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2009年5月30日 (土)

愛する人は私を不幸にしてくれる

人を好きになりこの人と一緒になりたいと思う。この人といるだけで私は幸せで胸がいっぱいになる。あの人は今何をしているのだろうというワクワクした気持ちはやがて消えていく。恋愛とはそのまま放置していれば自然消滅するものだ。

恋愛には自己犠牲が必要で我慢して相手に合わせることを喜びとしているときはいいが、そうもいかなくなって我慢の限界に達すると相手が疎ましくなり恋愛解消へと行動するようになる。他人は両親のように我慢強くないことを思い知る。

恋人同士とはこうした不安定な状態で付き合っている。愛する人が私を幸せにしてくれるなどという確率は本当に低く、相手も同じように私を幸せにしてくれると相互依存して自己犠牲を嫌っていれば憎しみに変わるのも早いだろう。

失恋とはお互いの依存心がぶつかり合って頼りになれないと判断した結果に他ならない。恋愛を継続するには相手の依存心に十分応えていけるだけの度量や経済力が必要だろう。結局、お互いに成長できない関係は長続きしない。

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2009年5月28日 (木)

親の背中で子供は教育する

親が働いている姿ほど子供に影響を及ぼすものはない。僕は経営者なので勤務時間は24時間休みなしという状態が多い。ただ、経営者として家族には僕の仕事ぶりを見て何かを得てくれれば良いと思っている。テレビを見ない、ゲームもしない、家にいるときは家事をしたり本を読んだり仕事をしている。

家族はその姿を見て何かを得てくれれば良い。言葉ではなく生き様こそ最高の教えだろう。いつの日にか家族が私のお父さんを畏敬の念で話してくれれば僕の教育は間違っていなかったということだろう。教育は言葉でも暴力でもない。その人の生き様=背中で教育しなければ本物とは言えない。

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2009年5月27日 (水)

挑戦して最高の恐怖感を味わってビビって知るもの

僕は法人会の講演会に呼ばれることが多い。経営者の中には家業を継いで親の代の勝ちパターンを踏襲しているだけの二代目、三代目の方も多く業績悪化を直視できないのでゴルフなどの遊びに耽っている方もいる。従業員は、社長が無能で遊びに夢中だと知ったらヤル気をなくすだろう。

自分の下で働いて下さる従業員を幸せにしようと思えば家業から企業へと脱皮していかなければならず、自分の行いにも反省すべき点が多々出てくる。しっかり勉強して商品開発や新規開拓や新ビジネスへの挑戦など時代の変化に対応できる企業への脱皮が求められる。

挑戦すれば誰でも恐怖におののくこともあるだろう。さっさと逃げ出したいと思うことも多々あるだろう。ビビってしまって声も出ないこともあるだろう。しかし、そうした挑戦があればこそ、自分の下で働く従業員に幸せを与えることもできるのではないだろうか。

起業した頃は家族を養いたいと思うものだが、安い給与でいつまでも働いてくれる従業員ができてくれば経営者はその従業員も家族として充分給与を与えたいと思わなければならない。企業の家族主義はこうして生まれる。しかし、最近は従業員を踏み台にして経営者の一族だけが繁栄を謳歌しているのを見ることが多い。

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2009年5月25日 (月)

図書館は自分の書斎

最近は図書館の開館時間も長くなり朝10から夜7時や場所によっては夜9時まで、また日曜・祭日も開館している。イベントも多く、アニメ本も多いので子供連れのお母さんも多くなってきた。受験生の中学生や高校生も多く、パソコンの貸し出しもしているし自分のノートパソコンを持ちこめば無線ランでインターネットや電子メールもできる。

僕は月に2度程近くの図書館を利用しているが、1度に10冊まで2週間借りられるのでとても便利だ。出張前などはたくさん借りておき移動の最中に読んでいる。最新本も置いてあるし関連する書籍をまとめて借り、同じ内容の箇所を比較しながら読むこともあり、とても便利だ。書籍の購入代金もバカにならないので節約になっている。

