰かに」新潟の食を通してその良さに触れてもらいたいと強く思うようになりました。
そこでインターネットを通じてお店を作りおいしい食べ物を発信していこうと考え微力ではありますが、明日「新潟は食の宝庫だ」を開業することとなりました。私がここまでこれたのは(といってもコレがゴールではなくココからがスタートなのですが!!)BUNちゃんがいたからです。教室のビデオ(今はDVDですが)からBUNちゃんの「あきめなければ夢は叶う」という語りかけが私をここまで引き上げてくれたのです。
この5年間事あるごとに心の中で弱い自分に叱咤しました。「あきらめなければ夢は叶う」と、でも本当にそうだろうか。私は自分でそれが本当か単なるお題目か挑戦しようと思いました。まずWebサイトを自分で作ろうと思いました。わかできで「ブログ」「hpビルダー」「フォトショップエレメンツ」などの講座を受講しました。基礎的なことは学びましたが実際やり始めるとすぐ様々な壁にぶち当たりました。まったくわからない事だらけなのです。岸壁にはりついたはいいけどまったく動けないのです。
そこで私は知識技術のありそうな人を探しました。その人の家に上がり込んだりウチに来てもらったりしてとにかく人から教えてもらいました。ですから私のサイトは私が一人で作ったのではなく大勢の人の手が入っているのです。(まあ、今でもさっぱりわからないことだらけですが)サイトはなんとかできましたがこれから運用面がうまくいくか少し不安です。それも私の近くに年下の女性ですがりっぱなサイトを運営してる人がいるので教えてもらうつもりです。
ここがゴールではなくやっとスタートラインについたと思っています。マラソンのスタートで招待選手が前におり私のようなロートルは一番最後尾に並んでいるという感じです。でもいいのです。力のある人は新記録に挑み達成すればいいと思います。私のような人間は他人と競うのではなく自分の持っている限界に挑戦するのだと思っています。マラソンで言えば8時間も10時間もかかるかもしれません。あるいは途中でリタイヤするかもしれません。(リタイヤだけはしないように自分を持っていこうと思っていますが)
私はもう一度自分をやり直したくなったのかもしれません。何ができるのか。どういう人間なのか。何もできない、駄目な人間かもしれない。もしそうだとしたら、それがそのことがわかったならもう一度謙虚に自分をうけいれようと思っています。そうして一日一日を精一杯生きていきたいと思っています。このような考えに至ったのはBUNちゃん事、 硲弘一様に出会えたからです。出会いに感謝を申し上げます。最後に私のサイトをお知らせします。
http://www.niigata-syoku.com


