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2009年9月30日 (水)

いつまでも傍にいたい人とそうでない人

この人に会うといつも気分爽快で楽しくてうれしい気分にしてくれる。ついつい長居してしまうが、いつまでもお付き合いしたい人っていますね。その反対に、この人が来るといつも不快な気分になり落ち込んでしまったり腹が立ったりして会うのを避けようとする人もいます。

会うといつも気分爽快にしてくれる人は相手への思いやりがあり優しい言葉や態度があふれています。「ありがとう」と誰にも言いながら頭を下げている。激励するタイミングも推し量っており激励してくれる内容も的を得ています。気分爽快にしてくださる人はその方自身が気分爽快な人です。

会うといつも不機嫌になってしまう人は、その人自身が不機嫌で愚痴っぽく批判的で感情的です。チョッとしたことでも愚痴や非難の対象にするので他では自分も非難されているのではないかと勘ぐってしまいます。「ありがとう」や「がんばって」という言葉は聞くことがありません。

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2009年9月29日 (火)

結婚生活に他人は干渉すべきでない

「夫婦喧嘩は犬も食わず」という諺があり、夫婦が喧嘩をしているので仲裁に入ってもケロッと仲直りしていたり喧嘩別れしたりして仲裁に入ることがバカバカしくなるという意味だ。夫婦のことは夫婦で解決していかなければ他人が仲裁に入っても本音の部分はわからないと僕自身も思う。僕の両親は僕が結婚しても離婚しても干渉しないことを旨としている。

結婚した子供にいつまでも干渉している親がいるが、それではいつまでたっても子供は自立できない。僕の両親は、僕がどんな状態であっても社会人となってからはいっさい無感心を装っていた。生活費がなくてどんなに困っていてもいっさい助けようとしなかった。そのときは、両親を恨んだが、そのことで大きな成長ができたと感謝するようになった。

何でもしてくれる親が好いか、何もしてくれない親が好いかと云えば、何もしてくれない親の方が好いと僕は思う。親は人生経験も豊富なのできっと素晴らしいアドバイスもでき、援助するのもたやすいことだろうが、安請け合いは大怪我のもとになる。すぐに親に頼ろうとする子供が30代、40代となり、自立できずにいる姿を目にするようになった。

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2009年9月28日 (月)

親は何でもやってくれるというのは甘えなのだ

子供はヨチヨチ歩きのときは親は何でも面倒をみなければならないが、成長して体力もつけば親離れして自立するようになる。動物の世界では子供に体力が付けば親は子供から離れようとする。さみしがる子供に向かって怒りをあらわにしてでも親離れをしむける。人間世界でも貧乏でその日暮らしの時代は同じだった。

僕は小学校のころから親の手伝いをしなければとても叱られた。「勉強があるから」と言えば母親に自分のことより家族のことを優先しろととても叱られた記憶がある。家族は協力して生きなければ生活できないほど貧乏だったからだろう。しかし、現在では子供は勉強さえしていれば家事いっさいは母親がしてくれる。そこに、子供が自立できない原因があるように思える。

お片付けができない子供は、お片付けをしたことがない。お料理ができない子供は、お料理をしたことがない。すべては母親がやってくれているからで、母親の願いは子供に家事を教えるぐらいならば勉強で少しでも良い成績をとるということなのだろう。僕はそうした親をたくさん見てきたが、子供がそのことで親に感謝しているとは思えなかった。

学習塾の生徒たちに「親が何でもやってくれているということに気が付き、感謝しなければ社会では成功しないから気をつけなさい」と話していた。「『私は東大卒だからこれを買いなさい』と言われたら買うどころかムッとするだろう。社会では学生時代の成績よりも人間的な性格の方が大切だから周りの人がどれほど自分に尽くしているのかを知ることから始めなさい」と言っていた。

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2009年9月26日 (土)

結婚は人付き合い

結婚とは相手と二人で生活することから始まる。たまに会っているだけならば、お互いに優しくもなれるし助け合うことも容易だ。お金を出して高級レストランで食事をしても懐具合を気にすることもない。しかし、結婚すれば毎日一緒に生活するので、いつも優しく助け合えない。だらしない姿を見せてしまうこともある。お金のことで口論することもある。