図書館内にはレストランもあり安い値段で美味しい珈琲もいただける。僕は図書館内に留まって読書はしないが、読書している方も多い。昔と違って最近の図書館は賑やかで静かに本を読むという場所ではない。たくさんの書籍を借りてきて自室で素敵なBGMと挽きたての珈琲を戴きながら本を読むのが僕のストレス解消法のひとつである。

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2009年5月24日 (日)

生き恥をさらしてこそ部下を守れる

雇われ経営者は事業の失敗の責任を取って辞職すれば事は済む。それまで責任追及されていた非難の的は次期社長に代わる。中小企業の創業者は事業の失敗の責任を取って辞職することができない。逃避するには自殺しかないが自殺すればその責任は家族に及ぶ。

中小企業の経営者は家族や部下に非難が及ばないようにするにはあえて生き恥をさらし続けなければならない。すべての非難を一身に受けてさえいれば家族や部下が責められることは少ない。多くの責めは深い後悔の念となり次への飛躍の糧となる。

生きてさえいればチャンスはやってくる。リーダーはすべての責任を一身に背負う気概と部下をどこまでも信頼する信念がなければならない。かつて「悪いのはすべて私です。部下には何の責任もありません」と謝罪した経営者は再起を果たしている。

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2009年5月23日 (土)

ルーキーは夢に向かって走れ

何事にも幾つになっても初めてのことはある。そのときは新人(ルーキー)で、初めてだからこそ恐れを知らずに挑戦できる。大それた夢であってもルーキーはがむしゃらに挑戦するからこそ観る者を魅了する。甲子園を目指している高校球児は毎日泥んこになりながら練習に励んでいる。

彼らはどんなに相手が強豪でも試合では勝つと信じて疑わない。僕の住む街に野球場ができ、その開幕試合に地元の耐久高校(浜口五稜創立で僕の出身校)と桑田・清原が率いるPL学園が開幕試合をした。試合はPL学園が終始リードし、9回ツーアウト、最後のバッターは僕の教え子の大木慎太郎、彼は桑田の投げる豪速球を思いっきり振ってホームランにした。

相手は全国に名を馳せているPL学園、観客の誰もが地元高校が勝つとは思っていない。しかし、耐久ナインは試合終了まで勝つと信じて戦っていた。ベンチや控室で悔し涙をいっぱい流していた。耐久の得点はたった1点だけだったが、僕はそこにルーキーの意地を見た。

最初から怖気づいているようでは試合には臨めない。相手がどんなに強くても勝つと信じてチーム全体が一丸となって挑戦するからこそドラマが生まれる。たとえ負けたとしてもその後の人生において彼らが得たモノは大きいはずだ。地元住民もまた若い彼らから地元の誇りを教えってもらった。

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2009年5月22日 (金)

自分を探しているのは下流にいる人たち

三浦展著「下流社会第2章」P116 には「下流にいる人ほど自分らしさを志向し、上流にいる人ほど自分らしさ志向がなくなる」と書いてある。また、P124からは、就職・転職雑誌を発行する企業が自分らしさをブーム化した。それは転職する頻度が高まるほど企業は儲かるからだと書いてある。

「私らしく生きる」「私らしく働く」「私らしい仕事」といったメッセージがリクルート系の雑誌にメッセージとして載ってくるようになってから就職・転職・アルバイト・契約社員・派遣社員といった生き方を自分探しであるかのように宣伝広告したという。これにより派遣企業があっせんする職に就き自分らしくいきることが素敵だという印象を与えた。

当然、収入は正社員よりも少なくなり自分にこだわるあまり結婚も晩婚化したそうだ。男性は女性の収入が多ければ多いほどいいと考え、女性は男性に甘えなくなったそうだ。つまり、女性は正社員として働き、結婚に関係なく生涯自立する生き方を選ぶようになっている。

