2007年11月14日 (水)
無条件に子供を愛していますか?
子供が幼い頃、親は子供の如何なる行動も許して諭す余裕がある。愚図っても、泣き叫んでも、怒りをあらわにしても、・・・親は幼い子供をかばい精一杯の愛情を注いでいる。しかし、子供が成長し他人の子供と比較できるようになると親の態度は一変する。多くの子供のストレスや心の傷はこうした親の態度が豹変することで引き起こされる。
他人と比較せず、無条件に子供を心から愛して付き合っていくことで子供は成長していく。「~しなさい!」という制約をたくさんつけて子供がその制約を守らなければぐずったり態度を豹変させる親がいれば、子供の心は大きく傷ついてしまう。子供はいつでも精一杯親の期待に応えようとしていることに親は気が付いていないことは多々ある。
ちなみに、子供が親に制約を付けて愛しているだろうか?「すぐに掃除しなさい!」「テレビを観てはいけません!」「ビールを飲んで寝転がってはいけません!」「タバコは吸ってはいけません!」などといった要求を子供は叱りつけて親に要求していない。子供は親の欠点を容認していながら黙って親として付き合っている。
子供は親に何の制約もなく愛しているのに、親が子供にたくさんの制約を付けて愛するのは不公平だろうし、家庭というものはそうした制約を設ける場ではない。如何なる場合も子供を守り、ゆっくり休めと言える親でなければ子供の成長はない。家から外に出れば幾多の艱難辛苦に会うのは親も子供も同じことなのだ。
2006年10月18日 (水)
子育てという苛め
初めて子供が出来て、素直に喜びただ生きているだけで喜んでいた。入園するまでは食べただけで、歩いただけで、拍手喝采で子供には満面の笑顔が溢れている。自分の子供がすくすくと成長してくれれば、ただそれだけで幸せですと親は話している。しかし、3~5歳になり入園すると、他の子供と比べるようになり、平均以上でなければ不安で仕方がなくなる。
オムツが取れない、便所が出来ない、好き嫌いが激しい、などといったことで心を悩ませるようになり、ひどいときは子供に強請してしまう。このとき、初めて子供は親に恐怖感を抱き、これまでとはまったく違う親の表情を知るようになる。自分の思うようにはいかないことで服従することを学ぶ。
小学校に入学すると、今度は成績が気になり、中学入試を意識して子供を進学塾に入れるようになる。進学塾では有名私立中学があたかもバラの花園のように説明し、進学させたいという意識をあおり、高額な授業料を徴収する。親は競って子供に勉強を強要し、一日中勉強する子供、成績が上位にランクする子供がトップブランドで憧れとなる。
進学塾ではお子様の成績がふるわないと親に家庭学習が疎かだと生活指導をする。しかし、高額な受領料を支払って進学塾に通わせているのは、自分の子供の成績を上げるためであり、投資元が叱られるためではない。むしろ、成績がふるわなければ、投資先の運用に問題があるということで、進学指導に疑問符が就くと指摘すべきだろう。
教育熱心な親から笑顔がなくなり、厳しい管理と成果が求められるようになる。子供から笑顔がなくなり、成績が厳しく問われてイライラしストレスが溜まり、ちょっとしたことで感情的になってしまう。家庭は、笑顔溢れる場所ではなくなり、成果が求められる修行の場となって、絶えず監視にさらされてしまう。
子供は親に感謝するどころか、親を憎むようになり、家から出て行くことを夢に見る。夫婦は子供の管理不足、成績不振の原因をお互いになすりあい、愛情どころか、お互いの欠点をあげつらうようになる。子供が合格しても、家庭は崩壊しているし、不合格にでもなれば、子供の自尊心はボロボロになり、自分は落伍者だと思い込んでしまう。
