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2012年2月29日 (水)
ハンドクラフターの時代
欧米は出来合いの住宅を購入するのが主流で、欧米の建売住宅は家具付きで作り付け家具が多い。日本は注文建築が主流で、家具は市販のモノを買い揃える必要がある。最近は、作り付け家具も増えてきたが、それらを造っているのは大半が大工であり家具屋さんではない。
家具屋さんに作り付け家具を注文するとベニヤ板の安っぽい仕上げで制作され、無垢の天然木で作ってほしいと頼めばビックリするほど高いかできないと言われる。仕入れて販売する家具屋さんが多いからだろうが、もうちょっと家具の製造の勉強をしてお客様のニーズをくみ取ってもいい。
陶芸家も同じように自己満足の作品を創る方が多いが、別注でお客様が望むものを適正な価格で制作してあげようとする工芸家の方は少ない。季節季節の器に関してはその家々で欲しいモノが違っているだろうし、そのニーズにお応えできれば商売繁盛するだろうが挑戦している陶芸家は少ない。
鉄骨屋は住宅の注文が少ないと嘆いているが、その技術を持って手すりや物干し台や表札、看板や門扉などの個別注文に応えようとすれば注文が多く入ってくるだろうが、そこに挑戦しようとはしない。成熟した社会では個別ニーズが増えてくるが既製品を押し付ける商売からの脱皮ができていない。
しかし、欧米ではこうした商売人が多くいて頼めばオリジナルのモノを適正な値段で作ってくれる。日本も既製品からオーダーメイドの時代になっており、それに対応した人や企業から商売繁盛になってきている。注文はインターネット上から入ってくるのでパソコンの勉強は欠かせない。
2012年2月28日 (火)
飲み会で仕事ができる
社会人になると居酒屋で一杯が明日への活力、今日の稟議の決済、人事評価になることが多い。付き合いが悪いと出世にも影響するのは昔から。同僚や上司の方との5時から付き合いは得てして楽しいもの。僕もサラリーマンの時は頻繁に誘ってもらったものだ。
社長になると、こうした付き合いにも大義名分が付き「~の会」などと銘打っている。中身は同じように居酒屋で飲み友達が集まって飲んだりゴルフをしたり、旅行をしたりしているだけだが、商売の話をしているから素晴らしいと皆が思い込んでいるところが阿呆だろう。
今日は、どこそこで美味しいモノを食べましょう。明日は、どこそこでいっしょに身体を動かして楽しみましょう。明後日は、どこそこに行ってありがたいお話を聞きましょう。その次は、どこそこに行って皆さんの前であなたの夢を語ってください。などの繰り返しが続く毎日。
従業員がしっかりしているか、先代からの財産があるからか、そこそこ儲けている中小企業経営者に多いケース。ただし、従業員は社長に就いていけず、この会社に未来を託せないと感じてか離職率は高い。10年経っても、彼らの会社が小さくなっても大きくなることはない。
サラリーマンでも社長でも出世する奴は、仲間付き合いなどに精を出していない。自分の仕事の為に一生懸命に勉強し、自己の向上に努めており、とても人付き合いなどかまっていられない。学生の頃の勉強と同じことだが、大人になるとそのことを忘れる。
2012年2月26日 (日)
国を支えて、国に頼らず
懇意にしている国会議員の方とお話しする機会があり、日本中を巡回している僕から観て今の日本はどう思うのかと聞かれたので、国家を支える国民が少なくなったと報告しました。国に頼ろうとする国民が増え、何でも行政がやれと甘える構造ができ、それに迎合する政治家が増えつつあります。
地方行政は国にならって多くの施設や第三セクターを作って公務員の天下り先を確保し、行政に努める親族の働き口を確保し民業圧迫を平気で行い、住民が喜んでいるからと赤字を垂れ流していきますが、最後は国家が助けてくれると思っています。
行政の施設はどれもこれも高収入でヤル気のない看護婦や事務員、理事長や医者、職員や主任がいて赤字を垂れ流していますが改革などせずとも高収入があるので既得権益を守るのは必定です。書類上の努力を偽装して住民に貢献しているように見せかけているだけです。
