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2009年11月30日 (月)
妻はご主人の身の回りのことを一切合財やりきることが役目
妻はご主人の身の回りのことを一切合財やりきることが役目だという考え方は嫌いで、僕のために人生を棒に振るような生き方はさせない。たったひとりの男性に身を尽くした生き方が女性たるべきものの本懐であるなどといった男性に都合のいい考え方など女性は受け入れない方が良い。
僕は妻がひとりの女性として社会に広く貢献できるよう活躍してほしいと思っているし、そのような支援を行っている。僕や子供のために生涯を尽くして生きるなどと考えないでほしいと話している。僕は自分のことはできる限り自分で済まそうと思っているし家族を支えようと思っている。
家に帰れば妻が僕の食事を用意してくれているなどわがままなことは考えない。惚れた女性が活躍する姿を見る方が自分の食事を作ることより魅力的だ。人生は一度きり、妻にはひとりの女性として誰もが惚れ惚れとする活躍をしてほしいし、そのための応援は惜しまない。
僕は惚れた女性が大きく羽ばたいていくのを見るのが好きだ。自分が惚れた女性に頼ろうとは思わない。惚れているからこそ、もっとその魅力を開花してたくさんの人に惚れられる人になれと思う。僕は惚れた女性がいっしょにいなければ落ち込んでしまう軟(やわ)ではない。
2009年11月29日 (日)
いつしかこの国は累積した借金に押しつぶされ滅びゆく
僕が住んでいる街には赤字の箱モノがたくさんある。ホールや会館はほとんど利用されていないし老朽化が激しくなっている。行政の方はどんなに赤字が累積されても自分の給料に何の影響もない。住民は綺麗な箱モノが新たにできたことを喜んでいるが行く気にはなれない。
こうした赤字の箱モノで働く館長やスタッフの給料は民間企業では判断できないほど高額で、民間企業であれば管理スタッフの削減や減俸ないしは業績改善のための営業などを積極的に行うだろう。放置すれば自分たちの職場がなくなるからに他ならないが公務員にはそれがない。
政治家は選挙に当選することしか頭にないので応援してくれる団体の利益を最優先する。公務員は地域住民が喜んでくださるという感覚だけで赤字の箱モノやサービスを拡大する。しかし、累積する赤字は結局住民の税金によって返済しなければならないことを説明していない。
地区行政のトップから末端に至るまで赤字を放置して平気でいる体質から改善しなければ、いつしかこの国は累積した借金に押しつぶされ滅びゆく。地位やメンツなどにこだわっている場合ではないだろうし、給料さえ貰っていれば平然と知らぬ顔を決め込んでいる公務員に任せていいものだろうか。
2009年11月28日 (土)
国家財政を一般家庭の家計に例えれば 平成20年度
平成20年度財政状況は、収入部門である税収+税外収入=58兆円、これに対して支出部門は、国債費=20兆円、一般歳出=47兆円、地方交付税=16兆円の合計83兆円、公債残高553兆円です。平成に入ってからというもの借金の額は増えるばかりでどうしようもない状態に陥っています。
さて、これらの金額を平均月収40万円の平均的な家庭で例えて考えてみましょう。収入は40万円、借金の返済に14万円、家計費が33万円、田舎への仕送りに11万円、合計58万円の出費となり不足分18万円は新たな借金をしていますが、これまでの借金はすでに4600万円になっています。
僕たちは豊かになったと思っていましたが、実情は借金をして豊かな暮らしをしているだけですので、いつかは返済のために貧乏生活を余儀なくされます。GDP(国内総生産)比で日本は170.9% ほとんどの先進諸国は80%以下で日本は断トツの借金大国です。大ナタを振るって健全財政を根ざすべきですが反対する人は多いです。
2009 11 28 | 固定リンク
2009年11月27日 (金)
正社員より派遣社員の方が自分らしいという時代があった
2008年10月までの日本では、正社員より派遣社員の方が自分らしいという時代だった。正社員であれば残業しなければならないし、転勤はあるし、人事異動でどこに飛ばされるかわからない。大きな会社だと地方に勤務ということも珍しくない。それよりは自分が暮らしたい土地で自分の家族を大切にし趣味の時間をたっぷり取って暮らせる派遣の方が素敵な生き方だと思いませんか?という考え方が多かった。