僕はかつて「あなたとはどんな人ですか」と聞かれて、これがしたい、あれが欲しいという自分はないが相手の幸せを願って生きているのが自分だろうと答えたことがある。自己犠牲を厭わず人のために良かれと思うことを果敢に実行して生きているとたくさんの感謝に出会い幸せな人生だと感じることができた。

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2009年5月21日 (木)

高い目標を掲げてこそ生きていると感じるもの

10年前、わかるとできるを起業したとき、僕は3年以内に日本全国に「わかるとできるパソコン教室」を作ってみせると決していた。田舎者のバカな妄想だと誰もが思っていたが、僕には命がけで挑戦する価値があるように思えたので決して諦めることはなかった。

たとえ途中で挫折したとしても僕は自分のすべてを賭けて挑戦して何の悔いもないと思っていた。日本一を目指して必死になって働き、勉強し、自分を磨いた。その過程で多くの人に出会い、たくさんのことを教えていただき、協力してもらい、叱責していただいた。

心底悔しい思いもしたし、とてつもない恐怖感に襲われたこともある。涙など枯れ果ててしまい辛いことも通り過ぎ、ただ笑顔だけが生き残った。気がつくと僕は日本中に「わかるとできるパソコン教室」を作っていた。夢中で生きた10年だった。

リスクを避ける生き方は僕にはできない。どうせ、人生100年には過ぎないなら、思い切って自分の人生を走り抜けたいと思う。精一杯生きてみようとすれば、多くのリスクを背負うことになる。不安や恐怖も人一倍に増える。しかし、喜びもまたそれだけ大きい。僕は間違いなく生きているという実感がある。

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2009年5月20日 (水)

やると決めて頑張って砕けても…

高い目標を掲げて挑戦すれば、周囲の反対や疑問視、できないという声をたくさん頂き、もっと無難な目標に変えるべきかなと思ってしまう。オリンピック選手でなくてもただ普通に暮らしているだけでも高い目標を掲げるべきなのか、それとも無難な誰もが納得するような目標と言えないようなものにすべきか考えるだろう。

僕たちの教室では多くの生徒の方がパソコン資格の取得を目指して毎日のように教室に通って勉強してくださる。就職難のこの時代、ワード、エクセルなら誰もが持っているので、さらにパワーポイント、アクセス、アウトルック、日商簿記3級など高い目標を持って挑戦し続けてくださっている。

多くの資格取得は就職・転職という目標があるからに他ならない。その過程では幾度か不合格という体験をして本当に落ち込んでしまう。悔しくて悲しくて情けなくて僕にメールをしてくださる生徒の方も多い。そんな生徒の方こそ今を生きていると実感している方々なのだと僕は激励する。

やると決めて頑張って砕けても何もしない人より素晴らしい生き方だと思う。思いっきり高い目標を立てて精一杯挑戦するからこそ生きている実感がある。人生は挑戦するから楽しいのだ。広島で100歳になられる生徒の方にお会いしたが、その方も同じことを話されていた。

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2009年5月18日 (月)

人生の師匠は自分の周りのすべて

人も企業もいつも素晴らしい状態を保ち続けることができない。形あるものは状況に応じて変化する。どんなに素晴らしいと思えるモノでもどこかで変化している。みすぼらしい酔っ払いでも、核心をついた言葉を言ってくれることもある。高級な洋服を着た上品な方が、卑劣な行動をとることもよくある。

誰もが日本一だと思っていた企業が倒産することもあれば、あんな企業がとバカにしていたのに世界中に進出していった企業もある。誰もが素晴らしいと評価されている企業ほど傲慢になり横柄な態度と贅沢に溺れて思わぬ墓穴を掘っていることもある。

どんな人でも、モノでも、事柄でも、よくよく観察するとたくさん素晴らしいモノを持っていることが分かる。一瞬だけれど素晴らしい態度を示していることがある。あるいは反面教師となってくれていることもある。それを見逃さないで自分に取り入れれば成長できる。