このようなジャブジャブ状態の日本が破たんするのは時間の問題ですが、マスコミが弱者救済という姿勢を貫いていますし、証券会社は国策を利用して儲けを出すように動き、行政マンはヤル気を失くしています。その最たる原因は国家を自分たちが支えねばならぬと行動する国民が少なくなったからだと話しました。
ただ、自分はしっかり納税し、行政が補助金を出している職業訓練と云う名の生活補助制度には加担せず、「国を支えて、国に頼らず」の姿勢をこれまで通り貫く姿勢であり、当社の生徒様が国家破たんしたとき、国家再生の新芽となって活動するので安心してくださいと明言しました。
2012 02 26 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク
2012年2月25日 (土)
生きる意味を探す
人生は全力で生き抜いた者にしか分からぬ幸福感があります。
全力で生きた者にしか味わえぬ悩みや苦しみや目いっぱいの涙があります。
ボロボロになるまで自分を追い詰めることも何度もあります。
すべては己の人生に意味を持たせるためです。
自分がこの世に生を受けて何かしら意味があるものにするために全力で走るのです。
多くの人々のため、仲間のため、家族のため、全力で生きている限り、己の人生は意味のあるものになります。
岡山県山陽教室
2012年2月23日 (木)
気づき力
社会でのし上がってくる人には気づき力が強いと云われている。周りのことに気が付く、新しい時代に気が付く、友の悩みに気が付く、いろいろなことに気が付き、自分の生き方に気が付く、周りの者を大切にして生きる強さを身に付けて、気が付けば周りの人々に助けられ、のし上がっている。
2012年2月22日 (水)
フェイスブックって何だぁ?
アラブの嵐で有名になったフェイスブック、そういえば映画にもなり若者の間で流行っているとか?先日、東京でフェイスブックの講習会があり、講師役としてご高齢者の方々にアカウントの取得と僕と友達になっていただきました。明日には大阪でも同じ講習会を行います。
ちなみに、僕のフェイスブックのサイトですので、クリックしてご覧ください。アカウントの取得が必要ですが、厳しくなっておりひとりではなかなか取得できなくなっています。携帯メールを要求することもあります。
登録は実名で行いますが、誕生日など入力しなくても良い項目もありますし、後から変更することもできます。写真を大量にアップしてみましたがビクともしません。さすがはトヨタの時価総額に匹敵するだろうと云われるだけのことはありますね。
2012 02 22 [パソコン・インターネット] | 固定リンク
2012年2月21日 (火)
遠くに行きたい
最終列車に乗って、どこか遠くに行ってみたい という気持ちは誰にでもある。しかし、本当にそうした人はまれで、ほとんどの人はその気持ちだけで済ませている。現実の生活にゆとりがなくなり、窮屈に思え、逃げ出したいと思うとき、夜ひとりになったとき、ふとそう思う。
僕は犬を飼っているが、彼はいつも前向きでいつもこちらを素直な目で見ている。散歩以外は一日中鎖で繋がれているのに落ち込むことがなく、反抗することもなく、仕事から帰ってくると尾っぽを振って出迎えてくれる。一度たりとも落ち込んだり反抗的な姿を見たことがない。
彼を観て、如何に前向きに気持ちを保つことが大切かを教えてもらう。毎日、鎖に繋がれて窮屈な生活でも、それを前向きにとらえていれば良いこともあり、身はないが尾頭付きの魚に出会える時もある。尾っぽを振ってご主人様の機嫌を取っていれば散歩道が長くなるかもしれない。
鎖から解き放たれて自由になった時もあるが、畑をうろついて何をするでもなし、何がしたいでもない、自由になれば寝床を捜し、食べ物を探さなければならない。そんな自由ならいらないとばかりにすごすごと元の住処に帰ってきて、鎖でつないでくれと云わんばかり。自由とはそんなものかもしれない。
2012年2月20日 (月)
わかるとできる 年々笑顔が素敵になってくる大阪勉強会の様子
2012年2月19日 (日)
教室訪問 神奈川 四季の森教室 湘南台教室
生徒の方の最高の笑顔と最高のスタッフたち
この仕事、最高!!!