一人暮らしや親との同居では、自分の生活スタイルをしっかり守ることができた。趣味に没頭することもできた。友達付き合いを優先していたことだろう。しかし、結婚すると趣味は相手の嫌がることとなり、友達付き合いは伴侶をないがしろにする行為と映るようになる。一人暮らしとは全く違うお互いに快適になれる生活スタイルを取り入れねばならない。

自分がして欲しいこと、されると嫌なこと、些細なことだろうが細部までつめて話し合わなければ快適な結婚生活は望めない。話し合ったところで合意に至らないケースも多々出てくる。または、合意した内容であっても相手が守ってくれないこともよくある。そのことが積み重なると破局を迎えるので、合意内容はしっかりと守ることだろう。それが優しさでありいたわりだ。

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2009年9月25日 (金)

企業は倒産しても再生できる

世界最大の自動車メーカーGMは誰もが倒産させないだろうと思っていた。国の資金援助を受けて再生の道を探ろうとしていたが、結局、利権の調整がつかずに倒産し、新生GMとして起業した。これまでの借金や高額な給与、退職したOBへの年金支給などは倒産したことで支払い義務はなくなる。新生GMは無借金からスタートを切った。

日本最大の航空会社も倒産の危機にあり、潰すわけにはいかないといった論調が展開されている。多額の借金や高額な給与、OBへの手厚い年金などGMと事情はよく似ている。アメリカでも航空会社の倒産はよくあり、買収や合併、再生などで生き残っている。いちどは倒産した会社が好業績になれるのは大幅な経費の削減ができたからに他ならない。

倒産すると企業のブランドがなくなると平気でコメントをしている評論家などがいて驚くばかり。企業が倒産しても企業の有名ブランドは引き継がれることが多い。大企業になれば全体を俯瞰できなくなり、誰もが倒産などしないと思っているし、自分に与えられた利権が無くなることを恐れる。下手な融資でつなぐよりも、大胆なメスを入れた策を実行する方が再出発できる。

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2009年9月24日 (木)

期待されているという幸せ

プロ野球界のスーパースターと云われる長嶋茂雄がヒットを打ちホームランをかっ飛ばすその行為は、最初は自分の欲望だったが、徐々に観衆に期待されるようになり、観衆と一体となって野球をする喜びを感じるようになったと語っている。ファンに期待されているという喜びに厳しい練習を苦にしなかった。苦しいのはファンの期待に応えられない時で、そのときは引退を決意したそうだ。

最初は個人的な努力の積み重ねでしかないが、継続してやっていると他人の知るところとなり徐々に期待されるようになる。その期待は心地好く感じられもっと努力してその期待に応えようとする。たまには期待されることが苦痛に感じることもあるが、それは自分の甘えだと気が付く。期待されているからこそ自分を成長させることができ、喜びや感謝すら感じるようになる。

僕は毎日仕事が終わっても3時間程度の勉強を欠かさないが、それも多くの方が期待してくださっていると思えるからで、もしも、誰もそうした期待をしてくださらなかったならば、仕事が終われば寝るまでボーっとしているだろう。自分を鍛えている原動力は他人の期待で、その期待に応えられている自分が幸せだと思える。親、恋人、友人、会社の人・・・彼らが自分に期待していることを継続してやってみることだ。

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2009年9月23日 (水)

好き嫌いが多ければ死期を早めてしまう

人は食事によって身体を作るので、好き嫌いが多ければ、必要な素材を集めることが出来ずに病気になりやすい身体しか作れず、死期を早めてしまう。病気になった時に、もっと食事に注意すれば良かったと悔やむがもう手遅れになっている。僕の父もお酒が好きで喉頭癌になり悔やんでいた。

仕事も同じで好き嫌いが多いと仕事ができなくなり職場を追われることになる。この仕事は好きだが、あの仕事は嫌だという仕事の好き嫌いもまた食事と同じ結果を人々にもたらす。人の好き嫌いも多いと人々から離れるように生きていくようになり食事と同じ結果を人々にもたらす。

健康のために何でも食べるようにしなさいとよく言われるように、健康のために仕事の好き嫌いを失くしなさい、人の好き嫌いを失くしなさいと僕はアドバイスしている。

2009 09 23 [心と体] | 固定リンク

叱ってるあなたが未熟

叱るという行為は相手のヤル気が満ちていて何とかしようと悩んでいるときに尊敬する方からの叱りは効果的です。相手に尊敬の念もなく何とかしようと思っていない人には叱るという行為よりも気づかせる行為が必要です。そして、何よりも大切なことはアドバイスしようと思っている人が相手に受け入れられる人であることです。