大企業の正社員だった人までが派遣社員に憧れて退職した時代が少し前の日本にはあった。正社員であればノルマは厳しく、サービス残業は当り前、会社は成長する余地がないので出世する見込みはほとんどない。昇給はあれどデフレの時代は微々たるものでしかない。なかには減給している企業すらある。そうした時代では派遣社員が大活躍するテレビドラマまで人気があった。
派遣登録企業は企業に営業に来るが「御社での雇用調整に当社の社員を利用してください」「景気の調整弁として当社に登録されている派遣社員をご利用ください」と言っている。企業がパートを採用して雇用の調整弁にするよりも割高な人件費を派遣会社に支払う方がシフトを減らしたり解雇する手間が省けるからだ。派遣登録企業はそれをピンはねして当人には少ない賃金を支払っているがそれがビジネスだろう。
社会の仕組みを知れば派遣社員は派遣企業に搾取され、いつ派遣先を失うか分からないリスクを背負っていることが分かる。派遣先の企業を非難しているが、派遣登録している企業はあなたの味方のように振舞っているが、もっともあなたからピンはねしている企業ではないだろうか。そして、それでもいいと思って登録したのは他ならぬあなた自身である。
2009年11月25日 (水)
何もしないでいるよりは、人からバカにされてもやってみる
人生何事も穏便に済ませて生きてきたが何か物足りない人生だったと後悔している人がいる。いつも何かしてみたいと思っていたが、そのたびにいろいろなことがあって結局何もできずに半世紀も生きてきた。もうこんな年だからいまさら何をしようと思えるのかと自分を納得させている。
僕はいつも何事にも挑戦してみてたくさん失敗して友達からはまるで人生が波乗りのようだと言われているが、大満足の半生だと思い一度も後悔をしたことがない。失敗すれば大いに人から笑われたりバカにされるが、何もしない人生よりはよっぽどましだろうと思っていた。
失敗からは多くのことを学ぶことができ、その失敗があればこそ今の自分があるのだと確信している。どんなに辛く苦しい失敗であっても反省して分析し修正できれば次のチャンスが必ずやってくる。生きている間はどんなに年をとっていてもどんな状況にあっても挑戦を忘れてはいけない。
挑戦こそ自分が生きていると実感できる行為だろう。失敗を恐れず悔しさや哀しさを大いに感じ、それこそが自分が生きている証しだと思えばいい。人間死んでしまえば、悔しさや哀しさや辛さなど経験することができないのだ。ボロボロと流れる涙を我慢できなければ、それこそが生きている証しだろう。
2009年11月24日 (火)
恋愛は興味であり夫婦愛は尊敬と信頼である
結婚して半年もすれば恋愛感情はどこへやら、どうしてこんな人と一緒になってしまったのだろうと困惑する人は多い。子育てに追われて日々を過ごすうちに夫婦の関係は冷めたものになり、いつしか「亭主元気で留守が良い」と本気で思ってしまう。旦那や妻を輝くダイアモンドのようにまぶしいと思ったのはいったい何だったのだろう。
僕は夫婦の愛情は感じるものではなく育てるものだと思っている。結婚して夫婦の愛情を育てないから枯れていく。最初は何の恋愛感情がなくてもお互いいっしょに暮らすうちにこの人でなければと思える関係を創ることはできる。それが夫婦の愛情で、こればかりは意識して育てようと努力しなければならない。冷え切った夫婦でも夫婦の愛情は育つ。
毎日、いっしょに生活する相手に負担をかけさせるのではなく、いつも相手のことを配慮して優しい言葉や態度を見せて頼られる存在であろうと努力する。仕事で疲れて帰ってきて、妻がお菓子を食べて寝そべってテレビを見ていても笑顔で妻をいたわり、旦那がデブっとしたお腹を見せてカップヌードルを食べながらゲームをしていてもフルーツをお皿に盛って笑顔で出してあげる。
夫婦はお互いを責めるのではなくフォローしあう関係であろうと、どちらか一方が努力すれば夫婦愛は必ず育つ。恋愛感情と夫婦愛は異なり、恋愛感情はインフルエンザのように未知の相手に大変興味を示しているにすぎないが、夫婦愛はお互いを知りつくしたうえで相手を尊敬し信頼している関係になっている。つまりは、恋愛は興味であり夫婦愛は尊敬と信頼である。
2009年11月23日 (月)
夫婦は相手の非を責めるのではなくフォローすべき