とても全員の写真は載せられませんでした。スミマセン(;O;)
みんな来い恋い
2012年2月16日 (木)
デジタルシニア
パソコンやスマートフォン、タブレットパソコンやデジタルカメラなどIT機器を使って生活を楽しんでいるシニア世代をデジタルシニアという。60代の半数がネットを利用しており、今後ますますネットを利用するシニア世代が増えてくる。彼らはインターネットの交流サイトで知り合い、会ったり、ネットを使って情報交換したりして生活を楽しんでいる。
彼らはネットを使っているので情報量が多い。海外の家族や友人ともパソコンを使って日頃の会話を楽しんでいる。健康に関しても医師への相談や治療に関する情報などもインターネットを使って得ている。家に居ながらお買い物、旅行やレストランの予約、銀行口座の管理、趣味の友達を知り合うなど積極的になるほど面白くなってくる。
58歳の僕もデジタルシニアの一人で、ミラーレスのデジタルカメラを持って観光し、撮影した写真をパソコンに取り込んで画像編集を楽しみ、メールで送ったり、ブログやフェイスブックにアップしている。銀行には行ったことがなくコンビニとパソコンで口座の管理を済ませ、旅行の予約はサイト検索してパソコンから申し込んでいる。
書店は近くにないのでネットで注文していたが、最近は電子書籍を購入するようになった。食料品は全国の旬のモノを農家や漁師の方からネットを使って直接注文している。販売店の店員よりも商品知識を得ることができるし、チョッとした調べモノはパソコンやスマートフォンを使えば簡単に調べることができる。もはやパソコンなしでは生活に困ってしまう。
2012 02 16 [パソコン・インターネット] | 固定リンク
2012年2月15日 (水)
公共施設は本当に利用されているのか?
和歌山支社の改装により、スタッフミーティングができないので町の地域交流センターの研修室を借りようとしたがすべて予約されているとのこと。しかたなく、地域交流センターの閲覧室で多くの方々の中に入って小声で、スタッフ3人ミーティングをしていた。
研修室は3つあり、朝、そのうちの一つが利用されているのにあとの二つは誰も利用していない。昼からは3つ共に利用していない。受付の間違いでなければ誰かがお金だけ支払って使わなかったという事になるが、これほどいっきに多くの研修室を使わないで支払いができるのは誰か勘ぐってしまった。
こうすることで痛くも痒くもなく、むしろ都合が良い団体は地域交流センターが良く利用されているという実績をアピールできる町そのものである。町が利用するという事で予約を入れる→町が使うことなく利用料金を地域交流センターに支払う→利用料金は町の金庫に戻ってくるだけ。
町議会で地域交流センターの利用率はどうなのだと町議が質問を出しても、これだけの利用があると行政側は発表できる。町に地域交流センターを建設してよかったと町長はアピールしていたが、その裏にはこうした工作があり、本当に利用したい町民が利用できないとすればこんな馬鹿なことはない。
民間企業や町民であれば研修室に予約を入れて使うことなく使用料金だけを支払うゆとりや度胸はない。汚いやり方だが、税金がこうした使われ方をし、赤字になっても町民が喜んで利用しているのだから補助金を出して当然だと主張し、こうしたことを全国で行えば1000兆円もの借金ができるだろう。あくまでも憶測でしかない。
2012年2月14日 (火)
5分前のゆとり
約束した時間の5分前には来ているようにとは社会人マナーの基本。朝起きが苦手な人はこの5分前に起きるということが、あと5分は寝ていられるという甘えに変わる。ギリギリまで寝ているので起きるとさあ大変とばかりに慌ててしまう。ギリギリ5分前に行動を起こすということはたった5分だがかなりゆとりを持って動きがとれる。
