2009年11月 5日 (木)

自立再起を果たすために恥を捨てろ

農家の収入が減少の一途で生活にも事欠くありさまになっている。世界中から農産物が入ってくるようになり国内だけで生産している農家は何かしら強烈な特色をださねば安売りになってしまう。何の贅沢もせず暮らしていても返済不能な借金を抱えて途方に暮れている農家の方が相談しにきた。

子供たちは借金を借り換えて自分たち名義にすると言っていると話してくれたが、子供たちの年収で返済できる額ではなく、名義変更すれば子供たちが地獄を見るから止めるように言った。むしろ、農協には返済できないし、子供たちに名義変更しないから自己破産も辞さず好きなようにしてくださいと話すように言った。

僕は行商で「みかん」をたくさん売ったことがあり、商売の基本は行商だと教えてあげた。生産農家だから二の足を踏むのではなく、積極的に売る姿勢が必要で、そうしてきた農家が再生を果たしている事実もあることを教えてあげた。他人に頼るのではなく自立再起を果たすために恥を捨てろとアドバイスした。

内臓疾患のように自覚症状がないうちに病巣はどんどん大きくなり自覚症状が出てくるとすでに手の施しようがないようになっている方は多い。日々健康に留意して食事や運動をするように、日々の生活に安閑とするのではなく勉強や挑戦を怠ってはいけない。「まさか」はいつもやってくる。好調の時こそ次の布石を打つことだ。

2009 11 05 [心と体] | 固定リンク

2009年11月 1日 (日)

人は傷ついて優しくなり、絶望のドン底で希望を見つける

自信満々のときの自分は自分を見失っているときのことが多い。自分をよく見せようとしたり、相手にこうだと決め付けた言い方を自然としている。あいつはダメな奴だと決めつけて平然としているが、その自信が崩れ去ることをまだ知らない。

自信がもろくも崩れ去り、もう死にたいと思った時が本当の自分を見つけた時だろう。絶望の淵にある惨めで悲しみに包まれた自分ほど自分らしい姿はない。人は誰でもいつかはそうした状況に追い込まれる。そのときから優しくなり他人を受け入れるようになる。

ただ生きていることに感謝し、これまで当たり前だと思っていたことに感動し感謝できるようになる。自分は生きているのではなく生かされていると思うようになる。こんなチッポケな自分だからこそ今を精いっぱい生きているだけで褒めてあげようと思える。

2009 11 01 [心と体] | 固定リンク

2009年10月29日 (木)

人のために生きることで感じる幸せ

自分のために生きることが大切だという考え方は戦後民主主義教育の中で培われた考えだ。人は何のために生きているのだろうかという疑問にたいする一つの考えだろうが、民主主義の考え方の基本は「皆のためにあなたは何ができるのか」という質問にたいする答えのように思う。

家族を連れてカナダ・バンクーバーの水族館を訪れた時、市長が講演されていたが、そのときも「バンクーバーが皆さんに何ができるのかを期待する前に、皆さんがバンクーバーのために何ができるのかを考えてください」と話されていた。アメリカ大統領リンカーンも「国民の、国民による、国民のための政治」と講演された。

行き過ぎた滅私奉公は自滅になるが、行き過ぎた自分のためもまた自分を見失う。そのさじ加減を心得ることが幸せな生き方なのだろう。

2009 10 29 [心と体] | 固定リンク

2009年10月28日 (水)

言い訳ばっかり言われてもねぇ

受験生になるとその人の性格がよく現れてくる。受験生が志望校に合格するには勉強する以外に道はないが、いつまでたっても勉強しない生徒がいる。彼はいつも何かしら言い訳を用意しており「家族がやかしましい」「友達がやってきた」「メールが入ってきた」などといっては自分が勉強できないことの理由を自分以外に求める。当然、志望校には合格しない。

社会人でも仕事ができない理由を自分以外に求める人がいる。仕事ができる人になるには仕事を果敢にしていく以外に道はない。しかし、仕事ができない理由を「教えてくれないから」「給料が安いから」「上司が嫌いだから」「部下がついてこない」などと言っている。しかし、すべての原因は仕事をしない自分にあり、反省して仕事を積極的にする以外に仕事の醍醐味を味わうことはできない。

子供でも大人でも言い訳を自分以外に求めている人はいつまでたっても状況は良くならない。今の状況を良くしようと思えば誰かが何かが変わればではなく、いつも真っ先に自分が変わらなければならない。他人や環境を変えるのは難しいが自分を変えるのはたやすい。こうした事実に気がついた人が反省して成長し、愚痴っぽい仲間から離れていく。

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2009年10月18日 (日)

子供を愛せない親

子供は1歳半ごろから反抗的になる。いちばん厄介なのは離乳食を食べさせることで毎回子供と格闘しなければならない。1歳ごろまでは母乳で育っていたが食生活をすべて変え、食事方法もすべて変わり、しかも話ができず半ば強制的に変わるのだから子供にとってもそのストレスは大変なものだろう。

親の言いつけを守れないことでの親のストレスも相当なものだが、子供の立場に立って何がどう変わったのかを理解できずに言いつけだけが増えていくのは悲しいことだろう。こうしてお互いに感情的になっていく。すべては親の愛情が指導になってしまうからだ。

指導しきれないストレスが子供を愛せない親にしてしまう。話下手な子供にゆっくりとできることを増やせば良いと温かく見守る優しい目を思い出してみれば良い。子供は年を重ねるに従いいろいろな指導に出会う。親だけは指導ではなくいつも愛してくれる人だと子供に思ってもらえるよう振舞ってあげるべきだ。

2009 10 18 [心と体] | 固定リンク

2009年10月14日 (水)

艱難辛苦は人生を彩るスパイスである

もう死にたいと思ったり、何でこんなに苦労しなければならないのと深い悲しみに包まれたりと生きていれば艱難辛苦は絶えることなくやってくる。理不尽なことを言われたり、貸したお金を踏み倒されたりと人生は自分の思い通りにはいかないものだ。

ただ、どんな艱難辛苦も時間が経てば懐かしく思い出される。「あの時は、もう死にたいと思った」「あのときは、もう駄目だと思いました」などと懐かしそうに話される方に誰もが出会う。斯(か)く言う僕もそんなひとりである。そして、耐えきれぬほどの艱難辛苦があればこそ今の自分があると感謝している。

如何なる艱難辛苦も時間が経てば懐かしい思い出となる。その艱難辛苦に耐えて乗り越えた人は成長しているので、さらに大きな艱難辛苦を用意してくれる。艱難辛苦は人生を彩るスパイスのようなもので、これがなければ人生は何ともつまらないものとなる。

艱難辛苦に押しつぶされそうになっている人はちょうどスパイスを振りかけた状態で、しばらくなじむまでに時間がかかるがジッと耐えているだけでいい。やがて熟成されて好い味になり、今の艱難辛苦に耐えられるようになる。周りの人の優しさも身に沁み素敵な涙を流すようになる。

2009 10 14 [心と体] | 固定リンク

2009年10月10日 (土)

人とともに生きてこそ わかるとできる10周年記念講演会

人は人のために生きることで心から幸せを感じる。「わかるとできる」10周年を記念して今年のBUNちゃん講演会では多くの生徒の方が幸せをつかんだ体験談をお聞きすることができました。60歳を過ぎてから頑張ってパソコンスキルを高めてつかんだ上場企業採用通知を握りしめて来てくださった生徒。

不登校だったお子様が「わかるとできる」でお勉強して東京でSEとして働くようになりお父様に高価なそしていつも僕が指していた万年筆を買ってプレゼントしたこと。ご夫婦で会社を立ち上げて「わかるとできる」に通われて僕の講義を聴くことで業績を良くしようと頑張っている奥さま。

会場を手配して黒子となって働いているスタッフの感謝の笑顔と感動。「BUNちゃん先生!抱きしめてください」と飛びついてくる生徒の方やスタッフの皆様。右肩が白くなった僕の背広は僕の勲章でした。この10年、いっしょに働いてきてくださった植田専務の誕生日が東京会場で、スタッフ一同からの素敵なプレゼントまでありました。

台風の影響で東京会場では電車がストップして多くの方が駅で立ち往生するというハプニングや北海道の皆様には交通手段がなくて来年春に延期となりましたことを心よりお詫びします。皆様の温かいハートに幸せいっぱいにしていただきました。皆さんとともに生きてこその幸せをたくさんいただきましたこと心より感謝いたします。

2009 10 10 [心と体] | 固定リンク

2009年10月 2日 (金)

子供には不動産を売らない方が好い

ご近所の方の娘さんが結婚し、初孫のお子様が産まれたので所有して使っていない一軒家を安く売って住んでもらおうと思っていると相談があった。僕は、「売らずに安い家賃で貸してあげ住まわせればかわいい孫にも会える。若い夫婦は安い収入で精いっぱいやりくりしているから不動産を借金して買うことなどさせないことだ。相談しているお父さんが死ねば遺産を相続するので売ってもいっしょだ。お金が必要で使っていない一軒家を売るのであれば他人に売った方が後々面倒なことにならなくて済む。」とアドバイスした。

田舎では親が生きているときに別の家を敷地内に建てて子供夫婦が暮らしている。その子供夫婦が大きくなり彼らの子供が結婚して・・・。となってくると空き家があるのでどうしようかと思い悩むことになる。男の子供は相続を考え所有している家を売るという発想はないが、娘の旦那となると他人と云うイメージがあり、売っても好いかと思ったそうだ。その中途半端な思いやりが娘夫婦には負い目となる。

義理の父親からそうした話があれば娘夫婦も断りにくく無理をしてでも買おうと考える。しかし、収入から返済を計画して考えてあげなければどこかで無理がたたり喧嘩の原因となってしまう。中途半端な思いやりがかえって娘夫婦を苦しめてしまうのではないかと忠告した。親族に金銭問題が絡んでくるとこれほど醜いものはないから、できればただで暮らせば好いと思いきって言ってみることだろう。

2009 10 02 [心と体] | 固定リンク

2009年9月30日 (水)

いつまでも傍にいたい人とそうでない人

この人に会うといつも気分爽快で楽しくてうれしい気分にしてくれる。ついつい長居してしまうが、いつまでもお付き合いしたい人っていますね。その反対に、この人が来るといつも不快な気分になり落ち込んでしまったり腹が立ったりして会うのを避けようとする人もいます。

会うといつも気分爽快にしてくれる人は相手への思いやりがあり優しい言葉や態度があふれています。「ありがとう」と誰にも言いながら頭を下げている。激励するタイミングも推し量っており激励してくれる内容も的を得ています。気分爽快にしてくださる人はその方自身が気分爽快な人です。

会うといつも不機嫌になってしまう人は、その人自身が不機嫌で愚痴っぽく批判的で感情的です。チョッとしたことでも愚痴や非難の対象にするので他では自分も非難されているのではないかと勘ぐってしまいます。「ありがとう」や「がんばって」という言葉は聞くことがありません。

2009 09 30 [心と体] | 固定リンク

2009年9月29日 (火)

結婚生活に他人は干渉すべきでない

「夫婦喧嘩は犬も食わず」という諺があり、夫婦が喧嘩をしているので仲裁に入ってもケロッと仲直りしていたり喧嘩別れしたりして仲裁に入ることがバカバカしくなるという意味だ。夫婦のことは夫婦で解決していかなければ他人が仲裁に入っても本音の部分はわからないと僕自身も思う。僕の両親は僕が結婚しても離婚しても干渉しないことを旨としている。

結婚した子供にいつまでも干渉している親がいるが、それではいつまでたっても子供は自立できない。僕の両親は、僕がどんな状態であっても社会人となってからはいっさい無感心を装っていた。生活費がなくてどんなに困っていてもいっさい助けようとしなかった。そのときは、両親を恨んだが、そのことで大きな成長ができたと感謝するようになった。

何でもしてくれる親が好いか、何もしてくれない親が好いかと云えば、何もしてくれない親の方が好いと僕は思う。親は人生経験も豊富なのできっと素晴らしいアドバイスもでき、援助するのもたやすいことだろうが、安請け合いは大怪我のもとになる。すぐに親に頼ろうとする子供が30代、40代となり、自立できずにいる姿を目にするようになった。

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2009年9月28日 (月)

親は何でもやってくれるというのは甘えなのだ

子供はヨチヨチ歩きのときは親は何でも面倒をみなければならないが、成長して体力もつけば親離れして自立するようになる。動物の世界では子供に体力が付けば親は子供から離れようとする。さみしがる子供に向かって怒りをあらわにしてでも親離れをしむける。人間世界でも貧乏でその日暮らしの時代は同じだった。

僕は小学校のころから親の手伝いをしなければとても叱られた。「勉強があるから」と言えば母親に自分のことより家族のことを優先しろととても叱られた記憶がある。家族は協力して生きなければ生活できないほど貧乏だったからだろう。しかし、現在では子供は勉強さえしていれば家事いっさいは母親がしてくれる。そこに、子供が自立できない原因があるように思える。

お片付けができない子供は、お片付けをしたことがない。お料理ができない子供は、お料理をしたことがない。すべては母親がやってくれているからで、母親の願いは子供に家事を教えるぐらいならば勉強で少しでも良い成績をとるということなのだろう。僕はそうした親をたくさん見てきたが、子供がそのことで親に感謝しているとは思えなかった。

学習塾の生徒たちに「親が何でもやってくれているということに気が付き、感謝しなければ社会では成功しないから気をつけなさい」と話していた。「『私は東大卒だからこれを買いなさい』と言われたら買うどころかムッとするだろう。社会では学生時代の成績よりも人間的な性格の方が大切だから周りの人がどれほど自分に尽くしているのかを知ることから始めなさい」と言っていた。

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2009年9月26日 (土)

結婚は人付き合い

結婚とは相手と二人で生活することから始まる。たまに会っているだけならば、お互いに優しくもなれるし助け合うことも容易だ。お金を出して高級レストランで食事をしても懐具合を気にすることもない。しかし、結婚すれば毎日一緒に生活するので、いつも優しく助け合えない。だらしない姿を見せてしまうこともある。お金のことで口論することもある。

一人暮らしや親との同居では、自分の生活スタイルをしっかり守ることができた。趣味に没頭することもできた。友達付き合いを優先していたことだろう。しかし、結婚すると趣味は相手の嫌がることとなり、友達付き合いは伴侶をないがしろにする行為と映るようになる。一人暮らしとは全く違うお互いに快適になれる生活スタイルを取り入れねばならない。

自分がして欲しいこと、されると嫌なこと、些細なことだろうが細部までつめて話し合わなければ快適な結婚生活は望めない。話し合ったところで合意に至らないケースも多々出てくる。または、合意した内容であっても相手が守ってくれないこともよくある。そのことが積み重なると破局を迎えるので、合意内容はしっかりと守ることだろう。それが優しさでありいたわりだ。

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2009年9月24日 (木)

期待されているという幸せ

プロ野球界のスーパースターと云われる長嶋茂雄がヒットを打ちホームランをかっ飛ばすその行為は、最初は自分の欲望だったが、徐々に観衆に期待されるようになり、観衆と一体となって野球をする喜びを感じるようになったと語っている。ファンに期待されているという喜びに厳しい練習を苦にしなかった。苦しいのはファンの期待に応えられない時で、そのときは引退を決意したそうだ。

最初は個人的な努力の積み重ねでしかないが、継続してやっていると他人の知るところとなり徐々に期待されるようになる。その期待は心地好く感じられもっと努力してその期待に応えようとする。たまには期待されることが苦痛に感じることもあるが、それは自分の甘えだと気が付く。期待されているからこそ自分を成長させることができ、喜びや感謝すら感じるようになる。

僕は毎日仕事が終わっても3時間程度の勉強を欠かさないが、それも多くの方が期待してくださっていると思えるからで、もしも、誰もそうした期待をしてくださらなかったならば、仕事が終われば寝るまでボーっとしているだろう。自分を鍛えている原動力は他人の期待で、その期待に応えられている自分が幸せだと思える。親、恋人、友人、会社の人・・・彼らが自分に期待していることを継続してやってみることだ。

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2009年9月23日 (水)

好き嫌いが多ければ死期を早めてしまう

人は食事によって身体を作るので、好き嫌いが多ければ、必要な素材を集めることが出来ずに病気になりやすい身体しか作れず、死期を早めてしまう。病気になった時に、もっと食事に注意すれば良かったと悔やむがもう手遅れになっている。僕の父もお酒が好きで喉頭癌になり悔やんでいた。

仕事も同じで好き嫌いが多いと仕事ができなくなり職場を追われることになる。この仕事は好きだが、あの仕事は嫌だという仕事の好き嫌いもまた食事と同じ結果を人々にもたらす。人の好き嫌いも多いと人々から離れるように生きていくようになり食事と同じ結果を人々にもたらす。

健康のために何でも食べるようにしなさいとよく言われるように、健康のために仕事の好き嫌いを失くしなさい、人の好き嫌いを失くしなさいと僕はアドバイスしている。

2009 09 23 [心と体] | 固定リンク

叱ってるあなたが未熟

叱るという行為は相手のヤル気が満ちていて何とかしようと悩んでいるときに尊敬する方からの叱りは効果的です。相手に尊敬の念もなく何とかしようと思っていない人には叱るという行為よりも気づかせる行為が必要です。そして、何よりも大切なことはアドバイスしようと思っている人が相手に受け入れられる人であることです。

相手が受け入れようと思っていない人から何を言われても不愉快なだけです。アドバイスしようと思えば、相手に受け入れられる人であれということです。そのためには相手を心から愛して慈しむ行為が必要です。

子供に対して親は威圧的にアドバイスしますが、子供には不愉快なだけです。子供が甘えていることを威圧的に抑えようとしますが、子供は親に甘えることで自立心を養っているところがあります。子供に対しては充分甘えさせてあげることです。

大人同士の付き合いでは甘えをそこまで受け入れることはできません。相手が威圧的であったり、反抗的ならば自然と離れていくようになります。恋は破れ、職場では孤立し、友達なら喧嘩になります。

2009 09 23 [心と体] | 固定リンク

2009年9月18日 (金)

高齢者は能力も高く経験も豊富

イギリスのレポートに高齢者の身体能力は若者とそんなに違いはなく、若者が右脳や左脳といったどちらかを使っているのに対して、高齢者は脳自体が縮小しても左右の脳をいちどに両方使うことでそん色ない能力を発揮しているという。経験豊富なご高齢の方が謙遜して「年だから…」と言っているが間違いだということだ。

僕は56歳だが2年前に屋根から落ちて腰を痛めてしまい、それ以後は腰に負担がかかることはできなくなった。それは年齢のせいではなく事故のせいだ。知識は経験に支えられているので勉強しても理解しやすくなっている。年を重ねるに従い、僕の場合は体力的なことから知的な仕事に移行する方が好ましい。

ご高齢の方が僕たちの教室でお勉強されている。彼らは謙遜して「もう年だから…」と仰るが、決して知的能力は劣らない。むしろ、鍛えれば経験があるだけにどんどん知的能力は高まると自信を持って思ってほしい。21世紀は欧米でも少子高齢化を迎え、ご高齢者の方が活躍しなければ世界は労働人口の減少に見舞われる。

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2009年9月15日 (火)

人は人を信じて生き、生涯を終えたいものだ

孤独で失意のうちに腎臓を患い両手、両足をパンパンに張らして死を待つだけだった84歳のご老人を介護することにして総合病院に入院していただきやっと一命を取り止めることができた。病室に伺えば涙を流して感謝される。この先、いつまでも面倒は見るので安心して入院してくださいと話した。

医師からは治ることのない難病で申請すれば治療代は無料になるとのこと、入院代だけで済むように申請書をくださった。それにしてもただの知り合いというだけでこれほどまでにされるとはご奇特な方だと感心された。ただ死を待つだけのご老人を見捨てるほどこの国は腐ってはいませんと説明した。

ベッドから起き上がることもできないほど衰弱しているのに何とか立ち上がって感謝したいと涙を流しているご老人を介護して僕はひとりの人間としてこうしたことをやってよかったと心から思った。ご老人が信じている信者の方々の態度も変わり介護を申し出てくださるようになった。

2009 09 15 [心と体] | 固定リンク

2009年9月 9日 (水)

達磨不識

5世紀後半、南インドの王国の第三王子として生まれ、中国で活躍した仏教の僧侶で禅の開祖である達磨は普通元年(520年)、海を渡って中国へ布教に来る。9月21日(10月18日)、広州に上陸。当時中国は南北朝に分かれていて、南朝は梁が治めていた。「景德傳燈錄」第三巻に次のような話が書かれている。

梁の武帝は仏教を厚く信仰しており、天竺から来た高僧を喜んで迎えた。武帝は達磨に質問をする。
帝問うて曰く「朕即位して已来、寺を造り、経を写し、僧(僧伽、教団)を度すこと、勝(あげ)て紀す可からず(数え切れないほどである)。何の功徳有りや」
師曰く「並びに功徳無し」
帝曰く「何を以て功徳無しや」
師曰く「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因を作っているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
帝曰く「如何が是れ真の功徳なるや」
答曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
帝又問う「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
師曰く「廓然(がらんとして)無聖なり」
帝曰く「朕に対する者は誰ぞ」
師曰く「識らず(認識できぬ・・・空だから)」
帝、領悟せず。師、機の契(かな)はぬを知り

武帝は達磨の答を喜ばなかった。達磨は縁がなかったと思い、北魏に向かった。後に武帝は後悔し、人を使わして達磨を呼び戻そうとしたができなかった。

武帝はたくさんのお金を仏教のために使ってきた。どれほどの功徳があるのだろうかと達磨に聞いたが、寄付が多いからと云って自慢していること自体がエゴだと一喝する。自慢は人間らしい感情であり、自慢してうらやましいと相手が思えば嬉しくなる。それは他人ができないことを自分がしたという喜びで醜いと諭したのだ。

ただ、何もせず「病気が治る」「お金が降ってくる」などと云った功徳はこの世に求めてはいけない。自らが生き、努力して叶えるものだろう。自分は生き仏や高僧などと自慢するバカではない。武帝であるあなた同様、ただの人間でしかない。人は皆、同じく平等な人間であり優劣をつけるべきものではないと諭したのだ。

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2009年9月 8日 (火)

功徳がほしいというエゴ

僕の祖父は工務店を経営しながら町の議員であり町議の議長であった。昭和30年代当時は土建屋の議員が多く、戦後の復興やインフラ整備の公共事業で大忙しの時代だった。土建屋にとっては大変ありがたい時代で、町議会議長をしている祖父は談合の親分的存在だった。羽振りもよくて勘当されている僕の父以外の子供たちに資金を提供してそれぞれ会社を持たせていた。

祖父は神仏への寄付も欠かさずにいた。毎年多額の寄付をしていたが土建屋の祖父はどんぶり勘定でことを済ませていた。そんな古き良き時代も終わり、談合は内部告発されるようになり、良き土建屋仲間も公共工事の指定業者になれた勝ち組となれなかった負け組に明暗が分かれるようになった。起業した子供たちも放漫経営が許されるはずもなくほとんどが倒産してしまった。

祖父の最後は貧乏のどん底で誰からも慕われることもなく、あれほど神仏に寄付をしたのに御利益はなかった。先日、近くのひとり暮らしのご老人が大病になり行方知れずの息子さんがいるらしいが連絡はとれず、お金もないので病院へも行かず、動くこともできずにただ死を待つだけという状態になったので僕が世話をすることにした。この方もある宗教の大幹部で毎年のように寄付をしてきたそうだが信者の方が世話をする様子はない。

長年、その宗派に尽くしてきたと思うのだが末路は何とも悲惨で祖父のことを思い出して世話をすることになってしまった。その宗派の信者の方に「みなさんは毎年ご寄付をするのですから、その中からいくばくかをこの方の治療費に当てれば如何ですか?」と聞けば、それと寄付は違うと言い張る。どうもこのご老人を助けるよりも信じる宗派への寄付をするほうが功徳があると思っているみたいだ。

僕が御神体ならば、飯を食うこともない僕などかまわないでそのご老人を助けなさい。そうすれば僕に寄付する以上の御利益を皆さんに与えましょう。それは御神体である僕が皆さんに与えなくてもそのご老人を助けるという行為によって皆さんが感じる心が温まる思いです。物言わぬ御神仏にとって代わる人々のそれぞれのエゴを見ているようだった。

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2009年9月 5日 (土)

就職・転職を繰り返して失業し自分自身を見失う

就職しても職場になじめないで退職していく人は多い。「自分探し 転職の勧め」や「契約社員になって自由になろう」などといった文面が多く見かけられた。我慢なんて古臭い生き方を辞めてもっと自由になろうという論調だった。執筆者自信がフリーライターだからそういった論調になるのもうなずける。

しかし、職場で働き家族を支えている人はこうした論調は風当たりが良くても実行しない。「我慢して働く」という辛さを通り抜けて「喜んで働く」という状態になることを感じているからだ。何事もうま味が出てくるまでには熟成する期間が必要なのだ。転職を繰り返す人は熟成する前にうま味がないと諦めている。

スポーツでもうまくなるには時間をかけて練習しなければならない。おいしいお酒も時間をかけて熟成させなければならない。良い成績をとるにはしっかり辛い勉強をしなければならない。転職を繰り返している人は自分を大切にした生き方をしてきただけだというが現実は自分の居場所すらない状態になっているように見える。

今ある自分が置かれている状況を否定することは今の自分を否定しているのと同じことだ。それを繰り返していては、いつかは自分の居場所を失くすのも当たり前ではないか。「我慢して働く」ということは生きる喜びを見つけ、自分自身を見つけるには必要不可欠な行為だということを知るべきだ

2009 09 05 [心と体] | 固定リンク

2009年9月 4日 (金)

地獄に突き落とされて初めて反省する

2008年連結決算書による損益計算書では2兆2703億円の営業利益を出していたトヨタは2009年度4610億円の営業損失(赤字)を出した。2008年度僕は自分のブログにリーマンショックが起こった2008年10月にトヨタの赤字決算を予想して大変なお怒りを受けて書き込みを削除したことがあるが、残念ながら僕の予想は的中してしまった。

トヨタの経営陣でさえこれほどまでに業績が落ち込むことはないだろうと思っている頃に、僕はトヨタは赤字になると書き込んだのでお怒りを受けた。8年連続の増収増益を記録している世界トップ企業で、自信に満ち溢れ、カンバン方式など独自の戦略を持ちスキがなく絶好調と評価されているときこそ危機が迫っているものだ。

スキがない経営は変化に順応しにくい。2008年10月の金融危機は高額商品をローンで購入しにくくなるということで不動産や乗用車などはいっきに売れなくなった。20年前、日本で起きたバブル崩壊の時も金融危機が発端だった。その後、失われた10年と云われるほど日本経済の回復は遅々として進まなかった。

トヨタの例を引くまでもなく、どの企業でもどの人物であっても、自信に充ち溢れているときほど注意しなければならず、どこに落とし穴があるか分からない。そのリスク管理を怠ることなくいつも謙虚にしていることが大切だが、なかなか人はそうなれない。企業でも人でも地獄に突き落とされて初めてどうしてこうなったのだろうと反省する。

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2009年9月 3日 (木)

愚痴と不満は自分を腐らせる

マイナスの感情は人を醜くしてしまう。愚痴や不満ほど人の顔を醜くするものはないだろう。笑顔は醜く歪んでいるし口を開けば愚痴や不満の同意を求める。類は友を呼ぶがごとく、愚痴や不満で繋がる仲間が集まってくる。僕は愚痴や不満は口にしないし、そのような人に会うと注意するようにしている。

愚痴や不満に身を焦がしているとどんなに成功している人もどんどん落ちぶれていき、最後にはたった一人になって愚痴と不満のなかで死んでいく。それはまさに地獄絵図そのものではないかと思えるからだ。天国や地獄は死後の話ではなく現世の出来事であり、物事の捉え方次第で人は天国にも地獄にも行き来する。

愚痴の反対は感謝であり、不満の反対は満足である。愚痴に思うことをよくよく考えてみると感謝を忘れた自分を見つけて反省し、不満に思うことをよくよく考えてみると満足すべきこと、つまり、「たるを知る」べきことを忘れた自分を見つけて反省するようになれば人として幸せを掴める成長がある。

会社に対する愚痴や不満、仕事に対する愚痴や不満、家族に対する愚痴や不満、自分自身に対する愚痴や不満、友達に対する愚痴や不満、恋人に対する愚痴や不満…その感情によって人生を狂わせて反省する人もいるだろうしより愚痴や不満をつのらせている人もいる。

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2009年9月 2日 (水)

脳みそは使っていれば進化する

50代以上の生徒になると「もうこの年だし」と云ってテレ笑いされる方がいますが、脳みそに年は関係ないというのが医学界の通説だということを聞いたことがある。56歳になった僕自身、体力の衰えを感じても脳みそに衰えを感じたことはない。むしろ、昔よりも経験を積んでいくので思考力やアイデアの想像力が増しているのではないかと思う。

脳みそは使うほどに活性化するので毎日しっかり脳みそを使うことが大切。脳みそをほとんど使わないテレビ、ゲーム漬けになると退化する。ゆっくりと時間をかけてひとつのテーマを推考することが大切だろう。僕は毎日仕事の後、3時間は自宅で勉強している。読書もまた、その情景を思い浮かべるので脳を活性化してくれる。年だからと諦めることはない。

2009 09 02 [心と体] | 固定リンク

2009年8月30日 (日)

2009年8月28日 56歳になりました

8月28日は僕の誕生日で、昭和28年生まれの僕は今年で56歳になる。「わかるとできる」を創業して10年の節目になる今年は家のリフォームをした。10年前に自作のログハウスの中でパソコン講義の収録を始めたが、そのログハウスは腐ってきて危険な状態になっていた。思い切ってログハウスを撤去して新たに家(はなれ)を建てた。それに伴い、母屋のリフォームも行った。

誕生日に間に合うように家やリフォームは完成して家族で僕の誕生日を祝ってくれた。会社のスタッフは勿論、加盟校の皆様、教室に通われている生徒の皆様、卒業した生徒の皆様から温かい感謝の気持ちのこもったバースデイカードやメールや寄せ書きなどをたくさん頂きました。こんなにも多くの方から祝っていただける僕は何と幸せ者なのかと感激でいっぱいです。

パソコン教室に通われて人生を豊かなものにできたという喜び、教室スタッフになりそうした生徒の方の感謝のお声を毎日いただける日々に感謝する人々、一緒に働いて下さる社内の人々の感謝の声、最高の人生を過ごさせてもらっていると感謝してくれる子供たちと妻や両親、何だかこれで思い残すことはないと云った気持にもなり、ただただ感謝の誕生日になりました。

2009 08 30 [心と体] | 固定リンク

2009年8月27日 (木)

神様が創った試合 昭和54年夏の甲子園 箕島対星稜戦

1979年僕は和歌山県箕島市駅前商店街の一画でブティックを経営していた。当時、26歳の僕は多額の借金を抱えていたので、神戸・大阪・京都・名古屋・東京のファッションメーカーの在庫処分を車に詰め込んで国道1号線沿いの洋品店に飛込み、卸販売していたが返済は滞ることが多く金融機関からの催促が毎朝ある状態だった。