結婚していっしょに生活を始めれば3ヶ月もすれば相手の不可解な行動が分かってくる。料理が下手だ、掃除ができない、部屋でおならを平気でする、いびきがうるさいなどデートしていたころには分からないことがたくさん出てくる。恋愛感情が冷めるのはこうした頃だ。ついつい、相手を責めて「どうして~ができない」と語気を強めてしまう。
僕はこうした頃、目についたことは仕事でどんなに疲れていてもすべてフォローしていこうと思った。料理が下手なら料理を教え、裁縫ができなければ裁縫を教える。掃除ができなければ掃除をし、洗い物ができなければ代わって洗い物をしておく。それが僕の愛情表現で、だからこそ妻は僕をいつまでも愛しているのだろうと思う。
相手の責めどころを見つければ優位に立てるので責め続けて精神状態をボロボロにしてもまだ満足できないでいる。しかし、どんなに人を責めてみても人として尊敬できる行為ではない。それよりか、思い切って責めどころを責めず相手の立場をフォローしてあげれば感謝され尊敬される。つまりは真に頼りがいのある人であろうと思ったのだ。
2009年11月22日 (日)
彼女がいなければダメなんて嘘です
僕は38歳で3度目の結婚をしたが、妻は23歳で、妻のご両親は付き合い始めたころから大反対だったし当然のことだと僕は思っていた。彼女が両親に会ってほしいと云うので会いに行ったが最初から「別れてくれ」の話で僕もご両親に別れるように娘さんを説得してくださいと話した。
僕は2度の離婚を経験しているので、娘さんを幸せにする自信はあませんし、娘さんがいなくなっても狼狽するほどのバカでもありません。彼女が僕を大好きなのはとてもよくわかりますが、ご両親のお気持ちもよくわかりますと平然と話していたが、妻は僕の家に押し掛けてきて帰ろうとしなかった。
妻の友人も大反対で別れるように話して欲しいと言われていた。僕は何度も彼女に君がいなくても何の支障もないから自分の家に帰りなさいと言っていた。彼女はどんなに言われようが反対されようが暴力をふるわれて家に連れ戻されても僕のところに帰ってきた。
そこまで気合が入っているならいっしょになろうと思って仲人に国会議員の知人を立ててご両親を説得した。妻のご両親にとっては娘の初めての結婚なので国会議員という箔をつけなければご両親のご親族や知人への説明に困るだろうと思っての配慮だった。
2009年11月21日 (土)
人を愛しても愛に溺れず
恋人や妻やご主人が浮気をすれば烈火のごとく怒ったり、もう死んでしまいたいと落ち込んだりして大変動揺するのが普通だろうが、僕はそうされたときでも自分自身を反省して相手の幸せを願う余裕がある。浮気ぐらいで動揺していては男子本懐の仕事はできないし、そうさせたのは自分の落ち度だろうと思う。いつも反省するのは自分が最初だ。
人は生まれた時も死ぬ時もひとりであり誰かと一緒などということをすれば犯罪なのだ。自分自身がひとりでも強くなければ誰かを愛するということなどできない。僕を必要としている間はしっかり愛しても、必要以上に愛情を押しつけて相手を独占しようなどとは思わない。時期が来ればおさらばなのが人生だ。僕のために人生を棒に振るなどということはさせない。
あなたはもう必要ないと言われれば、ハイそうですかではさようならと言えるぐらいの度量がなければ愛情に振り回されていく。僕はすべてを失くしても誰かを愛し一緒にいたいなどという感情はない。愛する人を幸せにするには失くしてはならないものがある。愛する人を守るためには守れるだけの強さを身につけていなければならない。
僕は煮え切らないのが一番嫌いだ。人生はたかだか80年、生きるには大変短い時間しかない。落ち込んで腐っている暇は僕にはない。憎んだりイジケテいたり恨んでいたりといった時間はもったいなくてできない。ただまっすぐにいつも笑顔で走って走りぬいてバタッと倒れて死んでいきたい。たくさんの人を愛して教育という僕の仕事を通じて幸せにしてあげたい。
2009年11月20日 (金)
浮気をされた僕は彼女に謝った
僕は20代のころ2度目の結婚をしていた。押し掛け女房だった二人目の妻とは7年間の結婚生活だったが20代の僕には多額の借財の返済がのしかかっており毎日寝る間を惜しんで働いていた。返済のために東京から神戸までの東海道をワゴンで行商しながら移動し車中でひとり寝泊まりする行ったり来たりの毎日だった。妻には田舎で開業しているブティックや化粧品店を任せていた。