約束した時間の5分前に来ているように心がけていると、何か忘れ物があっても冷静に対処できる。相手の方が5分遅れて来てもこちらは5分前から待っていると、ゆとりを持って状況を読み取ることができる。電車の時間5分前に駅に着いていれば珈琲の一杯も飲めるだろう。たった5分だが精神的なゆとりは計り知れない。
もしも、こちらは5分前に来ているのに相手は5分も遅れて着やがってと感情的になるようなら人として優しさに欠けている。5分前のゆとりは相手への配慮よりもこちらの手落ちのリスクを軽減するための方策なのだ。遅れてくる人はすまなさそうにしており、それを「どうしてなのだ!!」と問い詰める愚かな態度を見せてはいけない。
2012年2月13日 (月)
サイト情報で確認しても店舗に行けば全く違う
ダイニングテーブルの大きなものを会議テーブルとして僕は使いたいと思い、いつも素敵な商品が陳列しているショップのサイトで販売しているかどうか確認した。サイズは数種類あり、大きなテーブルを注文しても予算内であり、これだと皆が喜ぶと従業員に報告して休みの日に従業員を連れてお店に行った。
車で走ること2時間弱、やっとの思いでお店にたどり着き、さあ店員さんにサイトで見たテーブルを見つけて「このテーブルで幅220㎝×100㎝ 材質はメープルで注文できますか?」と聞いた。店員はしばらくお待ちくださいと言って上司に相談した。上司の方が笑顔でやってきて「そんな大きなテーブルは販売していない。」とあっさり言われた。
「少々高くても良いのですが?」と尋ねると「大きなテーブルは反りが大きくなるので製造していない。大きなテーブルは大工さんに頼んだ方が安いですよ。」と笑顔で返された。じゃ、ネットサイトに書かれていたことは?僕は社員を連れてやってきたのに?サイトの情報が更新されていないと思うしかない。社員に謝って2時間かけて会社に戻った。
この家具店は大阪空港と心斎橋にあり人気のお店だと思う。サイトの管理者と現場販売員の意思疎通がお粗末であり、多くの人々がネット検索してからお店に来る時代、こうしたことはできるかぎり避けなければお客様が離れていくと思う。僕自身、このお店の商品は大好きだが、これからはできるかぎり利用しないようにするだろう。
このお店の問題点は従業員に自社商品知識がないこと、お客様の方がよく知っていること、本社から叱られるとお客様に謝罪するという上司を見て仕事をしていることなどに問題点があり、企業としては従業員教育に力を入れるべきと云う解決策がある。自社に当てはめてこうしたことがないようにしっかりせねばと思わせてくれた一日だった。
2012 02 13 [パソコン・インターネット] | 固定リンク
2012年2月12日 (日)
3丁目の夕日 ロケ隊がこの町にやってきた
3丁目の夕日と云う昭和30年代の日本を舞台にした映画制作のため、僕が住んでいる和歌山県有田郡有田川町に撮影隊がやってきた。この町の鉄道公園には昔懐かしい車両が展示しているので映画に利用したらしい。
この町には有田川鉄道という私鉄が昔あり、林業とみかんで栄えた山間から海側まで走っていた。昭和30年代、国鉄(現在のJR西日本)はまだ電化されおらず蒸気機関車が走っていたが、有田鉄道は電車が走っていた。

林業やミカンの収穫で出稼ぎに来ている人々の複雑な想いを運んでいた。昭和30年当時は戦後の復興へと日本は動き出していた。貧富の差が激しく、お金持ちの邸宅には幾人かの住込みのお手伝いがいた。

映画を観ると幼い当時の想いが湧き出してくる。都会のように物がなく、田舎は貧乏で、ひもじい思いで汽車や電車に乗っている人も多かった。僕もその一人で、都会に出なければ職にありつけなかった。

ボロボロのジャンパーを着てファスナーが壊れている若者もいた。未来を夢見てぶっ倒れるまで働きづめの若者もいた。両親が貧乏なので若者である子供が何とかしなければという思いが強い時代だった。
2012年2月11日 (土)
苦労はいつか報われる