笑顔が消えた家庭の始まりは他人と比較する生き方が原因で、少しでも他人より秀でた子供に育って欲しいと親が思うからに他ならない。しかし、子供は笑顔でいっぱいの家庭を望んでいるのであって、厳しく管理指導される家庭を望んではいない。子供が生まれたときのスクスク育ってくれれば、それだけでいいという思いが本当は大切だろう。
2006年9月 9日 (土)
人は感動しなければ、動きはしないものさ
勉強しない中学3年生の長男に何とか注意して欲しいと妻からお願いされた。僕は子供を叱ったことがないので、今回も叱らないことにした。最初、長男に手紙を書いた。
大好きな開秀くんへ
後半年で高校受験になりましたね。長いと思えた夏休みも終わり、しっかり勉強して希望校に合格しようと思っていることと思います。お父さんが中学3年生のときは、 就職してお母さんを助けようと思っていたので、まったく勉強していませんでした。親友から馬鹿にされて、12月の冬休みに高校に進学させて欲しいと母親に頼んでからお父さんは受験勉強を始めたので、とっても苦労しました。
お母さんは、開秀くんがあまり勉強していないと心配しています。お父さんは、開秀くんが後悔しない生き方をしていれば、それでいいと思っていますので、どの高校に進学してもかまいません。進学したいと思っている高校に合格するように祈っています。精一杯努力して合格してください。
数日して、今度は直接長男に話しかけた。「お父さんは、いつも家族が誇りに思える生き方をしていこうと思っているんだよ。だから、どんなに疲れて家に帰ってきてもテレビを観ないで、洗い物をしたり、食事を作ったりして、少しでも、皆が喜んでくれたらいいなと思っているんだよ。それは、家族の皆が大好きだからなんだ。」
「おまえは、将来お金持ちになりたいと言ったよね。お金持ちって、たくさんの人の願いを叶えていける人なんだよ。そして、たくさんの人の願いを叶えてあげるには、自分がやりたいことをたくさん我慢して、自分がやりたくないことを最初にできる人なんだよ。おまえはそんな素敵な人になりたいとお父さんに言ったんだ。」
「そんな自分になろうと挑戦してみてごらん。おまえならきっとできるさ。お父さんが誇りに思っているおまえだもの、きっとできる。とっても、素敵な目標だよ、開秀くん。お父さんは、どんなことがあってもおまえを守ってあげるから、精一杯、おまえにできることからがんばってみるんだよ。」
その後、長男は自室で勉強するようになった。妻には、「子供はどんなに叱っても動きはしない。人は感動しなければ、動きはしないものさ。」教えてあげた。
2006年8月 7日 (月)
お父さんは、どうして怒らないの?
僕は自分の父親が非常に厳しかったので反抗して生きてきた。父親は長く生きている分、的確なアドバイスをしていたと思う。しかし、父親が決めたレールを歩んでいくのは嫌だった。「勉強しろ!」「もう寝ろ!」・・・僕の父親はこうした指導をすることでしか愛情を表現できない人だった。
子供を持ち、自分の生き方に迷いや不安もある僕は、自分の子供に、「おまえは、こうして生きろ!」と、断言できるほど立派な生き方をしていない。子供たちも同じように、迷いや不安の中で暮らしている。僕が正しいと思う生き方を押し付ければ、子供には苦痛かもしれない。
子供が選んだ選択は、子供の人生そのものだと思う。長男にとっては人生の先輩として、長女にとっては男性の見方を知る手がかりとして、僕は話し合うが決め付けはしない。自分に近い存在でいっしょに暮らしていることだけで、僕は充分感謝している。