昭和54年春の甲子園で和歌山県代表の県立箕島高校は優勝した。商店街は優勝記念セールで賑わい過疎の町にあって久しぶりに人々に笑顔がこぼれていた。和歌山県中央部を流れる有田川は有田ミカンの産地で江戸時代には紀伊国屋文左衛門がミカン船を出したことで有名で、子供たちのほとんどは草野球をしていた。

箕島高校は地元の球児が多く、決してスター選手がいるチームではなかった。尾藤監督は確実に点を取る方でバントの箕島といわれ手堅い作戦で勝ち進んでいく。昭和54年夏の甲子園準々決勝(3回戦)の第4試合で優勝候補の箕島は石川県代表の星稜高校とぶつかる。いつも街で出会う監督や球児たちが笑顔で甲子園のグラウンドに集まっていた。街中の人はテレビに夢中で商売にならない。

1対1のまま試合は延長戦に入る。延長12回先行の星稜は体調を崩してフラフラの箕島二塁手上野山のエラーをさそい1点を好投手石井からもぎ取る。その裏、ツーアウトランナーなしになり尾藤監督が敗戦を覚悟したその瞬間、最後のバッター嶋田が大声で「監督、ホームランを打っていいですか!」と言った。うつろな監督は「はい」と言ったが本気ではなかった。しかし、キャッチャーの嶋田は幼馴染の石井のためにホームランを打った。

延長16回先攻の星稜高校は2度目の勝ち越し点をあげた。その裏、簡単にツーアウトを取ったピッチャー堅田は今度こそ勝ったと思った。最後のバッターは延長14回で隠し玉にあい3塁でアウトになった森川だった。彼は12回に先頭打者ヒットで塁に出てディレードスチールで3塁に進みスクイズでこの試合を勝つと信じていただけに悔しさをにじませていた。

森川は簡単にツーストライクまで追い込まれ最後の球に渾身のフルスイングをしたが、ファーストフライになってしまった。しかし、1塁手の加藤がファウルグランドにこの年から設置された人工芝につまずき転倒。ホッとして力みの消えた森川はカウント2‐1から左中間スタンドへ起死回生の同点ホームランを打つ。アナウンサーの植草は、「甲子園球場に奇跡は生きています!」と叫んだ。

この瞬間、ピッチャーの堅田は全身から力が抜けていくのを感じた。延長18回表、星稜は満塁とするも無得点。勝ちがなくなった星稜ピッチャーの堅田は最後の投球でストライクが入らなくなり敗戦投手になる。3時間50分、視聴率29.4% 日本中の人々に生きることの素晴らしさを教えてくれた伝説の一戦となり「神様が創った試合」だと語り継がれることになる。

どんなにピンチでも絶対諦めないことの大切さ、これで勝ったと思った瞬間に勝ちが逃げていく怖さ、ひとつの気の緩みがすべてを狂わせる怖さ、ひとつのことに全力をかけることの大切さ、仲間を信じて生きること、仲間のために生きること、仲間のミスを責めることなく笑顔で助け合うこと、生きることの尊さや本気で生きることの大切さをたったひとつの試合が教えてくれた。このあと、箕島高校は夏の大会で優勝し春夏連覇を成し遂げる。

2009 08 27 [心と体] | 固定リンク

2009年8月26日 (水)

尊王攘夷は幕府への苛めだった

1867年江戸幕府15代将軍・徳川慶喜が、朝廷に大政奉還を行ない翌年、年号は明治となる。日本各地の尊王攘夷派の若者はこぞって喜んだであろうが、明治になり誰も本気で攘夷を行わなかった。つまり、本気で外国と戦争をして勝てるとは思っていなかったところが第二次世界大戦に突入した日本とは大違いだ。

世論が戦争による解決を望んでいたとしても、実務家は戦争をすれば負けることを知っていた。しかし、攘夷論を煽ることで幕府を窮地に立たせることができる。幕府を追い詰めれば大政奉還への道も開ける。江戸幕府は天皇から依頼を受けて統治しているので天皇の指示には従わなければならない。天皇にとって攘夷論ほど痛快なものはない。

2009 08 26 [心と体] | 固定リンク

2009年8月24日 (月)

慣れは感謝を怒りに変える

お母さんが毎日食事を作ってくれる。当たり前のことだが両親が共働きで食事は自分で作らなければならなかった僕にはお母さんが食事を作ってくれることはとてもうれしいことだった。一緒に食事ができることだけでもうれしいと思った。しかし、それが毎日のことになるとうれしさはどこへやらで、食事の内容に文句をつけるようになるし、作る時間にすら文句を言うようになる。

人は感謝すべきことが毎日当たり前のように行われていくとそれに慣れて、それ以上に甘えるようになる。自分が親になったときに、どれほどお母さんが頭を悩ませていたのかが分かるようになるが、慣れとはとても恐ろしいものだ。給料を払い続けている会社に対してもどれほど貢献しているのかと反省や感謝なしにただ非難中傷していることもお母さんへの感情と同じことだろう。

怒りの感情をよくよく考えてみることだ。どうして自分は腹を立てているのだろう。それは、自分ひとりではどうしようもないことなのか?自分がやればできることなのか?それをしてくれていることに本当は感謝すべきことなのか?自分はだんだん甘えるようになっていないか?考えて、考えて、自分の感情を抑制してさらに感謝することができればそれを成長と云うのだろう。

2009 08 24 [心と体] | 固定リンク

2009年8月17日 (月)

自分のやりたいことをする人生と愛する人のためにやりたいことを我慢する人生

自分のやりたいことをする人生と愛する人のためにやりたいことを我慢する人生、若い頃は自分のやりたいことをする人生に憧れて多くの人に迷惑をかけてでもそれで良いと思っていた。周りの人を傷つけてないがしろにして意見を受け入れないで反抗的で自己主張が強くて、それが僕らしい生き方だと思っていた。しかし、どんなに自分のやりたいことを貫き通していても心から幸せになれなかった。

僕が自分の生き方に疑問を感じだしたのは40歳を過ぎてからで、どんなに自分のやりたいことを一生懸命になってやっていても心に隙間があるし、その隙間は年をとるにしたがってどんどん膨らんでくる。やがて、自分のやりたいことを貫き通しているということはカッコいいが別の言い方をすれば自分勝手だということだと思った。もう充分すぎるほど自分勝手な生き方をした僕は45歳から真逆の生き方をする。

自分が愛すべき人の範囲を恋する女性だけでなく、両親や友達、従業員や近所の人々、これまで付き合ってきたすべての人々、これから付き合うであろうすべての人々に広げてみた。恋人に優しくするようにそうした人々にも優しく接するようにした。これまで自分勝手な生き方を許してきてくださったことへの感謝の気持ちもあった。僕の態度が変われば周りの人の態度も変わった。僕は多くの人から感謝されるようになった。

若い頃から自分の心の中に感じていた渇きは愛し愛される人間関係で癒されることを知った。それまでのフォローしてやっているという気持ちから、喜んでフォローしている自分に変わった。こんなこともできないのかと思いながらやる自分から、こんなことからフォローしてあげられる自分に喜びを感じるようになった。そうして感謝される自分に最高の喜びを感じるようになった。あれほど求めていた幸せは我慢の中にあった。

2009 08 17 [心と体] | 固定リンク

2009年8月15日 (土)

盲目的に人に従うは愚かなり

あの人の言っていることはすべて正しい、あの人の言うことに従っていれば間違いはない、誰しもそう信じたい衝動に駆られることがある。有名人、恋人、親や友人に対してそうした思いを抱いたことは一度ならずともあるだろう。あるいはあの人を心から信じて裏切られた経験のある方も多いだろう。人は誰しも完ぺきではない。ある一面だけ光り輝いているにすぎない。

国民を戦争に導いた指導者を盲目的に信じた人々が熱狂的に指導者を崇拝して戦争をして指導者も自殺しようとし、多くの国民も戦死するという自滅の道を選んだ。人々から熱狂的に支持されると人は自分を選ばれし者だと思うようになり傲慢で人々に選ばれし人に対する接し方を求めるようになる。周りにイエスマンだけを置くようになり、猜疑心から愚痴っぽく怒りっぽい性格になっていく。

特定の分野にだけ秀でている者に対して人は尊敬の念を持つ。その尊敬の念が強まるとその人を神格化するようになるか、神格化して神として祭るようになる。そうなると、その人のすべては肯定されてもはや多面性を持った人としての評価は与えようもなくなる。神として信じている人々によって人への評価をするだけで軽蔑の対象、非難の対象になってしまう。

僕は45歳でこの会社を立ち上げて自分がすべての講義をしているので多くの人から支持されるようになった。なかには盲目的に信じてくださる人がいて、心地よいその雰囲気に自分が乗っかればカリスマや教祖といった状態になるのだろうと思って恐怖を感じた。自分のこれまでの行いには自慢できる面もあればお恥ずかしい面もあることを知っているからだしこれからもそうだろうと思うからだ。

自分は神だと言っている人を僕は信用しないし、自分は選ばれし人だと言っている人も信用しない。「私は神の生まれ変わりだ」などと云っている人は自分がすべての人々から尊敬されるべき対象だと阿呆な理屈を並べ立てているにすぎない。そんな阿呆を祭り上げて喜んでいる信者には申し訳ないが騙されているとしか言いようがない。人間は誰もが同じ義務と権利を持った存在なのだ。

人は誰しも尊敬される一面と軽蔑される一面を持っている。幼い子供から今の自分にもっとも大切なアドバイスをもらうこともあれば、自分が尊敬している人から無視されたり意地悪されたりすることもある。どんな有名人でも偉い人でも自分とおなじ人間であるとこに変わりはない。そう思って人と接していると、すべての人から生きる希望と勇気をいただけるものだ。

2009 08 15 [心と体] | 固定リンク

2009年8月13日 (木)

戦争は儲かる

明治になり日本は富国強兵政策をとるようになる。近代産業を取り入れて近代的な兵器を導入して徴兵制度をしき欧米列強に引けを取らない国家建設を目指していた。明治政府が初めて外国と戦争をしたのは1894年~1985年の日清戦争。このときの賠償金が2億両(約3億円)と台湾、澎湖島(ぼうこうとう)、遼東半島(りょうとう(リャオトン)はんとう)を手に入れる。

その後、ロシアの南下政策によりフランス・ドイツを巻き込んだ三国干渉があり、遼東半島を清国に返還、代りに3,000満両を償金として上乗せし利子などを合わせて約4億円を手にします。これは明治26年の国家予算の4倍以上、現在の日本の国家予算は2007年度約83兆円、この4倍となると332兆円になる。これだけの臨時収入があると誰でも舞い上がってしまう。

この80%(約3億円)は軍事費に使われており打倒ロシアと言ったムードが漂っていたので、1904年日露戦争がおこり日本は戦費を使い尽くして勝利するが何の賠償金も手にできなかった。欧米諸国にすれば黄色人種が白人から賠償を取るなどと云うことは前代未聞だったに違いない。日本はその後も軍備を拡張し、第1次世界大戦でぼろ儲けする。戦争は勝ち馬に乗れば儲かったのだ。

いけいけどんどんの日本は1937年日中戦争を引き起こす。これが第二次世界大戦のきっかけとなってしまう。冷静に判断すれば日清戦争終了後、日本は軍備拡張よりもインフラ整備、殖産興業に賠償金を使うべきだったが、4億円のうちたった58万円で八幡製鉄所を作ったにすぎない。日清戦争以降第二次世界大戦で敗北をきっするまで、日本は戦勝ムードに酔っていたとしか言いようがない。

戦争をビジネスとして利用し儲かると考えている企業や国家は今でも多い。そこには国民の命すら消耗品として処理する拝金主義がまかり通っている。国民自身も自らの命を犠牲にして国家のために戦争をするということを美徳とし正当化してしまう。しかし、戦地に赴けばそこにあるのは敵と云う名の普通の人間がいるにすぎない。本当の敵は、殺戮を正当化している考えそのものだ。

2009 08 13 [心と体] | 固定リンク

2009年8月12日 (水)

その状況下で君は何を感じているかで君の未来は決まる

日本の近代資本主義の生みの親 渋沢栄一(1840~1931)は藍玉商人の子として生を受けた。若くして尊王攘夷の思想に触れた彼は討幕を試みるテロリストになった。しかし、謀反人として追われる身でありながら一橋家に仕えるようになり頭角を現して御勘定組頭へと出世していく。

お仕えしていた一橋慶喜が将軍となり、徳川家の家臣となるは渋沢の予想しなかったことだろう。激動のこの頃、将軍慶喜の弟で13歳の 徳川昭武(あきたけ)の勘定方(会計係)となってフランスで開催される博覧会に行けと命が下った。日本の展示もあり欧米の人々は驚いたが渋沢も欧米をじかに見て驚いた。

討幕やら攘夷などと言っていた自分が世間知らずの大馬鹿だと悟り、これからの日本が目指すべきものは何かを真剣に考えるようになる。見聞を広める中で、国家繁栄は殖産興業にありと悟り、広く産業を日本に起こさねばならないと決意する。会計係の彼は銀行からの借り入れが欧米で会社を運営するのに必要不可欠であることを知る。

欧米から帰国したとき幕府はなくなり明治となっていた。洋行帰りの彼は明治政府から請われ、若くして大蔵省の役人に大抜擢される。人生は二転三転するものだが渋沢栄一もまた例外ではない。彼は如何なる環境においても悲観することなく、愚痴ることなく、いつもその場において現実を見て実学を積み重ねている。

人は誰でも環境の変化に対応できないで苦しむことが多い。しかし、この渋沢栄一はそれを喜んで受け入れている節がある。実に逞しい精神力の持ち主であるからこそ、近代日本の資本主義の生みの親と言われているのだろう。彼の精神力の逞しさは私利私欲ではなく絶えず日本や民のためと思って生きる姿勢があるからだろう。

2009 08 12 [心と体] | 固定リンク

君のお父さんは素晴らしい人だよ

僕の伯父さんたちの多くは祖父の資金援助を受けて起業し、それぞれに会社を大きくして贅沢を覚えて奢り、自慢するようになり、特別扱いされることを好み、家族も贅沢を覚えて同じように自慢するようになり、ひとりを除いて倒産した。僕の父も弟の会社に資金援助して見事にすべてを失くし、それまで偉そうにしていた弟を責めていた。

僕にとっては従兄弟たちが我が家に遊びに来ると「こんな小さな家に住んでみたい」「えっ!テレビもないの?」「こんな安っぽいケーキ食べないわ」などと言っていた。従兄弟のお母さんも同じようなことを僕の母に話していた。悔しくて僕は従兄弟の叔母さんから頂いたおこずかいをすべて従兄弟のお菓子代や玩具代に使ったこともある。

昭和30年代に起業し成功した伯父さんたちは国産高級車に乗りお手伝いさんまでいる大邸宅に住んでいた。しかし、昭和50年代に入ると経営が思わしくなくなり倒産していった。倒産すれば財産のすべてを失くすばかりでなく妻には離縁され子供たちからは馬鹿にされる。貧乏になり離婚して母親と暮らしている子供たちは自分の父親を憎んでいた。

破産した経営者で50代の男を雇う会社はそういない。パートでやっと雇ってもらえた伯父さんは少ない収入から別れた妻や子供たちに仕送りをしていた。僕が経営する学習塾に来ていたその子供たちが自分の父親を憎らしそうに言うので僕は教えてあげた。「君たちのお父さんはとっても偉い人だ。君たちに贅沢な暮しをさせてあげた。僕のお父さんにはできなかったことだ。」

「君たちのお父さんは会社を経営してたくさんの従業員に給与を支払っていたんだ。働いていた人々はその給与で家族を養うことができた。今、お父さんはパートでローカや便所を掃除しているけど、自分の財産をはたいて最後まで従業員の人に給与を支払っていたんだよ。自慢して良い素晴らしいお父さんじゃやないか。」と僕は従兄弟たちに言った。

2009 08 12 [心と体] | 固定リンク

2009年8月11日 (火)

お金持ちになりたい

将来お金持ちになりたいと心から思っている人は多い。僕も45歳まではそう思っていた。お金持ちになりたいと思って一生懸命に働いた。幼い頃から貧乏な故に食べ物にさえ苦労した。洋服はボロボロでつぎはぎだらけだった。おもちゃは買ってもらえなかった。貧乏故の夫婦喧嘩は絶えることがなかった。欲しいものは親に買ってとは言えなかった。20代の頃も借金の返済で追い詰められて食べ物にさえ苦労していた。

僕が金銭的に楽になったのは31歳からで、借金を完済してからは稼いだお金はすべて自分で使うことができるようになった。僕は多くの商売人のように稼ぐことに懸命にならず、それまでがむしゃらに働いてきたのでその日暮らしの収入があれば後は何もしない生活を楽しんでいた。38歳で結婚するまで朝から夕方までサーフィンをしてのんびりした生活を楽しんでいた。

結婚してからはまた商売に精を出して金銭的余裕ができるようになった。商売が繁盛するにしたがいお金持ちになりたいと思う感情はだんだん薄れていった。どうしても買わなければならない物が買えない状態ではお金持ちになりたいと心から思うが、買いたい物が買えるようになると僕はお金に対する執着心が薄れていった。それよりもいっしょに働いてくれる仲間の幸せを心から願うようになった。

商売人にはお金を稼ぐと自分のために使い、さらに使いたいのでお金を稼ぐ人がいる。こうした商売人は贅沢を好み、贅沢品を身につけたり所有することで自己顕示欲を満たして幸せだと思っている。僕は贅沢を好まないでいっしょに仕事をする仲間といる方が幸せを感じる。会社が儲かれば自分のために精一杯使う経営者は多いが感情的で傲慢で孤独な人のように見え、倒産する人も多い。

2009 08 11 [心と体] | 固定リンク

2009年8月 9日 (日)

友好的な人間関係は如何なる財産にも勝る

家族の笑顔、社員の笑顔、お客様の笑顔、ご近所の笑顔、友達の笑顔…人は誰も誰かとつながりを持っている。その人々と会うたびに笑顔で接してくれることほどうれしいものはない。そのうれしさは如何なる財産にも勝る。高級マンション、高級車、高級ファッション、贅沢な暮し…それらはすべて一時のよろこびでしかない。

自分の周りの人々の笑顔を引き出せる自分であること。そのために笑顔で努力できる人であること。家族に笑顔でいつも接するようにすること、社員に感謝すること、お客様に笑顔で応対すること、ご近所の方に笑顔で挨拶すること、友達に笑顔で激励すること…そのひとつひとつが自分の幸せ創りになっていく。

物を所有するという喜びは一時のよろこびを与えてくれるが長く続かない。所有欲には終わりがなく、さらにエスカレートする傾向がある。欲望の連鎖が起こり、限りなく欲望を満たそうと物欲に走る。一時は満たされるがすぐに渇きを覚えてさらに素敵な物を求めてしまう。心を磨くことを忘れているので自分を破壊して不幸になっていく。

2009 08 09 [心と体] | 固定リンク

2009年8月 6日 (木)

他人の幸せを願って生きれば自分が幸せになる

2009年は「わかるとできる」創立10周年にあたる。創業して以来、従業員の幸せを願い、社長室も持たず、秘書も置かず、高級車も購入せず、従業員に最高の部屋を用意し、従業員が休めるように留守番をして、最高のおもてなしを従業員のために行ってきた。どの経営者よりも従業員の幸せを願って自分にできる最高の努力を惜しみなくやってきた。

創立10周年を記念して先日社員総会を開いた。今年も来賓は誰もいない。従業員が主役であり、従業員のために開く総会であり、従業員が最高に楽しめる場でありたいと思うのであえて来賓は呼ばないようにしている。僕の挨拶は15分、役員は各5分、それ以外数時間にわたり従業員が壇上で発表するのが本社の社員総会である。最高のヤジも飛ぶ、最高の総会だと自負している。

昼3時から夜9時まで、延々6時間に及ぶ総会が終了して自室にいると次から次へと従業員がやってくる。朝5時、外が明るくなるまで多くの従業員の皆さんが入れ替わりやってきては、喜びや悲しみ、決意や反省を語って下さる。その誰もが僕への感謝で満ち溢れている。彼らの感謝に触れていると、この会社を立ち上げてよかったと心から思う。それは、「他人の幸せを願って生きれば自分が幸せになる」という実感だった。

家庭においても僕はずっと自分の幸せよりも家族の幸せを願って行動してきた。どんなに辛くても疲れているときでもピンチであっても、いつも僕は笑顔で家に入り、笑顔で家族のためにできることから始めるようにしてきた。おかげで家族の皆から感謝されるようになり、幸せを感じる日々を過ごしている。「滅私奉公」とはよく言ったものだと思うが仕事においても同じことがあてはまる。

2009 08 06 [心と体] | 固定リンク

2009年8月 2日 (日)

子供たちは愛情をいっぱい感じて巣立っていく

子供は親の愛情を感じれば成長し、愛情を感じなくなれば寂しくなり親の期待を裏切ることで親の気を引こうとする。ちょうど、フラれそうな恋人が相手の気を引こうと冷たくしたり、暴力的になったり、自虐行為に走ったりするのと同じ。「だって、あなたが冷たかったから…」という言葉を言ったり、聞いたりした方も多いのではないだろうか。

子供はいつも親の愛情を確かめたいと無意識のうちに行動している。その確認作業を疎んじたりバカにしたりして子供の心を大きく傷つけていることがよくある。親は結果を求めたがるので、途中の感情的なことを無視してしまう。仕事であればそれで良いだろうが親子ではそうはいかない。バカだと思えることでも指導するのではなく、認めてあげることが大切で、徐々に子供の考えも変わっていく。

両親はどんなときでも自分を認めてくれた。両親はいつでも自分の勝手を見守ってくれた。両親はいつも自分を応援してくれていた。それがどれほど子供の成長を促すか計り知れない。子供との対話はお互いにひとりの人間として尊重した態度で接するべきで、威圧的な態度や指導的な言葉は厳に慎んだ方がいいだろう。まして、暴力などは決して振るうものではない。

2009 08 02 [心と体] | 固定リンク

2009年7月28日 (火)

わかるとできる10周年記念 BUNちゃん講演会

「わかるとできる10周年記念 BUNちゃん講演会」を開催いたします。

参加希望者の方はお近くのわかるとできるパソコン教室、または、本社までお問い合わせください。どなた様でも参加できますが、事前予約の上、チケットの購入が必要となります。

■日程

平成21年10月5日(月)・・・福岡会場( 50名)
平成21年10月6日(火)・・・大阪会場(150名)
平成21年10月7日(水)・・・浜松会場( 90名)
平成21年10月8日(木)・・・東京会場(250名)
平成21年10月9日(金)・・・札幌会場( 50名)

■スケジュール(予定)

「BUNちゃん講演会」
 開場:10:00~
 開演:10:30~
 閉会:11:30

■会場

【10/5:福岡会場】
 会場:福岡朝日ビル 「15会議室」
 住所:福岡市博多区博多駅前2-1-1
 電話:092-431-1228
 地図:http://www.fukuoka-asahi-bldg.co.jp/access/index.html

【10/6:大阪会場】
 会場:エル・おおさか(大阪府立労働センター)「南ホール」
 住所:大阪府大阪市中央区北浜東3-14
 電話:06-6942-0001
地図:http://www.l-osaka.or.jp/pages/access.html

【10/7:浜松会場】
 会場:アクトシティ浜松 研修交流センター「62研修交流室」
 住所:静岡県浜松市中区坂屋町111-1
 電話:053-451-1111
 地図:http://www.actcity.jp/floor/seminar/access.php

【10/8:東京会場】
 会場:TFTビル(東京ファッションタウン)「研修室908・909」
 住所:東京都江東区有明3-1(東館9F)
 電話:03-5530-5010
 地図:http://www.tokyo-bigsight.co.jp/tft/access/index.html

【10/9札幌会場】
 会場:かでる2・7(北海道立道民活動センター)「520会議室」
 住所:北海道札幌市中央区北2条西7丁目 道民活動センタービル
 電話:011-204-5100
 地図:http://www.kaderu27.or.jp/select_07.html

2009 07 28 [心と体] | 固定リンク

2009年7月24日 (金)

将来を悲観する人は社会で名を成さない

渋沢栄一は商人の子として生を受け、尊王攘夷の志士として活発に活動していた彼は一転して一橋家に奉公し、勘定役(会計係)として徳川昭武(あきたけ)に随行して渡欧するチャンスを得る。明治維新となり一橋家から明治新政府に請われて大蔵省で働くようになる。

その後官職を辞して日本で初めての第一国立銀行の設立に努力して総監役として日本の殖産興業に多大の貢献をすることとなる。彼はいつ如何なる時も、その置かれた状況において自己の最大限の努力を惜しまず一生懸命に生きている。そのことが社会で名を成す原動力になっている。

渋沢栄一は「自分は幸せ者だ」と半生を振り返って言ったそうだ。幸運もあったろうが、彼の意思が幸運を呼び寄せたのが正解だろう。如何なる人にも「絶望の中に希望があり 悲観の中に夢がある」と、僕は思う。

2009 07 24 [心と体] | 固定リンク

2009年7月21日 (火)

お母さん、私はあなたの何を尊敬すればいいのですか?

子供は親の態度をよく観察して自分が取るべき行動を考える。掃除をしない、食事は出来合いのものを買ってきて済ます、整理はできていない、買い物好きで家には物が溢れている、若者ファッションの洋服を着て若いつもりでいる、テレビを観てのんびりしているのに時間がないという、ダイエットと云って食事をしないのに友達とレストランで食事をして帰ってくる…。

こうした態度で子供に「勉強しなさい」「お片づけしなさい」「好き嫌いをしない」などと云っても言うことを聞かないのは当り前だろう。毎晩お酒臭い匂いをプンプンさせてテレビを見ながら「勉強はどうなんだ?」と聞けば、おまえには聞かれたくないと思うのも当然だろう。どんなに正しいことを言っていても態度がその言葉にふさわしいものでなければ聞く耳を持たないのだ。

子供には安いシャンプーを使わして自分はアンチエイジングだと高級なシャンプーを使っているお母さん、居酒屋で食事を済ませてきて家ではテレビを見ながらビールを飲むお父さん、会社の愚痴しか言わないお父さん、食事中でも携帯電話や携帯メールばかりしている両親、パソコンで何やらしてばかりいるお父さん、など子供には癇癪のタネが尽きない。

子供の態度が反抗的なのはほとんどの場合、こうした親の態度に問題がある。子供を矯正したければ自分が先に矯正されなければならないと僕は思う。いつの時代でも子供は自分の両親を尊敬したいと思っている。その尊敬の対象にふさわしくない態度が目立ち、ぐうたらで放漫的な生活態度で、子供に厳しく指導するものだから子供は尊敬から憎しみへと感情を移行させてしまう。

「お母さん、私はあなたの何を尊敬すればいいのですか?」「お父さん、私はあなたの何を尊敬すればいいのですか?」いつも、子供はそういう思いで親を見ている。

2009 07 21 [心と体] | 固定リンク

2009年7月19日 (日)

悔し涙を笑顔で拭え

努力すればするほどに悔しい思いをするもので、どうして自分だけがこんなに苦しい目に遭わなければならないのかと悲観にくれることがある。自室の部屋で小さくなってひっそり暮していればこんな目には遭うこともなかっただろう。自分の努力が報われず非難・中傷され傷つきボロボロにされて悔し涙を流す。

しかし、努力するということはそうした生き方を選んだということで、悔し涙を流さないで努力はできない。幾つになっても「がんばってみよう」と思うことは自分にとっては初めてのことが多いものだ。10歳であろうが100歳であろうが何かに挑戦し努力するとは人から非難・中傷されて悔し涙を流すという生き方なのだ。

どうしようもない悲しさや寂しさに覆われたなら、自分が頑張っている証拠だと思えばいい。その悲しさや寂しさを耐えてさらに数歩、努力した時にやっと報われるものだ。そうした経験を幾度も積み重ねて初めて人は逞しくなり、いつも笑顔の絶えない表情になる。「苦労を突き抜ければ笑顔になる」というのはこうした理由からだ。

2009 07 19 [心と体] | 固定リンク

2009年7月17日 (金)

いつも心をニュートラルにしておく

僕の部屋はいつもまったく同じで、昨日の様子が今日の様子であり、明日の部屋の様子である。仕事をしているときは書籍を出しているし、着替えをしているときは洋服が置かれているが、そのひとつひとつの作業が終わると僕は整理整頓していつも同じ部屋の様子になるようにしている。

書類を積み上げることはないし、気に入った物を買ってきて部屋に置くこともない。購入した書籍を読み終えると誰かにプレゼントするので本棚はほとんど必要ない。仕事で必要な書類もやり終えれば保管しないで処分してしまう。僕は記念に取っておくことをしない。殺風景な何もない整理された部屋が好きだ。

心をいつも新鮮な気分にするには自室を綺麗にしておくこと、何か終えた後は最初に部屋に入ったときと同じ様子に戻すこと、そして次の作業にかかること。こうしておけばいつも気分は一新されて前の仕事や作業を引きずらないで次の作業に取り掛かれる。僕の心のニュートラルは自室の部屋をニュートラル状態にすることで保たれる。

2009 07 17 [心と体] | 固定リンク

2009年7月15日 (水)

子供は親の笑顔を見て育つ

僕は子供に接するときはいつも笑顔でいるようにしている。成績の指導なら先生の仕事だろうから僕は子供がみずから成績のことを言いだすまで何も言わないようにしている。親がいつも笑顔で接してくれること、親が成績のことでうるさく言わないでくれることは子供にはとてもありがたいことだと思うからだ。

僕は15年間も学習塾と予備校を経営していたので大学受験までの学科であればほとんど教えることができるがいっさい子供に強制して教えようと思わない。ただ聞かれれば教える程度でみずからの立場が先生というよりも親であるので強制はしない。親というのは子供が愛情を感じて巣立っていけるように育てるのが役目だろう。

愛情をいっぱい感じた子供はスクスク育っていく。ただ、親には照れもあり素直にはなりにくいものだろう。子供は自分の未来を自分の手で切り開いていく。その手助けを請われればしても良いだろうが、あなたはこうですという言い方はしない。子供の人生を決める権利など僕にはなく、子供たちがただ生きているだけでうれしいものだ。

僕は僕の親の描いた人生を歩んではいない。むしろ、親が想像もしない人生を歩み続けている。僕は親の期待を裏切り続けている。56歳にもなると親の話は理解できるが自分が親の言いなりに行動しようとは思わない。今でも僕は親の言うことを聞かない子供だということを知っている。自分を見ていれば自分の子供に接する方法も分かる。

2009 07 15 [心と体] | 固定リンク

2009年7月14日 (火)

プロとはお客様が期待した以上の満足を与えることのできる人や会社

妻へのプレゼントであった家のリフォームで幾度かリフォーム会社の手配違いで施工ミスが目立ってきた。喜ぶべきリフォームにイライラが募りミスを修正しようとしない業者に対して僕は工事のストップをかけた。昔からお付き合いのあるリフォーム会社の社長を交えて僕は話し合いを催した。

18年前に御社に施工を依頼してこの家を建てたとき、お父様が社長で僕はとてもしっかりした施工に感心したものです。お父様も僕のことをかわいがってくださり僕の書籍を大切にいつも読んでくださっていました。そうしたお付き合いもあり今回は御社にお願いしました。お父様からお子様のあなたに経営が変わり大切なものを失くされたようなのでお伝えしたい。

家は施主にとっては生涯住み続けるものです。それゆえに施工ミスは絶対に許してはいけません。施主が見つけたから見えないようにしようなどというやり方は御社の誇りを傷つけ地元での評判を落とす行為です。また、施工ミスは施工を急ぐあまりに段取りがなっていないからでしっかりとした打ち合わせをしていないからです。

プロとはお客様が期待した以上の満足を与えることのできる人や業者だと思いますが、今の御社はお客さまに期待以下のことをして不満を募らせています。お父様が積み上げてきた会社の信頼や誇りを失くしていませんか?二代目となった社長は真摯に考えてこれからはしっかりとした施工や経営を行いますと約束してくれた。

2009 07 14 [心と体] | 固定リンク

2009年7月12日 (日)

健康を保つために食事をする

素材が揃っていなければ良い作品はできない。カレーライスを作るのにじゃがいも抜きでやれと言われれば誰もが困った顔をするだろう。自分の体も同じことで自分の体を作る栄養素に不足しているものがあれば何かしら不都合なことが起こり病気がちになりがちだ。食事は健康の根幹をなしている。

ところが、困ったことに食事には好き嫌いがあり食べたいものだけ食べ続ける癖が誰にもある。そのため健康を害する人は後を絶たない。揚げ物や肉食に偏って食事をし野菜や果物をほとんど食べないで済ましている人は多い。このため偏った栄養素だけで体を作るので健康を害してしまう。

僕は野菜をたくさん食べ、お魚はほぼ毎日、肉は少なめにして、果物は毎日食べる。煮物、焼き物が中心で炒め物はほとんど食べない。毎日夜と朝の二度体重を量り食べすぎたときは食事を制限して調整する。好き嫌いにかかわらず自分の健康を維持するのに必要な栄養素を含む食材を積極的に食べるようにしている。

2009 07 12 [心と体] | 固定リンク

2009年7月10日 (金)

自分の仕事に誇りを感じていますか?