人生の師匠は自分の周りのすべてだと思ってよく観察すればいい。

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2009年5月13日 (水)

企業は継続されなくてはならない

今年はわかるとできる創業10年目に当たる。創業の頃は何もない状態でただがむしゃらに働いてきた。会社が大きくなるにつれて従業員も多くなり、生涯この会社で働くと言ってくださる若い社員も増えてくる。

何のしがらみもなく創業したのでいつ倒産しても悔いはないと思ってきたが、ヤル気のある従業員が結婚したり不動産を購入したりお子様ができたりと嬉しい報告を受けるにつけ、この会社は自分のモノから従業員みんなのモノへと変化していると感じる。

こうなると経営者の如何にかかわらず会社は継続するべきものとなり僕は全力でみんなのために会社を長く繁栄させようと心がけている。自分の都合で会社を運営してはならないと頑張って働いてくださる従業員が教えてくださる。

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2009年5月12日 (火)

他人を幸せにすることで自分の幸せを築ける

儲かっていないお店に行くと自分は調理人で一流の調理人が作ったものをお客は黙って食えばいいと思っていることがある。自己満足では商売はできないので必然的にお客様はお店から離れていき儲からないお店になっているが本人は自分は調理の腕は一流だと自負している。

儲かっているお店に行くと自分の腕は3流かもしれないが来店してくださるお客様お一人お一人が満足して帰られるように努力している。自分主体ではなくお客様主体のやり方で成功され従業員も喜んで働いている。ご主人もご家族も幸せですと感謝されている。

商売を見ていると自分にこだわりを持って商売をして自己満足の商品を他人に押し付けている人は孤独で儲からなくて愚痴っぽく怒りっぽく諦めやすい。ご家族も苦労されているが本人は自分の世界に閉じこもっているので他人の意見を聞こうとしない。

自分のこだわりを捨ててお客様のために商売をしている人はこの反対に位置するがその方が成功しやすいし、人から好かれ誰の意見も聞くようにしているので信頼も厚く温厚で親切だ。結局、人の生き方は商売と同じで自分の幸せを追いかけていると幸せにはなれず、他人を幸せにしようと努力すれば自分の幸せを見つける。

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2009年5月10日 (日)

子供に躾(しつけ)をするのは小学校まで

子供は小学校までは親に絶大な信頼を置いているので云う事を素直に聞いてくれる。しかし、自我が芽生えてくる中学校からは親離れをしようとするため躾けようとすると反抗するようになる。こうした時期からは親は子供を見守るだけにした方が子供はスクスク育ってくれる。

中学校からは同級生や先生が親代わりに指導してくれる。親はそっと子供の成長を祈るだけになり寂しい気もするが黙って見守ってあげることがいちばんの愛情だろう。多くの失敗や人を傷つけたりつけられたりするだろうが温かくいつも見守ってやる方がいい。

自分の考えで行動し大失敗をしでかして落ち込むこともあるだろうが、叱らないで黙って抱きしめてあげる。いつもどんな時も子供の味方になってあげる。「頑張らないでいつでも逃げてこい」と言ってあげる。「人生に大失敗なんてありはしない」と励ましてあげる。

子供は中学校からは自分の足で歩き始めればいい。親としていろいろ助けてあげたいし寂しい気もするが子どもが自立するには大切な我慢だろう。いっしょにお風呂に入ったことや旅行したこと泣き叫んで抱きついてきたこと精一杯甘えてくれたこと…大切な思い出を胸にしまって子供を見守ろう。

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2009年5月 9日 (土)

親孝行したいときには親はなし

父親には病院送りになる暴力を何度も受けたが31歳の時に感謝と愛情のこもった手紙を書いた。どんな暴力を受けようとも世界にたったひとりの父を心から感謝し誇りに思おうとした。若い頃は心から父親を憎んでいたが中学校の時、ひとりの感情ある人としての父親が必死になって生きてきたのだと思えるようになった。