そんなある日、出張から帰ってみると家には何もなく店員がひとり困ったように立ちすくんでいた。妻とは連絡が取れないままに数日が過ぎたころ、妻の友人が離婚届を持ってきて、理由は聞かずにここに署名捺印してほしいと言われた。言われたままに署名捺印してあっけなく僕の7年間の結婚生活は終わった。その後、数日してから妻は妻子ある男と駆け落ちしていることが分かった。
2週間が過ぎたころ妻はやってきた。僕は寂しかったという彼女に心から詫びた。男のもとに帰るのを僕は止めようとしなかった。車が欲しいというので彼女に与えた。それから2年が過ぎ、彼女は男と別れて僕に会いに来た。復縁してほしいという話で涙を流して謝罪している彼女に謝るのは僕の方で君に罪はないと言った。このまま別れた方が良いと云い、生涯僕を誇りに思えるよう精一杯生きると云って別れた。
本当は、もう一度彼女と暮らしてみたかった。返済も終わり、今度こそ彼女に寂しい思いをさせないという自信もあった。心のどこかに後ろめたい気持ちを持ちながら僕と暮らすよりは、新たな恋を見つける方が彼女のためになると思って僕は復縁を断った。帰りの車の中で僕は涙を止めることができず前を見ることができなかった。彼女が再婚したと聞くまで僕は恋をしなかった。
2009年11月19日 (木)
結婚と夫婦
結婚した当初はお互いに恋人気分なので、こまめに相手のことを気遣い自己犠牲をいとわずとても優しくなる。寝ないでもお弁当を作ったり、どんなに大切な接待でもお断りして自宅に帰るなどといった行動にでるのが最初の3ヶ月から半年ぐらいの間だろう。つまり、体力的な限界に至るまでこうした状況が続く。
これ以上、こうしたことをしていると病気になると思った頃から手抜きをするようになるが、手抜きをするためには理由が必要となるために相手の行動を分析するようになる。「あの人は、家でゴロゴロしているだけ」「あいつの料理はいつも同じ」といったアラ探しを始めるようになる。これで恋人気分は一気に冷めていく。
料理に手抜きがあると外で食べたくなるし、家事ばかりをしているとストレスも溜まり何もしない日が欲しくなる。夫婦以外の人との付き合いも恋しくなる頃喧嘩が始まる。それは恋人から夫婦への脱皮作業で、お互いに長く付き合うためには必要不可欠なことだろう。しっかりぶつかり合って妥協点を見つけることだ。
良い夫婦というのは恋人同志のようにお互いを気にかけていない。何が好きなのか?どんなことに興味があるのか?今日は何をしたのか?といったことには関心がない。お互いにお互いの生き方を尊重しているが干渉はしない。生きるために必要な空気のように包まれているが気にならない存在である。
2009年11月16日 (月)
人を助けるは自分を助けることなのか
身寄りのないご近所のご老人が病気で倒れ、誰の言うことも聞かず死を受け入れようとしていた。苦痛に身をかがめていたご老人は昔から知っている人であり、僕はそのことを知ってそのご老人に「予科練で生き残ったのはこうして死ぬためではありません。死んでいった仲間のためにも生き抜いてください。」とお話して僕が引き取ることにした。
入院生活は2カ月にも及んだが、彼はやっと退院することができた。病室に伺うといつも涙を流して感謝してくださるその方に接して僕はいつも生きるエネルギーをいただいていた。週に二度通院しなければならないが、久しぶりに自宅に帰れた喜びはいかばかりだろう。人を助けることは自分を助けていることではないのだろうかとふと感じた。
2009年11月15日 (日)
少年よ大志を抱け!
北海道開拓時代、札幌農学校 (現北海道大学) 初代教頭ウィリアム・スミス・クラーク (William Smith Clark、クラーク博士、1826年7月31日 - 1886年3月9日) は1876年 (明治9年) 7月に札幌農学校に赴任する。たった8ヶ月教壇に立っただけだが、これほど日本人に有名になったアメリカ人の先生もいない。
彼をしてここまで有名にしたのは退任の際に学生たちに言ったと云われている「少年よ大志を抱け!」Boys, be ambitious という贈る言葉だろう。僕は高校時代にこの言葉に接してとても感動した記憶がある。彼の講義を受けたことのない多くの学生や日本人に今でも夢と希望を与え続けている。
人は誰もが少年であり、誰もが幾つになっても大志を抱いて夢に向かって挑戦する大切さを教えてくれる言葉だと思う。小さなことでクヨクヨせず、うろたえず、狼狽せず、感情的にならず、もっと大きな志のために生きる大切さを教えてくれる。彼の立像は札幌市内の羊ケ丘展望台にある。
愛する人を幸せにできますか?