自分の職場を軽蔑して働いている人がいる。こんな仕事恥ずかしいと思いながら毎日職場に向かい、やりたくもない仕事をし聞きたくもない上司の指示を聞くことほど辛く嫌なものはないだろう。そんな毎日を過ごしていると精神的にまいってしまうのは目に見えている。

自分に合っていない職場でのストレスは我慢することなく退職して別の生き方を選択した方が良い。会社にとっても上司にとっても軽蔑しているその人にとってもその方が良い。会社には会社の方針があり業務内容があり従業員はそれに従って働いている。それを喜びとし誇りに思っている従業員もいる。

その仕事を誇りに思っている従業員がいる中で、自分がその仕事を軽蔑しているというのは如何にも居場所が悪い。その仕事を誇りに思っている従業員の前で「私はこの仕事を軽蔑している」と啖呵を切れないだろう。ただ、どうしてその仕事を誇りに思って働けるのか考えてみることも大切だろう。

2009 07 10 [心と体] | 固定リンク

2009年7月 8日 (水)

遠慮しないで話して置けば済んだものを…

遠慮して話しておくべきことを話さないで分かってくれるものだと思い込み悔しい思いをすることはよくある。遠慮とは相手の人に気を使ってそっとしておく行為だが、仕事などの約束事ではこれが裏目にでてしまう。大切なことはたとえ相手が嫌がろうとも話さなければならないことはキチンと相手に伝えるということだろう。

上司の方が部下に業務内容を言いきれないで我慢して期待していた仕事をしてくれないと嘆いていることもよくある。そんなことを話しては部下の機嫌を損ねるという気遣いで上司は健康を害するまでに悩んでいる。でもそれは会社のためにも部下のためにも本人のためにもなっていない。

皆が納得するためには遠慮して話していないことを正直に話すべきだろう。その上で機嫌を損ねてしまってもそれが会社のためにも部下のためにも自分のためにも必要なことだと僕は思う。機嫌を損ねた部下にとっても仕事とはそれほどまでにしなければならないものなのかと認識して退職できる。

転職先で同じことが起こった時にかつての上司が言いたかったことはこれなのだなと思うことができる。それこそかつての部下のためになる行為だろう。上司の遠慮ほど厄介なものはない。それは上司である自分の甘さでしかなく、本当に会社や部下や自分のことを思うならばあえて火中の栗を拾う度胸が必要だ。

2009 07 08 [心と体] | 固定リンク

2009年7月 1日 (水)

官は民より強し、されど民は官より逞し

長州の吉田松陰は生存しているときは役人によって罪人として生まれ故郷で扱われている。死後、明治となり役人は吉田松陰を山口県が生んだ大先生として扱っている。和歌山が生んだ経営の神様と云われる松下幸之助は生前、和歌山の役人に良い印象を持っていなかったらしい。

実は僕も郷里の役人に良い印象は持っていない。国民の公僕たる公務員は民間人よりもはるかに高額な収入を得ているが、その態度は横柄そのもので何度か悔しい思いをしてきたからに他ならない。横柄な態度をとる公務員は採用されたばかりの若い方のほうがひどい。

国民宿舎、交流センター、公民館、第三セクターによるいろいろな事業のほとんどは営業努力もなく人件費だけがバカ高になり赤字を垂れ流している。その赤字はもちろん民間人の税金によって賄われるが当事者たる者にその意識はなく計数管理もなければ努力目標もない。

2009 07 01 [心と体] | 固定リンク

2009年6月29日 (月)

ルールを決めてあげなくちゃ子供は面食らう

親は子供のことを思いできるかぎり何でもしてあげようと努力する。しかし、いつでもそうしたことができる訳ではないので子供にはいつ、そうできるのか、できないのかが分からない。そのため、子供にとってストレスとなり感情的になってしまう。

親の方も良かれと思っていつもやっているのに今回だけできないだけで叱られるのは割に合わないと思って気分を害してしまう。こうした事態を避けるにはお互いに納得できるキチンとしたルール化をすべきだろう。いつ、どんなとき、どのような状況で、できるのかをよく話し合って決めることだ。

2009 06 29 [心と体] | 固定リンク

2009年6月27日 (土)

この人が私を幸せにしてくれるという甘えは見事に打ち砕かれる

結婚に憧れる人は多いが、その大半は結婚後、後悔しているという。「君を幸せにするよ」というプロポーズの言葉、「うれしいわ、わたしあなたのために美味しいお食事を作るわね」という彼女の言葉は3年も経たずに「あれは嘘なの?」とお互いに言い合っている。

相性が他の誰よりも良いと思って結婚したのに、最後は性格の不一致でしたと別れていく。恋人同士の時はお互いに相手を思いやり優しくし奉仕することを喜びと感じていた。しかし、結婚すると相手が何もしてくれないという指摘をし優しさを失くし奉仕するより奉仕しろと叫んでいる。

こうした感情の違いは毎日会っている仲ではよく起こりがちで、家族でも毎日顔を合わせていると思いやることがなくなる。むしろ、自分のことは自分でやってお互いに干渉しない関係の方が快適になる。相手がすべきことを要求し続けるのはむしろ自分の甘えになる。

2009 06 27 [心と体] | 固定リンク

2009年6月26日 (金)

他人に期待すれば腹が立つ

他人に対して腹を立てる場合は、自分が期待したことを他人がやってくれないというストレスが我慢できなくなり腹を立てていることがほとんだ。「やってくれない」「どうして~できないの」というストレスが腹立ちの原因だが、腹を立てる前にキチンと説明し相手が納得しているかというとそうではない。

多くの場合、相手にも期待に添えない理由があり相手も自分に期待していることがある。腹立ちはお互いの期待をお互いに裏切っている現象だ。お互いの立場を理解して歩み寄りやいたわりが必要だろうが、自分の都合だけを優先するので相手も腹を立てるか離れるか落ち込むかになってしまう。

他人に期待する前に、それが自分の甘えなのか、必要なことなのか、説明すべきことなのか、よく考えることだろう。子供は親に甘えるので、過度の期待をするものだが、恋人や仕事仲間、友達はそれを甘えだと注意してくれる。腹が立てばすぐに怒るのはひかえた方が良い。

2009 06 26 [心と体] | 固定リンク

2009年6月23日 (火)

時間があれば身の回りをピカピカに磨いてみよう

週末になると僕は家じゅうの掃除を始める。押し入れから倉庫にいたるまで全部を綺麗に清掃し整理しゴミを分別し洗濯してお風呂はカビキラーやバスクリンでピカピカになるまで磨き上げる。朝から夜までかかることもあるが僕は掃除が大好きで整理整頓されていない状態では落ち着かない。

お金はほとんどかからないし家族は喜ぶし僕も綺麗な家にいると気分がよくなるとても安上がりな週末の過ごし方だ。お友達がやってきて部屋に通すのがうれしくなるし珈琲をお出しするのも気分が良い。料理をしていても換気扇まで綺麗にしたキッチンは気分爽快で専念できる。

家族サービスは旅行に連れていくことばかりではない。主婦にとっても子供にとっても父親が汗だくになって家の便所を掃除し便器に手を突っ込み拭き掃除している姿は綺麗にしてくれる以上の何かを感じさせてくれるようで笑顔が増している。この笑顔はお金では買えない貴重なものだ。

仕事をキチンと成し遂げるには私生活からキチンとしなければならないと多くの有名な企業人は話しているが僕もそうだと思う。教室を奇麗に出来ていない、会社のデスク周りが綺麗に出来ていない人は私生活でも整理整頓が出来ていない場合が多い。

週末、疲れた体を引きずって掃除を始めるのは正直気が重い。手伝ってくれないジレンマもあるが、家にいて機嫌が悪い自分や家族がいるよりは夜になり笑顔になっている家族にする方が疲れは少ない。相手を責めるかフォローするかだけの決断だろう。

2009 06 23 [心と体] | 固定リンク

2009年6月21日 (日)

子供は自分を映し出す

子育てに悩む親は多いが、同じ数だけ親について悩んでいる子供がいる。親の言うことを聞かないということは、子供の言うことも聞いていないということ。「人は自分を映し出す」自分が抱えている悩みはその相手も抱えている。親だけの悩みではない。

子供が反抗的だというまえに、子供のシグナルを無視している親がいる。子供を厳しくチェックすれば子供も親を厳しくチェックする。子供の弱点を指摘すれば、子供は親の弱点を指摘するだろう。親だから文句言わないの!は子供には通用しない。

僕は自分の子供たちが大好きだ。いろいろな弱さもあってしかるべきだろうと思う。親である自分もまたいろいろな弱さをもっている。家庭ではそんな弱さをカバーしあい、いたわり合い、愛し合って過ごしていたい。子供が幼い頃にはそうしていた。いつまでもそうであるべきだろう。

2009 06 21 [心と体] | 固定リンク

2009年6月20日 (土)

周りの人に与える感覚こそがその人の幸・不幸の一因

あの人に会うと心が晴れるという人は、多くの方から慕われいつも笑顔を絶やさず、自分は幸せだという。あの人に会うといつもどんよりとした気分にさせられるという人は、孤独で自分は不幸だという。その人が周りの人に与える感覚こそがその人の幸・不幸の一因ではないかと思う。

あの人に会うと心が晴れるという人は、自立しており自分のことを誰かにやってもらうことが少ない。相手のことを思いやり優先順位をつけて実行に移せる計画的な考えを持っている。あの人に会うといつもどんよりとした気分にさせられるという人は、他人にいつもお願いする癖がある。相手のことを思いやるゆとりはなく自分のことでいっぱいになっている。

あの人に会うと心が晴れるという人は、自然とそれができている訳ではない。いつも、自分自身との戦いを繰り返し感情的になりそうな自分を黙って押し殺し笑顔で振舞っているにすぎない。怒りの感情や悲しみの感情は誰にでもある。それを抑制できる自分がいるかいないかだけの違いでしかない。

2009 06 20 [心と体] | 固定リンク

2009年6月18日 (木)

北京オリンピック 男子400mリレー 日本男子 銅メダル

朝原率いる男子400mリレー、朝原は1996年アトランタ5輪でオリンピックに初出場している。400mリレーのアンカーとして参加したが朝原の時にバトンミスをして失格となっている。それから12年、大先輩となり最後のオリンピックとして参加した。12年間チームをひとつにすることに集中してきた。4人のランナーがそれぞれの責任感を持ってベストを尽く、次の走者にバトンをつなぐ。

第1走者塚原直貴は100m準決勝で左足の太ももを故障、第2走者末續慎吾は世界選手権銅メダリストだが200m1次予選敗退、第3走者高平慎士は自己ベストを下回り200m2次予選敗退、第4走者朝原宣治も100m2次予選敗退念願の100mファイナリストにはなれなかった。

そんな4人でもチームとして団結すれば大きな力を発揮する。第1走者塚原直貴、第2走者末續慎吾、第3走者高平慎士、第4走者朝原宣治、心をひとつにしたとき奇跡が起こる。これまで日本陸上界を引っ張ってきてくれた朝原の最後の引退レースにしっかりバトンをつなぎたい。

仕事も同じで従業員のひとりひとりの心がひとつになり何としても素晴らしい業績を出そうと努力すれば最高の人生・最高の思い出を歩むことになる。従業員ひとりひとりを尊敬し責任感を持って自己ベストを尽くすように努力すれば最高の人生を歩み、最高の業績を出せる。

2009 06 18 [心と体] | 固定リンク

2009年6月17日 (水)

我慢といたわりと感謝がない

僕が子供の頃はとても貧しくお菓子や玩具や漫画などは買う余裕がなく、友達の家に行っては漫画を見せてもらい玩具をさわりお菓子をいただいた。家に帰れば軍手の内職が待っていたので玄関先で母親といっしょに内職に精を出していた。夜遅くになると酔っ払った父親が帰ってきて母に暴力を振るうという日課だった。止めに入る僕は小さいので父に突き飛ばされて腕が抜けたりして整骨院に運ばれて治療をしてもらうことがよくあった。

友達の家にはやさしいご両親がいて好きなものは何でも言えば買ってくれていた。しかし、彼はそんなやさしいご両親にいつも不満をぶつけていた。「魚は嫌だと言っただろう」「あんなお菓子が食えるか」「さっさと出て行けよ」そして僕に同意を求めてきた。「なあ、俺の親はほんと分からないよ。馬鹿じゃやないかあいつら!」僕はそんな友達が馬鹿に見えた。「おまえの方が阿呆じゃ。」と言って僕は彼とは付き合わなくなった。

それから50年が過ぎ、中学の同窓会でばったり出会った。お金持ちの家に生まれたがご両親が亡くなり家は没落して彼は日雇いのような生活で貧乏暮しをしている。子供とはこの2~3年話をしたことがなく険悪な空気があるらしい。彼の性格は一向に改善されず、我がままし放題なので「おまえは相変わらず阿呆のままやのう」と言った。「おまえには我慢といたわりと感謝がない。だからいつも不満ばかりに包まれているから誰も相手にしない。」50年前に言おうとしていたことを初めて言った。

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2009年6月16日 (火)

マイナス思考の言葉を発していると人は逃げていく

本田宗一郎の言葉に「やってみもせんで」という言葉がある。やらないうちから出来ないという若手の技術者に向かっての言葉で、挑戦することなく出来ない、不可能だと決めつけてしまう常識に問いかけた言葉だ。ホンダの歴史は常識への挑戦であり、不可能だと思えることへの多くの失敗を重ねることで可能にしてきた歴史がある。

「できません」「やれません」「無理です」といった否定的な言葉、「憎らしい」「悲しい」「辛い」「苦しい」「死にたい」といったマイナス思考の言葉、こうした言葉は人を破滅に追いやる魔力を持っている。こうした言葉は聞いている方もうんざりするので離れていく。自分自身もこうした言葉ばかりが駆け巡り魔力の呪縛に陥ってしまう。

「できます」「やります」「可能です」といった肯定的な言葉、「愛してる」「うれしい」「ワクワクする」「楽しい」「生きたい」といったプラス思考の言葉、こうした言葉は人を幸福にする力を持っている。こうした言葉は聞いている方もうれしくなるのでついてくる。自分自身もこうした言葉ばかりが駆け巡り幸福の循環につながっていく。

2009 06 16 [心と体] | 固定リンク

2009年6月15日 (月)

与えられている幸せは長く続くと不満になる

仕事を失くしたとき、失くした職場はかけがいのないものだと気付く。しかし、その職場で働いているときは、不満が多いものだ。上司や社長がバカに思えて同僚といっしょにいるときは愚痴がほとばしるように出てくる。「こんな会社いてやるものか!」啖呵を切って退職したものの次の職場でも同じことを繰り返してしまう。

恋をすると恋人は最初とても優しくしてくれる。お互いに惹かれあい心を許しあった仲だと勘違いする。恋の始まりはただ興味があるだけなのだ。甘えられるとだんだん嫌になり「私はあなたの親じゃない」と嫌われてしまう。恋は甘えすぎては愛情に発展しない。他人は親のようにどこまでも付き合ってくれはしない。

親が車を買ってくれたときは、とても感謝し大切に乗るが慣れてくると横柄になり車をいたわることもなくなる。長く乗っているとだんだん車に不満を持ち、もっと良いものが欲しくなる。「こんなボロ車に乗っているのは私ぐらい」と買ってくれた親に不満をぶつけることもある。与えられている幸せは長く続くと不満になってしまう。

2009 06 15 [心と体] | 固定リンク

2009年6月12日 (金)

失敗は成功のもと

つまずきのない生き方など多くの場合できない。受験、失恋、離婚、解雇、・・・そのたびに自分は何て不幸なんだろうと思ってしまう。しかし、一方ではこれからはどこでも受験できるし、誰とも恋愛できるし、誰とでも結婚でき、どんな会社にも就職できるチャンスができたともいえる。

つまずいたとき、落ち込んで嘆いていても、このつまずきこそ自分のチャンスだと踏ん切りをつけて生きていけば、それは楽しい生き方だと思う。つまずき転んでも大地を見つめて石ころのひとつでもつかんで這い上がってやろうと思ってみることだ。

僕の半生はつまずきに満ちている。挑戦者であれば人よりも多くのつまずきを経験する。たくさんの経験は書籍やテレビやゲームでは味わえないもので、たくさんのことを教えてくれた。挑戦者であればこそ多くの苦しみや悲しみを味わい生きている醍醐味を知る。

2009 06 12 [心と体] | 固定リンク

2009年6月11日 (木)

内弁慶の外鼠

僕の父は他人にはとても親切で何でも引き受けていた。手に余ることでも引き受けてどうにも動きが取れなくなり母にあたり散らしてお酒を飲んでは暴力をふるっていた。母は動きが取れなくなった事態を検証し、分析して解決策を見つけて行動して解決していった。

周りの人は必然的に父を頼りにならぬ人、母を頼りがいのある人と判断していった。我が家を訪れる人も父ではなく母を慕ってやってくるようになり益々父のストレスはエスカレートして暴力的になっていった。安請け合いは大怪我の元なのだと僕は父を見て知った。

頼まれれば嫌とは言えない人を見ると父のことを思い出してこの人は家で暴れないだろうか?ご家族に当たってはいないだろうかと心配になり、何度も念を押して拒否できる機会を多く与えるようにしている。お人好しの父は最後までお人好しのままでいたが母がいなければ自滅していたかもしれない。

2009 06 11 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 9日 (火)

すべての人は我が師匠

どんなに尊敬されている人物でも人である以上、素晴らしい面とそうでない一面を持ち合わせているものだ。自分が尊敬する人物は~さんだと誰もが知っている人物をあげることは多いが、尊敬する人を狭めることなく人を見る方がいい。

どんな人にも素晴らしい一面がある。その一面を見て尊敬してあげればすべての人に尊敬の対象は広がっていく。人付き合いも、今日はどんな素晴らしい一面を見せてくれるのだろうかという期待でその人を見ればよい。すべての人は我が師匠なのだと思って人付き合いをすればいい。

2009 06 09 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 7日 (日)

親孝行、したいときに親はなし

人間は如何なる環境にも順応する。何でも言えばやってくれ、欲しいものを言えば手に入る。訳もなく拗ねてダダをこねると困ったように機嫌を取りに来る。お金があることを恨んで、どうして家はもっと貧乏じゃないのかと恨んでしまう。こうした状態にいる人はそれが無くならなければとても幸せなことだとは気がつかないし感謝もしない。

何でも言えばやってくれる人はいずれいなくなる。欲しいものを言えば買ってくれた人はいつまでもいるわけではない。訳もなく拗ねてダダをこねると困ったように機嫌を取りに来る人は去っていく。お金があることを恨んでいても一人になればすぐに貧乏を体験できる。すべてを失くしたとき、馬鹿にしていた人が感謝すべき人だったと気がつく。

親、友達、恋人、同僚、上司などいろいろな人間関係にこうしたことは当てはまるが、甘えすぎ、拗ねすぎ、感情的になりすぎで心から自分を思ってくれている人をないがしろにしていることはよくある。失くしてから気が付くがどんなに後悔しても戻ってくれはしない。その人を失くせば自分には大きい痛手だということを失くす前に気付き大切にすべきだろう。


2009 06 07 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 6日 (土)

他人のあら探しは愉快、自分のあら探しは不愉快

週刊誌やネットでのゴシップ記事は人気があり、他人のあら探しほど面白いものはない。ゴシップ記事が書かれたことによりその人の評判は地に落ちて、取り返しのつかない不幸な事態に陥ることもある。それでも第三者は面白がってさらに当事者を追い詰めていく。こうなると苛めでしかない。

他人の欠点をあげつらうのは誰にでもできる。他人の欠点ばかりに目を向けて感情的になり長所を見ようとしない、欠点をフォローしようとしない行為は社会生活を営む人間としては卑劣な行為である。自分の欠点を他人に指摘されれば驚き怒り悲しみなどの感情が湧き起こる。

人は人を責めて生きるよりも、人は人と助け合って生きることを喜びとしている。両親を責めたり、子供を責めたり、同僚を責めたり、上司を責めたり、会社を責めたり、友達を責めたり…そんなことをするよりも両親を助け、子供を助け、同僚を助け、上司を助け、会社を助け、友達を助ける方が人間らしい生き方だ。

2009 06 06 [心と体] | 固定リンク

2009年6月 5日 (金)

貢献感は幸福感

誰かのために努力して感謝される貢献感ほど強く幸福を感じるものはない。仕事の世界では誰かのために仕事をして感謝されることほどうれしいものはない。また、そうした仕事をして得た利益で自分の会社の従業員に給与を支払い、その家族が幸せになれることは大いなる喜びとなる。

自分のために仕事をするから、家族のために仕事をするへ、そして、いっしょに働く仲間のために仕事をするへ、それから、会社のために仕事をするへ、そして、お客様のために仕事をするへ、それから、その地域のために仕事をするへ、さらに世界のために、人類のために・・・

いま目の前にある些細な仕事はそんな貢献感の塊なのだということに気がつくだけでいい。

2009 06 05 [心と体] | 固定リンク

2009年5月30日 (土)

愛する人は私を不幸にしてくれる

人を好きになりこの人と一緒になりたいと思う。この人といるだけで私は幸せで胸がいっぱいになる。あの人は今何をしているのだろうというワクワクした気持ちはやがて消えていく。恋愛とはそのまま放置していれば自然消滅するものだ。

恋愛には自己犠牲が必要で我慢して相手に合わせることを喜びとしているときはいいが、そうもいかなくなって我慢の限界に達すると相手が疎ましくなり恋愛解消へと行動するようになる。他人は両親のように我慢強くないことを思い知る。

恋人同士とはこうした不安定な状態で付き合っている。愛する人が私を幸せにしてくれるなどという確率は本当に低く、相手も同じように私を幸せにしてくれると相互依存して自己犠牲を嫌っていれば憎しみに変わるのも早いだろう。

失恋とはお互いの依存心がぶつかり合って頼りになれないと判断した結果に他ならない。恋愛を継続するには相手の依存心に十分応えていけるだけの度量や経済力が必要だろう。結局、お互いに成長できない関係は長続きしない。

2009 05 30 [心と体] | 固定リンク

2009年5月28日 (木)

親の背中で子供は教育する

親が働いている姿ほど子供に影響を及ぼすものはない。僕は経営者なので勤務時間は24時間休みなしという状態が多い。ただ、経営者として家族には僕の仕事ぶりを見て何かを得てくれれば良いと思っている。テレビを見ない、ゲームもしない、家にいるときは家事をしたり本を読んだり仕事をしている。

家族はその姿を見て何かを得てくれれば良い。言葉ではなく生き様こそ最高の教えだろう。いつの日にか家族が私のお父さんを畏敬の念で話してくれれば僕の教育は間違っていなかったということだろう。教育は言葉でも暴力でもない。その人の生き様=背中で教育しなければ本物とは言えない。

2009 05 28 [心と体] | 固定リンク

2009年5月27日 (水)

挑戦して最高の恐怖感を味わってビビって知るもの

僕は法人会の講演会に呼ばれることが多い。経営者の中には家業を継いで親の代の勝ちパターンを踏襲しているだけの二代目、三代目の方も多く業績悪化を直視できないのでゴルフなどの遊びに耽っている方もいる。従業員は、社長が無能で遊びに夢中だと知ったらヤル気をなくすだろう。

自分の下で働いて下さる従業員を幸せにしようと思えば家業から企業へと脱皮していかなければならず、自分の行いにも反省すべき点が多々出てくる。しっかり勉強して商品開発や新規開拓や新ビジネスへの挑戦など時代の変化に対応できる企業への脱皮が求められる。

挑戦すれば誰でも恐怖におののくこともあるだろう。さっさと逃げ出したいと思うことも多々あるだろう。ビビってしまって声も出ないこともあるだろう。しかし、そうした挑戦があればこそ、自分の下で働く従業員に幸せを与えることもできるのではないだろうか。

起業した頃は家族を養いたいと思うものだが、安い給与でいつまでも働いてくれる従業員ができてくれば経営者はその従業員も家族として充分給与を与えたいと思わなければならない。企業の家族主義はこうして生まれる。しかし、最近は従業員を踏み台にして経営者の一族だけが繁栄を謳歌しているのを見ることが多い。

2009 05 27 [心と体] | 固定リンク

2009年5月23日 (土)

ルーキーは夢に向かって走れ

何事にも幾つになっても初めてのことはある。そのときは新人(ルーキー)で、初めてだからこそ恐れを知らずに挑戦できる。大それた夢であってもルーキーはがむしゃらに挑戦するからこそ観る者を魅了する。甲子園を目指している高校球児は毎日泥んこになりながら練習に励んでいる。

彼らはどんなに相手が強豪でも試合では勝つと信じて疑わない。僕の住む街に野球場ができ、その開幕試合に地元の耐久高校(浜口五稜創立で僕の出身校)と桑田・清原が率いるPL学園が開幕試合をした。試合はPL学園が終始リードし、9回ツーアウト、最後のバッターは僕の教え子の大木慎太郎、彼は桑田の投げる豪速球を思いっきり振ってホームランにした。

相手は全国に名を馳せているPL学園、観客の誰もが地元高校が勝つとは思っていない。しかし、耐久ナインは試合終了まで勝つと信じて戦っていた。ベンチや控室で悔し涙をいっぱい流していた。耐久の得点はたった1点だけだったが、僕はそこにルーキーの意地を見た。

最初から怖気づいているようでは試合には臨めない。相手がどんなに強くても勝つと信じてチーム全体が一丸となって挑戦するからこそドラマが生まれる。たとえ負けたとしてもその後の人生において彼らが得たモノは大きいはずだ。地元住民もまた若い彼らから地元の誇りを教えってもらった。

2009 05 23 [心と体] | 固定リンク

2009年5月22日 (金)

自分を探しているのは下流にいる人たち

三浦展著「下流社会第2章」P116 には「下流にいる人ほど自分らしさを志向し、上流にいる人ほど自分らしさ志向がなくなる」と書いてある。また、P124からは、就職・転職雑誌を発行する企業が自分らしさをブーム化した。それは転職する頻度が高まるほど企業は儲かるからだと書いてある。

「私らしく生きる」「私らしく働く」「私らしい仕事」といったメッセージがリクルート系の雑誌にメッセージとして載ってくるようになってから就職・転職・アルバイト・契約社員・派遣社員といった生き方を自分探しであるかのように宣伝広告したという。これにより派遣企業があっせんする職に就き自分らしくいきることが素敵だという印象を与えた。

当然、収入は正社員よりも少なくなり自分にこだわるあまり結婚も晩婚化したそうだ。男性は女性の収入が多ければ多いほどいいと考え、女性は男性に甘えなくなったそうだ。つまり、女性は正社員として働き、結婚に関係なく生涯自立する生き方を選ぶようになっている。

僕はかつて「あなたとはどんな人ですか」と聞かれて、これがしたい、あれが欲しいという自分はないが相手の幸せを願って生きているのが自分だろうと答えたことがある。自己犠牲を厭わず人のために良かれと思うことを果敢に実行して生きているとたくさんの感謝に出会い幸せな人生だと感じることができた。

2009 05 22 [心と体] | 固定リンク

2009年5月21日 (木)

高い目標を掲げてこそ生きていると感じるもの

10年前、わかるとできるを起業したとき、僕は3年以内に日本全国に「わかるとできるパソコン教室」を作ってみせると決していた。田舎者のバカな妄想だと誰もが思っていたが、僕には命がけで挑戦する価値があるように思えたので決して諦めることはなかった。

たとえ途中で挫折したとしても僕は自分のすべてを賭けて挑戦して何の悔いもないと思っていた。日本一を目指して必死になって働き、勉強し、自分を磨いた。その過程で多くの人に出会い、たくさんのことを教えていただき、協力してもらい、叱責していただいた。

心底悔しい思いもしたし、とてつもない恐怖感に襲われたこともある。涙など枯れ果ててしまい辛いことも通り過ぎ、ただ笑顔だけが生き残った。気がつくと僕は日本中に「わかるとできるパソコン教室」を作っていた。夢中で生きた10年だった。

リスクを避ける生き方は僕にはできない。どうせ、人生100年には過ぎないなら、思い切って自分の人生を走り抜けたいと思う。精一杯生きてみようとすれば、多くのリスクを背負うことになる。不安や恐怖も人一倍に増える。しかし、喜びもまたそれだけ大きい。僕は間違いなく生きているという実感がある。

2009 05 21 [心と体] | 固定リンク

2009年5月20日 (水)

やると決めて頑張って砕けても…

高い目標を掲げて挑戦すれば、周囲の反対や疑問視、できないという声をたくさん頂き、もっと無難な目標に変えるべきかなと思ってしまう。オリンピック選手でなくてもただ普通に暮らしているだけでも高い目標を掲げるべきなのか、それとも無難な誰もが納得するような目標と言えないようなものにすべきか考えるだろう。

僕たちの教室では多くの生徒の方がパソコン資格の取得を目指して毎日のように教室に通って勉強してくださる。就職難のこの時代、ワード、エクセルなら誰もが持っているので、さらにパワーポイント、アクセス、アウトルック、日商簿記3級など高い目標を持って挑戦し続けてくださっている。