子供たちは迷い、苦しみ、悩み、もがき、・・・いろんな人生の試練と出会うだろう。そのたびに、どの道を選択するかは子供たち自身で決めれば良いと思う。それが、子供たちの人生だから、主人公は子供たち自身だろう。僕は子供たちの父として生きていることにただただ感謝しているので、怒ることはない。
2006年7月31日 (月)
子供は愛情薄き世界で暮らしている
娘が臨海学校から帰ってきたが、お母さんには不機嫌で話をしてくれないので、困った妻が相談に来た。
今の子供に、親兄弟よりも友達が大切だと答えられるだろうか?君や僕の子供の頃は、親兄弟よりも友達が大切で、友達は何でも真剣に悩んで付き合ってくれた。なんでも相談できて、いちばん信頼の置ける存在だったけど、今の子供にそんな友達がいるだろうか。
僕が子供の頃は、貧乏で夜、家に帰っても満足にご飯を腹いっぱい食べることが出来なかった。友達はそんな僕の事情を察して、ご飯を喜んで食べさしてくれた。僕はその友情を快く受け入れて腹いっぱいご飯をいただいた。友達の家でいっしょに宿題をして家路に着いた。
僕はそんな友達がわんさかいた。夏休みは友達十数人といっしょに海や山で遊んで、たくさん「夢」を語ったものだ。小学4年からは、そんな友人たちと野球を始めたので、学校で合宿することもあった。いっしょにキャンプすることも、あれば友人の盗みの罪をかぶったこともあった。
今の子供は、そんな素敵な人間関係をつくれる状況じゃない。テレビやゲームのバーチャルな世界に浸ることで、人間関係を学習しているように見える。希薄な人間関係の中で、愛情に飢えているとしか思えない。娘が母親に当たるのは、そうした愛情の飢えから来る確かめ作業だと僕は言った。
2006年7月28日 (金)
夏休み、勉強しない子供にどう接する?
夏休みに入り、子供たちはそれぞれ中学受験、高校受験の最後の夏休みに入った。しかし、娘は毎日プールに行くし、長男はテレビを観ては笑い転げているので、妻は腹が立っている。そんな妻に、子供たちの頭の片隅に、勉強しなければという思いはあるがそれが自分のためだから、ヤル気が出てこないんだよ。と教えてあげた。
他人と比べて優越感に浸る場合は別として、今の時代、貧しい家庭を救うために勉強する子供などいない。自分のためなら今の自分がそこそこ楽しい方が良いに決まっている。僕が子供の頃は、内職の手配をするおじさんが家に来て仕事がのろいことで母親をののしり、これ以上遅ければ別の人に仕事を廻すといって帰っていった。
それでも、生活のために頭を下げて仕事をくださいとお願いしている母親を目の前にして、僕は早く働いて母親にもっと楽な生活をさせてやりたいと心から思った。一生懸命になって勉強し、一流企業の工場労働者として就職していった友達もいる。昔は勉強は高収入を手に入れる手段だった。
今は、自分探しで勉強しろと言っているから気合が入らないんだと妻に教えてあげた。今の子供は、遊んで多くのことを吸収し、大人になってグウタラな自分に気がつき、気合の入った自分を創らねばならない。不幸が町中に転がっている時代ではない。僕は自分の子供の頃の話を子供たちにするが、それは子供たちの現実ではない。
豊かで幸せな時代は、ゆっくりと時間をかけて子供たちを育てていくことさと妻に言った。子供が就職しても、両親に仕送りしなくても良い時代なのだ。働くことが両親を支えていると感じなくても良い時代は、子供にとっては気合の入った生活がやりにくい時代にちがいない。テレビやゲームに夢中になる子供は不幸だと僕は思う。
2006年7月11日 (火)
飯でもいっしょに作るか!