人を好きになれば、その人のために何かしてあげたいと思う。その人が幸せになれるよう努力できる人であろうとする。自分を犠牲にしてでも愛する人のためにできることは何でもやってみる。それが人を愛するという自然な行為だと思う。お互いに尊敬しあい成長できる関係を築こうとすれば長く愛し合える。
好きな人を自分の奴隷のように振り回す人もいる。相手の立場を無視して自分の言いなりになるように仕向けて行く。惚れた弱みに付け込んで、要求はエスカレートしていく。あるいは、無視されると付きまとい相手に不快感を与え恐怖感を植え付けて離れられないようにするがお互いに破滅の関係となっていく。
相手の成長を願って自己犠牲も厭わず付き合うことを愛情と云い、自分の欲望を満たすために付き合うことを自分勝手だと云う。僕は愛する人を幸せにできないと思った時はどんなに辛くても離れるようにしている。離れることが愛情であるということも生きているときはありうる。
ひとりでジッと我慢して涙して耐え抜くことが本当の愛だということもある。好きだから一緒にいたいという感情が自分勝手なときはどんなに辛くても押し殺すのが本当の愛情だろう。それができないならば人を愛する資格はない。相手が受け入れられないことはするべきではない。
2009年11月14日 (土)
人間が小さくなっていないかい?
ちょっとしたことが気がかりになり、どうにも不安でしょうがない。ちょっとした言葉や行動が気になり、どうにも不安であったり頭に来ていたり、落ち込んでいたりでどうしようもないことはよくある。僕はこんな時、自分に問いかけている。「人間が小さくなっていないかい?」
「自分はもっと心の広い器でありたいと思っていたではないか、それがどうだ、こんなことで感情的になっている。そんなことで志をまっとうできるのか?」そんな問答を自分に何度も何度も問いかけてみる。自然と気分も落ち着いてきて平常心に戻っていく。
みかんを売り歩いた20代
僕は20代前半、魚やみかんといった産地物を行商して日銭を稼いでいた。和歌山は「たちうお」という高級魚が日本一捕れる。「有田みかん」もまた紀伊国屋文左衛門で有名だ。猟師や農家の方は販売を漁協や農協などにまかせっきりで自分たちで販売したことがない。物流網を抑えられない生産者は利幅が薄くなるので生活は豊かではない。
行商は対面販売なので商品の鮮度と自分の雰囲気が勝負となる。商品の鮮度が良いと思っていただくには僕の口上がはきはきしていなくてはならない。気分が落ち込んでいるときは売れない。どんな状態であっても笑顔ではきはきと口上できる練習を何度も行い、毎朝、飛び込み販売していた。その経験がどれほど僕に役立ったか計り知れない。
営業ができない販促ができないと言っている人は多いが、それでは人と会って商売はできない。お客様がお店に来ても、来なくても、同じ雰囲気をかもし出して商売ができなければ好業績は望めないということを行商して理解できた。如何なる商売であってもその原点は対面販売で、その場所がお店なのか路地なのか他人さまのお宅なのかの違いでしかない。
2009年11月10日 (火)
良い商品を扱っている人はパソコンができない
市場では良い商品を扱っている仲卸の商売人がいます。小さな商店やネット販売している会社や消費者はこうした仲卸の方から商品を購入します。仲卸の方にご自分でネット販売されれば儲かると思うので教室でお勉強してくださいとお願いしてきました。ただ仕事が忙しくてなかなかご自分で勉強しようと思われないようでした。
彼らもネットショップで扱っている商品以上の良い商品を販売できたり、同じ商品ならもっと安く販売できる立場にいます。商売を自分が信頼している顔が見える範囲内で行い続けている方ばかりですので対面販売が中心となっています。商売の原点ではありますが、これでは札幌に来てくださる方だけの商売でしかありません。
「利は元にあり」信頼を積み重ねてきた彼らがパソコンを学習してネットを通じて自信のある美味しい北海道の食材を広く日本全国の方に販売していただければ内地の消費者にとっても彼らにとっても良いことばかりです。僕に「これはうまいんだよ!」と言ってたくさん試食させていただいた御恩をお返ししたいですね。