如何なる苦労もその最中にいるときはもう駄目だと何度も思い、打ちひしがれ、悲しみに沈み、どうして私だけがこんな不幸に見舞われるのだろうと神や仏すら恨んでしまう。しかし、もう駄目だと思ったことでも我慢していればやがては過去のモノになり想い出となっていく。
如何なる渦中にいても自分を見捨てないで、いつかは陽を観ることもあるだろうと勉強したり経験を積んだり人脈を築いたりしていると、本当に陽を観るようになる。その時になって初めて、あのときの苦労があればこそ今の自分があるのだと死に目に会った体験が感謝に変わる。
自分に自信を持って生きていられる期間など数年もない。その数倍もの時間は苦しみの連続だが、その苦しみこそ自分を鍛えてくれるものだ。他人を卑下していた自分、自分こそ成功者だと過信していた自分、誰に対しても偉ぶっていた自分、見栄をはっていた自分など儚(はかな)いものだ。
苦労は優しさや感謝を教えてくれる。謙虚になり他人への奉仕が大切だと教えてくれる。地位や名誉や金銭よりも身近な人を愛する大切さを教えてくれる。家族や友達を大切にする心を持たせてくれる。そうした心の変化こそが報われたと云えるものだ。
2012年2月10日 (金)
家庭を制する者はその他を制す
家庭を守る、家族の為に奉仕するということはなかなかできるものではない。例えば、奥様は毎日家族の為に家事をしているが一度でも家事を怠ると家族の不満が爆発する。働いている奥様であっても、同じように働いているご主人は助けようとはしない方が多いのではないだろうか。
こうした場合、奥様は徐々にストレスを溜めていき、ある日突然ストレスが爆発する。そうして初めて気が付き、お互いに助け合うようになればいいが、多くはキレた奥様を呆れてみているのが普通だ。何の感謝もない日常であっても家族からねぎらいの言葉がなくても守り抜くと決めてかかる。
誰からも認められなくても、自分は一人、家族を守り抜くと決めて日々を過ごすと家族に鍛えられて、会社や友人達はしっかり者だと認められ信頼されるようになる。仕事では徐々に大きな役目を担うようになり部下も慕ってくれ上司の信頼も厚くなる。家庭は人をもっとも鍛えてくれる場だと認識してかかることだ。
2012年2月 9日 (木)
これからの日本が進むべき道
日産は、かつて「技術の日産」と云われ、メルセデスベンツが開発した四輪独立懸架を採用し足回りに強い自信を持っていた。サファリラリーで常勝しテレビで大々的に放映されていた。その日産が技術開発に重点を置きすぎ販売不振で2兆円もの借金を抱え倒産寸前まで追い詰められた。
これをみてフランスのルノーが日産を買収し、副社長としてカルロス・ゴーンとそのチームが、「日産リバイバルプラン」計画のもと、余剰な生産拠点の閉鎖や余剰資産の売却、余剰人員の削減。子会社の統廃合や取引先の統合によるコスト削減や車種ラインナップの見直しなどのリストラを行った。
新車種の投入や国内外の販売網の再構築、インテリア及びエクステリアデザインの刷新やブランドイメージの一新などの大幅なテコ入れを敢行し奇跡のV字回復を果たす。その後、海外での生産移転を積極的に進めハイブリッドには手を出さず電気自動車に的を絞る。
2011年には国内自動車メーカーとしてトヨタを抜き業界首位の純利益を出している。素晴らしい技術を持っているのに営業力がない日産を買い取り、世界での製造と販売を展開する戦略を推し進める。為替の影響を極力抑え海外の人々を積極的に採用する時代になったことを日産は教えてくれている。
2012年2月 8日 (水)
会議と云う名の報告会
会議とはテーマがあって皆で意見を出し合い結論を決める行為だが、社長や上司が一方的に話すだけで終わったり、部下が一方的に報告するだけで終わるということをよく見かける。社長が一方的に話すならメーリングで済ませるし、部下の報告はファイルでもらった方がゆっくり分析・検証できる。