相手が受け入れようと思っていない人から何を言われても不愉快なだけです。アドバイスしようと思えば、相手に受け入れられる人であれということです。そのためには相手を心から愛して慈しむ行為が必要です。

子供に対して親は威圧的にアドバイスしますが、子供には不愉快なだけです。子供が甘えていることを威圧的に抑えようとしますが、子供は親に甘えることで自立心を養っているところがあります。子供に対しては充分甘えさせてあげることです。

大人同士の付き合いでは甘えをそこまで受け入れることはできません。相手が威圧的であったり、反抗的ならば自然と離れていくようになります。恋は破れ、職場では孤立し、友達なら喧嘩になります。

2009 09 23 [心と体] | 固定リンク

2009年9月22日 (火)

世界中の生活水準は均一化する

企業は世界を見て、どこで、何を、どれだけ生産すればいちばん儲かるかを考えて動く。ユニクロは国内縫製ではなく海外での縫製によって成長した。国内では人件費が高いからで、中国で行い、さらにもっと人件費の安い国に変更していく。その結果、人件費の安い国では賃金は高くなり、人件費が高い国は低賃金に悩まされることになる。

日本での平均所得は長期低落傾向にあるのは世界的に見て日本の人件費が高いからで、中国やベトナムなどは反対に平均所得は上昇してきている。こうして、企業は世界中に出向いて世界の平均所得を上昇させて均一化していく。たとえば、アメリカの人件費が高いと感じれば政治家はドル安にもっていく。国内での賃金を下げなくても世界的な平均値はドル安にすれば高くなるのでアメリカには有利なのだ。

製造業の経営者が円安を歓迎しているのは円高になれば日本の人件費が世界的に見てより高くなり企業は海外生産に切り替えなければ生き残れないからだ。貧しい国が豊かになるために豊かな国の人々は我慢を強いられているのが現状だ。企業は貧しい国に雇用を生み出し、賃金を上昇させてお互いに利益を共有する時代になった。

2009 09 22 [経済・政治・国際] | 固定リンク

2009年9月21日 (月)

社会の変化に企業は戸惑う

工場を売りたい、会社を買ってほしいなどの案件がいくつか来るようになった。スーパーではプライベートブランドに力を入れ始めているので、納品している中小企業は儲からない。赤字を覚悟の商売を繰り返して倒産しそうな食品加工工場を買ってほしいと言ってくる。決算書にある固定資産の査定をして売却金額をはじき出す。

中小企業では会社の借入金の連帯保証人は経営者個人がなっている。運転資金に苦しんでいる経営者は親戚や友人から多額の借金をしている。売却金額は経営者に入るが、全額債権者の支払いに消える。それでも多額の借財が残るので経営者は個人破産をしなければ債権者も貸し倒れ損失にできない。

スーパーに納品しても儲からないとわかった時に、対策を打っていれば状況は違ったものになっていただろう。独自の販売ルートの開拓、利益がしっかりとれる新商品の開発、余剰生産・余剰人員の見直しなど赤字になるまえにやるべきことはたくさんある。経営者は数字に強く、非情とも思える決断ができてやっと会社と従業員を守れる。


2009 09 21 [仕事] | 固定リンク

2009年9月20日 (日)

海は広いな大きいな

9月のシルバーウイーク、高速道路は両方ともに渋滞している。久しぶりに海に行ってウインドサーフィンをしてみた。日頃の運動不足を補いたいという思いと、久しぶりに沖合に出てのんびりセイリングしてみたいという気持ちもあった。ビーチには懐かしい顔ぶれのサーファー仲間がいて久しぶりですねと挨拶してくれた。

3年前に始めた中年サーファーはとてもうまくなっていた。ターンの仕方や風上に向かってセイリングするテクニックを教えてあげた。ビーチにいる人たちは全員真っ黒で、真っ白な僕を見て驚いていた。サーフショップのマスターは2年ぶりに会うと白髪のご老人に変身していた。

海の匂いと秋の風が心地好く沖合までセイリングしてヨットレースの横を通り過ぎてさらに沖合に出てみた。和歌山で人気のマリーナシティを遠くから眺め、久しぶりの満喫感を楽しんだ。沖合の海上では風は強く一定でセイリングしやすい。夕方になり風も落ち、ビーチに戻ってくるのに難儀したが楽しい気晴らしになった。