日曜日、定期試験が終了し、少し落ち込んでいる長男が、ボ~ッとテレビを観ていた。最近はテレビを観る時間が長くなり、そのまま寝ていることもあるので成績が落ちてもしかたのない結果。昼食をいっしょに食べながら、「テストの結果に一喜一憂しないで、遊びが必要なときは阿呆になるまで遊んでごらん。嫌になってまた勉強するようになるから。」と話してあげた。
「自分のために一生懸命になるのはたかがしれているが、他人のために一生懸命になると、人は死んでも良いと思えるから不思議だよ。おまえもそうした守るべきものが出来れば、命がけで頑張るようになるさ。自分以外に守るべきものがいつか目の前に現れてくる。そのときは、命がけでそれを守ってあげればいい。最初は、好きな女性から始まるだろうけど、そのうちに家族や会社や、他人や国家といった大きなものに変わってくるさ。」
その夜、僕は中三になる長男に、中華スープ、八宝菜、ホウレン草のおひたし、ヨーグルト、フルーツバスケット、野菜サラダ、柚子風味の冷奴、サザエの醤油焼き、の作り方を教えてあげた。僕は教えるだけで、調理はしない。「ほらみろ!元気な食材しか、料理には使えないんだよ。み~んな元気いっぱいの命をいただくんだから、僕達も真剣に生きなければね。」息子は笑顔を浮かべていた。
2006年6月28日 (水)
お母さんが悪いんじゃない
仕事を終えて家に帰ると、娘がテレビを観ながら学校の宿題をしていた。お母さんの晩ごはんが手抜きで美味しくなかったというので、僕は食事を造ってあげた。テレビを観ながら食事をするでもなく、お母さんへの不満を話している。僕はテレビを消して娘の目を見て話してあげた。
「おまえはお母さんを責めているが、本当はダラダラと暮らしてメリハリのない自分に腹を立てているだけだ。進学塾を辞めて、のんびり出来るようになったけど、何となくながら勉強やテレビになって、受験勉強をしている進学塾の友達に遅れている焦りをいちばん感じている自分が腹立たしいだろ。」
「今、いちばん変わるべきは自分だと思っているが、誰も指摘しないから、お父さんにお母さんの不満をぶつけているが、そろそろ遊びつかれてきたんだろう。勉強しようとハートに灯をつけてくれとお父さんにガツンと言って欲しいと頼んでいるんだよ。」娘はボロボロと涙を流して聞いていた。
「遊んでばかりじゃ緊張感がないから飽きてくる。勉強ばかりじゃ緊張感だらけなので疲れてくる。どっちも、適度に混ぜれば緊張感もあり疲れもしない生き方が出来るのさ。それが分かれば、自分で勉強するときと、遊ぶときのけじめをつけてごらんよ。お父さんは、いつでもおまえを応援してるじゃないか。」
「お父さんがお仕事を終えて家に帰り、それから家事をして食事を造るけど、誰にも不満を言わないし、不満な態度も見せない。それは、お父さんの姿を見て、おまえたちがどんな生き方をすべきなのかを知ればいいと思っているからさ。お父さんがテレビを観て寝ている姿を観たことがあるか?お父さんが食事で不満を言ったことがあるか?」
「お母さんを見て、お母さんの責めどころを見つけるよりも、自分の責めどころを見つめてごらんよ。おまえは、これから大人になっていくんだよ。心の大きな人になりなさい。」娘は大泣きした後、いっしょにお買い物に行き、いっしょに明日の朝食を造った。笑顔が戻って、娘はすがすがしい顔をしていた。お風呂の用意をしていると、お母さんと長男が帰ってきた。僕にとって、家庭は安閑としている場ではなく、ビシッと生きている姿を家族に見せる場所である。
2006年6月12日 (月)
子供は親のペットじゃない、反抗期は自立の憧れ
子供が産まれた時、子供はすべてをお母さんにたくし、お母さんを頼る。小学高学年になるまで、子供は親の意言うことをよく聞き、それに精一杯応えようとする。しかし、小学6年生から中学生になるにつれて、子供に自立心が芽生えてくる。何でも、ハイハイと、応えていたのに、急に反抗的になるのは自分で考えて自分で行動したい意識の現われだ。
このとき、もっともショックを受けるのはお母さんで、反抗期は親離れだと信じたくない親は徹底的に子供にこれまでの従順な態度でいることを強要する。反抗期は自己判断自己リスクをとるという事なので、親には腹の立つことばかりだが、たくさんの失敗や反省や苦しみを乗り越えなければ自立した大人にはなれない。親から自立して生きることを応援できなければ子供は体ばかりが大きくなった子供でしかない。