僕は会議の前に資料を送っていただき、じっくりと時間をかけて資料を分析・検証して質問事項とアイデアやアドバイスを決めておく。必要があれば会議前に僕の考えを部下に教えておき会議の場では時間を短縮してこちらから積極的に質問する。部下の意見を尊重しながらお互いに納得できる策を練り上げて会議を終了する。
会議の場がダラダラと報告会にならないように細心の注意を払う。報告がないと腹を立てて会議まで待っているよりはこちらから報告してほしいと何度でも催促する。メールや電話をフル活用して会議をできる限り少なくし、収益を産む現場で働ける時間をたくさん取れるように手配する。
大切なことは上司が決定しなければならないことを部下が納得してくれること、決済の判断基準は何かを明確にすること、会社や事業部の方向性を指し示すこと、言いにくいことをさっさと発言して誰もに発言するチャンスを与えることである。上司の自己満足の為に会議はするものではない。
2012年2月 7日 (火)
コスト意識 自社内の会議室
都内で会議室を平日借りるとスクール形式で160人程度収容可能な場合、AM9時からPM5時までで20万円前後、80人程度で10万円前後になる。都内山手線内で賃貸オフィスとなると坪15000円から2万円程度出さなければ新耐震基準に適応しているビルはない。
自社の事務所内に会議室を設けている企業の損益分岐点を考察すると、160人程度収容可能な広さが120坪、自社オフィス内に会議室があると掛かる賃料は120坪×1.5万円~2万円=180万円~240万円、貸会議室を利用する場合は、180万円~240万円÷20万円=1カ月平均9回~12回の会議がなければならない。
毎月1~2回程度の会議の為に賃貸ビルに120坪の賃料を支払う会社があるとすると貸会議室を借りれば20万円~40万円で済むが、自社内に会議室を設けていると180万円~240万円の家賃が発生し、差額は月に140万円~220万円にもなる。年間では1680万円~2640万円の差額となってしまう。
こうした計算もできないか、やっても平気な経営者がいれば余程の無神経か、行き当たりバッタリの経営をしているかだろう。企業経営は投資に見合う収益があるのかという判断があらゆる場面で求められる。計画性のない会議であれば計画性のあるモノにするべきだろう。
自社ビルを持っている大企業にはこうした使いもしない会議室や応接室が多く、損益分析をするととてもバカバカしい結果が出てくる。当社は誇りある上場企業だから貸会議室など利用できないというのが本音だが、それで大量リストラするのだからどんな経営センスがあるのかと疑ってしまう。
本来は、こうした自社ビル内で賃貸に回すべきものを算出して賃貸に出すか自社ビルを売却し、貸会議室を計画的に予約しておき、浮いた資金で雇用を守るための新規事業を立ち上げたり、売上向上の為に営業部門の強化や新商品開発のために社員を配置するのが経営である。
2012年2月 6日 (月)
買った商品が期待外れなら二度と買わない
「安物買いの銭失い」という諺があり、安いモノをついつい買ってしまうが、すぐに壊れたり、まずかったりして期待外れに終わることが多いということ。学習塾ではパート学生が先生として働いているが、彼らは予習・復習などはしない。個別学習とは名ばかりで生徒の質問は放置状態、わからないときはすぐに怒り出してしまう。
生徒の減少により個別学習塾が多くなったが、学校の宿題のお手伝いも多くなり、いきなり質問されて戸惑う先生が増えている。私立中学入試や大学入試問題など日頃やっておかねば答えられない。優秀な学生ほど個別学習塾は余程選ばなければ失望する。僕はこうしたニーズに目を付けて私立高校生向けの個別学習コースを設けたことがある。
ただし、教えられる先生は僕一人だった。単教科だけの先生でも大学入試問題となるとしり込みしていた。高校の先生の経験がある方でも指導本がなければ教えられない。だからといって率先して学習するでもない。「できない」「やれない」と云うばかり。これは儲かるなと直感し、やってみると自宅が買えるほど生徒が集まった。