2009 09 20 [趣味] | 固定リンク

2009年9月18日 (金)

高齢者は能力も高く経験も豊富

イギリスのレポートに高齢者の身体能力は若者とそんなに違いはなく、若者が右脳や左脳といったどちらかを使っているのに対して、高齢者は脳自体が縮小しても左右の脳をいちどに両方使うことでそん色ない能力を発揮しているという。経験豊富なご高齢の方が謙遜して「年だから…」と言っているが間違いだということだ。

僕は56歳だが2年前に屋根から落ちて腰を痛めてしまい、それ以後は腰に負担がかかることはできなくなった。それは年齢のせいではなく事故のせいだ。知識は経験に支えられているので勉強しても理解しやすくなっている。年を重ねるに従い、僕の場合は体力的なことから知的な仕事に移行する方が好ましい。

ご高齢の方が僕たちの教室でお勉強されている。彼らは謙遜して「もう年だから…」と仰るが、決して知的能力は劣らない。むしろ、鍛えれば経験があるだけにどんどん知的能力は高まると自信を持って思ってほしい。21世紀は欧米でも少子高齢化を迎え、ご高齢者の方が活躍しなければ世界は労働人口の減少に見舞われる。

2009 09 18 [心と体] | 固定リンク

2009年9月16日 (水)

「日本が私の職場です」という人材を募集します

僕は22歳にして多額の借財を背負っていた。和歌山県有田郡という田舎では魚の行商では多額の借財の返済はできなかったのでどんどん都会にまで売り歩くようになった。大阪に足を延ばして団地で販売するようになった。魚の行商で営業を鍛えたので、25歳になり洋品の行商では関東にまで足を延ばした。

東京の洋品メーカーの売れ残りをかき集めてワンボックスバンに詰め込んで西を目指して行商していく。途中、中部辺りで商品がなくなると洋品メーカーに電話して在庫処分品を送ってもらう。商品を見ることもないまとめ買いで、太平洋ベルト地帯を移動していく。商売は人の多い所でするものだと身をもって知るようになる。

日本を20代で走り回って商売していたことが「わかるとできる」を創業した時、全国展開を目指すことにどれほど役立ったかわからない。地元密着で地元から出たくないという若者がいるが、実にもったいないことで、僕なら日本中どこでも働きに出かけ見識を広めて人脈を作る。そのことが将来、どれほど役立つかわからない財産になる。

当社では正社員募集の時に日本中どこに行ってでも働けるかどうかを聞くようにお願いしている。教室を日本中に展開しているということもあるが、日本という小さな島国ですら移動を躊躇するようでは社会に役立つ人材を当社は育成していると言えないと思うからだ。ヤル気のある方は「わかるとできる」ホームページサイトから応募してください。 

2009 09 16 [仕事] | 固定リンク

2009年9月15日 (火)

人は人を信じて生き、生涯を終えたいものだ

孤独で失意のうちに腎臓を患い両手、両足をパンパンに張らして死を待つだけだった84歳のご老人を介護することにして総合病院に入院していただきやっと一命を取り止めることができた。病室に伺えば涙を流して感謝される。この先、いつまでも面倒は見るので安心して入院してくださいと話した。

医師からは治ることのない難病で申請すれば治療代は無料になるとのこと、入院代だけで済むように申請書をくださった。それにしてもただの知り合いというだけでこれほどまでにされるとはご奇特な方だと感心された。ただ死を待つだけのご老人を見捨てるほどこの国は腐ってはいませんと説明した。

ベッドから起き上がることもできないほど衰弱しているのに何とか立ち上がって感謝したいと涙を流しているご老人を介護して僕はひとりの人間としてこうしたことをやってよかったと心から思った。ご老人が信じている信者の方々の態度も変わり介護を申し出てくださるようになった。

2009 09 15 [心と体] | 固定リンク

2009年9月14日 (月)

床は棚ではありません

整理整頓ができない人は床に本や買い物袋、新聞や雑誌などありとあらゆるものを置く癖がある。そのため、掃除をするにも床に放置されている物を棚に整理することから始めなければならない。

ところが整理整頓ができていない人は棚にも無造作に物が散らかっており引き出しは出しっぱなしの状態になっている。これではいつまでたっても床掃除はできない。つまり、掃除機が掛けられない状態なので床は埃っぽく綿ほこりや髪の毛が落ちている。