親が自分の自慢ばかりして他の人を非難すると、子供は親から非難されないように行動する。自営や会社の跡継ぎが会社を駄目にするのはこうした場合が多い。自分はお父さんのように偉いんだから、そのように行動しようとして反感を買ってしまう。あるいは、お母さんがお父さんの悪口ばかり言っていると、子供は父親を駄目人間だと思い込んでしまう。お母さんから駄目だと言われないようにお母さんの気に入られる行動をとるようになり自立できなくなる。
お母さんは親離れをする子供の態度に深い悲しみを感じるが、子供が社会で自立して生きて行く逞しさを身に付けるには必要なことだ。若い人には未知の将来がある。子育てに専念してきたお母さんの人生は、子供をなくしたとき、自分の生き方が出来ない自分を知る恐怖感に襲われる。どんなに傷ついても自立しようと決意した子供は立ち上がる。ハラハラドキドキしながら手を差し伸べないで見守るだけで良い。
2006年6月 5日 (月)
子供はいつも愛されていることを確認する
知り合いのお母さんが、子育てで悩んでいる。長男は勉学に励み、京都大学に進学したが、弟は高校を中退して、深夜まで付き合っている女性と家でいる。頭に来ているお母さんは、子供の顔を見るのも嫌になり、家に帰ろうとしない。落ち込んだり、怒りたくなったり、感情に揺さぶられて自分自身が分からなくなっている。
僕は、兄弟を比べて生活しているお母さんの言葉で弟は心に大きな傷を受けていると話してあげた。小学生の頃から、お兄ちゃんと比べて何かとアドバイスして、お兄ちゃんにできたことはあなたも出来ると励ましたつもりが裏目に出ていると言った。子供はお母さんが大好きで、精一杯お母さんに応えようとする。「お母さんに愛されたい!」ただ、それだけで努力する。
しかし、自分の努力を認めてくれなくなれば、大きく傷つき、お母さんを困らせるような行動をとるようになる。それは、お母さんの視線を自分に向ける行為でしかない。お母さんが心から許してと謝って、子供を心から愛してあげるまで子供はお母さんの愛情を受けたくて自虐的な行動をとる捨て身の訴えだと教えてあげた。
子供は親の思うように生きてはくれない。思うように生きてくれるとすれば、それはまだ親離れできていない行為だ。親は子供が自立できるように、いつかはおまえはここから巣立って行けと激励してあげねばならない。子供が大きくなっても親から離れられないのは、いまだ精神的には子供である証拠だし、それは親の愛しかたにいびつがあったことになる。
最近は30代の人を見ても、こうした症状を抱えている大人になった子供をよく見かける。お母さんからたっぷりと愛情を注がれなく大人になったので、考え方や行動が子供っぽく感情的で自閉的だし、諦めも早い。しっかりと愛情を誰かが注いであげると、その人はやっと大人になる。人は愛情を注がれて成長する生き物だ。
2006年4月22日 (土)
大人はいつも矛盾だらけなんだよ
大人は自分たちが正しいと思っていることを言うけれど、間違っていることもたくさんある。地球は平らだと信じていた大人の時代もあった。地球は宇宙の中心だと信じて疑わない時代もあった。そうした時代に、反対のことを言うと、死刑にするぞと大人は脅したこともあった。
雨を降らせるために生贄が必要だと信じて、若者の命を奪った大人がかつていた。若者を戦争に借り出していった大人は今の時代にもいる。問題解決の手段に殺し合いをしなければならないと大人は今でもいう時代だ。子供の才能を無理やり摘み取ることが正しいという大人もいる。
大人は自分たちの言い分が正しいという巧妙な理屈を創りだす天才で、若者はコロッとそれに騙されてしまう。ほんの数十年早く生まれただけなのに、自分たちの考えたように若者が動かないことに腹を立てたり、憂えたりしている。でも、子供だってちゃんと考えている。
国境なんて要らない、戦争なんて要らない、信じる宗教が違っているだけで殺しあうなら宗教だって要らない。肌の色が違っているだけで、住んでいる土地が違っているだけで、いがみ合っているのは、みんな大人なんだ。子供の世界には国境も、戦争も、宗教も、差別もない。
大人が信じて疑わないことで、たくさんの矛盾が生まれる。その矛盾は正しいと大人はどちらも言い張る。その子供たちの多くは大人の意見を信じて疑わない。ごくたまにそんな大人の矛盾を突いてくる若者がいる。たくさんの大人はその若者を正そうとするが、はて、どちらが正しいのだろう。