多くの資格取得は就職・転職という目標があるからに他ならない。その過程では幾度か不合格という体験をして本当に落ち込んでしまう。悔しくて悲しくて情けなくて僕にメールをしてくださる生徒の方も多い。そんな生徒の方こそ今を生きていると実感している方々なのだと僕は激励する。

やると決めて頑張って砕けても何もしない人より素晴らしい生き方だと思う。思いっきり高い目標を立てて精一杯挑戦するからこそ生きている実感がある。人生は挑戦するから楽しいのだ。広島で100歳になられる生徒の方にお会いしたが、その方も同じことを話されていた。

2009 05 20 [心と体] | 固定リンク

2009年5月18日 (月)

人生の師匠は自分の周りのすべて

人も企業もいつも素晴らしい状態を保ち続けることができない。形あるものは状況に応じて変化する。どんなに素晴らしいと思えるモノでもどこかで変化している。みすぼらしい酔っ払いでも、核心をついた言葉を言ってくれることもある。高級な洋服を着た上品な方が、卑劣な行動をとることもよくある。

誰もが日本一だと思っていた企業が倒産することもあれば、あんな企業がとバカにしていたのに世界中に進出していった企業もある。誰もが素晴らしいと評価されている企業ほど傲慢になり横柄な態度と贅沢に溺れて思わぬ墓穴を掘っていることもある。

どんな人でも、モノでも、事柄でも、よくよく観察するとたくさん素晴らしいモノを持っていることが分かる。一瞬だけれど素晴らしい態度を示していることがある。あるいは反面教師となってくれていることもある。それを見逃さないで自分に取り入れれば成長できる。

人生の師匠は自分の周りのすべてだと思ってよく観察すればいい。

2009 05 18 [心と体] | 固定リンク

2009年5月12日 (火)

他人を幸せにすることで自分の幸せを築ける

儲かっていないお店に行くと自分は調理人で一流の調理人が作ったものをお客は黙って食えばいいと思っていることがある。自己満足では商売はできないので必然的にお客様はお店から離れていき儲からないお店になっているが本人は自分は調理の腕は一流だと自負している。

儲かっているお店に行くと自分の腕は3流かもしれないが来店してくださるお客様お一人お一人が満足して帰られるように努力している。自分主体ではなくお客様主体のやり方で成功され従業員も喜んで働いている。ご主人もご家族も幸せですと感謝されている。

商売を見ていると自分にこだわりを持って商売をして自己満足の商品を他人に押し付けている人は孤独で儲からなくて愚痴っぽく怒りっぽく諦めやすい。ご家族も苦労されているが本人は自分の世界に閉じこもっているので他人の意見を聞こうとしない。

自分のこだわりを捨ててお客様のために商売をしている人はこの反対に位置するがその方が成功しやすいし、人から好かれ誰の意見も聞くようにしているので信頼も厚く温厚で親切だ。結局、人の生き方は商売と同じで自分の幸せを追いかけていると幸せにはなれず、他人を幸せにしようと努力すれば自分の幸せを見つける。

2009 05 12 [心と体] | 固定リンク

2009年5月10日 (日)

子供に躾(しつけ)をするのは小学校まで

子供は小学校までは親に絶大な信頼を置いているので云う事を素直に聞いてくれる。しかし、自我が芽生えてくる中学校からは親離れをしようとするため躾けようとすると反抗するようになる。こうした時期からは親は子供を見守るだけにした方が子供はスクスク育ってくれる。

中学校からは同級生や先生が親代わりに指導してくれる。親はそっと子供の成長を祈るだけになり寂しい気もするが黙って見守ってあげることがいちばんの愛情だろう。多くの失敗や人を傷つけたりつけられたりするだろうが温かくいつも見守ってやる方がいい。

自分の考えで行動し大失敗をしでかして落ち込むこともあるだろうが、叱らないで黙って抱きしめてあげる。いつもどんな時も子供の味方になってあげる。「頑張らないでいつでも逃げてこい」と言ってあげる。「人生に大失敗なんてありはしない」と励ましてあげる。

子供は中学校からは自分の足で歩き始めればいい。親としていろいろ助けてあげたいし寂しい気もするが子どもが自立するには大切な我慢だろう。いっしょにお風呂に入ったことや旅行したこと泣き叫んで抱きついてきたこと精一杯甘えてくれたこと…大切な思い出を胸にしまって子供を見守ろう。

2009 05 10 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 9日 (土)

親孝行したいときには親はなし

父親には病院送りになる暴力を何度も受けたが31歳の時に感謝と愛情のこもった手紙を書いた。どんな暴力を受けようとも世界にたったひとりの父を心から感謝し誇りに思おうとした。若い頃は心から父親を憎んでいたが中学校の時、ひとりの感情ある人としての父親が必死になって生きてきたのだと思えるようになった。

貧乏で夫婦喧嘩の絶えない家庭だったので「親だから子供には~しろ」という考えはもともとなかった。自室もないし塾になど行かせるお金もない。小学校低学年の頃から新聞配達や商店のアルバイトなどで稼いでは生活費に充てていた。高校の時、父親は気が弱く嫌とは言えない性格なのだと分かった。

僕はそんなひとりの弱々しい人間としての父を愛した。いつかは老いて死んでいく父にいつも感謝の気持ちを失くさずに接していった。感情的な父親は温厚で思慮深い父に変わっていった。いつも僕の書籍を読んで母親に自慢していたそうだ。父親は僕に感謝して何の悔いも残さず死んでいった。

父親が死んで僕は全財産をはたいて一人暮らしの母親のために実家をリフォームした。母親は涙を流して喜んでくれた。父が建てた家は父の面影が色濃く残っていたがリフォームによって母の理想の家となった。父親がそのことを感謝している夢を見た。母に告げると忘れていたがそろそろお父さんの3回忌だねと言った。

2009 05 09 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 8日 (金)

たった一枚の壁

京都を散歩していると狭い路地を通ってお店に入るようになっている処がある。ひと一人がやっと通れるような路地に水が打たれ両側に高い板壁がそそり立っている。しかし、歩いていると心地よい空間だと感じる人は多いはずだ。一枚の壁は目線を遮りこの先は別の世界へ誘うというメッセージを与えてくれる。

食事処もそれぞれのお客様が一枚の壁によって遮られている処がある。他のお客様と目線を合わせないで食事ができるので落ち着いて食事を楽しむことができる。広い空間よりも目線を隠して自分だけの空間を感じる方が快適さを感じる。一枚の壁はそんな効果をもたらしてくれる。

自分だけ、自分たちだけという空間を持っていることはとても大切で、こうしたプライベートな空間を確保するには壁を効果的に配置する方がいい。僕は自分の部屋を4畳半にしているが、これもまたプライベートな快適さを感じる頃合いのいい広さだからだ。正方形に壁がある空間は配置が窓によって決められ使い方がシンプルになる。

2009 05 08 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 7日 (木)

他人を責めても状況は良くならない

少しでも嫌なことがあると誰かのせいにして、だから私はこうなってしまったと言い訳してやっと自分の立ち位置を確保する人がいる。誰かのせいにするということは誰かがキチンと自分が望む状況を用意してくれなければ何もできないということになりまったくの他人任せの人生だと言っているようなものだ。

こうした言い訳をする人は自分を幸せにしてくれる人を探そうとするが、世の中にはそうそう他人のために一肌脱いでくれる人はいない。そのためにいつも何かしら不満を抱えていていつ会っても他人の悪口を言う癖が付いてしまっている。その人の周りにいる人はそうした傾向が強い人が集まってくる。

2009 05 07 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 6日 (水)

若い頃はバカなことをしたもんだ

母親は自分が子供の頃に受けた愛情が薄い場合、自分の子供に自分が理想とする子供への愛情を注ごうとする「私は自分の親のようにはならない」そのため、一生懸命になって子育てに邁進するが、子供に自我が芽生えてくると子供は母親の愛情過多に応えきれなくなりだんだん落ち込み悩みそして反抗し自分を傷つけてしまう。

自虐行為に走る子供は母親への期待に応えられない自分が許せない。グレテみたりケバケバシイルックスに身を包んだり、暴力的になってみたり、暴言を吐いたりするが、そのすべては母親の期待に応えられない自分自身が嫌になった自虐行為だ。過干渉によるストレスが長年積み重なっているので母親がすぐに反省しても何年も反抗的になってしまう。

心を破壊されたら治療するのに同じ時間がかかるものだと思えばいい。子供が少しでも母親の期待に沿うようなことを言えば、さっそくその期待に応えるべく学習塾や参考書を買い与えたりいっしょに勉強しようとするが、子供にとってそれは母親がこうなって欲しいのでしょうと母親の反応を見ているにすぎない。お母さんは勉強のことにしか興味がないと思い込んでしまう。

子供に自我が芽生えてくると何でもいいから経験を積もうと努力する。その経験は無駄なことも危険なことも多々あるが、そんな多くの無駄や危険な経験があればこそ、大人になってから他人に迷惑をかけない大人になれたのではないだろうか。「若い頃はバカなことをしたもんだ」と大人であれば誰でも一度は言ったことがあるのではないだろうか。

2009 05 06 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 5日 (火)

意欲はみずから起こすもの

勉強する気のない子供に「しっかり勉強しなさい」と言えば子供は反発する。仕事でヤル気のない人に「もっとヤル気を出して頑張りなさい」と言っても糠に釘をさすように何の反応もない。

「ヤル気がない」というとき、周りから無理やりヤル気を起こせと言っても無駄なことが多い。ヤル気になって欲しいと思っている人には本人がヤル気になるまで愛情を持ってジッと待つ執念が必要だ。

深くて静かな愛情は必ずその人に伝わる。焦らずジックリと温かい目でその人を見てあげることで自然とヤル気を出してくる。ちょうど、ヤル気の種を植えて毎日水をやり芽が出てくるのをジッと待つようなものだ。

2009 05 05 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 4日 (月)

上司は部下の安全地帯

子供はいつも母親の顔色をうかがって行動する。転んだり怪我をしたりすればいつでも真っ先に来て介抱してくれる母親がいるという安心感ほど子供にとってうれしいものはない。その愛情を感じて子供は成長する。

部下はいつも上司の顔色をうかがって行動する。仕事で失敗したり風邪をひいたりすればいつでも真っ先に来て介抱してくれる上司がいるという安心感ほど部下にとってうれしいものはない。その愛情を感じて部下は成長する。

「失敗しても良いからやってみな」そう言ってやれる上司がいて、失敗しても「仕事が済んだらいっしょに食事に行こう」と言って慰めてくれる。病気になれば差し入れを持って家に来て「元気を出せよ」と言ってくれる上司がいれば部下は発奮する。

2009 05 04 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 2日 (土)

後悔は再起をかけた決意なり

失恋したり事業に失敗したり不合格になったりすると再起不可能なほど落ち込んでしまう。沈み込んで悩んで苦しんでいる状態は実は再起をかけた修正期間なので深く落ち込むほどに反省点も明確になる。

いつまでも落ち込んでいることに気をもむ必要はない。深く落ち込んでジッとしていればいい。「あのとき~していれば…」などといった反省点が明確になればなるほど次の挑戦ではその反省点が生かされてくる。

思いっきり落ち込んで、たっぷりと嘆き悲しめばいい。やけになって深酒をしても良い。受け入れてくれる友がいれば愚痴をたっぷりと聞いてもらっても良い。涙が枯れるまで泣き叫んでも良い。

2009 05 02 [心と体] | 固定リンク

2009年5月 1日 (金)

転職したらその職場に合わせなければ

付き合っている恋人と以前付き合っていた恋人を比べてつい口を滑らせてしまえば今付き合っている恋人は悲しくなって心が離れていくだろう。「以前の恋人は~してくれた」「以前の恋人はもっと優しかった」などと言っていれば「それなら以前の恋人の処に戻ってください」といわれるのがオチだ。

転職しても、以前の職場と比べがちだが口を滑らせて以前の職場の方が良かったなどと言えば「以前の職場にどうか戻って下さい」と思われるだろう。今付き合っている恋人との愛情を育てることで自身の幸せを創るように、今の職場で自身の居場所を創るしか道はないと区切りをはっきりと付けるべきだろう。

転職とは新たな恋をするようなものだ。会社は新たな恋人となる。愛情は育てるものであって受け入れるものではない。恋人のためなら自己犠牲を厭わないように、みずから愛すべき優しさや我慢強さがなければ愛情は育てられない。会社という新しい恋人との関係は自分自身が創りだすものなのだ。

2009 05 01 [心と体] | 固定リンク

2009年4月30日 (木)

愛する人より愛してくれる人を大切に

今付き合っている人よりも素敵な人に出会う。あの人の方が素敵だなと思って付き合い始める。いくつかの嘘と誇張があれど付き合って欲しいという思いは相手に伝わる。しかし、そんな嘘や誇張が剥がれるのも早く、早々に愛想を尽かされてフラれてしまう。諦めきれない悔しさと嘘や誇張で気を引こうとした自分自身に嫌気がさす。

今付き合っている人はそんなに大好きなことはない。ただ、相手が一途に愛してくれるから付き合っているにすぎない。何を言っても聞き入れてくれる。何をしても喜んでくれる。一生懸命さはよく分かるが面白みに欠ける。ついつい嫌味な事を言っては泣かしてしまう。しかし、立ち直りも早くすぐに笑顔で何でもしてくれる。

他に素敵な人はいないかなと思って年月が経ちお互いに居心地が良くなっていく。いつの間にか今付き合っている人がかけがいのない人になっている。愛する人を追っかけるよりも何でも言うことを聞いてくれる優しい人の方が幸せな生き方だと思えるようになる。カッコ良くなくても愛おしい人だと思い愛して付き合ってくれていることに感謝する。

2009 04 30 [心と体] | 固定リンク

2009年4月28日 (火)

ヤル気が湧いてこない

ヤル気は自分自身への目標を持ったとき、ライバルに負けたくないと思ったとき、家族のために頑張ろうと思ったとき、愛する人を守ろうと思ったときなどに湧き上がる。ヤル気度もこの順に大きくなる。自分だけのために頑張ると思っても自分がくじけそうになるといつでも止められるのでヤル気度はいちばん低い。

ライバルに負けたくないと思って努力するときはライバルと競っている状態が続く限りは頑張れる。負けん気が強いタイプでこれも自分自身への目標を持った時と同じ意識レベルになるので自己中心的である。ライバルを蹴落として自分が優位に立ちたいという意識が強くて人を傷つけたり自己主張が強くなりがちだ。

家族を養うために働かなければならないという意識を持っている人は我慢強くなる。自分自身への目標ではないので気に入らない仕事でも我慢強くこなしていく。独り者でも愛する人(恋人)を守ろうと思ったときも同じように我慢強くなる。愛情は自己犠牲を厭わず、進んでやりきるもっともヤル気度が高い状態になる。

後者の2例は自分自身ではなく愛する人のために努力するという意識が芽生えることで非常に我慢強くなり、ヤル気が人一倍強くなり、結果として成功していくタイプである。人を愛し、愛する人を守るために自分を犠牲にして努力できる人は自分自身をもっとも輝かせられる人である。

2009 04 28 [心と体] | 固定リンク

2009年4月27日 (月)

手料理は愛情表現

料理は手間をかけるほど美味しく頂ける。その手間は愛情表現で、「料理は愛情だ」という料理人もいる。僕は家族に手料理をふるまうことがあるが、時間をかけてゆっくりと調理する。出汁もかつおと昆布からとるようにしているし、ソースやドレッシングなどもそのつど作るようにしている。

健康のためにもいいが、手料理だとその料理を通じていろいろな話ができたり、家族のだれもが優しくなっていくような気がする。僕の愛情が入ったスパイスは家族に食され、家族のハートに温かいスープとなって流れていくようだ。笑顔で話しかけてくる子供たちを見ているとこちらまで笑顔になっていく。

時間がなくても手料理はできる。時間がないと諦めないで30分の余裕を持って挑戦してみることだ。お腹が空いた家族にチョッと待ってくださいとお願いして30分後、素敵な手料理をふるまえる。作り置きしたものがあればさらに時間を短縮できる。家族に対する愛情表現だと思って挑戦してみると良い。

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2009年4月26日 (日)

子供への暴力は大人の横暴でしかない

僕は自分の子供に1度だけ暴力をふるったことがあるが1年以上も自分自身を責めて苦しんでいた。今でもそうした行動をとった自分を反省し二度とそうしたことをやらないと強く思っている。しつけと云う名の暴力は決して許せるものではないと思うからだし、より優位な立場の者が暴力によって相手を屈服させるのは卑怯でしかない。

子供は僕よりも不安と期待に満ちた未来に向かって必死になって生きている。僕とは違った生き方、考え方をして当然だろうし、それが僕には理解できないことがあっても自然なことだろう。親としていついかなる時も愛して寛容であろうと思う。子供は愛すべき対象であっていつでも無条件で応援してあげるべきだろう。

如何なるときも暴力によって人の心を動かすことはできない。恐怖心を煽って人の心を支配しようともそれが喜びに変わることはない。暴力を受ける人の悲しみや憎しみといった心の傷はいつまでも癒えることはない。いつの日にか暴力を振るう人はその暴力を失い、暴力によって我が身を滅ぼす時が来る。

2009 04 26 [心と体] | 固定リンク

2009年4月25日 (土)

人をよく見せるのは背筋と気合

僕はどこに行くのでも10年来の背広とコートを着て出かけますが、気合が入っているのでくたびれた格好には見えません。かつて25歳前後のキャリヤウーマンを対象にしたブティックを2件経営していました。そのとき、どんなに美人でスタイルが良くても着映えのしない女性がいることに気が付きました。姿勢が悪いので素敵な洋服がよれよれに見えてしまうのです。反対にスタイルや容姿に自信がなくても笑顔で姿勢が良い女性は洋服がとても素敵に見えることも発見しました。洋服はその人の姿勢を現わしているのです。

東京の服飾メーカーの展示会に出かけると昔はモデルが新作の洋服を着て説明してくれます。そのときモデルが着こなしのアドバイスをしてくれました。「洋服を着こなすには自分が生きていることに自信を持つこと。そのためにはいつも努力を惜しまずに生きることよ。」彼女は痩せることや脚の長いことやお顔の手入れではなく生きている自分に自信を持って背筋を伸ばすことだとアドバイスしてくれたのです。これには驚きましたがさすがはプロのモデルだなと感心しました。

2009 04 25 [心と体] | 固定リンク

2009年4月20日 (月)

反省すべきはいつも自分自身にある

恋人に見捨てられた人は狼狽し恋人にもう一度やり直したいと懇願し、却下され憎しみに変わり、私の人生を返してほしいと誰かれなく話して益々嫌われていく。

人材の引き抜きにあった経営者が転職いていく従業員を罵っていた。僕は彼に「君はまるで恋人に捨てられた人みたいだ。反省すべきは従業員に飽きられた君にある」と言った。

部下に見限られた上司は部下の異動願いを受けてびっくりする。この上司と一緒にどこまでも働いていたいと思ってくれない上司が反省すべきだが上司は部下の異動願いを受け入れた人事部を恨んでいた。

この人はと思っていた人に去られるとだれしも狼狽し懇願し元のようにできないかと悩むが、どうにもならないときは憎しみに変わる。しかし、反省すべきはいつも自分自身にある。


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2009年4月17日 (金)

不平・不満に不幸が宿り、笑顔と感謝に幸せが宿る

自分を認めてほしいという思いは実力が乏しい人ほど大きいそうだ。そこそこ仕事を覚えてきた頃に自己主張が強くなる人はこうしたタイプだろう。自分の考えややり方にこだわり相手のことを思いやったり周囲に配慮したりすることができないので自滅しやすい。

経営の神様と言われた松下幸之助がとある中小企業の経営者と会ったとき、その中小企業の経営者は自分の自慢ばかりしていたそうだ。松下幸之助は最後まで聞き役にまわり自分のことは何一つ話されなかった。「彼は自慢話ばかりで僕を利用しようとしないのが残念だね」と一言お付きの者に話された。

本当の実力者は実に謙虚で聞き上手、自己主張はほとんどしないで相手をよく観察している。相手が求めればアドバイスもするが自ら進んでこうしなさいと主張はしない。いつも笑顔を絶やさず誰に対しても感謝している。一見、馬鹿に見えるのが本当の実力者で底が知れない人物である。

2009 04 17 [心と体] | 固定リンク

2009年4月12日 (日)

よきライバルがいればこそ鍛えられるもの

WBC(world baseball classic)2009 は日本が韓国を延長10回5対3でかろうじて破り2度目の世界チャンピョンになった。サムライジャパンと言われた選手たちは国民の期待に見事応えて凱旋帰国した。

WBC決勝戦では韓国の潔い采配があった。延長10回、バッター・イチローという場面で1塁が空いているにもかかわらず韓国バッテリーは当たっているイチローと対決した。韓国チームの金寅植監督は歩かせてもいいと思っていたそうだ。

試合終了後、金寅植監督は試合後の会見で「われわれはベストを尽くした。勝てれば最高だったが不満は何もない」と話した。お隣の素晴らしいライバル・韓国チームがいればこそ日本の勝利は感動的だった。

ビジネスの世界でも強力なライバルがいる方が逞しくなる。あの企業、あの教室、あのスタッフには負けたくないと思ってお互いに努力すればこそ今があるという人は多い。すばらしいライバルに感謝。

2009 04 12 [心と体] | 固定リンク

2009年4月 6日 (月)

人を愛することで人は変わる

素敵な人に出会うと自分をよく見せようとしてダイエットしてみたり、オシャレな服を着てみたり、他人に優しくしてみたり、と今まではそんな良い人ではなかったのに素敵な人になろうと一生懸命に努力していることがある。素敵な人から注目されたい、好きになっていただきたいといった恋心がそうさせる。

たったひとりの人への恋心だけで人はまるで別人のように変わる。ヤル気に溢れ、積極的に人が嫌がることをやり、努力して「できる人」へと変身する。仕事でも素晴らしい人に出会うとその人から嫌われないように一生懸命に仕事に打ち込んで、気がつくと自分が他人から素敵な人に思われていることもよくある。

素晴らしい人との出会いを大切にして、素晴らしい人の期待に少しでもお応えできるように努力することで自分がどんどん成長する。「素晴らしい先生との出会いが自分の人生を変えた」「素晴らしいコーチとの出会いが勝利を産んだ」「素晴らしい伴侶との出会いが今の成功の原因です」といった話はよく聞く。

人との出会いを大切にして、多くの人の期待に添えるように自分を殺してでも努力してみると、自分自身が大きく成長する。僕はいっしょになって働いてくださる全国の「わかるとできる」のスタッフ、生徒、お取り引きをしている方々や自分の家族のために努力して自分自身を磨き感謝されるようになった。

2009 04 06 [心と体] | 固定リンク

2009年4月 5日 (日)

愛情はお互いに助け合う心、憎しみはお互いに指摘しあう心

人は最初はお互いに協力し合うが慣れてくるとお互いの欠点が目につくようになる。正面から向かい合えば腹が立ち思わず言い合ってしまう。目線を避けるようにしてお互いに付き合っている。そのまま放置していると憎しみに変わり自分を応援してくれる仲間を集めるようになる。間に立つ人にとってこれほど迷惑な話はない。

親子の間、夫婦の間、職場の人間関係、友人との間、人と人との間にはこうした憎しみが芽生えやすい。欠点を補うように優しく行動できる愛情はこうしたギクシャクした人間関係を修復してくれる。長所を褒めてあげ、欠点を補い合う関係ほど幸せを感じる生き方はない。

「私は馬鹿だね」「そんなことないさ」・・・「いつも失敗ばかりしてごめんなさい」「君がいてくれるだけで幸せだよ」・・・「こんなドジなわたし」「私もたくさんドジしているからドンマイ、ドンマイ」・・・「いっしょに生きていきましょう」・・・「あなたの心の傷がどんなに深くてもいつも私がいるからね」・・・「私はあなたと一緒に生きているだけで幸せなの」

あなたが嫌な人だと思っている人はかつてはなくてはならない人だった。もう一度、ハートを愛情で満たして全開でその人を見つめてみよう。ぶるぶる震える全身を感じるだろう。とめどなく溢れる涙を感じるだろう。両手を拡げて抱き締めて、私が馬鹿だったと思うだろう。心からあなたが大好きだと言いたくなるだろう。その人のために何でもしてあげようと思う・・・それが愛情。

2009 04 05 [心と体] | 固定リンク

笑顔と感動の全国研修会巡回中です

4月1日から10日まで北海道から九州まで全国教室運営研修会を開催して巡回している最中です。ちょうど半分を消化しました。今年は過去最高益をあげている教室が続出しておりうれしい報告をたくさん受けています。「わかるとできる」全体で売上前年比で120%増とこれも過去最高の業績です。

「わかるとできる」では全国研修会が年間2回、オーナー様や幹部スタッフのための勉強会が年間2回、地区研修会、個別企業研修会、オープニング研修会、新人スタッフ研修会、教室長研修会、鳳雛会、オーナー研修会などたくさんの研修会がありそれぞれ厳しくも愛情溢れる研修を行っており、これほどたくさんの研修をしている企業やFCは他に例を見ません。

今年は特に直営教室のスタッフが加盟校様に支援する体制が整い、お互いの交流を深めることで業績が伸びています。オーナー様やスタッフの方に笑顔が溢れ、それが地域の皆様に伝わり、生徒の方の喜びに繋がっています。こんなすばらしい団体に自分が参加させていただいていることに大きな意義と喜びを感じています。

2009 04 05 [心と体] | 固定リンク

2009年4月 1日 (水)

友人からはお金を借りるな

「友人からはお金を借りるな(貸すな)」とは昔からよく言われることである。友達から言われれば断り辛く言われるままにお金を貸してしまいいつまでたっても返済してくれないで友情を失くしてしまう。また、友人からお金を借りると甘えてしまい返済を先延ばしにしてほとんど返済できないでいる。

少額なら許せようが多額の現金となるとそうはいかない。商売をしていれば倒産につながる恐れもあり実際に倒産した企業も知っている。友情に厚い経営者だが経営とは非情な判断を下さなければならないことの方が多い。そのため友人や親族からも憎まれることもあるが企業を守るためにはいたしかたない。

経営者はいつも運転資金に気を配らなければならない。現金が一気に減少すれば運転資金が不足するのは目に見えている。支払いが滞り期待している友人からの返済がなければ返済不能になり大慌てで銀行にかけ込まなければならなくなる。友情よりも大切にしなければならないのは運転資金なのだ。

2009 04 01 [心と体] | 固定リンク

2009年3月31日 (火)

いつか子供は会いにくる

別れた夫婦はお互いに会うことを避けるが子供は大きくなると離れていった親に会いたいと思うようになる。どんなお父さんなのだろう?どんなお母さんなのだろう?私はどのようにして生まれてきたのだろう?二人はどうして出会い、どうして別れたのだろう?そんな疑問から別れた親に会いたいと思うようになる。

「いつの日にか会いにくる」そのときに素晴らしい人生を歩んでいる姿を見せようと僕は思った。必要とされるならいつでも手助けをしよう。僕たちはお互いに愛し合っておまえを産んだのだと話してあげよう。僕たちはお互いに分かれてしまったけれども子供である君のことを決して忘れたことはないと話してあげよう。

別れた人を恨むのはやめよう。別れた人を心から愛していこう。離れてしまった子供を心から愛していこう。素敵なお母さんだったと子供に話せるようになろう。別れた妻に悔いのない夫婦生活だったと思えるようにこれから生きてゆこう。決して腐らず前向きに生きる姿を示していこうと思った。

2009 03 31 [心と体] | 固定リンク

2009年3月29日 (日)

できない理由を探し出す

いつもできない理由を探し出す癖のある人は状況打開を果たせないで苦しんでいる。状況打開のアドバイスをすれば「待ってました」とばかりにできない理由をたくさん延々と述べてくれる。

そして有効なアドバイスは否定されまたは無視され苦しい状況は何の解決もできないでいる。できない理由をたくさん述べる人は継続して我慢強く挑戦するまで何の変化も起きない。

ビジネスの世界でも学生の世界でもこうした人をたくさん見てきたがなかなかこうした性格は直らない。ビジネスの世界では仕事の業績が悪化し、学生では成績不振で喘いでいる。「己を知る」ことはとても大切だ。

学生には悩んでいないで少し勉強してみればとアドバイスし、躊躇する社会人には物事はやってみなければわからないものだとアドバイスする。過去は変えることができなくても未来は自分で変えられる。

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2009年3月28日 (土)

最高の子育ては仕事をしている姿を見せること

世界中で逞しく育った子供はいつも両親が寝る間も惜しんで働いている姿を幼い頃から見て育っている。どんなに働いても楽にならない貧乏のどん底生活の中でも笑顔で早朝から深夜まで働き続けた親を見て両親に楽をさせたいと子供は思い親を誇りに思う。

汗水たらして働き続けるお父さんの手はごつごつしている。いつも笑顔で働いているお母さんの顔は日に焼けて真っ黒になっている。二人ともアンチエイジングにほど遠く、お洒落などには縁がない。しかし、誰よりもかっこよく誰よりも美しい。

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2009年3月27日 (金)

この辺が私の分相応

京都には石庭で有名な龍安寺がある。そこの茶室蔵六庵の露地にある知足の蹲踞(つくばい)にはとてもユニークなデザインで吾唯足知(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれている。「足ることを知る者は富めり 強(つと)めて行う者は志有り」という中国・春秋時代の思想家 老子の言葉である。 

今の会社に不満がある、今の連れ合いに不満がある、今の恋人に不満がある・・・、などと不満ばかりに目が向いているといつまでたっても満足を得ることがない。また、満足を得る会社では自分が能力不足と言われるかもしれない、満足する連れ合いや恋人には不釣り合いだと言われるかもしれない。

現状を嘆くのではなく現状を肯定して行動すればいつしか大満足になるだろうということだろう。また、現状を自分自身が変えようと決意して行動するものはその志に見合った結果を得るものであるという考え方。いつの時代も幸福とは自分の足元にある。

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2009年3月26日 (木)

経営者の仕事は従業員を幸せにすること

起業家は最初「お金持ちになりたい」と思って起業する。たったひとりでの会社はどんなに小さくても事務所がなくても自分の城だ。誰の命令を聞かなくてもいい、思うがままに仕事をすることができる。ウキウキ気分で商品を売ったりサービスを売ったりする。

しかし、お客様は自分の言うことを聞いてくれない。思うように商品やサービスが売れなくて会社で従業員として働いていれば会社が自分を守ってくれていることに気がつく。自分の会社は自分を守ってくれない。それは自分が経営者だからだ。

従業員でいるときは会社に対する不平不満を言っていたが、自分が経営者になるとその不平不満はすべて自分ができていないこと=自己否定につながる。自分の会社が嫌になるということは自分が嫌になるということになる。起業家はこうして経営者の苦悩を知る。

成功している経営者の多くは謙虚で愛情に溢れてお客様に感謝し勉強家である。従業員の幸せを願い、いつも従業員のご家族にまで気を配っている。従業員はお客様の幸せを願い、いつもお客様のご家族にまで気を配って仕事をし勉強家である。愛情の薄い経営者は会社を大きくできない。

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2009年3月25日 (水)

如何に生きるべきか

子供の命が余命1カ月ならどう判断して行動するのか?と思い、子供に接するようにしているとイライラや腹立ちはなくなりむしろ今を一緒に生きていることに感謝するようになる。遊んでばかりの子供の命があと1カ月なら叱りつける親はそうそういないだろう。

反対に自分の命が余命1カ月なら家族や従業員にどのように接するだろうかと考えて行動するとイライラや腹立ちはなくなりむしろ今を一緒に生きてくれていることに感謝するようになる。相手の欠点を責めるのではなくカバーして何の苦にもならない。

残された命を他の人々のために使いきって生涯を終えようとするだろう。いつまでも生きていると思うから他人を受け入れる寛容さがなくなり欠点をあげつらい相手を責めることで自己主張するが相手はそれで感謝することはない。如何に生きるべきかは命のはかなさを知ることから始まる。

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2009年3月24日 (火)

浮気をされたら反省すべきはどちら?