帰宅すれば買い物かごから買った物を整理して棚にキチンと置いたり、食材は冷蔵庫に整理したりして床に置かないでキチンと納めるようにする。たった2~3分の手間をかけるだけですっきりと整理ができる。

仕事でも、ちょっとした整理整頓ができない人は任された仕事をキチンとこなせず仕事がどんどん溜まっていき信用をなくしている。仕事の段取りや何をいつまでに報告すべきなのかなど整理を手帳にまとめるだけで信用がつく。

2009 09 14 [住まい・インテリア] | 固定リンク

2009年9月13日 (日)

長期ローンは地獄の一丁目

今、僕の知っている人から住居などの不動産を買ってくれないかという相談が数件入っている。2008年9月以降の世界金融危機で世界は不景気になり会社は業績が落ち込み賃金カットやリストラをするようになった。2008年までにマンションや戸建てを借金して購入した人は収入が半減して返済ができなくなっている。返済できない状態が数カ月も続くと銀行から競売の通知がくる。それまでに少しでも高く売りたいので相談に来られる。

ご高齢の方もいくらでもいいから不動産を買ってほしいと言ってくださる。しかし、僕は不動産を持たない主義なので丁重にお断りしている。理由を聞くと、子供たちはそれぞれ都会で暮らしており孫が幼いころはやってきたが今ではこなくなっている。奥さまはご病気で亡くなられてたった一人暮らし。田舎の家を売って子供たちの近くの療養所に入居したいそうだ。

田舎ではこうした売り家がたくさんあるが買い手はほとんどいない。半額程度の値段でもいいから買ってほしいと言われるが買う気はない。借金をするということは長期にわたって返済するリスクがあり、返済できる収入があれば問題はないが、10年以上平均年収は減少し、今後益々減少傾向にある日本で多額のローンを組むのは避けた方が良いというのが僕の意見だ。

2009 09 13 [住まい・インテリア] | 固定リンク

2009年9月12日 (土)

お客様を1時間以上待たせて平気な商売が儲かるのかな?

開業医のところに行くと看護婦は親切で丁寧で分かりやすい説明をしてくれる。待ち時間も半時間程度だが「待っていただいてすみません」と謝ってくれる。患者も気分がいいので「いいえ、大丈夫です」と笑顔で返事をしている。開業医はピカピカの医院で働き、ドイツ製の新型高級車に乗っているので儲かっているのだろう。

公立の病院に行くと看護婦は横柄で患者を呼ぶ声も小さくめんどくさそうに指示をしている。待ち時間も1時間以上になっても平気で、いつ誰を呼ぶのかさえわからない。患者はあきらめムードでジッと待っている。やっと呼ばれても医者はちょっと診察するだけでやさしい言葉もない。清潔とは言えない院内で皆が疲れた様子で働いているので儲かってはいないだろう。

人の弱みに付け込んで商売をするので、患者というお客様はお金を出して店主である医者に平身低頭する。お客様である患者をこれほどまでに横柄に扱って商売をしてきたつけなのだろう。赤字の病院に行くと医者も看護婦も患者にも元気がなく笑顔もない。全体的に暗くて退廃的なムードが漂っている。どの商売も業績はムードでわかる。病院は医者が経営しているので患者というお客様サービスを置き忘れているように見える。

2009 09 12 [仕事] | 固定リンク

2009年9月 9日 (水)

達磨不識

5世紀後半、南インドの王国の第三王子として生まれ、中国で活躍した仏教の僧侶で禅の開祖である達磨は普通元年(520年)、海を渡って中国へ布教に来る。9月21日(10月18日)、広州に上陸。当時中国は南北朝に分かれていて、南朝は梁が治めていた。「景德傳燈錄」第三巻に次のような話が書かれている。

梁の武帝は仏教を厚く信仰しており、天竺から来た高僧を喜んで迎えた。武帝は達磨に質問をする。
帝問うて曰く「朕即位して已来、寺を造り、経を写し、僧(僧伽、教団)を度すこと、勝(あげ)て紀す可からず(数え切れないほどである)。何の功徳有りや」
師曰く「並びに功徳無し」
帝曰く「何を以て功徳無しや」
師曰く「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因を作っているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
帝曰く「如何が是れ真の功徳なるや」
答曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
帝又問う「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
師曰く「廓然(がらんとして)無聖なり」
帝曰く「朕に対する者は誰ぞ」
師曰く「識らず(認識できぬ・・・空だから)」
帝、領悟せず。師、機の契(かな)はぬを知り