「今の日本に、ホンニ幕府が必要じゃろうか?幕府じゃ、藩じゃ、などと言っていがみ合ってる時代じゃなかろうが!」150年ほど昔に住所不定無職のニートの若者が言った。「今の世界に、ホンニ国家が必要じゃろうか?国家じゃ、宗教じゃ、などと言っていがみ合ってる時代じゃなかろうが!」僕にはこの二つの言葉は同じように見える。
2006年4月21日 (金)
苛められてるほうが、将来出世するものさ
娘のみなみが苛められている。今日は、そんな話を娘のほうから言い出した。「有名私立に進学すれば、苛めはないよね。」と聞くので、「いいや、どこに行っても苛めはあるよ。」と答えてあげた。「苛めは、どこに行ってもなくなりはしないし、大人になっても苛めはあるんだよ。苛めるほうは人を愛せないか弱き人だし、苛められるほうは、いたわりや優しさを持っている人でしょ。だから、苛められる人の方がとってもすばらしい人だとお父さんは思うな。」
「お父さんは、50歳を過ぎても苛められることがあるけど、ニコニコして我慢していると、苛めている人が変わってくださるか、去ってゆくんだよ。そして、不思議なことに苛める人は、お父さんより必ず収入が少ない。苛めをする人の収入はどんどん少なくなってゆくんだよ。お父さんは自己主張しないで、他人の利益を優先するように生きているけど、どんどん収入が増えてくる。反対に、自己主張する人の収入はどんどん少なくなる。」
苛める人はかわいそうな人だと娘に教えてあげた。そして、娘が苛めに耐えて、努力すれば、必ず大きな舞台に引き上げられて、たくさんの人から期待される人になると教えてあげた。たくさんの人から、愛されれば、結果として収入は増えてくる。自分の世界に閉じこもろうとしないで、勇気を奮い起こして、苛めている人たちに笑顔を見せてあげなさい。きっと、その人たちは変わるか、去ってゆく。
2005年11月20日 (日)
先生が娘を蹴った!そのときあなたはどうする?
休みの日の朝から校長先生と娘の担任の先生が謝罪に来られた。3日ほど前に教室で担任の生徒を3人蹴って怪我を覆わせたという理由からだ。二日前、娘から職場にメールがあってことの理由は知っていた。娘には「笑顔の魔法」について返事をしてあげた。「どんな人でも笑顔を見せて接してあげれば穏やかになるんだよ。」
娘は忠実に学校で担任の先生に笑顔で接した。娘の笑顔に接した担任の先生は非常に反省した表情で我が家に来られた。校長先生と担任の先生にも笑顔の魔法についてお話した。「どんなにすばらしい指導も笑顔の魔法をかけなければ相手には通じないものです。」先生方は深く頷いておられた。
娘に怪我を負わせたことを責めるよりも先生として立派に成長していただきたいと僕は思った。人は反省するたびにひとつ成長できる。自分は正しいと思い込んでいると思わぬ事態に陥ることが多々ある、いつも謙虚に自分を見つけていなければ成長はできない。我が家にとっても学校にとってもすばらしい一日となった。みんな笑顔に変わっていた。
2005年9月25日 (日)
サンタはチケットをプレゼントしてくれる
小学5年生になる娘が僕に聞いた。「パパ、サンタはパパにプレゼントをくれないの?」僕は娘に向かって言った。「みなみ、サンタは子供にはその子が欲しいと思っている物をプレゼントしてくださるが、大人になると幸福のチケットをプレゼントしてくださるんだよ。」「幸福のチケットって?」
「子供の頃は、自分の欲しいものをお願いしてプレゼントされれば幸せなんだけど、大人になると他人が喜ぶことをして幸福のチケットに書き込んでいかないと幸せって感じないんだよ。」「自分の欲しいことだけ、あれやって!あれ欲しい!ああなりたい!あっちに行きたい・・・大人になるともうそんな願いはサンタに通じないんだよ。」
「家族のために掃除してあげよう、お客様の感動する選手になろう、みんなのために働こう、みんなを幸せに出来るようにがんばってみよう、こんなに苦しんでいる姿でも応援してくださる人たちは感動してくれる。幸福のチケットをサンタは大人に一枚ずつプレゼントしているけど気が付いていない大人もいるよ。」