恋人や夫婦のどちらかが浮気をすれば浮気をした相手は責められ、浮気をされた相手は同情される。しかし、浮気をするのは今付き合っている相手への愛情が薄れたからであって反省すべきは浮気をされた方ではないだろうか。

例えば下請け業者との付き合いがどんなに長くても納入品の価格や品質でより優れたライバル企業が現れれば仕事を取られるのはビジネスの世界では常識となっている。価格競争力や品質向上に努め仕事の受注を取られないように努力しなければならない。

このとき、仕事を取った企業をどんなに責めても状況が改善されることはない。ビジネスの世界では絶えず商品や技術を磨いていくことが求められる。浮気をされた人が自分磨きを怠っていたからだという反省がなければ戻ってくることはない。

いつも反省すべきは自分にあり自分を磨くことを怠ると魅力は失せていく。相手を失望させる言動は厳に慎むべきでビジネスの世界では醜態を現わしているとしか思われない。

2009 03 24 [心と体] | 固定リンク

2009年3月20日 (金)

学ぶ者から出世する

僕の父は高卒で郵便局に入り公務員として働いていた。郵便配達をして一家を支えてくれていた。郵便配達は外勤と言われ朝と昼の2度決められたルートを周り、郵便物を配達する。それ以外の時間は郵便物を配達ルートに区分けする。

高卒の父はどんなに働いても出世できないでいた。大卒のキャリアがやってくると25歳で郵便局長、現場のことはほとんどノンキャリアがやってくれる。少しでも出世しようとした父は仕事が終わると勉強し始めた。

深夜まで郵政の仕組みや法律について勉強し郵政大学に通い小さな郵便局の局長になった。それ以後も郵政の試験に挑戦し大阪や神戸の郵便局の郵政課長にまで登りつめた。正月やお盆になると同期の方が父を自慢していた。

同期入社の多くの仲間が定年になるまで入社した郵便局で配達をして終わった。「俺たちと違っておまえのお父ちゃんは偉いで」と言ってくれた。ひとりの人間として頑張ったのだなと思えたのは社会人になってからだった。

父は定年退職した時に退職金から200万円を僕に渡そうとした。僕は丁重にお断りして夫婦で使ってほしいと話した。定年退職してからも仕事を続け、生涯勉強を欠かさないでいた。そんな父を僕は誇りに思う。

2009 03 20 [心と体] | 固定リンク

2009年3月18日 (水)

業績は経営者の執念が生み出すのもだよ

教え子の割烹料理屋に行った。そこそこ腕の良い料理人で地元の人から愛されているお店を開いている。3月は個人事業主にとって青色決算と確定申告をする月で今年は50万円の経常利益が出ましたと話してくれた。個人事業主にとって50万円の利益は年収50万円でしかない。

家族への専従者給与で生活はできているものの経営者が年収50万円は心もとない。僕は「毎年業績は減少しているだろう」と言ったが図星だった。どこにでもある平凡な割烹料理屋でおまえのお店にはこれは凄いと言わせる一品がないと言った。

料理人として平凡に終わる腕しかないと失礼にも話して、家伝の味噌の付け方や美味しいご飯のヒントを教えてあげた。汁物とご飯だけで勝負できる料理人でなければ儲かるお店はできないし家族をしっかり支えることもできない。料理人の意地にかけてこの2品から味を磨けと言った。

40歳になる教え子はうっすらと涙を浮かべながら「先生、僕はやってみます」と言ってくれた。個人であれ企業であれ業績は経営者の執念が生み出す。経営者に家族や従業員を守るために必死で仕事をししっかり稼いでみせるという意欲がなければ業績は悪化する。

経営者に執念がなければ従業員に辛くあたったり仕事にヤル気がなかったりする。自分に厳しい経営者は従業員にはやさしいものだ。やさしくしていてもその経営者の執念は伝わり従業員は自発的に動いてくれる。執念のない経営者はどんなに厳しくしても従業員はついてこない。

2009 03 18 [心と体] | 固定リンク

2009年3月17日 (火)

君が笑顔にみんな喜んでいる

どんなに落ち込んでいる人も嘆いている人も親しい人の笑顔に触れてホッとする。その笑顔をたくさんかけることのできる人に誰でもなれる。こんな自分であっても遠慮することはない。人はみんな助け合って生きなければ生きてはいけない。

泣き崩れている人にも笑顔で接してあげよう。君の笑顔に反応しない人はいない。きっとみんな喜んでいる。君が笑顔に励まされる人がいることを決して忘れてはいけない。どんなに落ち込んでいても君が笑顔を見て励まされ君が励まされる。

2009 03 17 [心と体] | 固定リンク

2009年3月16日 (月)

誰かが私を幸せにするのではなく私が周りの人を幸せにするのだ

何か良いことがないかな?誰かが私を幸せにしてくれないかな?と思っている人は多い。今度は良いことが起こるだろうとか、今度の恋人は私を幸せにしてくれるだろうといった他力本願で自分の幸せを掴もうとしているがそれを果たせる人はいない。

何か良いことが起こった!たとえば高価なプレゼントを頂いたとか、高学歴・高収入・高身長の恋人ができたなどといったことが起こってもしばらくすると高価なプレゼントのありがたさもなくなるし、素敵な恋人に捨てられるかもしれない不安や何もしない自分に愛想が尽きてくる。

時間が経てば受身の幸福感はなくなっていき不安や不満といった悩みを抱えてまた何か良いことがないかな?誰かが私を幸せにしてくれないかな?と思ってしまう。幸せは自分が主体となって成し遂げるものでなければ長続きしない。何か良いことをしよう!私が周りの人を幸せにしよう!と思うべきだ。

自らが主体となって考え行動しなければ心からの達成感や満足は得られない。その過程ではどんなに苦労しても失敗してもかまわない。むしろ、艱難辛苦である方が喜びは大きい。私がみんなを幸せにしてみせると思って歯を食いしばり、涙をいっぱい流して頑張ってみることが最高の幸福への唯一の道だ。

自分の愛する人を精一杯守ってあげよう。心から支えてあげよう。どんなに自分が辛くても愚痴の一つもこぼさないでいつも笑顔でいよう。ただ、あなたを愛しているから。あなたを幸せにできるよう毎日を過ごしてみよう。あなたのために生きてみよう。その毎日が積み重なり素敵な生き方だったと思えるのではないだろうか。

2009 03 16 [心と体] | 固定リンク

2009年3月15日 (日)

母ちゃんの涙

僕は中学2年生の時、毎日父親に暴力を振るわれてむしゃくしゃしていたので学校中の上履きをローカに投げ出したことがある。朝礼の時に校長先生が立腹され誰がやったのかと言ったので僕がやりましたと前に出た。

その日の夜、担任の先生が家にきて母親に「お宅のお子さんは学校で暴れるし手がつけられない」と話されていた。母は「うちの子供は毎日父親から暴力を受けているので投げやりになっています。どうか許して下さい。」と泣きながら謝っていた。

僕は母の涙を見てとても申し訳ない気持ちになった。それ以後、学校で暴れるのを止めた。30代に入ったばかりの両親なので夫婦喧嘩も絶えないし父親は毎日外でお酒を飲んで帰ってくるので家にはお金がなく生活費に困る毎日だった。

僕は中学校を卒業したらすぐに働くつもりだった。この家から出ていきたいと思った。お金を稼いで母親に少しでも楽をさせてやりたかった。そして父親を憎んでいた。そんな家庭に父自身も帰りたくなったかだろうと気がつくには後30年ほどかかった。

2009 03 15 [心と体] | 固定リンク

2009年3月14日 (土)

楽しい話が出来ない人から人は離れる

いつ会っても楽しくない話ばかりする人がいる。どうしても物事をうまくとらえられないで「あの人は~で大嫌い」「毎日本当に嫌なことばかりだ」「私は、本当は~したかった」といった話が続く。何を見ても何が起こっても愚痴になる材料を探している。

こうした話を聞く方は楽しくないのでだんだん相槌を打つのに疲れて離れるようになる。人が自分から離れていくのでますます面白くなくなり愚痴の種はどんどん増えてくる。愚痴る内容はたくさん積み上がり誰かに話したくてうずうずしている。

人相も愚痴っぽい人相になり楽しい笑顔は消えうせている。あの人は愚痴っぽい人だろうと予想がつくようになり新たに親しくなる人が少なくなっていく。決して幸せだと思えない日常に陥るが自分が変わらなければ不幸は続く。

如何なる物事もいつかは良い方に変わると思って笑顔を絶やさず愚痴っぽいことは人には話さず楽しい話をするように注意していく。だんだんと前向きな話が態度に変わり始めると好転し幸せを感じられる生活が始まる。

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2009年3月13日 (金)

ヤル気(モチベーション=motivation)を高める方法

3日坊主でなかなかヤル気を継続できなく悩んでいる人は多い。ヤル気を喚起するのに外的要因には2つあり、プラスのインセンティブ=incentiveとして、ご褒美を頂く方法がある。テストで100点取れば1000円貰える。目標を達成できれば豪華な食事に行けるなどといったものによってヤル気を継続することができる。

マイナスのインセンティブは罰を与えることでヤル気を喚起する方法で、遅刻をすれば上司に叱られる、ルールを守れなければ罰金を取られるといったことになる。ただ、こうした外的要因は、また目標達成できればもっとご褒美をくださいというふうに慣れてくるに従ってエスカレートする傾向がある。

ヤル気を喚起する内的要因は心の持ち方で「人々のために」「家族のために」といった気持がヤル気の原動力となる。もっともハートを揺り動かすのは恋心で「愛する人のためならば」という気持ちほど強いモチベーションはない。大好きという気持ちは困難だと思えることをやすやすと乗り越える力を発揮させる。愛はその人を変え世界を変えるのだ。

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2009年3月12日 (木)

必要なことは言葉ではなく優しさ

子供はただひたすら信じられると、その信頼を裏切ることは容易でなくなる。呑気にしていても遊んでばかりでも正すこともなく「気がすむまでゆっくりしておいで」と言って責めるでもなく一生懸命に働く親を見て申し訳ないと思わない子供はいない。子供は親の態度を見て育つ。

喉まで出かかる感情的な言葉をグッとこらえて笑顔で子供にやさしく接し、「おまえがいるから頑張れる」と仕事をする。家に帰って来て遊んでばかりの子供を見ても悲惨なテスト用紙を見ても先生から「どうするんですか」と言われても人様にご迷惑をおかけしても僕だけは子供にいつも優しくあろうと思う。「おまえが僕の子供だということだけで幸せだ」と僕は思う。

親は先生でもなくコーチでも上司でも友人でもない。注意してくれる人は外にたくさんいる。たくさんの注意を受けても立ち上がれない我が子を見ていたわることもできない親でいる方が親らしくないと僕は思う。ズタズタに引き裂かれた心をジッと我慢している我が子を見守る親でありたい。

子供がどんなに落ちぶれていようとも僕だけはとことん付き合ってあげようと思う。ボロボロの人生であっても僕だけは子供を守ってあげようと思う。何も言わなくても子供は充分反省しているものだ。子供は親の愛情を感じて必ず自分の足で立ち上がり飛び出して行く。「頑張れ」とエールを送るだけで充分だ。

2009 03 12 [心と体] | 固定リンク

2009年3月11日 (水)

人付き合いは育てていくべきもの

寛容の精神=人の言動を受け入れ他人の罪や欠点など責めないこと はお互いを理解しあうときとても大切な要素である。人付き合いは育てていくべきもので、そのためにお互い寛容でなければ腐ってしまい別れてしまう。あの人と3年、7年、10年と付き合うほどにお互いの信頼が深まるというのはお互いに寛容であるからだ。

相手のことが理解できないとき人は感情的になってしまうが、一呼吸置いて相手のことを理解しようとしない自分がそこにいるのではないかと最初に思ってみることだろう。相手の立場に立って何を言いたいのか?何を期待しているのか?何がしたいのか?理解しようと努めることが寛容の精神である。

こうして育て上げていった人間関係は何物にも代え難い見えない財産となる。ただ、いっしょにいるだけで安心でき幸福を感じるようになる。尊敬し信頼し合って付き合ってくれる人がいることは金銭や名誉や地位よりも素晴らしい満ち足りた幸福をもたらしてくれる。そのためには年月が必要だがその価値は十分にある。

2009 03 11 [心と体] | 固定リンク

2009年3月10日 (火)

褒めてあげれば笑顔も浮かぶ

人付き合いで大切なことは相手のことを褒めてあげることで、褒められて気分を害する人は少ない。自然と笑顔も浮かび話もはずんでいく。子供にだって幼い頃はたくさん褒めていたはずだ。ただ、ヨチヨチするだけで「すご~い!」と驚嘆していた。

それが小学高学年頃から褒めるよりも「~しなさい」「どうして~できないの」と言うようになり褒めることは影を潜めるようになる。子供の顔から笑顔がどんどんなくなっていき反抗的な態度に変わる。親はそれを見て益々態度を硬化させる。

自分の子供が勉強できないぐらいで感情的に怒鳴るべきなのか?テレビばかり見ているだけで…ゲームばかりするだけで・・・ただ健康で友達を大切にして表情豊かに生きてくれるだけでいいとどうして願えない親になったのだろう。子供だって自分の親を褒めたいだろう。

「お母さん大好き」「パパ、大好き」と言ってみたいといつも思っているものだ。あなたは親として自分の子供を心から毎日のように褒めているだろうか。ジッと子供の目を見ればいい。見つめるその眼はいつも「どうして私を愛してくれないの?」と訴えていないか。

2009 03 10 [心と体] | 固定リンク

2009年3月 9日 (月)

愛してくれる人と付き合う

魅力的な人と付き合いたいと誰もが思うだろうが、魅力的な人は多くの人からお付き合いの申し出があり引く手数多(あまた)だ。この人と付き合ってくれれば何でもすると思っているが金銭や物をいくらプレゼントしてもハートを射止めることはない。

人のハートを射止めるには自分もその人にとって魅力的な人であろうと努力しなければならない。魅力的な人は何かと努力しているものだ。知的な努力、スタイルでの努力、人を愉快にさせる努力、仕事をバリバリする努力、など得意な分野で自分を磨くことだ。

相手が自分に魅力を感じてきたら自然と付き合うようになるが、それまでは片思いでしかない。また、自分の魅力が消えうせてきても別の魅力を磨けばいい。スタイルに自信がなくなれば知的か優しさを磨けばいいだろう。何の努力もしなければ別れたいと思われる。

2009 03 09 [心と体] | 固定リンク

2009年3月 8日 (日)

行き当たりバッタリになるのは計画と実行ができていないから

いつも期限ギリギリにならないと動けない人は多い。「やろう、やろうと思っていたんだけど・・・時間がなかった」と言う。結局、期限ギリギリになって慌てて動き出すのでせわしなくなりストレスがたまり感情的になっていく。普段の生活も行き当たりバッタリなので部屋の整理整頓ができていない。

修正しようと思えば、まず日程表を作成する。期限が決まってくれば、それまでに何をすべきなのかをスケジュール表に書き込んでいく。予期しない日程が入ってくることも、予定どうりに消化できないこともあるので毎週1日は修正日として置くようにする。あとは、そのスケジュール表の通りに行動するだけだ。

こうしたスケジュール管理はビジネスの世界では当たり前のことだが実生活ではなかなかできていない。そのためにいろいろな人をギリギリになってから慌てさせてしまうことになる。いつも、しっかりとスケジュール管理をする癖を身につけることはとても大切で手帳などを持ち歩くようにすればいい。

自分を知り分析し反省するべきはしっかり反省できる人は成長できる。言い訳ばかり言っているときは何の解決にもならない。人は他人との係り合いの中で生きている。人付き合いを学び、人付き合いを磨いていくことは幸せになるひとつの大きな条件だ。

2009 03 08 [心と体] | 固定リンク

2009年3月 7日 (土)

必要ないのは官僚ではなく政治家

国会答弁を聞いていて「~と言った」「記憶がない」などといった話がとても多く、これで実務は大丈夫なのだろうかと思ってしまう。会社では会議はできる限り短時間に集約して実務に集中するし、会議で「~と言った」「記憶がない」といった話などは無意味だと一蹴(いっしゅう)に付される。

政治家の本来の仕事は法案の審議ですが選挙で当選するためにあちこちの会合に出掛けたり人脈を作り続けるために各種団体からの陳情や接待を受けたり党派の受けを良くするためにいろいろな勉強会に出席して誰がどんな行動をとっているのかを知ることに忙しく動き回るようになります。

法案の審議は実務に疎くなるので官僚に質疑を作らせます。官僚は質問と同時に模範解答も作り答弁する方の政治家に渡します。つまり、議会での審議とはそのほとんど大切な部分は官僚によって質問も回答も作られているのです。政治家がオリジナルティーを発揮するのは「~と言った」「記憶がない」といった子供の喧嘩程度になります。

実務に就いている人がもっとも諸問題に精通しているのは至極当然のことなのですが、政治家は自分の方が官僚よりも偉いというパフォーマンスをしなければなりません。しかし、現場に行っても将来的な展望ではなく自分に投票してくれる有権者の多い方の意見を取り入れることしかしません。つまり、問題をより複雑化してしまうのです。

企業でいえば現場に疎い高給取りの中間管理職で毎日会議ばかりしていますが係長クラスから情報を集めて話し合っているだけです。現場の平社員は管理職を馬鹿にするのも当然で、リストラすべきは現場で実務を執っている官僚ではなく無駄な中間管理職です。日本を経営するという視点から見ればそうなります。

2009 03 07 [心と体] | 固定リンク

2009年3月 6日 (金)

組織は私物化してはならない

業績悪化の企業に行くと中間管理職が組織を私物化している場合が多い。管理職の方が経営者に連絡・相談・報告がなく、経営者からの情報も組織の末端まで流さないようにし組織を私物化して業績を悪化させているが中間管理職は何ら反省できないで経営者を自分の担当する部署からますます遠ざけている。

組織の末端まで経営者の情報が伝わらない状態は会社としてどのような方向性で運営しなければならないのかがまったく分からない状態で、末端社員は反抗的な中間管理職につき企業としての団結力を削ぐ結果となり業績は悪化する。先日もこうした企業経営者にお会いしたが早急に手を打たねば倒産すると忠告した。

会社は公器であるが経営者の元に一致団結して働くことで組織としての強みを発揮することができる。しかし、中間管理職が経営者に反抗して組織を運営すれば、そこに企業としての団結力はなくなり業績は悪化する。経営者を中心として団結して働けないならばその職を辞退するのが企業を守る唯一の策となる。

経営者を馬鹿にしてその企業で仕事をしている人生などもったいないと僕は思う。それほどまでに実力があるならばさっさと独立してもっと素晴らしい企業を興すことができるだろう。そうして大企業を起こした人も多い。愚痴や不満をつのらせて経営者を信頼せず仕事をするのは給料泥棒だと僕は思う。

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2009年3月 5日 (木)

子供は母の愛情を独占したいと思い嫉妬(反抗)する

反抗期になると子供の心は自立とこれまでのような甘えを行ったり来たりする。親から離れて一人暮らしをしてみたいと思ったり大好きな人との生活はどんなに素晴らしいものだろうと夢見たりするのもこの頃だろう。

兄弟がいれば兄弟に嫉妬して母親を困らせることで自己主張する。「私はここにいるのにどうしてもっとかまってくれないの?」子供の心の深くには母親への甘えがある。弟(妹)には優しいのに私には辛くあたると反抗的になる。

母親がお父さんと話をするだけで嫉妬することもある。子供は母親とは深い愛情で結ばれている。「何を甘えているの!」と一喝すればするほど子供は母親を困らせて自分への注目度を高めようとする。

反抗期を乗り越えるにはただただ子供を愛してあげることに尽きる。「どんなことがあってもお母さんはあんたが大好きだからね」という無償の愛情を感じてやっと子供は落ち着きを取り戻して自立への成長を始める。

真正面から子供と向き合い子供のメッセージをくみ取る。子供の心が見えてくるまでジッと見つめてほしい。子供は誰でも親に認められたいと思っている。ただひたすら愛されたいと思っている。

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2009年3月 3日 (火)

心の平安を求めて

生老病死といった解決が難しい問題にぶつかるとその悩みや不安から解放されるために一部の人々は宗教を信じるようになる。心の解放はなかなか難しい問題でイデオロギー(政治的・社会的な意見、思想)だけでは多くの人を解放し難いものなのだろう。宗教は多くの人々に支持されてその地区や民族や国家に合わせて変化していく。

キリスト教やイスラム教でも地区や民族や国家によって宗派に分かれていくが、そこで問題になるのが多くの信者が信仰してくれそれぞれに救いとなっている宗教のどちらが本当の神なのか?といった問題にぶつかる。教祖はもちろんのこと信者も自分が信じて疑わない宗派が正しいと主張するのは至極当たり前のことだ。

問題は、その食い違いから紛争になり戦争を引き起こすようになることで、こうなると人々を救うはずの宗教が人々を殺戮へと追いやるものとなってしまう。その対立をなくして平和に暮らすにはお互いの宗派の違いを認めそれぞれが正しいと信じている神はそれぞれに人々を救っているのだから正しいと言うべきなのだろう。

人々が国境を超えて交流し、民族が他の民族と一緒になって働くようになった現在では同じ信者だけが集まって仕事をする時代ではなくなった。それぞれに信じる宗教をそれぞれに正しいから改宗しろと云い争うよりも認め合うようにしなければ紛争はなくならない。世界中の教祖は集まってお互いにそれぞれの意見を交換しどうすれば世界平和に貢献できるか話し合う必要がある。

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2009年2月26日 (木)

人は言葉ではなくその人の魅力で動く

成績が振るわない学生が「こうすれば成績は良くなる」と言う。掃除のできないお母さんが子供に「キチンと整理整頓しなさい」と言う。現場のスタッフを把握していない社長が現場スタッフに「こうすれば儲かる」と言う。これらは人が納得して動いてはくれないだろうと予想がつく。

好成績を収めた学生が「こうすれば成績は良くなる」と言う。キチンと整理整頓しているお母さんが子供に「キチンと整理整頓しなさい」と言う。現場に出て真っ先に働いている社長が現場スタッフに「こうすれば儲かる」と言う。これらは人が納得して動いてくれるだろうと思える。

その違いは体験に裏打ちされているかどうかだけだ。つまり、どんなに素晴らしい言葉でもその人にその経験があって初めてその言葉は相手に伝わり納得して動くということだ。相手のことはよく分かるので他人に意見することは容易だが、裏打ちされている体験がなければ黙って反省する方がいい。

2009 02 26 [心と体] | 固定リンク

2009年2月25日 (水)

子供は親の言葉よりも生き様を見て成長する

僕の母親は僕が幼い頃は内職をして生活費を稼いでいた。僕はその手伝いをして母親からいろいろな話を聞くのが好きだった。小学校に入学すると母は建設業会館での仕事に就いた。僕は保育所の頃から家事の手伝いをし、父が働いている郵便局に夜食の弁当を持っていくのが日課だった。その後、母は地元の農協に転職する。

僕の母は定年退職するまで働き続けた。僕は毎日元気に働いている母を見るのが好きだった。手伝いをしてあげるととても喜んでくれる母が誇りだった。当社ではたくさん働く母親がいる。彼女たちが子育てに悩んでいるときもあるが僕は何の心配もないと答えてあげる。

子供は母親が一生懸命に働いている姿をみることで逞しくなる。仕事で疲れてぐったりしていたり、ひとり台所の隅でシクシク泣いていることも子供は知っている。しかし、いつも偉そうに振舞っている母よりも現実に打ちひしがれている母を見る方がはるかに子供は成長する。子供は親の言葉よりも生き様を見て成長しているものだ。

2009 02 25 [心と体] | 固定リンク

2009年2月24日 (火)

不景気の今こそ好業績の布石を打てるチャンス

不況の時はチャンスだとビジネスの世界では昔から言われています。江戸時代、井原西鶴が著書「日本永代蔵」には儲からない商人が貧乏神に感謝して拝んでいると貧乏神から他の商人と同じことをせず、自分だけにしかできないことをしなさいと諭されて大商人に上り詰めたという話が載っています。

不況の時は悲観的になる人が多いものですが、そんな中にあって今こそチャンスだと思って挑戦している人がいます。就職難はより良い人材を採用できるチャンスですし、廃業や倒産が多いということはライバルがいなくなるので拡大するチャンスだという意味になります。

仕事が少なくなり残業もなくなり収入が減少しているときはしっかり勉強して新しい知識や技術を身につける時間が持てるチャンスですし、職を失くせば自由な時間がたくさん持てるので最初から自分を鍛えなおすチャンスが今だということになります。2009年はチャンスが広がっている年だと僕には思えます。

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2009年2月22日 (日)

身の丈に合った生活をしよう

収入以上の生活をしようと思えば多額のローンを組んで高額品を購入しなければならない。借金は借り入れの元金以上に返済しなければならず結局実収入での生活はトータルで見ると節約しなければならない。ただし、返済は未来のことなので購入した時点では生活は見た目にはとても豊かになる。

贅沢を覚えればそれに慣れて生活レベルを落とせなくなる。必然的にローンをたくさん組んで借金は増えていくばかりになる。戸建てやマンションなどの不動産、車、保険、この3つの支出が生涯支出の中ではとても大きく、この3つの支出を抑えれば預貯金ができ、たくさん現金を持っていることの方が有利になる。

アメリカのサブプライムローン破たん者が2009年度以降300万人もでてくるだろうと言われており金融不安はこれからが本格化するという。資産価値がどんなに減少しようとも高級住居を離れたくない住民がいる以上政府は長期で低金利ローンの借り換えをして不動産の下落を抑制せざるを得ないだろうと思う。

世界中で巻き起こった金融不安は値上がり益を狙った不動産バブルが世界中で調整に入ったというべきで本来あるべき収入に見合った生活をしようということに尽きる。僕はローンを組んでまで購入しなければならないことは勉強への先行投資ぐらいだろうと思う。

2009 02 22 [心と体] | 固定リンク

2009年2月21日 (土)

人生は素晴らしい想い出つくり

人は誰しもこの世に生を受け成長し命の終焉を迎える。私だけは特別でいつまでも若さを保ちたいと思っても老いは誰にも平等にやってくる。どんなにアンチ・エイジングに走っても美容整形しようとも老化と死はすべての人々に平等にやってくる。あなたも私も生老病死からは逃れることはできない。

人生はこの世に生を受けている間にどのように生きるかだけだろう。どんなに憎らしい人でもいつかはこの世からいなくなる。憎んでいる人も憎まれている人もいなくなる。生涯人を憎んで生きるのか、それともその憎しみに終わりを告げて許し合う生き方を知って死ぬのかの違いでしかない。

どんなお金持ちも、地位の高い人も、有名人でも、絶世の美人でも、飛び抜けた運動選手でもいつかは老いて死んでゆく。地位や名誉や財産よりも私といっしょに生きてくださる人々に感謝し彼らとの何気ない日々こそ生涯最高の喜びだと思えるようになる。人生はその終りに向かっての素晴らしい想い出つくりでしかない。

あなたは何をカリカリしているの?と感情的になっているときは自分に問いかければいい。いつまでも生きていられないのにどうして笑顔を失くしているの?明日死ぬかもしれない命なのにどうしてそんなに人を憎むの?限りある命だからこそいつも笑顔で感謝しながら生きてみようと自分に言い聞かせるのもいいだろう。

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2009年2月20日 (金)

「もう死にたい」と聞かされる身になれ

僕の母は若い頃、生活に疲れ果ててよく「もう死にたい」とか「お母ちゃんは若死するよ」とよく言っていた。幼い僕は当時、真剣に心配していたが何をしていいのか分からずにひとり落ち込んでいたものだ。お母さんが死んだらどうしようと考えて友達に相談したりお父さんはどうするのだろうかと思ってみたり、訳もなく泣いたりした。

小学校5年生?の時は近くの踏切で僕の手をギュっと握って飛び込み自殺しようとして思わず母に怒鳴った「死にたいならおまえひとりで死ねばええやんか!僕はまだ死にたくないんや」その言葉で母は我に返ったそうだ。家に帰り僕は母に「いつも死ぬ死ぬと聞かされる僕のことを思ったことがあるんか!」と叱った。無性に腹が立った。

それ以後、いっさい母は死にたいとか若死すると言わなくなった。僕はそれ以降「死にたい」という言葉を聞くとそうした経験があるのでとても嫌な気分になる。その言葉を聞く人の気持ちを考えない無責任な言葉だからで、決して人に向かって言うべき言葉ではないと思うからだ。しかし、「死にたい」と言う人は口癖のようにいつも言っている。

2009 02 20 [心と体] | 固定リンク

2009年2月18日 (水)

「責任とって辞めます」は小気味良い言い方かもしれないが僕には言えない

お酒に酔って大臣を辞めますと言った政治家、業績低迷の責任をとって社長を辞めますと言って多額の退職金を取っていく雇われ経営者、ヤル気がなくなったと言って総理を辞めた政治家、・・・辞めることで心機一転新たな出会いに期待して胸を膨らませることもできる。

しかし、多くの創業者や家業を継いでいる中小零細企業経営者は「辞めます=倒産」を意味しているのでとてもそんなカッコイイことが言えない。誰かが後を引き継いでくれるならいつでも辞めたいと思っている経営者はたくさんいるが家族ですら引き継いでくれない会社を必死になって守っている。

2009 02 18 [心と体] | 固定リンク

2009年2月17日 (火)

不合格になった生徒の方へのお返事

何度も挑戦することで自分のふがいなさを知り、多くの人の温かさを知り、自分が生きているのではなく生かされていると思えるようになります。どんなに失敗しようとも幾度も挑戦することで自分が磨かれ人の評価も変わります。大切なことは合格ではなくて挑戦を諦めないハートです。合格すれば慢心して大きな過ちを犯すことがありますが、不合格になれば謙虚になり相手のことを尊重できるようになります。幾度の失敗を経験してきた人の方が生きる粘りが出るのです。

僕は大学で建築設計の勉強をして入社しましたが、その後魚の行商を始めて簿記を勉強しました。年末には白色確定申告を税務署で学び、ビジネスの勉強を始め決算書の見方や作り方、会社の立ち上げ方、労務管理の仕方、マーケティングの方法、青色確定申告の仕方・・・ビジネスの勉強を20代の頃は必死になってやっていました。おかげで起業して返済分は稼ぐことができるようになりました。

30代は学習塾と予備校を始めたので小学生から高校生までのすべての教科を教えられるように猛勉強しました。ここで英語にも自信が付きました。大学受験生にもどの大学の入試問題でも教えられるまでに10年かかりましたがそれなりに高い評価を得るまでになりました。大手予備校や私立の進学校から講師のお声をいただけるまでになりました。

40代はパソコン、政治、経済、金融、経営の勉強を始め「わかるとできる」を創業しました。日本全国を歩きパソコン教室を創めてくださる方を募集して多くの人に信頼していただける人物となるべく努力してきました。2003年にはアントレプレナー賞を頂き経営者としての高い評価をいただけるまでになりました。

50代になり哲学、儒学、歴史、心理学などの勉強を始め生きる喜びを感じるようになりました。幾つになっても勉強し実際に体験すれば自分のふがいなさを知り、多くの人の温かさを知り、自分が生きているのではなく生かされていると思えるようになります。多くの人々や自然に感謝し、いろいろなことを素直に受け入れらるようになります。生涯、発展途上人であることが大切ですね。

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2009年2月16日 (月)

どうして子供を愛せないの?