貧乏で夫婦喧嘩の絶えない家庭だったので「親だから子供には~しろ」という考えはもともとなかった。自室もないし塾になど行かせるお金もない。小学校低学年の頃から新聞配達や商店のアルバイトなどで稼いでは生活費に充てていた。高校の時、父親は気が弱く嫌とは言えない性格なのだと分かった。

僕はそんなひとりの弱々しい人間としての父を愛した。いつかは老いて死んでいく父にいつも感謝の気持ちを失くさずに接していった。感情的な父親は温厚で思慮深い父に変わっていった。いつも僕の書籍を読んで母親に自慢していたそうだ。父親は僕に感謝して何の悔いも残さず死んでいった。

父親が死んで僕は全財産をはたいて一人暮らしの母親のために実家をリフォームした。母親は涙を流して喜んでくれた。父が建てた家は父の面影が色濃く残っていたがリフォームによって母の理想の家となった。父親がそのことを感謝している夢を見た。母に告げると忘れていたがそろそろお父さんの3回忌だねと言った。

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2009年5月 8日 (金)

たった一枚の壁

京都を散歩していると狭い路地を通ってお店に入るようになっている処がある。ひと一人がやっと通れるような路地に水が打たれ両側に高い板壁がそそり立っている。しかし、歩いていると心地よい空間だと感じる人は多いはずだ。一枚の壁は目線を遮りこの先は別の世界へ誘うというメッセージを与えてくれる。

食事処もそれぞれのお客様が一枚の壁によって遮られている処がある。他のお客様と目線を合わせないで食事ができるので落ち着いて食事を楽しむことができる。広い空間よりも目線を隠して自分だけの空間を感じる方が快適さを感じる。一枚の壁はそんな効果をもたらしてくれる。

自分だけ、自分たちだけという空間を持っていることはとても大切で、こうしたプライベートな空間を確保するには壁を効果的に配置する方がいい。僕は自分の部屋を4畳半にしているが、これもまたプライベートな快適さを感じる頃合いのいい広さだからだ。正方形に壁がある空間は配置が窓によって決められ使い方がシンプルになる。

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2009年5月 7日 (木)

他人を責めても状況は良くならない

少しでも嫌なことがあると誰かのせいにして、だから私はこうなってしまったと言い訳してやっと自分の立ち位置を確保する人がいる。誰かのせいにするということは誰かがキチンと自分が望む状況を用意してくれなければ何もできないということになりまったくの他人任せの人生だと言っているようなものだ。

こうした言い訳をする人は自分を幸せにしてくれる人を探そうとするが、世の中にはそうそう他人のために一肌脱いでくれる人はいない。そのためにいつも何かしら不満を抱えていていつ会っても他人の悪口を言う癖が付いてしまっている。その人の周りにいる人はそうした傾向が強い人が集まってくる。

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2009年5月 6日 (水)

若い頃はバカなことをしたもんだ

母親は自分が子供の頃に受けた愛情が薄い場合、自分の子供に自分が理想とする子供への愛情を注ごうとする「私は自分の親のようにはならない」そのため、一生懸命になって子育てに邁進するが、子供に自我が芽生えてくると子供は母親の愛情過多に応えきれなくなりだんだん落ち込み悩みそして反抗し自分を傷つけてしまう。

自虐行為に走る子供は母親への期待に応えられない自分が許せない。グレテみたりケバケバシイルックスに身を包んだり、暴力的になってみたり、暴言を吐いたりするが、そのすべては母親の期待に応えられない自分自身が嫌になった自虐行為だ。過干渉によるストレスが長年積み重なっているので母親がすぐに反省しても何年も反抗的になってしまう。

心を破壊されたら治療するのに同じ時間がかかるものだと思えばいい。子供が少しでも母親の期待に沿うようなことを言えば、さっそくその期待に応えるべく学習塾や参考書を買い与えたりいっしょに勉強しようとするが、子供にとってそれは母親がこうなって欲しいのでしょうと母親の反応を見ているにすぎない。お母さんは勉強のことにしか興味がないと思い込んでしまう。