武帝は達磨の答を喜ばなかった。達磨は縁がなかったと思い、北魏に向かった。後に武帝は後悔し、人を使わして達磨を呼び戻そうとしたができなかった。

武帝はたくさんのお金を仏教のために使ってきた。どれほどの功徳があるのだろうかと達磨に聞いたが、寄付が多いからと云って自慢していること自体がエゴだと一喝する。自慢は人間らしい感情であり、自慢してうらやましいと相手が思えば嬉しくなる。それは他人ができないことを自分がしたという喜びで醜いと諭したのだ。

ただ、何もせず「病気が治る」「お金が降ってくる」などと云った功徳はこの世に求めてはいけない。自らが生き、努力して叶えるものだろう。自分は生き仏や高僧などと自慢するバカではない。武帝であるあなた同様、ただの人間でしかない。人は皆、同じく平等な人間であり優劣をつけるべきものではないと諭したのだ。

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2009年9月 8日 (火)

功徳がほしいというエゴ

僕の祖父は工務店を経営しながら町の議員であり町議の議長であった。昭和30年代当時は土建屋の議員が多く、戦後の復興やインフラ整備の公共事業で大忙しの時代だった。土建屋にとっては大変ありがたい時代で、町議会議長をしている祖父は談合の親分的存在だった。羽振りもよくて勘当されている僕の父以外の子供たちに資金を提供してそれぞれ会社を持たせていた。

祖父は神仏への寄付も欠かさずにいた。毎年多額の寄付をしていたが土建屋の祖父はどんぶり勘定でことを済ませていた。そんな古き良き時代も終わり、談合は内部告発されるようになり、良き土建屋仲間も公共工事の指定業者になれた勝ち組となれなかった負け組に明暗が分かれるようになった。起業した子供たちも放漫経営が許されるはずもなくほとんどが倒産してしまった。

祖父の最後は貧乏のどん底で誰からも慕われることもなく、あれほど神仏に寄付をしたのに御利益はなかった。先日、近くのひとり暮らしのご老人が大病になり行方知れずの息子さんがいるらしいが連絡はとれず、お金もないので病院へも行かず、動くこともできずにただ死を待つだけという状態になったので僕が世話をすることにした。この方もある宗教の大幹部で毎年のように寄付をしてきたそうだが信者の方が世話をする様子はない。

長年、その宗派に尽くしてきたと思うのだが末路は何とも悲惨で祖父のことを思い出して世話をすることになってしまった。その宗派の信者の方に「みなさんは毎年ご寄付をするのですから、その中からいくばくかをこの方の治療費に当てれば如何ですか?」と聞けば、それと寄付は違うと言い張る。どうもこのご老人を助けるよりも信じる宗派への寄付をするほうが功徳があると思っているみたいだ。

僕が御神体ならば、飯を食うこともない僕などかまわないでそのご老人を助けなさい。そうすれば僕に寄付する以上の御利益を皆さんに与えましょう。それは御神体である僕が皆さんに与えなくてもそのご老人を助けるという行為によって皆さんが感じる心が温まる思いです。物言わぬ御神仏にとって代わる人々のそれぞれのエゴを見ているようだった。

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2009年9月 5日 (土)

就職・転職を繰り返して失業し自分自身を見失う

就職しても職場になじめないで退職していく人は多い。「自分探し 転職の勧め」や「契約社員になって自由になろう」などといった文面が多く見かけられた。我慢なんて古臭い生き方を辞めてもっと自由になろうという論調だった。執筆者自信がフリーライターだからそういった論調になるのもうなずける。

しかし、職場で働き家族を支えている人はこうした論調は風当たりが良くても実行しない。「我慢して働く」という辛さを通り抜けて「喜んで働く」という状態になることを感じているからだ。何事もうま味が出てくるまでには熟成する期間が必要なのだ。転職を繰り返す人は熟成する前にうま味がないと諦めている。

スポーツでもうまくなるには時間をかけて練習しなければならない。おいしいお酒も時間をかけて熟成させなければならない。良い成績をとるにはしっかり辛い勉強をしなければならない。転職を繰り返している人は自分を大切にした生き方をしてきただけだというが現実は自分の居場所すらない状態になっているように見える。