今の家屋敷はこうして手に入れた。人が「できない」「やれない」という事には、とんでもない儲けが生まれるビジネスモデルがある。全教科を勉強し大学入試のエキスパートになってやろうと猛勉強した30代があればこそ学習塾や予備校で成功した。それでも飽き足らず、当時はワープロ全盛だというのにパソコンの独学をやっていた。「人のできないことをやれ」という諺は今でも生きている。
2012年2月 5日 (日)
関東大震災後の日本を創る
1923年(大正12年)9月1日神奈川県相模湾北西沖80kmでマグニチュード7.9の地震が発生し、神奈川県、東京都などを中心に広い範囲に甚大な被害をもたらした。それまで東京都(当時は東京府)の市長が後藤新平であった。彼は、都市としては未整備の状態で、渋沢栄一、原敬らに請われて市長になっていた。
彼は、帝都復興院総裁として震災復興計画を立案した。焦土と化した東京の土地を一時全面一括買い上げ、大規模な区画整理と公園・幹線道路の整備を伴うもので、13億~40億円という当時としては巨額の予算(国家予算の約1年~3年分)のため財界等からの猛反対に遭い、結局議会が承認した予算は5億7500万円に削減された。
主要街路の幅員は広い歩道を含め70mから90m東京外郭環状道路計画、都市公園の整備、土地区画整備事業などが含まれ、都市整備がなされた東京を再販すれば資産価値の高い不動産として所有できるという大胆な発想だった。国家予算の数年分を投じても充分、おつりがくる事業計画だったが理解されなかった。
第二次世界大戦で焼け野原になった帝都を見た昭和天皇は「後藤の計画通りなら、戦災の被害は非常に軽かったと思うと残念でなりません」と述べられている。後藤新平がこれほどのセンスを持ちえたのは、台湾総督府民政長官時代、欧米列強に負けない都市を創らねばならぬと大胆な都市計画を実行した実績があったからである。
2012年2月 4日 (土)
コンサルタントに頼る経営者
経営者が自己啓発の為に何かしたいと思ったとき、利用するのが経営コンサルタントが主催するセミナーに参加することだろう。好業績な経営者がチヤホヤされるセミナー、業績悪化に悩む経営者が自信を取り戻すセミナー、など多彩でセミナーにドップリつかっている経営者は多い。
生き方に自信を失った人が宗教に傾倒し、徐々に現実生活から遊離していくように、経営セミナーに傾倒していく。現実の職場から離れていくので企業経営者の言っている内容は現実離れしてくるが、本人は自己啓発されているので最高の判断だと思い込んでいる。
経営コンサルタントが悪いということではなく、こうしたセミナーに傾倒する経営者が現実から遊離した経営判断に陥ることが業績悪化の原因になっている。僕はコンサルタントに傾倒する経営者が好業績を更新している姿を見たことがなく、僕が知っている限り皆さん悪化している。
昔、1回60万円もする自己啓発セミナーに参加した幹部社員がいたが、自分はこれで成長したと思い部下の信頼を失い、部下もセミナーに誘って余計に事業部の人心を乱してしまい最悪にして相談されたことがある。このときは、セミナーに傾倒している君が会社を辞めると業績は良くなるとアドバイスし、その通りになった。
如何なる宗教でもセミナーでもいいことを教えてくれるに決まっている。いいことを聞いて、信心に励んだから、あるいは自己啓発セミナーで訓練を受けたから、自分は他人より少しは良くなったと思うこと自体が馬鹿げている。家族や職場の仲間の言葉より、信者やセミナー講師の言葉をより尊重する姿勢に問題がある。
2012年2月 3日 (金)
業績悪化で苦悩する経営者
新年賀詞交換会などで年初から多くの企業経営者の方々とお会いすることが多い。今年の決算ではほとんどと言っていいぐらいの企業の業績が軒並み悪化している。業績改善の見込みがないことから工場閉鎖、大量解雇、海外移転など長期円高傾向を見込んだ事業計画が話題の中心だった。