子供は如何なる環境にあっても親の期待に応えようと必死になって努力する。しかし、親はその期待をどんどんエスカレートさせて子供の努力以上の努力を強制して子供の心を破壊してしまう。親の期待に応えられなかった子供は自分を責め自暴自棄になる。親に愛されないと思ってしまった子供ほど不幸だ。子供に「~しろ」「~するな」と条件をつけて愛するのは不公平だと僕は思う。

僕は自分の子供たちに「お父さんはいつでもお金を出して応援するが、その使い方にいっさい口出しはしない。たとえ人様にご迷惑をおかけしても犯罪に手を染めてもお父さんはお前を応援する。いつ、いかなる時もお父さんはお前の味方だということを忘れるなよ。お父さんはいつでもお前を愛している」としか言わないしそのようにしてきた。

反抗的になり口を利かない時期もある。テレビばかり見ていっさい勉強しない時期もある。成績が振るわずグレテいる時期もある。大音量で音楽を聴いている時期もある。憎しみのこもった眼で僕を睨んでいることもある。母親と大喧嘩している時期もある。人様に多大なご迷惑をおかけすることもある。成長の過程では子供は自分がどうしていいのか分からない時期があって当然だろう。

そのすべてに僕は寛大で笑顔でいつものように挨拶し僕の子供でいることを誇りに思って生きている。遊ぶお金であっても僕はいっさい口出ししないで多額の金銭を与える。いつまでそれを我慢できるかなと神様に聞かれているようでもある。そうした時期を過ぎて子供は自分を成長させようと思うようになり笑顔で僕に挨拶するようになる。わが子を愛するとはそういうことだろう。

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2009年2月14日 (土)

2月14日はバレンタインディ

2月14日はバレンタインディで多くの女性が愛する男性にチョコレートをプレゼントする。妻から夫への感謝の意味を込めたチョコレートもたくさんプレゼントされることだろう。結婚とは若木が成長するように幾多の風雪に耐え曲がりくねったり枯れそうになったり、それでも耐えて成長し老木になっていくようなものだ。

水分といういたわりの気持ちと養分という収入によって夫婦は成長し成木となりやがては老木となっていく。若木の時はちょっとした雨風にも弱く倒れそうになるようにお互いに主張し合うばかりで喧嘩も絶えない時期もある。深く大地に根を張っているが見た目は何も変わらない時期は夫婦として毎日同じ日々が流れている頃と同じだろう。

風雪に耐えて曲がりくねった幹になる時期はお互いに愛情も冷めきって種火さえないのではないかと思える頃だろう。それでも成木は生きようと水分や養分を大地から吸い取っていく。それは長年連れ添った夫婦が気がつくと空気のようにお互いに夫婦でいることが当たり前になっているようなものだろう。

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2009年2月13日 (金)

高額商品の所有から利用への転換

2008年金融危機以降、高額商品購入のためのローン審査がなかなか通らない時代になりました。不動産や車など現金一括払いで購入する人はなかなかいません。ほとんどの方は借金をして毎月返済することで購入してきました。借金ができなくなれば買いたくても買えないので消費は落ち込みます。

必然的に人々は購入できませんが利用することでの利便性は理解しているので賃貸や車のレンタルによって所有しなくても利用する方法を採用するようになりました。不動産は価格の下落が期待できますし車はハイブリッドや電気車など新しい車が発売される期待が持てるので急いで買う必要がありません。

レンタカーも近くのガソリンスタンド、コンビニエンスストアー、スーパーマーケットなど副業として中古車などを利用したちょっとレンタカービジネスが勃興すればもっと利用しやすくなります。不動産もちょっとレンタルできる別荘や商店などが揃ってくればちょっと借りて遊んだり商売したりできます。

所有するということでほとんど利用しない不動産や車が多いことに気が付きます。内需の喚起にはマルチタスクビジネスが面白そうだなと思います。ちょっと借りることのできる商店や工場、気の合った仲間が集まって仕事をする人材ネットワークなどがこれからの時代のキーワードになってくると思います。

2009 02 13 [心と体] | 固定リンク

2009年2月12日 (木)

子供をそんなに自慢してもいいのかな?

子供を一流大学に入学させたいと思うあまりに教育熱心になりすぎて子供の心を破壊してしまう親がいる。京都大学に進学した子供を自慢していた母親がいたが、子供が心を病んでしまい通学できなくなって自宅にこもりっきりになってしまった。

僕はその母親が自分の子供を自慢することに嫌味を感じていたが、どうも僕だけではない様子で知っている人は誰もその母親を心から心配している様子はない。自慢が過度になりすぎてお宅のお子様はどうなのよ?と大きなお世話に聞こえてしまう。

子供は母親の期待に応えようと必死になって頑張るものだが、反抗できる子供は心を破壊する寸前で期待に応えきれないと訴える。しかし、反抗できない子供はそのまま良い子で我慢し一流大学に進学できるが、そこで親の期待から解放されてボロボロになった心を癒せなくなる。

子供の反抗は自分の心を守る行為でもある。反抗する子供がいれば無理やり押さえつけるのではなく勉強しなくても遊んでばかりでも暴力的な言葉を浴びせても親である自分が何か反省しなければならないことがないかと考えるべきだろう。

2009 02 12 [心と体] | 固定リンク

2009年2月11日 (水)

そんなに我儘(ワガママ)言わなくても

子供は母親には特に甘える。母親の愛情を独り占めしなければ満足しない時期がある。お母さんを困らせて愛情を確かめる行為は赤ちゃんじみているがこれもまた大人へと成長する過程では我慢するしかないことだろう。自分のことで頭の中がいっぱいになっているときはとても感情的で周囲への配慮に欠けている。

子供は成長するにしたがい母親への甘えも減少していき甘える対象を恋人に変えていく。ただ、恋人は母親のように我慢強くないので自分の甘えを抑えなければ付き合ってくれないことを学習する。失恋すれば反省度も強くなるが容姿端麗でどんなに甘えても受け入れてくれる恋人なら甘え方も過激になるだろう。

甘えとは相手の都合に関係なく自分の都合を相手に押し付けて強く要求を押し付ける行為で相手にとって迷惑なことが多い。相手のことを考えないで自分の都合で物事を推し進めようとする行為は見識ある大人はしない。ひとりでも強くあれと思って自分を鍛えたり我慢しているのが大人だろう。

2009 02 11 [心と体] | 固定リンク

2009年2月 5日 (木)

反省はいつも後出しになる

子供は気に入らないことをされると途端にむくれて口をきかなくなったりいつまでも拗ねていることがある。自分の思いが通じないということだけで気に入らない。周りの状況を考慮するなどといったことは子供にはできない。子供は自分勝手な解釈だけで都合よく行動するので大人はその行動に振り回されるが多大な迷惑をかけるまでにはいたらない。また、子供はすぐにそんな態度を忘れて行動する。

しかし、大人がこうした態度をとれば態度を変えることがなかなか出来ず、その影響は大きく多くの人が迷惑をこうむる。精神的に大人に成りきれない大人はえてしてこうした子供っぽい態度を見せる。子供は成長するにしたがい他人への配慮を覚えるのでむくれたり拗ねたりといった態度をだんだんとらなくなっていく。しかし、大人になるとこうした態度をなかなか改められないものだ。

むくれる、拗ねる、口をきかない、反抗的になる、疎外感をいつも抱いている、などといった子供っぽい態度を見せる大人はその環境の中ではなかなか反省できず益々エスカレートしていく。周りの人々の話に耳も貸さないようになり応援してくれる人もなくしていく。最後はその環境から追い出されるようになり、たった一人になって初めて反省できる環境ができてくる。

大人になるとは自分の感情よりも周りの状況を把握して(周りの空気を読む)自分の考えや行いを絶えず修正できる人になるということだろう。自分が他人からどのように受け止められているのかが分からない分かろうとしないのは子供っぽい生き方だと心得ておくことだ。いつまでもむくれる、拗ねる、口をきかない、反抗的になる、疎外感をいつも抱いているといった態度をとっていて自分が成長することはない。

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2009年2月 3日 (火)

混沌の中にこそ新たな芽が出る

2008年の金融危機、2009年の実体経済の落ち込み、世界中で人員削減が進み世界経済は混沌の真っただ中にある。そんな中でこそ新たなビジネスの芽が出てくる。無審査でローンをつけて誰にでも家や車を売っていたアメリカはその不良債権を世界中にばらまき、既存のビジネスモデルをいっきに崩壊へと導いているようにも見える。

しかし、その中で新たなエネルギービジネス、水の浄化プラント、電気自動車、飲食チェーン店に代わり個人経営の飲食店の増加、企業が農業に参入し生産効率を高めて雇用を増やしている、ガソリンスタンドでの中古車のカーレンタルなど誰でも簡単に参入できるビジネスの芽が出てきている。

悲観の中に夢を、絶望の中に希望を見つけようとしている人々がいる。嘆いてばかりいるときに笑顔で変化へのチャレンジを始めている人々がいる。僕の会社も不況で苦しむITバブルが崩壊した真っ只中で起業した。激変の中でよく見つめれば新たなビジネスチャンスが見えて笑顔になれるものだ。変わるべきは自分自身。

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2009年2月 2日 (月)

誰でも悩みや不安を抱えている

誰でも悩みや不安を抱えている。その悩みや不安をいつも口に出してどうしようと話している人もいれば、誰にも話さず黙って耐えている人もいる。いつも口に出してしまう人は黙って耐えている人がうらやましいと思ったり強い人だと思ったりするが、口に出すか出さないかの違いでしかない。

僕は自分の悩みや不安を口に出すことはほとんどない。誰かに話してどうにかなるものでもないと思っているし、話すことで相手を心配させてしまえば申し訳ないと思ってしまう。自分が解決しなければ誰も解決してはくれないことを知っているので黙って耐え抜こうと思うようにしている。

相手に自分の感情をぶちまけるのは怒りでも不安でも悩みでも同じことではないだろうか。ぶちまけた自分は少しはすっきりするが聞いている方は反対にストレスになっているのではないかと思える。アドバイスは一度受ければ充分で、どうすべきか自分で判断しなければその方に申し訳ないと思う。

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2009年2月 1日 (日)

そっと見守り子供を愛する親もいい

子供は成長するにしたがって自分自身の力で生きてみたいと思うようになる。幼い頃は何でも頼ってきていつも親の懐に飛び込んできた子供が距離を置くようになり会話も少なくなっていく。親の言うことは何でも素直に受け入れてくれた子供は自分の考えで行動するようになる。親に反抗的になるのは自立の苛立ち、親が口出しするのはこれまでと違う子育てに戸惑っているからに他ならない。

やっとひとりで立ち上がった子供は危なっかしく危険もいっぱいなのだが僕はあえてそっと見守るようにしている。幾多の失敗も危険も経験してもいい、たくさん人を傷つけても傷つけられてもいいじゃないかと思っている。大切なことはいついかなる時も子供を愛する気持ちに変わりはないということ。「おまえの足で立ち上がり、おまえの考えで生きてみろ」と思って見守るだけでいい。

人にご迷惑をおかけすることもあるだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろうと反省することも多々あるだろう。遠回りしてもいつか気が付きそこからやり直せば良いではないかと励ましてやれる親でありたい。人はまっすぐに生きてゆけないし、曲がりくねった木々の方が風雨に強い。あえて風雪にさらし、親としてじっと我慢して見守っていてやりたい。

幼い子供が親に抱きついていたり親を呼んでいる声を聞くと振り返りあんな素敵な頃もあったなと感傷的な気分になることもある。子供はいつまでも親に頼りっぱなしではなく成長して親から離れるように準備を整えていく。いつの日にか僕から離れていく子供に頑張れと静かに応援しているだけでいい。大きく成長した子供が僕の墓前で「お父さん、ありがとう」と言ってもらえれば本望。

2009 02 01 [心と体] | 固定リンク

2009年1月31日 (土)

偉ぶる人ほど不幸

家の中でいちばん偉そうにしている人は何でも自分の言うがままに家族を使うが感謝しているわけでなく本人はやりきれない不満を抱えている。その不満のために益々家族への要求はエスカレートしていき隷属している家族はますます小さくなって暮らしている。

かつては父親がそうだった。僕は毎晩のように酔っ払って帰ってきて家でもお酒を呑み母や僕に暴力をふるって偉ぶっていた。「お前らなんかに何がわかる!」と吐き捨てるように叫んで酔いつぶれて寝てしまう。母も僕もそんな父を尊敬することはなかった。

僕は22歳になり母と僕がそんな父にしたのだと思って今日からは父を精一杯愛していこうと母に言った。それ以降、徐々に父の態度は変わっていった。65歳も過ぎると丸くなり母や僕に感謝の言葉をいつも言ってくれる父になった。偉ぶっている父は孤独で辛かったと思う。

2009 01 31 [心と体] | 固定リンク

2009年1月30日 (金)

親は経験したことを話し、子供は経験したいと思う

「歴史は繰り返す」といい、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という。親は子供に自分が経験したことから同じ過ちを繰り返さないように指導するが、子供は経験したことがないので同じ過ちを繰り返そうとする。結果として歴史は繰り返される。いくら嘆いても自分と子供は近い他人でしかない。

経験したことがある人がどんなに注意しても経験していない人は理解できない。経験してみて初めてあのアドバイスはこういうことだったのだと理解する。何とも皮肉なことだが人類はこうしたことを繰り返している。世代交代して行く過程では同じことが何度も繰り返される。

その過ちを繰り返さないように記録しておくことは大切だが、同じ人間でない限り他者は同じ過ちを繰り返していく。反省とは経験した者にしかできえない行動だ。こうしたことを理解して子供を見るとアドバイスはするが同じ過ちを繰り返したあとのフォローをしっかりやるべきだと気がつく。

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2009年1月29日 (木)

過干渉の親は干渉されるのが大嫌いの矛盾

子どもに過干渉の親は子供時代に愛情に恵まれていないことが多い。自分が親になれば理想的な子供教育を目指して行動する。しかし、理想的な子供教育は子供に対する愛情が過干渉によって反抗的な子供になってしまい愛情よりも憎しみが増幅しがちである。

憎しみが増してせっかくこんなに心配しているのにどうして分からないのという態度になり益々親子関係は悪化する。過干渉の人は他人からせっかく素晴らしいアドバイスをもらっても「私に干渉しないで!」と避ける傾向がある。つまり、他人に過干渉する人は他人から過干渉されることを嫌うという矛盾が生じている。

冷静になって自分自身をよく観察することができなくなることは誰にもある。どうにも子供に腹立たしい時は危険信号だと思えばいい。怒りの感情が沸々と沸き起こってくるときは冷静さを失くしているので子供は反抗的になるかできるだけ逃げていようとするものだ。

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2009年1月28日 (水)

いつまで勉強しとるんじゃ!

僕は中学3年生の時、高校受験のために深夜遅くまで勉強していた。ある日、父親が包丁を持って僕のところにやってきて「いつまで勉強しとるんじゃ!電気代がもったいないとわからんのか!」と包丁を振りかざして怒り出した。僕はとっさに外に飛び出して逃げた。

1時間ほど近くの駅でいると心配した母親がやってきた。もう大丈夫だから家に帰って来いと言った。僕はニコニコしながら「母さん、あれだけ父さんが頭に来るぐらいだから僕は~高校に合格する」と言った。この子は何を言っているんだと思ったそうだが僕にはそんな自信があった。

貧乏な僕の家では電気は貴重なのだが明け方まで勉強している僕を自分勝手だと思ったのだろう。確かに僕は進学したいと言ったが、明け方まで勉強するから電気代を出して欲しいとは言わなかった。ただ、僕が受験する高校の受験生でこれだけ父親を怒らせたのは僕だけならきっと受かると思った。

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2009年1月26日 (月)

親の期待はどんどんエスカレートする

どんなに優れた機械でも休めなければ壊れてしまう。人間ならばなおさらでしっかりと休養を取らなければ体や精神を痛めてしまう。子どもにとって一生懸命になって努力しているようでも親にはなんて怠慢な生活をしているのだろうと思うことがよくある。

また、少し勉強できるようになるとさらに高みに登れと期待を膨らませていくが子供にとってはありがた迷惑なことも多い。「母さん、私はこれで精いっぱいなの」というシグナルを見落としてはいけない。学生の頃の不勉強は働き出してからの勉強で充分カバーできる。

むしろ、働き出してからの勉強こそその人を成長させるものではないだろうか。松下幸之助しかり、本田宗一郎しかりで社会人になってからの勉強がその後の人生を決定している。学生の頃は勉強よりも道徳心を磨いた方がその後の人生には役立つと僕は思う。

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2009年1月25日 (日)

自分のプライドを賭けて言えない言葉

僕は55年の人生で他人に「死ね」とか「うざい」といった相手をまったく否定するような言葉を言ったことがない。また自分自身に対して「死んでやる」と自分を完全に否定する言葉も言ったことがない。「死ね」とか「うざい」などと言われた人は大きく心を傷つけられ生涯忘れることがないだろうし、「死んでやる」と言えば相手の方が心配するか軽蔑するだけだろう。

日ごろ親切にしてくださっている人に対して「死ね」とか「うざい」といった言葉を言ってしまえば、自分が受けた恩を仇で返すことになり失望や落胆は計り知れず生涯忘れることはない。何気ない言葉でも「死ね」とか「うざい」といった言葉は強烈に相手を傷つける。人生は漫画でもなければゲームでもテレビドラマでもない。取り返しのつかない言葉が「死ね」とか「うざい」といった言葉だろう。

どんなに意地悪をされても苛めにあっても僕は「死ね」とか「うざい」といった言葉を言ったことがない。それは自分自身へのプライドで自分はどんなにされようとも魂までは腐らないという僕からの強烈なメッセージでもある。ひとりで泣いても悔しさで感情が高ぶっても決して「死ね」とか「うざい」とは言わないで黙って我慢しその場から離れるようにしている。

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2009年1月21日 (水)

より良い人間関係の作り方

僕の母はいつも知り合った方には手作りの「巻き寿司」をお土産にして持って帰っていただいたりそのお宅に持って行ったりしてより深い人間関係を結ぼうとしていますし、僕はちょっとしたお土産を持って行ったりいっしょに食事をしたりしてより深い人間関係を結ぼうとしています。また、僕の32歳になる息子は食べ物を小分けにしてお世話になっている方々や同僚、後輩にお持ちしてより深い人間関係を結ぼうとしています。僕の家族に共通しているのは食べ物をプレゼントしたりいっしょに頂くなりしてより深い人間関係を結ぼうとしていることです。

僕は就職したとき上司や同僚に「田舎からのお土産ですので食べてください」と有田ミカンやかまぼこなどをプレゼントして仕事を教えていただきました。嫌みな上司や先輩社員も食べ物が入ると態度が柔らかくなりますし、ちょっとした仕事のコツなども教えてくれるようになります。食事を奢ってくれるようにもなりますし仕事の悩みまで教えてくださることもあります。上司や経営者となった時は部下や取引業者の方々にお土産をプレゼントしたり食事をふるまったりしてより深い人間関係を結ぼうとしました。

「同じ釜の飯を食った仲間意識」は人間関係をより強くします。僕の人脈のほとんどはこうして作られたといっても言い過ぎではありません。魚の行商をしている時も魚を無料でお配りして先により深い人間関係を結んでから販売を始めました。人間関係の構築が苦手な人はこうしたことをまったくと言っていいほどやりません。そのためにその人のために一肌脱ごうと思ってくださらないので人間関係はとてもドライです。人は良くしていただいた人に恩義を感じ無理して動いてくださるが何もしてくれない人には恩義を感じないので自分の都合でしか動いてくれません。

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2009年1月17日 (土)

悩みは最大のものに関心が移る

駅のホームにある飲料水の自販機の前で100円玉を落っことせば一生懸命に探そうとする。見つからなければ悔しい思いをするが、乗車するべき急行電車に乗り遅れれば100円玉のことなどすっかり忘れて焦るだろう。翌日恋人から別れてほしいと言われれば電車のことなどすっかり忘れて死んだ方がましだと嘆いている。次の日、病院であんたは癌だと言われれば別れの辛さより死への恐怖にさいなまれている。

人は今置かれている最大の悩みに関心が移り、それまでもっとも自分が悩んでいたことがかすれていく傾向がある。「あんた、先ほどまで~で悩んでいただろう」と言われてそうだと思い出す程度になってしまう。いっしょになって悩んでいた友達はあっけにとられてしまうものだ。悩みとはそうした性質を持っている。今ある悩みに苛(さいな)まれている人は、さらに大きな悩みがあれば自分はどうするだろうと考えてみればいい。

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2009年1月16日 (金)

苛められ傷ついた心は癒されない

人付き合いで他人を無視したり、無言で睨みつけるだけだったり、何を言っても否定するばかりで受け入れようとしなかったり、馬鹿にされたり、自分に対する侮辱的な言葉を周りの人に話していたり・・・そうしたことをされた場合、その人を心から許す気持ちにはなかなかなれない。

傷つけられた心は幾つになっても癒えることなく残っている。会うとそのときの記憶がよみがえりまた同じように苛められるのではないかと思ってしまう。苛めた人はすっかり忘れても苛められた方は生涯心の傷となって残っている。それほど人を苛める行為は残酷で悲惨だ。

親が子供を苛めたり、子供が親を苛めたり、上司が部下を苛めたり、部下が上司を苛めたり、友達が友達を苛めたり、好きな人があなたを苛めたり・・・人は憎しみから他人を苛めることがあるがその苛めは生涯その人を傷つけることだと知っておくほうがいい。その人は生涯あなたに近寄っては来ない。

苛められた人といっしょに暮らしたり仕事をいっしょにしたりするのはとても辛いのでそのときは離れているようにするべきだろう。そうしないと我慢すればするほど心がボロボロに引き裂かれていく。「君子危うきに近寄らず」思い切って環境を変えた方が双方にとって有益だと思う。

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2009年1月15日 (木)

自分の人生は自分が創っている

松下幸之助は9歳で小学校を中退し和歌山県を出て大阪の船場で丁稚奉公を始めた。日本中にはたくさんの丁稚がいたのにどうして松下幸之助だけが大企業の経営者になりえたのだろうか。彼以上に一生懸命に働いた丁稚も多かったはずだ。もともとは和歌山県でも有名な資産家のお子さんだったが父が米相場に投資して失敗し没落してしまった。

自転車屋の丁稚をしているときに大阪に導入された市電に乗りこれからの時代は電気だと直感し今の関西電力に入社する。仕事が面白いのでどんどん出世して暇になると今度は夜間学校に入学して仕事をこなしながら勉学にいそしんでいる。ただ小学校中退の彼は同僚のようにとはいかず筆記が苦手で途中で退学している。

彼は仕事も良くでき最年少の22歳で検査員という最高の役職に就いた。しかし、その役職に安住することなくソケットの開発を始めている。就職したら仕事を誰よりも早く覚えて積極的にこなし、少しの時間でも勉学に励んでみたりいろいろな物を見学したり体験したりして社会の流れを見ている。そして、オリジナルのものを開発しようとしている。

多くの丁稚奉公の中でこうした意識を持って働いている子供は少なかったのではないだろうか。仕事の愚痴を言い、与えられた仕事に創意工夫することなく、積極的に伸びようとする仲間の足を引っ張り、苛めで憂さを晴らし、給金で遊びを覚え、勉強よりも仲間といっしょに遊ぶことを優先していたのではないだろうか。

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2009年1月14日 (水)

自己所有ではなく自己都合による利用にこだわる生活

僕の部屋は4帖半でほとんどモノがない状態ですが生活はとても豊かです。友達が来れば近くの仲良しの料理屋に行きますがイタリアンでもフレンチでも割烹料理でもうどん屋でもOKです。最高の料理人を雇っているのと同じで最高のおもてなしができます。もしも、自宅に最高のキッチンを用意して彼らのような料理を振る舞えるかと言えば答えはNOです。

週末は近くの温泉に行って露天風呂やジェットバスなどを楽しみますが、自宅にこんな設備を持っている人などいません。別荘がなくてもリゾートホテルや旅館を利用すれば最高のおもてなしを受けることができます。親しくなれば多少の無理も聞いてくれます。自己所有にこだわるとお金がいくらあっても足りませんが、それぞれをうまく利用すれば生活はとても豊かになります。

こうした利用では、行きつけの施設の方と親しくお付き合いすることで僕は近隣の飲食店では食べに行った時に何かしらお土産を持っていったりします。人付き合いがうまいかどうかは生活の場を広げられるかどうかでもあり、積極的に気に入った飲食店や施設の方と親しくなっておくことです。街が自宅のように利用できる環境は自分で作ることができます。

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2009年1月12日 (月)

他人のふんどしで相撲を取ることも一興

仕事が嫌だと思っている人は少なくない。誰でも一度や二度は仕事を辞めたいと思うものだ。僕はそうした相談を受けると仕事が嫌な時は転職するか仕事を好きになるか独立するかだろうと話す。嫌な仕事でも一生懸命にやって業績を上げていれば取引業者やお客様の会社から退職するならうちの会社に来て欲しいという話がある。何の話もやってこないならそれは自分の評価が思った以上に低い場合で素直に反省すればいい。

自分の評価がどれほどなのかは転職しようと思いますが僕を雇う企業はあるでしょうかと業者様に聞いてみればいい。「君なら是非ともうちの会社に欲しいね」と言ってくだされば仕事の内容や給与面での相談次第では転職するのも良いことだ。「君なら他にいい会社が見つかるだろう」と言ってくださる場合はどこに行っても雇う会社はないということだろう。

仕事で業績を上げて評価も高い場合は独立を考える人もいる。一国一城の主となるのは誰でも一度は夢見る。経営者となって思う存分やってみたいと思うのは自然な考えだろう。業者様でも「君が独立するなら君と取引するよ」と言ってくださる方がいること。今の会社内で貴方に就いてきて下さる方あるいは応援して下さる方がいることなどが独立への条件だろう。誰も応援してくれない場合は独立しても失敗する。

今の会社内で倒産のリスクは経営者にお任せして給与を頂き独立してもできない仕事をやらせていただくことに感謝して社長のふんどしで相撲を取ることに生きる喜びを感じる従業員も多い。多額の借金をして自分の給与が取れないリスクを背負い、従業員には気を使い、銀行にはペコペコし、家族からは生活費をいつ入れるのだとせっつかれることなく思う存分仕事ができることは大いなる喜びだ。

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2009年1月11日 (日)

思いやりを失くし自滅し、反省して蘇生する

自分の要求ばかりが先行して相手の立場を考えない行動に出るのは赤ちゃんで、親の立場を考えないで自分勝手に行動する。それでも親は喜んで赤ちゃんの世話をするが、それは相手が赤ちゃんでひとりでは何もできないことを知っているからに他ならない。

社会人になり自分の要求が先行して相手の立場を考えない行動に出て「私のことを何も考えてくれない」と言っていると人付き合いは破局を迎える。親は付き合ってくれても他人はそこまでは付き合えないと離れていく。自分が甘えていたと反省するしかない。

職をなくしたり、恋人をなくしたり、連れ合いをなくしたり・・・人の別れにはお互いの思いやりをなくした結果ということが多い。思い出してみると相手を傷つけて自分勝手なことばかりしていたと反省することばかりだろう。その反省こそが自分を蘇生させる。

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2009年1月 9日 (金)

誰も私のことを分かってくれない


「あなたに私のことなど分からないわ」「僕のことなど誰も分かってくれない」などといった言葉を聞くことはよくある。落ち込んだ時や感情的になっている時によく出てくる言葉だが、他人は受け入れてもいいと思える程度までは分かっているように振る舞えるが、それ以上は受け入れがたい。

他人にこう思ってほしいとかこのように行動してほしいと思っていても自分が要求している内容が相手に伝わり、しかもそれを受け入れても良いと思っていただけなければ相手はこちらの思うようには動いてくれないものだ。ただ、それだけのことなのに悲観したり怒ってみたりしている。

自分の考えているように他人が行動してくれないときは自分の実力がそこまで行っていないか自分の考えが身勝手なことになっているかだろう。つまりは自分を高めて受け入れなければならないと思ってもらえるようになるか、反省して謙虚になるかだろう。相手にとってまだ自分は子供のようなのだと思えばいい。

反対に「私は他人のことを分かっているのか?」と問い返してみよう。ほとんど他人の事が分からないだろうし人の考えや感情は変幻自在で理解できないというのが本当のところだろう。私も相手のことが分からないのに相手が自分のことを分る筈がないと思えば少しは謙虚になれる。

人はそれぞれ自分が大切だから、他人の要求には素直には応え難いものだ。他人の都合を考えずに自分のことばかり言っているとき「あなたは私を分かってくれない」と叫んでいることが多い。「あなたはあなたを分かっていますか?」その問いに「はい」と答えられる人はまずいない。

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2009年1月 8日 (木)

阪神タイガースで「アニキ」と呼ばれる4番打者

阪神タイガースで「アニキ」と呼ばれる4番打者 金本知憲著「覚悟のすすめ」を読みました。1991年ドラフト4位で広島東洋カープに入団。体力もなく注目されることもなく、いつ戦力外通告されるか分からなかった状態だったそうです。連続フルイニング出場世界記録を更新中の彼の生き様は一流と言われる選手にふさわしい内容でした。入団して3年後には戦力になる選手になろうと練習につぐ練習に励んだそうです。

シーズンオフこそ他の選手と差をつけるチャンスだと筋トレやバッティングを磨きました。どんな病気や怪我でも試合に出場していたのは最初の頃はレギュラーを他の選手に奪われる恐怖からだったそうです。後半はプロのレギュラー選手として期待されている以上出るのは当たり前という意識だそうです。ビジネスの世界では退社してからの過ごし方が大切でしっかりと勉強して自分を磨いていなければ他の従業員とは差がつかないということでしょうか。

どんなことがあってもやり続ける心や努力する心が大切で少しの練習では身につかないそうです。筋肉は少しの手抜きも許さないそうでやればやるだけ筋肉はついてきますが、さぼるとすぐになくなっていくそうです。入団当初は体力がなかったけれども3年間筋トレをやり続けるとプロの世界で通用する体力がついたそうです。ビジネスの世界でも少しだけやって結果が出ないと愚痴っても当たり前ということで、3年間はやり続けるということでしょうか。