今ある自分が置かれている状況を否定することは今の自分を否定しているのと同じことだ。それを繰り返していては、いつかは自分の居場所を失くすのも当たり前ではないか。「我慢して働く」ということは生きる喜びを見つけ、自分自身を見つけるには必要不可欠な行為だということを知るべきだ

2009 09 05 [心と体] | 固定リンク

2009年9月 4日 (金)

地獄に突き落とされて初めて反省する

2008年連結決算書による損益計算書では2兆2703億円の営業利益を出していたトヨタは2009年度4610億円の営業損失(赤字)を出した。2008年度僕は自分のブログにリーマンショックが起こった2008年10月にトヨタの赤字決算を予想して大変なお怒りを受けて書き込みを削除したことがあるが、残念ながら僕の予想は的中してしまった。

トヨタの経営陣でさえこれほどまでに業績が落ち込むことはないだろうと思っている頃に、僕はトヨタは赤字になると書き込んだのでお怒りを受けた。8年連続の増収増益を記録している世界トップ企業で、自信に満ち溢れ、カンバン方式など独自の戦略を持ちスキがなく絶好調と評価されているときこそ危機が迫っているものだ。

スキがない経営は変化に順応しにくい。2008年10月の金融危機は高額商品をローンで購入しにくくなるということで不動産や乗用車などはいっきに売れなくなった。20年前、日本で起きたバブル崩壊の時も金融危機が発端だった。その後、失われた10年と云われるほど日本経済の回復は遅々として進まなかった。

トヨタの例を引くまでもなく、どの企業でもどの人物であっても、自信に充ち溢れているときほど注意しなければならず、どこに落とし穴があるか分からない。そのリスク管理を怠ることなくいつも謙虚にしていることが大切だが、なかなか人はそうなれない。企業でも人でも地獄に突き落とされて初めてどうしてこうなったのだろうと反省する。

2009 09 04 [心と体] | 固定リンク

2009年9月 3日 (木)

愚痴と不満は自分を腐らせる

マイナスの感情は人を醜くしてしまう。愚痴や不満ほど人の顔を醜くするものはないだろう。笑顔は醜く歪んでいるし口を開けば愚痴や不満の同意を求める。類は友を呼ぶがごとく、愚痴や不満で繋がる仲間が集まってくる。僕は愚痴や不満は口にしないし、そのような人に会うと注意するようにしている。

愚痴や不満に身を焦がしているとどんなに成功している人もどんどん落ちぶれていき、最後にはたった一人になって愚痴と不満のなかで死んでいく。それはまさに地獄絵図そのものではないかと思えるからだ。天国や地獄は死後の話ではなく現世の出来事であり、物事の捉え方次第で人は天国にも地獄にも行き来する。

愚痴の反対は感謝であり、不満の反対は満足である。愚痴に思うことをよくよく考えてみると感謝を忘れた自分を見つけて反省し、不満に思うことをよくよく考えてみると満足すべきこと、つまり、「たるを知る」べきことを忘れた自分を見つけて反省するようになれば人として幸せを掴める成長がある。

会社に対する愚痴や不満、仕事に対する愚痴や不満、家族に対する愚痴や不満、自分自身に対する愚痴や不満、友達に対する愚痴や不満、恋人に対する愚痴や不満…その感情によって人生を狂わせて反省する人もいるだろうしより愚痴や不満をつのらせている人もいる。

2009 09 03 [心と体] | 固定リンク

2009年9月 2日 (水)

脳みそは使っていれば進化する

50代以上の生徒になると「もうこの年だし」と云ってテレ笑いされる方がいますが、脳みそに年は関係ないというのが医学界の通説だということを聞いたことがある。56歳になった僕自身、体力の衰えを感じても脳みそに衰えを感じたことはない。むしろ、昔よりも経験を積んでいくので思考力やアイデアの想像力が増しているのではないかと思う。

脳みそは使うほどに活性化するので毎日しっかり脳みそを使うことが大切。脳みそをほとんど使わないテレビ、ゲーム漬けになると退化する。ゆっくりと時間をかけてひとつのテーマを推考することが大切だろう。僕は毎日仕事の後、3時間は自宅で勉強している。読書もまた、その情景を思い浮かべるので脳を活性化してくれる。年だからと諦めることはない。

2009 09 02 [心と体] | 固定リンク