2009年11月 9日 (月)
美味しいものを北海道で見つけました
「わかるとできる」は北海道から沖縄まで日本中に教室があり、研修会や教室訪問などで僕はこの10年間日本中を回っています。その土地土地での美味しいものを頂いたりしますので、ちょっとしたグルメになりました。北海道でもたくさん美味しいものを頂いておりますが、先日は札幌中央卸売市場に行ってきました。
パソコン教室「わかるとできる」は札幌中央卸売市場の近くにもあるので、紹介と挨拶をかねて一軒一軒訪問しながらパソコン学習の必要をお話していきました。中央市場ですから北海道の食材はここに集まってきます。一般消費者はここでお買い物ができませんが、場外市場でならお買い物ができます。
場外市場ではセリ落とされたばかりの新鮮な商品がたくさん売られています。観光のお土産屋さんよりも安いですし美味しいと思いました。小さなお店ですがホテルや食堂にも卸しているそうです。パソコンができないと話されるかたが多いので教室でしっかり勉強してくださいと話していると食事をご馳走になりました。
2009年11月 5日 (木)
自立再起を果たすために恥を捨てろ
農家の収入が減少の一途で生活にも事欠くありさまになっている。世界中から農産物が入ってくるようになり国内だけで生産している農家は何かしら強烈な特色をださねば安売りになってしまう。何の贅沢もせず暮らしていても返済不能な借金を抱えて途方に暮れている農家の方が相談しにきた。
子供たちは借金を借り換えて自分たち名義にすると言っていると話してくれたが、子供たちの年収で返済できる額ではなく、名義変更すれば子供たちが地獄を見るから止めるように言った。むしろ、農協には返済できないし、子供たちに名義変更しないから自己破産も辞さず好きなようにしてくださいと話すように言った。
僕は行商で「みかん」をたくさん売ったことがあり、商売の基本は行商だと教えてあげた。生産農家だから二の足を踏むのではなく、積極的に売る姿勢が必要で、そうしてきた農家が再生を果たしている事実もあることを教えてあげた。他人に頼るのではなく自立再起を果たすために恥を捨てろとアドバイスした。
内臓疾患のように自覚症状がないうちに病巣はどんどん大きくなり自覚症状が出てくるとすでに手の施しようがないようになっている方は多い。日々健康に留意して食事や運動をするように、日々の生活に安閑とするのではなく勉強や挑戦を怠ってはいけない。「まさか」はいつもやってくる。好調の時こそ次の布石を打つことだ。
2009年11月 2日 (月)
不況の時はしっかり勉強
厚生労働省の9月の毎月勤労統計調査(速報)によると、従業員5人以上が働く事業所の今夏のボーナスは昨夏比9・7%減の平均36万3104円であると発表された。また、今年の冬のボーナスは大企業平均16%減となると言われているので、中小企業はそれ以上に厳しくなると思えるので平均30万円以下になることも予想される。
大企業は大規模なリストラや増資によって業績が上向いてきているが、中小企業は相変わらず業績不振に苦しんでいる企業が多い。知り合いの経営者も冬のボーナスは出せないと苦しい胸の内を明かしてくれた。来年はリストラする中小企業が増えてくると思われるので、今のうちにしっかり勉強して資格や技術を身につけることだろう。
2009年11月 1日 (日)
人は傷ついて優しくなり、絶望のドン底で希望を見つける
自信満々のときの自分は自分を見失っているときのことが多い。自分をよく見せようとしたり、相手にこうだと決め付けた言い方を自然としている。あいつはダメな奴だと決めつけて平然としているが、その自信が崩れ去ることをまだ知らない。
自信がもろくも崩れ去り、もう死にたいと思った時が本当の自分を見つけた時だろう。絶望の淵にある惨めで悲しみに包まれた自分ほど自分らしい姿はない。人は誰でもいつかはそうした状況に追い込まれる。そのときから優しくなり他人を受け入れるようになる。
ただ生きていることに感謝し、これまで当たり前だと思っていたことに感動し感謝できるようになる。自分は生きているのではなく生かされていると思うようになる。こんなチッポケな自分だからこそ今を精いっぱい生きているだけで褒めてあげようと思える。