チームプレーに徹して個人の記録に目をつぶる態度がなければ優勝しないそうで、かつての阪神タイガースは個人記録に重点を置いたチームだったそうです。その頃は万年最下位の駄目トラチームでした。優勝するためにはお互いに優勝するという強い意識とお互いに切磋琢磨して向上するひたむきさがなければならないそうです。お互いにひたむきに問題点を指摘して修正する強いチームワークがなければ優勝しないということです。言わなければならないことはあえてすぐに言うことですね。

また一流の選手になるには「感謝の心」が大切で。感謝することで多くの人から支持され支援されるようになれたそうです。その支持や支援に応えるべく努力するという好循環が生まれます。怒鳴られて嫌々やらされている練習でもやり抜けば実力になってくるそうです。辛いことから逃げ出そうとする自分を無理やり追い込んでくれる人がいれば向上するきっかけとなるそうです。嫌みな上司も見方を変えれば自分の成長のためになっているということでしょうか。

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2009年1月 7日 (水)

知力、体力よりも精神力

わが愛する阪神タイガースの前監督 岡田彰布(おかだ あきのぶ)著「頑固力 ぶれないリーダー哲学」という書籍を読みました。常勝チームになるには「勝利への執念、個人プレーではなくチームプレー、緻密な作戦、短所ではなく長所を伸ばす指導、打順をいじらず」といった内容でした。ビジネスの世界でも打順を組織に置き換えれば納得できるものでした。

ドラフトで入団してくる選手は皆才能が溢れているのに多くが潰れていくそうです。使ってくれないという不満から腐っていく選手、ちょっと活躍するとチヤホヤされて舞い上がってしまい自分の才能を過信して潰れていく選手が多いそうです。そんな精神面の弱さを克服して真面目に謙虚に練習に励む選手だけが残ってくると書いていました。

どんなに才能があっても精神面でのタフさが一流選手と潰れていく選手との違いでしかないのだと思いました。「腐ったらアカン」という言葉があるように拗ねてみたりイジケテみたりという状態はいちばん救い難い心です。いついかなる時もいつかはチャンスが必ず自分にも巡ってくると信じてトレーニングに励める強い精神力こそが野球の世界でも大切で知力、体力よりも精神力が求められます。

2009 01 07 [心と体] | 固定リンク

2009年1月 3日 (土)

無職にて天下の大地を踏みしめる

仕事を失い天下にひとり立つ。そんな素敵なことはない。無限の可能性を手に入れたのだから、誰にも邪魔されず、上司に文句も言われず、ただ己の信じるままに天下に行動を起こすことができる。己の力量次第でどんなにか大きなことを成すかわからない。無職とはそんな状態を指して云う。

僕は23歳、31歳、45歳の3度、無職になったことがある。23歳ではお金に困って魚の行商を始めたが、これがビジネスの基本を叩き込んでくれた。31歳では有り金全部をもってアメリカに行ってきたがアメリカも日本も同じ人間だと痛感して帰ってきた。45歳では残された人生を何か人のためになることをして過ごしたいと思った。

23歳の時は悲しかったが、その悲しみはこれからの不安でしばらくして悲観の中にビジネスの夢を見るようになった。多額の借財に絶望していたが、その絶望の中にやり抜いてみせるという希望を見つけた。31歳の時は2度の離婚でさすがに何もヤル気が起きなかったのでアメリカに行った。

ロスアンゼルスのサンタモニカの海岸で失恋して無職になってしまった黒人と出会った。落胆している彼に僕の洋服の番を頼み、僕は西海岸の海を泳いでいた。一緒に食事をして話をしていると日本人となんら変わらない同じ人間だとつくづく思った。たくさんのアメリカ人と友達になりアメリカで商売もできるという自信を持った。

アメリカで興味を持ったウインドサーフィンを帰国してから始めようと仕事は夜で済ませる学習塾にした。学習塾に夢と希望を抱いていたわけではなく、自己都合でそうなっただけで勉強も風次第で、いい風が吹いているといつもビーチに行っていた。子供たちにとって僕は先生ではなく何でも相談できる物わかりのいい兄ちゃんだったろう。

45歳の時は自分が覚悟を決めて無職になり1年ほどは考え悩み続けた。こんどこそ仕事に命を吹き込もうと思っていた。社会人教育の必要性を感じてパソコン教室を始めることにした。僕は3度ともに自分で風を起こすことで自分を活かしてきた。無職なら自分でどんな風でも起こせる。おのれ自身を見失ってはいけない。

2009 01 03 [心と体] | 固定リンク

2009年1月 2日 (金)

父よあなたは偉かった

子供の将来を憂い思わず子供に厳しくしつけてしまう親は多い。その親の厳しさが理解できるのは自分が親になり子育てに悩み疲れ果てたときだろう。僕の親は厳しかったが親と一緒に暮らしているときはただただ憎らしい存在でしかなかった。毎日のようにぶん殴られる生活に殺意さえ抱くことすらあった。

若い頃の僕は親の力などなくても自分の力で何でも乗り越えられると信じていた。世の中は自分の実力次第でなんとでもなると信じていた。とくに学生の頃は知識に溺れているので始末に悪い。勉強さえしていれば自分よりも成績の悪い奴より社会で成功できると信じていた。それらが崩壊するのは就職してからだ。

成績が振るわない奴でも親の会社を継いだ奴はしっかり素晴らしい経営者になって収入も良くなり人格も備わっていた。親の助けをうまく利用して社会人になってからスキルアップに努め資格を手にして立派になっていった奴もいた。悪さばかりしていた奴でも無一文から会社を立ち上げて成功している奴もいた。学校の成績とは多くの場合関係のない世界だった。

魚の行商をしていることを知っている両親はどんなにか僕を助けたいと思ったことだろう。他人から「あんたの息子さん、魚売っていたわよ。なんとかしてあげたらどうなんよ」と非難されたことも多々あった。それでも両親は近くでひとり住んでいる僕に何も言わず何も助けずジッと耐えていた。そんな関係が10年も続いた。親父がとてつもなく偉い親だったなと思うのは親父が死んでからだった。

2009 01 02 [心と体] | 固定リンク

2008年12月30日 (火)

君は自分の仕事を感動をもって語れるか!

自分の仕事を涙で語る人々がいる。「BUNちゃん先生と出会って、オーナーに出会い、私は生まれ変わりました!」と語ってくださる。人はそれぞれ順風満帆で生きてきたわけではない。暴風雨に出会い、吹きっさらしの中で寒さに凍え震えが止まらないこともあっただろう。浮遊する流木のようにどこに流れていくのかさえ分からないこともあっただろう。

誰もがそんな中でとある会社に就職し、そこで運命的な出会いをする。「君は自分をもっともっと褒めてやらなければ・・・」自分が褒められる存在だなんて、期待されている存在だなんて、そして愛情いっぱいに厳しくもある上司や社長に出会う。多くの人に、そしてご両親に感謝できる人に変わっていく。気がつくと自分の仕事や会社を熱く語っている。

立ち上がり胸を張って両手を広げて暴風を受け止めている自分に気がつく。傷つくことを、失敗することを恐れない自分がいる。そんな成長をさせてくれた会社や経営者や上司がいる出会いのある場にいる幸せをかみしめながら熱く感謝にうち震えて喜びに溢れて語ってくれる。ともに目標を持って感謝して生きることほど幸せを感じるものはない。

2008 12 30 [心と体] | 固定リンク

2008年12月28日 (日)

夫婦関係は熟成される

夫婦と云うのは結婚当初はホットな関係だが半年もすると冷めてくる。しかし、3年、7年、10年と経つうちに熟成されとても良い味になっていく。いつも一緒でなければ寂しくて悲しくて切なくてなんてのは夫婦では初級段階で、20年近くなると一緒にいなくても寂しくなく悲しくなく切なくないがお互いに存在を認め合っている空気のような存在になる。

稼ぎが少ない父ちゃんが誰よりも愛おしくなるし、しっかり太って家事をしている母ちゃんが世界一の女だと思えるようになる。いろいろな苦労をかけてすまないねと言えない父ちゃんのことを分かっている母ちゃん、「あんたが私には世界一の父ちゃんだよ」と言ってくれる母ちゃんに励まされて心が温まる夫婦になっていく。

危なっかしいと思っていても、自分たちもあの頃は危なっかしかったねと納得して優しく子供の成長を見守る夫婦。夜中に二人で散歩しているだけなのにお互いに「ありがとう」と言い合っているのがわかる夫婦。このあたりが中級で、「あんたとまた一緒になってあげる」と墓石の前で言うようになれば上級の夫婦だろう。

2008 12 28 [心と体] | 固定リンク

2008年12月26日 (金)

メリークリスマス

子供たちや妻は僕に「ありがとう」と言ってくれる
ただそれだけが僕には最高のクリスマスプレゼント
来年もそうなるように生きることが僕の喜び

2008 12 26 [心と体] | 固定リンク

2008年12月25日 (木)

干渉しない愛情

僕は22歳で離縁した妻の家から多額の借財を一人背負い一人息子を置いて出た。毎月の返済額は僕の月収をはるかに超えていたので両親に助けてもらおうと相談に行った。しかし、僕の父は僕が一番困っているときに何の助けもなく「お金で困っている奴にお金をやってもまたせびりに来るだけだ」と冷たく突き放してくれた。

おかげで返済が完了するまでの10年間、僕は両親を恨んだが返済が完了し、久しぶりに実家に寄って報告しに行ったとき、あの夜父が泣きながら母に「今から家にある金を持って息子の所に行ってやろうか」と話したこと、それを母親が男が一度決めたことは何があっても変えてはならないと諭したと聞いた。たとえ、息子が死んでも厳しい親の愛情を貫くと決めたそうだ。

おかげでサラリーマンを辞めて魚の行商に転じ、行商で培った人脈を生かして下着の販売、洋品の販売、2件の洋品店を開き、チラシの請負仕事、服飾メーカーを初めて都内に卸し、化粧品店の開業と10年間でいろいろな経験をすることができた。親は子供に干渉するのが大好きだが子供を突き放していっさい干渉しない愛情ほど辛くて苦しいものはない。あえてそれを選んでくれた自分の親に感謝。

2008 12 25 [心と体] | 固定リンク

2008年12月24日 (水)

夢を追いかけてたくさん泣いた分だけ成長するものさ

僕は30歳から45歳まで進学学習塾を16年間経営していた。毎年年末になると進路を決めなければならないのでご両親と生徒を交えて進学相談会を開催する。大学受験は数校受けるし全校不合格になる確率は低い。しかし、中学受験や高校受験は本人やご両親のたっての希望もあり受験校の選択は難航する。

受験生が真剣に勉強し始めるのは最終学年の秋以降で周りが受験モードになってから真剣に勉強し始める生徒は地域でいちばん難易度の高い中学や高校には進学できないことが多い。地域一番校は1年以上前から受験を目標にコツコツと勉強できるタイプの子供が合格しやすい。まさに継続は力なりである。

自分が担当している受験生が第一志望校に不合格となり落胆して報告してくれるが、「いいか、人生に失敗はないんだよ。この不合格はきっと君の人生で大きな収穫となる。決して落胆せずに胸を張って生きるんだよ。挑戦したことが君の最高の誇りで、結果はいつでも取り返せる。」と激励する。

先生とは真剣になればなるほど苦しみも大きいしご両親や他の先生からご批判を仰ぐことも多くなる。子供たちの大それた夢を追いかけることを最初から大人が寄ってたかってアキラメさせて子供が得るモノよりもみずから選んだ夢を追いかけて潰れて泣いたことから得るモノの方が大きい。

僕は子供たちのバカみたいに思える夢が大好きで「宇宙飛行士になりたい」「F1ドライバーになりたい」「大会社の社長になりたい」「俺は大金持ち」・・・などいっぱい朝まで僕に語ってくれた。そのどの夢にも僕は真剣に耳を傾けどうすればその夢が叶うのかをアドバイスしてあげた。子供たちの眼がキラキラしていたがご両親からはよく叱られた。

そんな子供たちもすでに20歳から40歳になり街で出会うと良きパパやママになっている。進学校で彼らの将来が決まるわけでなく、彼らが誰に出会うかでその後の人生が大きく変わるということだけは分かる。先生は生徒の人生を変えうる力を秘めている。いまでは年齢に関係なく多くの生徒を抱えているが僕は昔と変わらない。

2008 12 24 [心と体] | 固定リンク

2008年12月22日 (月)

僕の万年筆を買ってくれませんか

僕が保育所に通っていた頃、家に男子高校生が訪ねてきた。僕が応対すると親に会いたいというので僕は内職をしている母を呼んだ。その高校生は学生服のポケットに差している万年筆を取り出して「この万年筆を買ってくれませんか」と言った。

まじめそうな学生で親の仕送りが途絶えて生活費に苦労しているとのことだった。僕の家も貧乏でお金などなかった。事情を聞いた母はその学生に「今日からこの家に食事をしに来なさい。その万年筆は親から頂いた大切なものでしょうから大事にしまっておきなさい」と言った

母は家にある食べ物を包んでその学生に渡していた。おかげで夜の食事は茶粥だけとなってしまったが何か良いことをしたという気持ちになっていたので空腹感はなかった。僕もその雨漏りのする古い木造校舎の高校生になり彼は政治家になった。

2008 12 22 [心と体] | 固定リンク

2008年12月21日 (日)

空を見上げて汗を拭き、大地を見つめて生きる

企業の業績が悪化すると経営者は売り上げの増加策を検討する。営業に走り回り少しでも売り上げを伸ばそうと努力する。それでもダメな場合、悪化する業績に応じて規模を縮小するための経費削減を検討する。出張費や事務所の移転縮小、営業所の廃止や社用車の売却などを実施する。しかし、それでも業績が回復しない場合は人件費の削減に着手する。

人件費の削減には残業の廃止を最初に行い、それでもダメなときは派遣社員の契約を更新せずパートや契約社員の仕事量を削減し、様子を見るが業績がそれでも悪化するようであれば1か月前に解雇通知を行う。それでもダメな場合は正社員の解雇が始まり企業の存続をはかる。企業にとって解雇は最後の手段であり非上場企業の経営者はその苦しみに心を病んでしまう。

僕は職を失った時、お客様や取引企業から幾つかのお誘いがあった。地元企業からのお誘いもあったがすべてお断りして魚の行商という自立の道を選んだ。多額の借財の返済があったからで高収入のチャンスが少しでもある道を選択した。僕が幼い頃、終戦で焼け野原の故郷に立ち、何もない中で家族を養うためにリヤカーを引いて行商している多くの人々を見てきた。

大阪市千林商店街で開業したわずか3坪のお店ダイエーだって日本一のスーパーになっていった。戦争の苦しさに比べたら今の苦労など苦労の内に入らないといつも笑顔で働いていた。自転車の後ろに木箱を積み上げて魚の行商しているおじちゃん、リヤカーに野菜を積んで販売しているおばちゃん、みんな貧乏でその日暮しなにの笑顔で逞しかった。辛いことは胸の内にしまって空を見上げて汗を拭き、大地を見つめてリヤカーを引いていた。


2008 12 21 [心と体] | 固定リンク

2008年12月18日 (木)

誰がそこまで言ってくれる

親は子供の行動に責任があり、犯罪を犯したり人様にご迷惑なことをすれば「親のしつけがなっていないからだ」と言われ、家族や親族にまでその非難は受けなければならない。友達であればそんな責任はなく非難されることもない。必然的に親は子供の行動には厳しい指導をするようになり責任のない友達は人当たりの良いことしか言わないようになる。何か事があれば親が子供の面倒を引き受けなければならないのに対し、友人はその面倒に金銭的な負担を負わなければならないことは一切ない。

大人になるとその付き合い方はさらに希薄になり、面倒なことは一切言わなくなる。誰が嫌われるかもしれないのにあかの他人に真剣に叱るだろう。「君はここを直さなければいけない」と心から叱ってくれる人がひとりでもいる大人は幸せな人で、ほとんどの場合何をしても「そうだよね」と人当たりの良いことしか言わない。そうした人当たりの良い人との付き合いばかりになると私は充分これで満足だと思うようになるが、実際は多くの人に迷惑をおかけしていることがほとんどだ。

厳しいことを言ってくれる人がいる大人は生き方に張り合いを保ち続けている。厳しい自己目標を絶えず意識するようになるし怠けているとすぐに指摘され修正を求められるからだ。それを嫌味や苛めだと受け取るか、自分の修正すべき点だと気がついて真剣に修正して生きてみるかは受け手の人の器次第だ。軌道修正できる人間は成長していくだろうし苛めや嫌味と受け取る人は自分の世界に閉じこもりいつまでも軌道修正できないので違った方向に益々進んでしまう。

僕の人生は軌道修正の連続で、いつも指摘されたり暗示されたことから自分の反省材料を認識してすぐに修正するようにしている。感情的になる時間が無駄に思えるからで、すぐに修正して良い結果を得られればその方が自分にとって得だからだ。人生は限られていると思えばすねていたり怒ったり落ち込んだりしている時間がもったいないと思えるようになる。とにかくやってみてどのような結果が出てくるのかを知ることの方が面白い生き方だと僕は思う。

2008 12 18 [心と体] | 固定リンク

2008年12月17日 (水)

社長の能力以上の従業員は採用できない

企業経営者は自分の能力以上の従業員はほとんどの場合採用できないし採用できたとしても転職・独立していくことを知らねばならない。企業経営者よりも能力があれば面接時点で見切りをつけるだろうし、就職しても企業のアラが目立ってヤル気を失くし転職するか独立していくだろう。退職してどんどん成長する元従業員などはその典型だ。

企業経営者は優秀な人材が欲しいと言うけれども優秀な人材が欲しければ優秀な人材が就職したいという経営者にならなければいっしょに働いてはくれない。真剣に企業のことを思い現場を回り労をねぎらい働きやすい環境を絶えず創出していき業績向上への明確な方向性を示せるように勉強し人脈を構築する。

企業経営者である自分を高めておけばたとえ企業規模が零細でも優秀な人材はやってくる。優秀な人材は自分の才能を発揮したいので企業規模にはこだわらず何をさせていただけるのか、どんな経営者なのかに興味を抱いている。企業経営者はいつも自社のスタッフを研修して能力を高めているが自分自身を高めなければ見切られる。

三国志で有名な蜀(蜀漢)の初代皇帝劉備がひとり立ち、黄巾の乱に際しての関羽・張飛という最高の武将との出会い、諸葛亮との出会いと三顧の礼を尽くしての参謀入りなど優秀な仲間を集めていくプロセスは現在の企業活動でも同じこと、ともに大志を持ってその時代を生き抜き、民衆のために時代を駆け抜けるからこそ多くの人々に愛されるのだ。

2008 12 17 [心と体] | 固定リンク

2008年12月12日 (金)

今日の私はとても素敵

僕はかつて25歳前後のキャリヤウーマンを対象にしたブティックを経営していました。そのとき、どんなに美人でスタイルが良くても着映えのしない女性がいることに気が付きました。姿勢が悪いので素敵な洋服がよれよれに見えてしまうのです。反対にスタイルや容姿に自信がなくても笑顔で姿勢が良い女性は洋服がとても素敵に見えることも発見しました。洋服はその人の姿勢を現わしているのです。

昔、ファションモデルが洋服の着こなしのアドバイスをしてくれました。「洋服を着こなすには自分が生きていることに自信を持つこと。そのためにはいつも努力を惜しまずに生きることよ。」彼女は痩せることや脚の長いことや背筋を伸ばすことではなく生きている自分に自信を持てとアドバイスしてくれたのです。これには驚きを感じましたがさすがはプロのモデルだなと感心しました。

どんなに他人から思われようとも蔑まされようとも自分はいつも自分を褒めてあげることができます。仕事で疲れたり嫌味を言われたり、恋人に裏切られても「今日はよく頑張ったね。今日の私はとても素敵」と自分自身を褒めてあげてください。どうせ自分はたいしたことのない人間だものと諦めないでどんなことでもやってみればカッコ悪いかもしれないけれどやらないよりはましと言い聞かせてあげてください。

2008 12 12 [心と体] | 固定リンク

2008年12月11日 (木)

お互いの感情は鏡のように映し出される

子育てに苦しんでいる親は多いが、それと同じ数の子供が親に苦しんでいる。お互いの感情は鏡のように映し出されるからで「どうしてあの子は・・・」と思うように「どうしてお母さんは(お父さんは)・・・」と思っているものだ。親の期待が大きいほど子供は自分を見失いそうになり激しく抵抗する。自立しようとしてもがいている子供に無償の愛情を持って見守ることがいちばんだろう。

2008 12 11 [心と体] | 固定リンク

才能よりも意志と継続こそが大切

100mを10秒以下で走ればオリンピックで金メダルを取るチャンスがあるが20秒もあればほとんどの人は100mを走りきる。せいぜいその差は2倍程度で人間の能力に数倍の差はない。ただホンの少しの差であっても継続すれば日にちが経つにつれて大きな差になって表れてくる。

何としてもやりきるという強い意志と日々の継続があればホンの少しの差であっても大きな成功を収めることができる。才能よりも意志と継続こそが大切だと思う。才能がないからと嘆いている人でも、毎日ホンの少しでも挑戦し続けていれば2~3年もすれば大きな差となって表れてくる。

2008 12 11 [心と体] | 固定リンク

2008年12月 9日 (火)

職人としての誇りってなんだ

僕のおじさんは和食の料理人だった。おじさんは独立して繁盛する料理屋を経営していた。僕は保育所の年長者の頃からおじさんの調理の仕事を手伝い、いろいろなことを教えてもらった。料理人は自分の腕を磨くことは当然だが、慢心をおこすとお客様は自分が調理したものを黙って食えばいいと思ってしまう。しかし、プロの調理人はお客様が最高の気分で「ありがとうございました」と美味しさを感謝の言葉で語ってくださるように調理するものだと教えてくれた。

お客様が変われば自分の調理も変える変幻自在が必要で、それができるのが本当のプロだと語っていた。商売繁盛の秘訣は最高の腕を持ちながらひとりひとりのお客様のご要望をお聞きしてお客様が最高の満足を得るようにアレンジして調理して差し上げることでお客様のご満足を得ることのない商売は繁盛しない。頑固にならねばならぬことと変化に対応しなければならぬことを見誤ると繁盛しないお店になり多くの人に迷惑をかけてしまう。

おじさんはまた自分のことを知っていただくために商店街に立ち自分の手書きのチラシを持って手配りしていた。プロはお店に来てくださるお客様に調理するだけではダメで、ここに自分がいてお客様のお気に召す最高の料理をお出しできることを知っていただく作業を怠ってはいけないと教えてくれた。料理人の恥だと陰口をたたかれても毎日のように商店街の一角で手配りし続けたがその積み重ねがなければ繁盛店を創れないと教えてくれた。

2008 12 09 [心と体] | 固定リンク

2008年12月 8日 (月)

天国から地獄へは早いですなぁ

和歌山県は磯釣り川釣りのメッカでもあり週末には多くの釣り人が関西一円からやってくる。毎週のように大阪からやってくる67歳になる釣り人はタクシーの運転手で15年前は手取り27万円あったそうですが今では16万円程度になり年金暮らしでなければタクシーの運転手はやっていけないとこぼしていました。

この釣り人は大阪生まれで工場で働き腕を磨いて会社を立ち上げ順風満帆に業績を上げていましたがバブル絶頂の頃会社を広げて失敗したそうです。その頃は100万円が小銭に思えたそうで、大阪ミナミの繁華街で派手に飲み歩いていたと話してくれました。バブル崩壊とともにあれよあれよという間に赤字になって倒産してしまったそうです。

赤字になっても今に良くなると思い込んでいたそうで多額の借金を重ねてしまったそうです。会社を起こした当時の謙虚さがなくなり作れば売れる置けば売れる時代になり商売を甘く見てしまったと反省していました。「天国から地獄へは早いですなぁ、私のような者は経営者には向いていませんなぁ」と笑いながら話していました。

2008 12 08 [心と体] | 固定リンク

2008年12月 5日 (金)

これは嫌だ、あれはできない

戦後日本に引き揚げてきた人々は一面の焼け野原を見て落ち込んではいなかった。戦争が終わりこれで平和に家族と暮らせるという嬉しさがあった。仕事を探しても会社自体がない。彼らは食料を求めて海に出たり山に行ったり・・・。僕のお父さんは田舎の河で魚をとって闇市で売っていた。行商人ではあるが立派な個人事業主に誰もがなっていった。

家族を養うためには仕事を選別している余裕などなかった時代、多くの人はリヤカーに作物や魚などを積み売り歩いていた。誰もが貧乏で餓死しそうな人をみると自分のなけなしの食べ物を提供して励まし合っていた。バラックのような家に住み、ベコベコになった鍋でお粥を作り、ちゃぶ台で一家が粗末な食事をした。たった50年ほど昔の日本にはそんな光景が当たり前だった。

職を探して職があればいいが職がなければ落ち込んでいても腹を立てていてもしょうがない。手に職をつけるよう勉強するか独立するよう知恵をしぼるか今の世の中昔に比べれば恵まれている。愛すべき人を守るためにも自分のプライドや恥を捨てていちから出直すことだ。焼け野原の日本でも人間生きていけたんだもの何とかなるものさ。

2008 12 05 [心と体] | 固定リンク

2008年12月 4日 (木)

僕は真剣に生きてみたいんだ!

自分の職場を誇りあるものにするのも後悔するものにするのもそこで働くひとりひとりの自覚で決まる。誰もヤル気のない職場に就き真剣に働こうとすると「目立ってどうする」と叱責を受ける。そんな職場にいると頑張ろうとする意欲が薄れていく。ヤル気のない従業員ばかりの職場にいることすら嫌気がさして自己嫌悪になる。

そんな会社でも信頼してくださるお客様がいる。いつも感謝して頭を垂れてくださる。そんなお客様に対してヤル気のない対応をしていることに腹立たしさを覚えて会議の席上で「僕たちはお客様をバカにしていませんか。僕たちを信頼してつきあってくださるお客様が誇りに思ってくださる職場だと胸を張って言えるでしょうか。」

「お客様は僕たちを信頼してくださって真剣につきあってくださっている。僕たちも真剣にお客様と向き合ってつきあおうではありませんか。僕たちのお客様が誇りに思える会社にしようではありませんか。」発言している間は涙がこぼれてくる。職場は生きることに真剣になりたいと思う社員が役職に関係なくひとりでもいれば変わる。

「僕は真剣に生きてみたいんだ!」と自覚したときから成長は始まる。真剣に生きるとは自分がやりたいことをたくさん我慢する生き方でもあるが、我慢して一歩一歩努力することで月日が経てば大きな成長になっているものだ。そう思って生きている人が将来、成功者だと評価され多くの人から尊敬を受けるようになる。

2008 12 04 [心と体] | 固定リンク

2008年12月 3日 (水)

くそ!見返してやる

凡人が自分のやりたいことだけやって生活していると怠惰な生活に陥りがちで、テレビ、ゲーム、友人とのたわいのないメール交換、ごろ寝、インスタントな食事、部屋でジッとしている毎日になりがちだ。「自分のやりたいことをやればいい」と言われても今で充分自分がやりたいことをやっている。周りの人が心配しているように自分もこれでいいのかと心配している。

こうした生活には高い目標も使命感もないので心底悔しい思いをすることもない。片思いの人ができて愛を告白したときに「今のあんたに私が養えるの、私をバカにしているの」と一喝されるとか、生活するお金もなくて親にお金をねだりに行って「お金がないなら死んでしまえ」と追い出されたり、友人から「おまえと俺とでは勝負にならない」と無視されたり・・・こうした悔しい思いに出会って変わろうとする。

「くそ!見返してやる」悔し涙は今の自分の不甲斐なさに気がついた瞬間でもある。モーレツに勉強する人もいるだろうし、トレーニングに集中する人もいるだろうし、仕事に真正面から向き合う人もいるだろう。気合いの入った生活がそこから始まる。悔しい思いをすれば明確な目標が決まる。今までは自分のやりたいことだけだったものが誰かを見返してやるという意識に変わる。

その意識で突っ走った人が見返すことができるような自分になった時に他人のことも考えられる自分に変わったことに気がつく。凡人が変わる瞬間は今の生活を強烈に否定されとても悔しい思いをしたときで、最初から崇高な思いで努力できる人は少ない。順当に成功への道を歩んでいる人も少ない。成功者だと言われるほとんどの人はとても悔しい思いをしてヤル気のスイッチが入ったのである。

2008 12 03 [心と体] | 固定リンク

2008年11月29日 (土)

すべての仕事は誰かの役に立っている

就職はしたものの望んでいるような仕事ではなく嫌々ながら業務につく。嫌々なので誰も認めてくれず同僚がどんどん出世するのを見ながら自分は窓際族になってしまう。あと少し我慢すれば定年退職だとヤル気のない仕事につく毎日が続き、やっとの思いで定年退職。さあこれで自由だ!これからはすべてが自分の時間となるというのにちっとも嬉しくない。

ふと気がつくと会社に行きたい自分がいる。あれほど嫌っていた職場なのに今は憧れすら感じ夢にまで見るようになる。「あ~もう一度あの椅子に座り職場の皆といっしょに働いてみたい」ヤル気がなくやってきた仕事なのに退職するときは職場のみんなが感謝してくれた。そうだ、こんな私でもみんなの役に立っていたんだ。誰かのために尽くすことが仕事なんだ、それが喜びなのだと気がつく。

さて、もう戻れないならばと転職先を探したが何しろ評判はすこぶる良くない。こうなれば自分で会社を興すしかないと起業した人がいる。毎日仕事があることのすばらしさ、うれしさ、楽しさを知ったので積極的に笑顔で仕事をこなしていく。自然と業績は向上し、会社はどんどん大きくなっていく。かつての同僚が驚いて訪ねてきてくれる。「僕はどんなにつまらないと思える仕事でも誰かの役にたっているということをやっとわかったんだよ」

2008 11 29 [心と体] | 固定リンク

2008年11月26日 (水)

恩を仇で返す(おんをあだでかえす)は世の常である

僕がお金の無心に伺ったときに父が教えてくれた「酒飲みにこれで終わりにするからと酒をめぐんでやると、酒飲みは酒を断つどころかまた酒をくれと言ってくる。酒飲みのことを本当に思うならどんなに憎まれても最初から酒をやらないほうが愛情ある行動だ」そういってお金の支援を断った。その時は父を恨んだが10年後父の素晴らしい愛情を心から感じた。

お金で困っている人に出会うとついついお金を恵んでしまうことがあり、その後もまた恵んでくれるのではないかと催促され今度はお断りするとたいそうお叱りを受けて父の言ったことが真実だと思い知らされることがあった。お金で苦しんでいる人にお金を恵んであげることは本当の愛情ではないと実感し、最初からお断りする方がすっきりと人間関係を保てるものだと思った。

服飾メーカーをしている時も代金の支払いを滞るお店から支払の遅延のお願いをされて許したが、翌月も、その翌月も支払いがなくこれ以上待てないと言うと「あんたはそれでも人間か!」とひどく叱られた。支払いを待っている方が叱られて支払わない人が怒っているのは本末転倒だと思えるが世の中は恩を与えた方が感謝されることなく仇で返されることが多々ある。

ビジネスをしているとどこで恩を与え、どこで厳しくするのかの判断を誤ることがある。恩を与えることはできる限り避けることが基本だろうし、恩を与えるときはこれっきりにするのも基本だろう。また、恩を仇で返される危険をいつもリスクとして感じ、その場合の対処方法も考慮しておかねばならない。その対処が大きいまたは見つからない場合は最初から恩を与えないことだ。

2008 11 26 [心と体] | 固定リンク

2008年11月18日 (火)

徳は10に分類され「十徳」となる

五徳は 仁(じん)=博愛、他人への思いやり 義(ぎ)=道理を守る、恩に報いること 礼(れい)=社会生活上において形式、言動、服装など守るべきこと 智(ち)=学業に励むこと 信(しん)=嘘をつかず人を信じることとなり、さらに5つを加えて十徳となります。

追加されるのは、考(こう)=親の言いつけを守り親に尽くすこと 悌(てい)=兄弟仲良く助け合い、優れた者を認めよく従うこと 忠(ちゅう)=主君によく仕え正直であること 勇(ゆう)=勇気を持って事に臨むこと 和(わ)=争わず冷静に対処すること の5つになり合わせて十徳となります。

最初の5つは自分自身の考えや行いになりますが、あとの5つは対人関係に関する事柄になります。親を大切にし、兄弟仲良く、目上の人を敬い、勇気を持って、冷静に事にあたれということになります。こうした教えが有史以前から伝わってきているのは誰もが大切だと思えるからでしょうね。


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2008年11月17日 (月)

幸せは人が与えてくれるもの

人が羨むような洋服を身につければ誰もが私を羨んでくれる。人が羨むような車に乗っていれば誰もが私をカッコイイと思ってくれる。人が羨むようなマンションに住めば誰もが幸せだろうなと思ってくれる。一流ブランドの服を身に付け、高級車に乗り、高級タワーマンションに住んで誰もが羨ましいと言ってくれるのに幸せを感じない人は多い。

他人が羨ましいと思っていることはすべて達成できたと思っていてもそれは見た目のことであって見えないものは何もできていない。見た目の最高をいくら求めても物質的なものは外見でしかない。見えない中身が大切なのに中身が何かすら分からない。見えない中身とは人間関係で、すばらしい人間関係が幸せを与えてくれる。

「誰かのために何かをしてあげる」その積み重ねが私を幸せにしてくれる。それは外見ではなく内面のことなので目には見えない。しかし、内面を磨けば確実に幸せを感じることができる。私にいちばん近い人から大切にして尽くしてあげる。私を知っている人に優しく慈しんであげる。多くの人の期待に応えてあげるよう努力するだけでいい。

2008 11 17 [心と体] | 固定リンク

2008年11月16日 (日)

徳を積めってなんだろう?