「大人が持っている幸福のチケットは自分のお願いをしても叶えてくれないし幸せになれないんだ。他人の幸福を願って努力して初めて書き込める。子供の頃とはまったく違っている幸福のチケットだけどなかなかお洒落なチケットだよ。」 「パパ、みなみにもそのチケット貰って欲しいな。」 「そう思っているみなみはもうそのチケットを手にしているよ。」
2005年9月19日 (月)
子供たちの寝顔
休みになり僕の4畳半の部屋に二人の子供たちがやってきて僕のベッドで寝付きました。日ごろの出来事や悩みを打ち明けてくれるのでいろいろなアドバイスをしてあげました。勉強して世界の人といっしょになって働き、収入を得て家族を養い笑顔を浮かべて感謝される人になりなさいと・・・。学問よりも今現実にあるものをしっかりとその目で見て観察し分析して何を自分がなすべきか判断しなさいと・・・。
勉強は将来責任ある仕事をこなすには必要だ。仕事はチームプレーでなければならないが儲けなければ意味がない。同僚や後輩、先輩の給与を守っていかねばならない。そのためには誰よりも稼ぐことの出来る社員でありなさい。不平や愚痴やサボタージュは企業収益を悪化させ同僚や先輩・後輩の給与を無くさせる背信行為だから絶対にしてはならない・・・。そんなことをするぐらいなら自主的に退職して企業収益を守ってあげるべきだ・・・。
お金は使えばなくなり借りれば金利分の返済ばかりでなく利益から元金の返済もしなければならないから絶対に借金はいけない。お金は倹約してしっかりと蓄えて謙虚に振る舞い豪奢なものに手を出してはいけない。自分にばかりお金を使うのではなく、どう投資すればもっとも儲かる投資になるかを考えなさい。人に投資するか、物に投資するか、いつも自分に厳しく問いかけ検証するようにしなさい。目標を掲げてやり切る意思と実行力がなければ他人を説得していっしょに仕事は出来ないよとアドバイスしてあげました。
僕は自宅でもっとも小さく北に位置した部屋にパソコン一台と机と洋服タンスひとつとベッドしかない。その他のものは必要ないからで、深夜帰宅する僕は寝るだけで十分だ。洋服タンスとベッドは通販の安物で机は子供のお下がりだが何の不自由も感じない。豪奢なものに惹かれているとき、人は不満や孤独を隠そうとしている。物質的なもの、体験的なものでの満足感は絶えず新たなものが必要だが、愛される人であり続け、それによって受ける幸福感は何物にも勝る。従業員の笑顔、家族の笑顔、生徒の方の笑顔、それに勝るものはない。
2005年8月20日 (土)
ゲームをするなら株式投資
子供たちもパソコンゲームやコンピューターゲームにはまる年頃になった。そこで僕は二人の子供に株式投資のゲームを紹介してあげた。ゲームはどんなに時間を割いても暇つぶしで終ってしまうが、利殖ゲームなら日本経済や企業についていろいろと興味を持つようになる。海外では小学生から株式投資を学ばせるのでちょうど良い頃だと思った。
最初は子供たちの知っている企業を登録し株価の値動きを一喜一憂していたがだんだんどうすれば儲かるのかを考えるようになる。ローソク足や移動曲線やチャートの見方について教える。子供たちは完璧なデイトレーダーで毎日頻繁に株の売買をする。初心者特有の店頭株などの値動きの激しいものに興味を抱く。
「株式投資を毎日行い仕事にしている人もいるし、お父さんのように資産保全として利用しほとんど売買しない人もいる。それぞれのスタンスによって考え方も利用の仕方も違ってくる。どちらにしても株は会社を買うのと同じだから貸借対照表や事業計画などをしっかりと見ないといけないね。赤字の会社は株価を下げるし、儲かっている会社は必ず株価を押し上げる。」
「お父さんの所有しているこの会社の株はちっとも値上がりしないけど値下がりもしない。テクニカル分析だと売りだろうが貸借対照表を見れば資産は充分、収益も良い、事業計画もしっかりしている。企業としてみれば安心できるから忘れた頃に値上がりしているだろうとずっと保有しているんだよ。お父さんは経営者だから会社の価値を見るね。」
株式投資する人の平均利回りは6%だといわれている。僕は6%以上の利回りを獲得できれば充分だと思って満足している。その方が頻繁に売り買いするよりも利回りは良い結果につながっている。インターネットで出来るマネー講座が最近大流行ですが投資のスタンスを確立するまではこうした利殖のバーチャルサイトで勉強して下さい。講座の中で紹介しています。
2005年8月14日 (日)
父さん、どうして戦争するの?