赤字で退職勧告も行う必要から職場はギスギスしている。社長は眉間にしわを入れて神経を尖らせている。幹部社員は眉間にしわを入れて神経を尖らせている。受け手の部下は心を病んで退職するという最悪の事態が年末から起こっている。従業員を責めたてて心を病むまで追い込むことが経営者に許されるはずはない。
しかし、企業経営者は赤字になると狼狽して感情をむき出しにして従業員を責めたてる。組織改編だと人事は大幅に変更され、戸惑う幹部社員はヤル気を失くし狼狽するばかり。業績は更に悪化するので経営者は益々感情的になっていく。こんな経営者が日本にはたくさんいて、これで日本が良くなるとは思えない。
企業環境が変化することは予測がつくが変化に対応しようとしない経営者の姿勢、従業員に明確な方向性を示せない姿勢、企業トップとしての判断の甘さと器の小ささに気が付いていない。やるべきことは分かっているのに経営者仲間との付き合いに活路を見出そうとする。こうした企業に代わり、新たな人々が起業するべきだろうと思う。
2012年2月 2日 (木)
日本人の宗教観
宗教は死者を弔ったり、病気や災害から身を守るために祈ったりするものだが、宗教が生活法のすべてであると信じて活動する人もいる。稼いだお金をほとんど自身が信じる宗教に貢いだり、持てる時間のほとんどを宗教活動に費やして家庭を顧みない人もいる。
彼らは自信が信じる宗教によって幸せになれると信じているが家族の理解は得られない。普通の生活をしている人々が不幸であり、彼らを救う宗教活動によって自身も救われると思って活動している。こうした宗教は多いが、同じ熱烈信者同士のいがみ合いも激しいし分派することも多々ある。
日常生活でするべきことをしっかりやり、周りの人々の期待に応え、盆暮れなどにお墓参りをし、僧侶のありがたい説法をたまに聞き、生活に困らないほどの賽銭を差し出し、一家和楽、家内安全を祈る程度がちょうどよい。宗教を信じているとは言い難いが、さして毛嫌いすることもない。
台所には防火のための神札があり、クリスマスは家族で祝い、正月には神社やお寺で初詣をする。結婚式は教会でやり、葬式は仏前で行う。日本人は他国の人が信じ難いほど多くの宗教を受け入れてきた。欧米人には真似のできない、宗教とはちょうど良い距離を保って暮らしている。
いい加減だと友達のカナダ人に言われたことがあるが、神や仏が人なら、誰だって神や仏だし、他宗を邪教と云うなら他の宗教との正邪をハッキリさせてくれと言った。正邪などつけようがないのなら信じて疑わない人の為にもそっとしておくのが無難だろうというのが日本人の宗教観である。
2012年2月 1日 (水)
君ははったい粉や片栗粉を食べたことがある?
僕が少年だった頃、家は貧しく食べる物にも事欠く毎日で、いつもお腹を空かしていた。当時、非常食に「はったい粉」をどんぶりに入れて砂糖を混ぜてホンの少し塩を入れて熱湯で練り、「さぁ、これをお食べ」と母親が出してくれた。砂糖が入っているのでとっても甘く美味しいものだった。今でも「はったい粉」は売られている。
はったい粉がないときは、片栗粉をどんぶりに入れ砂糖を混ぜて熱湯で練ったものが出された。透明感のある不思議な食べ物で、スプーンですくって食べる。砂糖が入っているので甘くて美味しかったが、これも非常食で今では誰もこうした食べ方はしない。戦時中や戦後の貧しかった頃の食べ物だが、今でも食べてみたくなる。
お菓子は大人が食べる物だと思っていた頃、母親は家で内職に精を出し、幼い僕は内職の手伝いや家事を手伝っていた。お腹が空いたと幼い僕が母親に訴えると、いつもはったい粉か片栗粉がどんぶりに練られて出てきた。母は美味しそうに食べている僕を見ながら貧乏ですまないねと思っていたのかもしれないが僕は幸せだった。




























































