子供に自我が芽生えてくると何でもいいから経験を積もうと努力する。その経験は無駄なことも危険なことも多々あるが、そんな多くの無駄や危険な経験があればこそ、大人になってから他人に迷惑をかけない大人になれたのではないだろうか。「若い頃はバカなことをしたもんだ」と大人であれば誰でも一度は言ったことがあるのではないだろうか。

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2009年5月 5日 (火)

意欲はみずから起こすもの

勉強する気のない子供に「しっかり勉強しなさい」と言えば子供は反発する。仕事でヤル気のない人に「もっとヤル気を出して頑張りなさい」と言っても糠に釘をさすように何の反応もない。

「ヤル気がない」というとき、周りから無理やりヤル気を起こせと言っても無駄なことが多い。ヤル気になって欲しいと思っている人には本人がヤル気になるまで愛情を持ってジッと待つ執念が必要だ。

深くて静かな愛情は必ずその人に伝わる。焦らずジックリと温かい目でその人を見てあげることで自然とヤル気を出してくる。ちょうど、ヤル気の種を植えて毎日水をやり芽が出てくるのをジッと待つようなものだ。

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2009年5月 4日 (月)

上司は部下の安全地帯

子供はいつも母親の顔色をうかがって行動する。転んだり怪我をしたりすればいつでも真っ先に来て介抱してくれる母親がいるという安心感ほど子供にとってうれしいものはない。その愛情を感じて子供は成長する。

部下はいつも上司の顔色をうかがって行動する。仕事で失敗したり風邪をひいたりすればいつでも真っ先に来て介抱してくれる上司がいるという安心感ほど部下にとってうれしいものはない。その愛情を感じて部下は成長する。

「失敗しても良いからやってみな」そう言ってやれる上司がいて、失敗しても「仕事が済んだらいっしょに食事に行こう」と言って慰めてくれる。病気になれば差し入れを持って家に来て「元気を出せよ」と言ってくれる上司がいれば部下は発奮する。

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2009年5月 2日 (土)

後悔は再起をかけた決意なり

失恋したり事業に失敗したり不合格になったりすると再起不可能なほど落ち込んでしまう。沈み込んで悩んで苦しんでいる状態は実は再起をかけた修正期間なので深く落ち込むほどに反省点も明確になる。

いつまでも落ち込んでいることに気をもむ必要はない。深く落ち込んでジッとしていればいい。「あのとき~していれば…」などといった反省点が明確になればなるほど次の挑戦ではその反省点が生かされてくる。

思いっきり落ち込んで、たっぷりと嘆き悲しめばいい。やけになって深酒をしても良い。受け入れてくれる友がいれば愚痴をたっぷりと聞いてもらっても良い。涙が枯れるまで泣き叫んでも良い。

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2009年5月 1日 (金)

転職したらその職場に合わせなければ

付き合っている恋人と以前付き合っていた恋人を比べてつい口を滑らせてしまえば今付き合っている恋人は悲しくなって心が離れていくだろう。「以前の恋人は~してくれた」「以前の恋人はもっと優しかった」などと言っていれば「それなら以前の恋人の処に戻ってください」といわれるのがオチだ。

転職しても、以前の職場と比べがちだが口を滑らせて以前の職場の方が良かったなどと言えば「以前の職場にどうか戻って下さい」と思われるだろう。今付き合っている恋人との愛情を育てることで自身の幸せを創るように、今の職場で自身の居場所を創るしか道はないと区切りをはっきりと付けるべきだろう。

転職とは新たな恋をするようなものだ。会社は新たな恋人となる。愛情は育てるものであって受け入れるものではない。恋人のためなら自己犠牲を厭わないように、みずから愛すべき優しさや我慢強さがなければ愛情は育てられない。会社という新しい恋人との関係は自分自身が創りだすものなのだ。

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