戦争の大きな原因は人種や国家や宗教の違いによる貧富の差だよ。貧富の差から憎しみが生まれ殺しあうまでになってしまう。貧困はものすごいエネルギーを生み出し戦争の温床にもなり人類愛の源泉にもなる。世界から貧困を根絶しなければ戦争も無くなりはしない。そして、貧困を無くすのは世界をまたに駆けるビジネスであって一国の利益を優先する政治ではない。20世紀まで人種、国家、宗教のための戦争を正当化してきたが21世紀はその価値観を否定しなければならないほど人類は交流し始めた。
砂漠に水路を造り緑豊かな大地に変えれば、たくさんの仕事を人々に与えることが出来る。大それた収益は出ないがその投資は多くの人に仕事を与えて家族を養う使命感を人々に与えることが出来る。仕事こそ人々に生きる希望を与える源泉になりえる。砂漠を緑化するような大規模プロジェクトは世界の投資によってなされるべきだし収益に貢献度を加味した経済が必要だ。人々の喜びのために働くことほどうれしいものはない。
一企業の資本力では地球規模の大規模プロジェクトを立ち上げることは出来ない。投資の資金調達力がもっと高まり収益性ばかりでなく人類や地球への貢献度によるリターンを加味して満足する投資家の育成も大切だよ。また、人種、国籍、宗教などの違いを克服し共に働くチームワークが必要だ。これまで人々を引っ張ってきた価値を超える人類共通の価値観が必要な時代で、それは人類愛や生命への畏敬といったものを根幹とした教育に他ならない。「わかるとできる」が目指しているものは大きいよ。
2005年1月 6日 (木)
日々反省
自分の意見が間違っていればすぐに反省して自分の意見を修正してベターな行動をとることが求められる。
久しぶりに家族を連れてスキー旅行に来ましたが、ゴンドラ・リフトに乗って山頂までたどり着き、コースを間違えて上級コースに家族を連れて行ってしましました。
足がすくんで恐怖におののく家族の先頭にたって手本を示しながら、ひとりの落伍者もなく下まで連れてきましたが、無理な行動を取らせたと反省しました。
こうした目に見えるものは反省しやすく修正すべき自分の弱点が見つけやすいですが、仕事や人間関係、経営となるとなかなか修正点を見つけられないで無理なことをするのだろうと思いました。
2004年12月26日 (日)
Merry Christmas
MerryChristmas 開ちゃん(中学1年生) 美海ちゃん(小学4年生)
大人だからって何も偉いことはないんだよ
子供だからって何も従うことはないんだよ
大人だって間違いだらけだけど誰も叱ってくれない
子供だって同じことを感じているのに大人は分かってくれない
君はいつまでも、僕のサンタ たくさん愛をくれる
僕はいつまでも、君のサンタ たくさん愛を与える
いつまでも君も僕も独りじゃないんだよ