儒教ではいろいろな解釈があり、そこが儒教の奥深さになっている。「徳が大切だ」と言われても徳ってなんだろうと思う。徳は五徳といって仁(じん)=博愛、他人への思いやり 義(ぎ)=道理を守る、恩に報いること 礼(れい)=社会生活上において形式、言動、服装など守るべきこと 智(ち)=学業に励むこと 信(しん)=嘘をつかず人を信じること の五徳(五常)を積み人間関係を良くしていくことだと言われている。

思いやりや恩義のある方に報いるように行動することが大切だということはよく分かる。礼を尽くすとは現在は目上の方に失礼のないように振る舞うことだと認識しているが、それ以外にも冠婚葬祭ではそれぞれ適した服装や言動があるのでそれを守ること、職場では職場のTPO(Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)にあった服装や言動ということになる。

学業に励むことも徳を積むとはどうだろう。知性は人を思慮深くし思慮深い行いは他人の感謝に結びつく。智とは単純に知識という意味ではなく知識を活用して人々のために活用できる能力の意味を含んでいる。嘘をつかないこと他人を信じることはなかなかできるものではないが、不信を持つよりは前向きな生き方に違いない。僕はこう解釈しているがあなたなりの解釈をしてもいっこうにかまわないのが儒教の面白さだ。

2008 11 16 [心と体] | 固定リンク

2008年11月15日 (土)

他人は自分とは違うことを肝に銘じておくことだ

自分の考えを他人に押し付けるのは余程自信があってもすべきではない。他人は自分とは違った考えを持って生きている。自分の考えを述べるときは相手の考えを受け入れる余地を残しておくのが礼儀だと思う。親が子供に、子供が親に、社長が従業員に、従業員が社長に、ご主人が奥さまに・・・いろいろな立場でそれぞれが自分の考えを押し通そうとする。

これがいちばん良いことだと思って断言していても言いだしっぺの本人が考えを急に変えることもある。聞いていた人の信用をいちばん落とす行為だが言いだしっぺの本人は何が気に入らないのかよく分からない。目上の人がよくこうした行為を行い目下の人の信用を失くして失墜する。最近は目下の人が目上の人にこうした行為を行って反省できずに拗ねている光景を見たりする。

周りへの配慮に気を配り相手の考えを受け入れてから自分の考えを提案する。あるいは自分の考えを提案してから相手の考えを聞くようにする。たとえどんなに素晴らしい提案であっても相手が受け入れようとしないとき、感情的に受け入れさそうとするのは横暴としか言いようがなく最悪の結果を招くことは往々にしてある。他人は自分とは違うことを肝に銘じておくことだ。

2008 11 15 [心と体] | 固定リンク

2008年11月14日 (金)

自分のために自分を演じる

誰でも今の生活を捨てたくなったり、今の役柄=自分をやめたくなることがある。良いお母さんでいることが嫌になったり、良い夫でいることに疲れたり、良い子供でいることが嫌になったり、良き上司でいることに疲れたり、期待されることを避けようとしたり・・・最初は良い自分でいよう、期待される自分でいようと努力したのに、そう評価されると急に嫌になってしまうことがある。

「自分を演じることに疲れてしまう自分」独りでいたいと思い、誰もいない場所や知らない人ばかりの街に行ってみたりして自分をしばし忘れてみる。自分を認めてくれる人がいる場合は、精一杯期待される自分を演じることに再チャレンジできるが、誰も期待していないことが分かると精一杯演じる自分に耐えきれなくなり心が壊れてしまう。感情的になり落ち込むか怒りを爆発させているか泣きじゃくっているか死んでしまいたいと・・・。

僕は誰も認めてくださらない場合でも感情的にならず、そっと礼を尽くしてその場を立ち去るか、それでも黙って自分を演じ続ける。それは、自分の誇りであり自分が生きているという証しでもある。無視されても、悪意を持って評価されても、罵声を浴びても、それでも僕は自分の誇りを持って自分を演じようと必死になって努力する。それだけが自分を自分であると誇れる唯一の方法だと思えるからだ。

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2008年11月11日 (火)

富潤屋、徳潤身・・・大学より

儒学の経典「礼記」にある「大学」の中に「富潤屋、徳潤身」という教えがある。「富は家を潤し、徳は身を潤す」という教えです。富を得て家が繁盛していても幸せを感じていないことがある。徳を積んでいないから心が不安定でいつもカリカリしているのかも知れない。しっかりと徳を積んで立派な人物にならねば幸せは感じないものだと先哲が教えてくださっているのだろうと思う。

京都市東山区に幕末維新ミュージアムがあり、その近くの霊山護国神社の中に坂本竜馬の墓がある。ひっそりとした質素なお墓は如何にも坂本竜馬らしい。この近くに「京大和」という料亭があり、そこの「紅葉の間」に「徳潤身」という扁額がある。この家屋は幕末の頃、勤皇の志士や三条実美らが密会を重ねた場所で、三条実美の直筆で「翠紅館」と書かれた扁額もある。

どの書も大変力強い筆使いで気迫が満ちている。立身出世や名声を得ようとして生きる人々が多い中で私利私欲よりも日本の行く末を憂い、形式や格式にとらわれず、身分に左右されず、才能ある者が才能を発揮できる役に付け、諸国万民が幸せになれる新しい日本を創ろうと立ち上がった若者によって今の日本が創られたと思うととても感慨深い。

2008 11 11 [心と体] | 固定リンク

2008年11月10日 (月)

父として子供をただひたすら愛す

高校2年生になる息子は理系クラスで難儀している。父である僕は朝から大阪で一人暮らしの息子のアパートに行き、二人で昼食をとり、数Ⅲと物理を教え、お買い物をして夜の食事をした。子供が問題を解いている間、僕は部屋の掃除をしていた。とてもつつましい生活をしているキッチン、便所、お風呂、寝室、洗濯物をたたんだり、書籍やノートを整理したりしていた。

成績のことでこれまでいちども叱った事や目標を指示したことはないが、理解し難い個所では助け船を出すようにしている。数学や物理など理系の教科は同じ考え方をしていることを教えて解答する為の考えをまとめる。漸化式の考え方や極限という考え方が自然現象ではどのように捉えられているのかを話してあげる。僕が高校二年生の頃の恋愛話もしてあげた。

子供が演習問題を解いている間、僕は息子の部屋をピカピカに磨いていたがとてもうれしかった。男の一人暮らしなのでとても汚れているが、その汚れを落としていることが父として息子に奉仕できている喜びを与えてくれた。帰り際、息子は僕に感謝して「ありがとう」と言ってくれた。「今日はとてもうれしい気分にさせてもらいました。お父さんこそありがとう」と言って帰ってきた。

2008 11 10 [心と体] | 固定リンク

2008年11月 7日 (金)

無計画な行動は成果に結びつかない

無計画な受験勉強は不合格になりやすい。苦手科目は夏までに克服しなければ秋以降は希望校の過去問題に挑戦できなくなる。ビジネスでも来月の販促計画を立てていると間に合わないことが多く、2カ月前に済ましておかねばスタッフのシフト、折り込みチラシなどの手配ができない。事業部ミーティングで来月の予定を立てましょうと言っている幹部はすでにビジネスでは負け組なのだ。

僕は出張日程など1~2か月前にほとんど立て遅くとも2週間前にはチケットやホテルの予約などは完了している。1週間前にたてる計画など無謀に思えるし、直前にたてる計画は自分が思い付きだけで行動しているということを露呈しているにすぎない。儲かっていない企業に多いのは年間計画や四半期ごとの事業計画の修正、資金繰り表や損益計算書、特に経費の検証などができていない。

思い付きだけで出張して忙しいと思っていても業績がそれに伴っていなければ無駄な経費でしかない。ビジネスは投資に対する回収がいつも上回っていなければ赤字なのだ。他企業との付き合いや法人会の役員などを務め出張ばかりして自社の現場をおろそかにしている経営者は間違いなく自社の業績は悪い。思い付きだけで行動すると忙しくなるが期日を守れないことが多い。

ある業界団体の副理事になり毎週出張していた地元の優良企業の社長は5年ももたずに衰退してしまった。役員を引き受けるなら社長を降りてから引き受けるべきだったと今は反省しているが業績が良くなるタイミングを失ってしまった。突然、来社の日程を告げてくるビジネスマンが働いている企業業績も悪い。無計画な出張を繰り返しているかどうかは総務に聞けばすぐわかる。

2008 11 07 [心と体] | 固定リンク

2008年11月 6日 (木)

上司と部下とときどき不満

儲かっている企業の上司は部下がかわいいものですし、部下のためであれば何でもしようと思うものです。部下が退職するときはとても落ち込み、自分の何がいけなかったのか苦しみます。反抗的な部下であっても何とか仲良く仕事ができないのかと心を痛めているものです。儲かっている企業の上司は儲けることで部下を守っているのです。

部下が職場の人間関係で苦しんでいるときは部下の立場をできる限り理解して解決しようと努力するものです。上司は業務遂行を優先して物事を見ていますので業務遂行に支障をきたすことを嫌います。業績があげられない職場は排除されるのがビジネスの世界の掟ですから仕事では厳しい面があります。「こんな仕事やりたくない」ともしかして思っていても職場ではなくてはならない仕事です。

パソコンスキルや資格は職に就くまでに必要なことであっても、職場では収益を出すためにどんな仕事でもこなさなければなりません。上司は部下に仕事で必要なことと部下が希望していることとはミスマッチしても職場では職場を失くさないためにも皆の仕事を守るためにも業務上必要なことを積極的にやってほしいのが本音です。どうしてもやりたくなければみんなのためにも本人のためにも転職してあげるべきだと僕は思います。

儲かっていない企業では上司にヤル気がなく業績悪化の職場らしいチームワークのなさに起因していることがあります。経営会議では儲からない部署は廃止が検討されますからいつまでも業績悪化が続くようであれば早晩その職場はなくなります。ヤル気のない上司は部下に対してもヤル気のない返事しかしませんので、仕事に対しては積極的ではありません。危機感や疑問を持った部下はさらに上の上司に相談するものです。

愚痴や不満やヤル気のなさは業績悪化の原因を自分以外に求めますから上司の仕事への取り組み方はすぐに分かります。企業トップにこうした認識がない場合は転職を検討しておくほうが良いと思います。ビジネスはルールのある戦争ですからヤル気のない部署や企業は必ずなくなります。企業業績を上げるために仕事をしている自覚のない部署や企業は必ずなくなります。

2008 11 06 [心と体] | 固定リンク

2008年11月 5日 (水)

世の中に悩みの種は尽きるまじ

生きていれば誰でも悩みをひとつやふたつは持っている。あんなお金持ちでも悩みがあるんだということもあれば、あんな有名人でも悩みがあるんだということもある。人がうらやむほどの人物でも悩みの種は尽きることがない。ひとつの悩みを乗り越えても次の悩みは必ずやってくる。まるで、次から次へと押し寄せる波のように悩みはやってくる。

自分では精一杯やっているつもりでも他人の恨みをかうこともあれば心配させることもある。自分はなんて馬鹿だろうと落ち込むことなど日常茶飯事ではないだろうか。人はその時々の自分自身の器でしか動けないし、自分の器に合った人々としか気が合わない。「類は友を呼ぶ」の如く、よく似た者同士が集まってくる。自分の人生はいくら他人の干渉があったとしても、いつも自分自身が決めているものだ。

「あいつがいたから」「あんなことをされたから」なんてことを言ったとしても実際に行動しているのは当事者でしかない。その人が本気ならどんなに迫害されてもやりたいことはやり抜くだろう。変わりたければ本気で自分を変える決意がなければ誰もその人を変えることはできはしない。悩みに振り回されない自分になりたければ本気で乗り越えたいのか自分に問えばいい。

すべての悩みを乗り越えようなどとは思わないで、自分が乗り越えられる悩みを選別して乗り越えればそれでいい。乗り越えられない悩みは放置しているほうが身のためになる。そのうちに乗り越えたくなれば挑戦してもいいが、無謀に挑戦すれば傷つくだけのこともある。自分の身の丈に合った悩みを楽しみながら乗り越えればそれでいいんじゃないだろうか。

サーフィンをしていても自分に合った波に乗ることは楽しいが、台風のような大波では振り回されて死ぬかと思う。この波は乗れるという自信があれば楽しいが、大波に怖気づいていれば乗ることはできないし危険だ。波乗りですらその人の器でしか楽しめないものだ。身の丈サイズの波に乗り、楽しいと自分が思えばそれでいいんじゃないと僕は若いサーファーに教えている。

2008 11 05 [心と体] | 固定リンク

2008年11月 1日 (土)

いたずらに心配して時間を過ごすよりも、今生きている自分がベストを尽くしているのかだよ

予備校を経営していた頃、大学受験生が不合格になったらどうしようと心配していろいろと相談されることがあったが、相談しにくる学生は相談ばかりでいっこうに勉強の方ははかどらない。勉強しなければ相談そのものがバカバカしいものになるから頑張って勉強しろとアドバイスしても勉強しようとしない。悩むよりも少しでも勉強すれば成績も良くなり合格しやすくなる。

大人でもただ悩んでばかりで悩みを解決するように努力できずにいつ会っても悩みばかり相談している大人もいる。悩みばかり話している人はたくさんの知識を持っていることが多く、いろいろな見識を披露してくださるが、さて自分の悩みを解決しようとその知識を利用できないでいる。行動しなければ相談そのものがバカバカしいものになるから頑張って挑戦しろとアドバイスしてもやろうとしない。

いたずらに心配して時間を過ごすよりも、今生きている自分がベストを尽くしているかどうかを考えて後の結果は気にしない方がよほどましな生き方だと僕は思う。ベストを尽くしていれば結果がどうあれ自分の成長につながっているものだ。一生懸命に頑張ったところで最悪の結果になることもあるが、その後の自分にとって最悪の結果の方がよかったと思えるようになっている。

2008 11 01 [心と体] | 固定リンク

2008年10月31日 (金)

いつまでも悩みが尽きないから生きているのが面白いんでしょ

どんなに年をとってもつまり幾つになっても悩みの種は尽きることがない。次から次へと日替わりのように新たな悩みが沸き起こる。頭を抱えることが幾つもあるのが普通の人生ではないだろうか。ヤル気を出せば悩みは更に多くなる。ジッとしていても何かしら悩みは出てくる。どこに行っても行かなくても何かしらの悩みに人は包まれている。

しかし、過去の悩みひとつひとつを思い出せば、あの時真剣に悩んで努力したからこそ今の自分があるという経験がほとんどだ。つまり、悩みは自分を鍛える種になって悩みが実を結んで成長できたということになる。愛する人の死や破産した経験、大きな病気になった経験など大きな挫折を味わって立ち直ってきた人は強い。悩みは正面から受け入れ乗り越えようと努力すべきものなのだ。

焦りから感情的になり自滅してどうしていいのか分からない状態になる人もいるが、いろいろな悩みを素直に受け入れる寛容さがあれば解決するのも早いものだ。時間が経てばほとんどの悩みは放置していても解決するか立ち消えになっている。悩みのない人生などつまらない人生だと50歳を過ぎて思えるようになった。生きている限り悩みとうまく付き合うことだ。

2008 10 31 [心と体] | 固定リンク

2008年10月29日 (水)

優しさと厳しさのふたつの愛情

僕は離縁した妻からもういちどやり直したいと言われて同居したが、3日もすると新しい恋人の下に去っていった。それから1年ほどしてまたやり直したいと言われ、そのときは断った。大好きな従業員が反抗的なときもどうすれば機嫌を直してくれるのかと聞き、受け入れられることはすべて受け入れたが反抗的な態度は変わらなかった。腹を決めて注意したが反省したそぶりだけで終わってしまった。

愛情には相手をすべて受け入れる優しい愛情があるが、相手がこちらを受け入れようという態度でなければ空回りしてしまう。相手がこちらを無視していたり他に関心が移っているときは毅然とした態度で別れを告げる愛情が必要だと思うようになった。「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」と言う。好きだからこそ別れることが必要で、一緒にいるとお互いに傷つけあってしまう。

別れると嫌なことは流されて次第に楽しい思い出だけが強調されるようになる。やっと素直に考えるようになり反省することもできる。大好きな感情は別れている方が維持できる。こうしてもう一度やり直したいと言われることもあるが過去の経験則から僕は別れたままでいるようにしている。人にはそれぞれ相性がありお互いにいっしょにいると傷つけるが別れていると魅力的だ。

2008 10 29 [心と体] | 固定リンク

2008年10月28日 (火)

親を愛せない者が他人を愛することができるのか

僕は31歳で2度の離婚を経験した。2度ともに妻の方から離縁してほしいと言われた。仕事の面ではやっと順調になり洋品店や化粧品店の業績もよくなり、外商での稼ぎもよくなって「さあこれから!」というときだった。すべての仕事を整理して僕はG-パン、T-シャツだけでひとりアメリカへと何の目的もなく旅立った。ただ、辛い思い出しかない日本にいることが嫌だった。

いろいろな思いが交錯して腹が立ったり悲しんだりの繰り返しで生きるというのは本当に難しいものだと思った。父は放蕩三昧なのにしっかりした妻がいていつも支えてくれる。しかし、僕は一生懸命に働き父以上にたくさん稼いでも妻から愛想を尽かされる。この違いはただ父の女運が良かったということだけなのかと考えた。それなら、結婚とは危険な賭けでしかない。

父と僕とを比べてみてただ一点、これだけは違うということがあった。父は自分の両親を心から愛していたが、僕は暴力的で傲慢で何の助けもしてくれずにただ「困り果てたら死ねばいい」という父を憎んでいた。誰よりも働き、誰よりも稼ぎ、誰よりも妻のために尽くしてきたつもりだったが父を憎んでいる心が何気ない妻への態度に冷たさとなって出ているのだと気がついた。

父への憎しみから父を乗り越えようとして努力している自分を妻や他人に認めさせたいという僕自身が気づかぬ思いが妻を悲しませ苦しませていたと気がついた。他人への憎しみの上に自分の幸せは決して築けるものではない。心機一転やり直すには父への憎しみを乗り越えねばならないと気がついた。父の良いところを見つけ父を心から愛していますと手紙を書いた。父はその手紙を生涯手元に置いていた。

2008 10 28 [心と体] | 固定リンク

2008年10月23日 (木)

君は本気で相談しにきているのか?

成績不振の学生がどうすれば成績が上がるでしょうかと相談されたとき「君はどれほど自分を犠牲にしてでも成績を上げたいと思っているのか?」と聞いていた。「もしも、テレビも見たい、漫画も読みたい、ゲームもしたい、つまり今の生活のままで何とかならないかと聞いているなら、成績は上がらない。しかし、今までの楽しみをすべて犠牲にしてでもかまわないというなら上げることができる」と答えていた。

経営者が会社再建の相談に来られた時、店長や教室長が相談に来られた時「あなたはどれほど本気で相談されているのですか?」と聞くようにしている。「もしも、今の生活のままで何とかならないかと聞いているなら、何ともならない。しかし、今までの楽しみをすべて犠牲にしてでもかまわないというなら何とかすることはできる」と答えていた。つまり、相談に来る人の決意のほどをによって結果はすでに決まっていると申し述べた。

自分の全財産を犠牲にしてでも再建したいのか、自分の私生活をすべて犠牲にしてでもやり遂げたいのか、本気で就いてきてくれない部下を説得し、説得できなければ解雇してでも、自分一人になってでもやり遂げる気があるのかによって結果は決まってくる。人の言葉は決意の程度によって説得力が違ってくる。「この人は本気だ」と感じれば部下は本気で身の振り方を考える。「この人はいい加減でもかまわない」と舐められれば言葉には説得力はない。

2008 10 23 [心と体] | 固定リンク

2008年10月18日 (土)

おまえは本気で生きてるのか!

僕はときとして自分に聞くことがある「おまえは本気で生きてるのか!」どこかで手抜きをしていないのか?誰かに甘えていないのか?これ以上やれない所まで自分を追いつめているのか?まだまだ余力があるのではないのか?「そんな中途半端な生き方で誰が納得してくれるのか?」感情的な態度で人に接していないか?人を傷つけることで自己満足していないか?他人への配慮に欠けていないか?自分の理屈が先行していないか?

自分の限られた人生を有意義なものにするために人を傷つけて自分の幸せを築こうとは思わないし中途半端に生きたくもない。挑戦するなら真剣勝負で望みたいし、毎日の生活も自分のプライドをかけた生活でありたい。太く長く生きたいので、よく独りで考え事をするし、健康には注意を怠らないし、自分に関係している人に真っ向から真剣勝負で望みたいと思う。僕と一緒にいる人に対して真剣でないことは失礼なことだと僕は思うので、いつも最高の状態で望むようにしている。

どん底だと思った20代の頃、もうダメだと思ったことは何度もあった。どうしようもない不安に体が震えて止まらないこともあった。食べるものが買えなくてスーパーのレジで150円のサケの切り身のパックを置いて泣いたこともあった。死んでしまった方がよほど楽なんだけどなと思いながら生きていた。それでも、僕を支えてくださる人がいた。僕はそうした人々に支えられて真剣に生きることができた。それ以後、僕は他人といっしょに何かをするなら本気で生きなければ失礼だと思うようになった。

僕は生徒に聞くことがある「君は本気で生きているのか・・・本気で生きてみろよ・・・君の人生は君が君の未来を創るんだ!」本気で生きていれば涙することも多かろうがテレビやゲームでは得られない僕は生きているという実感がある。現実はいつもあるがままで目の前にある。自分に見えている現実を変えるのは自分以外にはいない。僕は生徒に「君の現実は君にしか変えられない。だからこそ君が未来を変えるんだ!」と激励する。

2008 10 18 [心と体] | 固定リンク

2008年10月12日 (日)

生きることはたくさんの悲しみや苦しみを全身で感じること

生きることはたくさんの悲しみや苦しみを全身で感じること

人はそれを受け止めて黙っているから
素敵な笑顔ができるのでしょうね

人はそれを心の奥で静かに耐えているから
素敵な涙を流すのでしょうね

やがて、悲しみや苦しみは素敵なやさしさとなっていくもの
想い出となりいつまでも僕たちの心にひそむもの

2008 10 12 [心と体] | 固定リンク

戦争に英雄はいない

昭和28年生まれの僕が保育所の頃、街には外地から引き揚げてきた民間人や元軍人がいて戦争当時の事などよく話していたものだ。あるおじさんはお国のためにと戦争に行き、戦場ではただ内地に帰りたいと願い、やっとの思いで帰ってきたら憎しみを込めた眼で婦人に睨まれたそうだ。

おじさんはお国のために戦ってきた兵士だから感謝してもらえると思っていたらしく、その婦人の眼をいつまでも忘れられないと悲しそうに話していた。おじさんたちは戦地で何があったのかを語りはしなかった。浮かれたように戦争を美化し戦地に赴くことに誇りを持っていた自分を悲しんでいるようだった。

戦争に行ってきたおじさんたちの眼は僕の知る限り悲しそうだった。誰一人として英雄には見えなかったし英雄だと思っている人はいなかった。英霊だと僕たちは戦死した日本兵を敬うが彼らはどうしようもなく悔しくてとても悲しくてどんなにか辛い死に方だったのではないだろうかと思う。

おじさんを睨みつけたご婦人は、戦争のために主人や子供を戦場に駆り出され、生活を破壊され、空襲に逃げ惑い、勝利を裏切られ、ご主人やお子様を失ったのかもしれない。その戦争に加担した兵士というだけでおじさんを睨みつけたのかも知れない。

2008 10 12 [心と体] | 固定リンク

2008年10月11日 (土)

持てる才能を惜しげもなく他人の幸福のために使うことで自分の幸せは創られる

懸命に努力して掴んだ資格、学歴、技能などがあれば、どんな難関でも乗り越えてみせると思うようになる。職場でも人付き合いでも自分に能力があるほど自慢もしたくなるし認めてほしいと思うものだ。しかし、学生の頃と違って掴み取った能力は他人の幸せのために発揮しなければ社会は認めてはくれない。

パソコンの技能を自慢していれば他人は嫌味な奴だと思って寄り付かなくなる。しかし、その技能をできない人を助けるために使えば感謝される。「ありがとう」と言われればうれしくなってまた他人のために一肌脱ごうかという気にもなる。その日々がいつか「あなたはとても素晴らしい人だ」という評価になり「ああ、自分は幸せだな」と思うようになる。

持てる才能を惜しげもなく他人の幸福のために使うことで自分の幸せは創られるのであって、自分のために持てる才能を使っていても幸福だと思えないことが多い。才能ある人は愚痴や不満を言いがちだが、それは自分の才能を出し惜しみしている行為に他ならない。他人を馬鹿にするのではなく、どんな馬鹿でも救ってみれば馬鹿にしていた人が偉大に思えるようになる。

2008 10 11 [心と体] | 固定リンク

2008年10月 6日 (月)

家族は自分を鍛える砥石である

学校や仕事で疲れた体を癒すため帰宅してもゆっくりできない人は多い。子供は家で親からガミガミ言われてホッとするどころか余計にストレスを抱えて友達にメールをうっているかもしれない。大人は子供から馬鹿にされた目線を感じながら小さくなっているかもしれない。あるいは介護を必要とする肉親の世話で必死になっているかもしれない。

家族はもっとも忍耐と我慢が必要な社会でもある。社会生活に必要な言葉使いを教えてもらったのも他の人といっしょに生活するルールを教えてくれたのも生きる術を覚えたのも家庭が最初だった。親や子供から横暴な言葉を投げかけられて自室で泣いたこともたくさんあった。しかし、多くの場合、それが自分自身の成長になっている。家族とは自分を鍛える砥石である。

横暴な親、子供、肉親は多い。心も体もボロボロにされて一人涙することもたくさんある。自分の忍耐や我慢を誰が見ていなくても精一杯の愛情を家族に示して生ききることでその人は研ぎ澄まされて人間的な輝きを増す。「笑顔の素敵な人」はそんな苦労を乗り越えているか、認められなくても最後まで家族を愛していこうと深い決意をしている人かである。

2008 10 06 [心と体] | 固定リンク

2008年10月 5日 (日)

時間厳守は発言者の基本マナー

僕はいろいろな講演や研修に呼ばれてお話しすることが多い。各種法人会、企業研修会などでは講演料を戴いているのでこちらもいろいろ準備をして万全の態勢で臨む。幾人かの講演者がいる場合、時間が繰り越していく。進行係の方は時計を見ながら謝罪され、持ち時間をお話ししてくださいと言われるが僕はあらかじめ予定されている終了時刻に合わせた講演しかしない。

ある企業研修では60分の講演の予定が前の方が25分オーバーしてお話ししてしまったことがあるが、そのときは35分だけの講演にして時間調整を行った。参加されている方々はそれぞれお帰りの時間を決めて日程を組んでいるので会合が長引くとどんなに素晴らしい内容であってもソワソワしてくる。会合終了後主催者側の方が僕の配慮に非常に感服されていた。

人前でお話しする場合、伝える内容だけで精一杯の講演者は時間に配慮できないで時間オーバーすることが多い。こうした講演者は非常に多く、控室で時間オーバーを自慢している方すらいる。僕は正反対で伝える内容を時間がなければただ一点に集中し10分以内で話終えることすらある。たった10分でも参加者のハートを射抜く講演者でなければ本物とはいえないと僕は思う。

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2008年9月29日 (月)

人は誰でも人に言えない苦労があるものさ

苦労人ほど腰が低く柔和な顔つきになる。自分の苦労を自慢するでもなくボソッと話す程度で、他人を優しく思いやり、周りのことに気を配る。誰にも苦労はあるものだと思っているので若い人にも親切だ。トゲのある人にもいたわりをもって接しているし、自分を卑下する人にすら感謝の念を抱いている。

苦労しているのは自分だけだと思っているとき、他人に対して気配りする余裕はない。むしろ、幸せそうにしている人を見ると憎しみがこみ上げてくる。「くそっ、自分ばっかし良い思いしやがって!」貧乏くじを引いているのは自分だけだと思って愚痴ったり非難すると幸せは逃げ、どんどん愚痴っぽくなり笑顔が消える。

誰でも苦労しているし誰でも思い悩んでいる。それを表現しているか否かの違いでしかない。我慢していれば苦痛に顔が歪んでくるが、それでも耐え抜いていると自分がおかしくなって笑えてくる。自然と笑顔が浮かんで耐えられるようになると苦痛だった苦労が報われる日も近い。「苦労は心の肥し」とあきらめず耐え抜くことだ。

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2008年9月26日 (金)

心からありがとう

55歳にもなると自分の人生を振り返り残りの人生を如何に過ごすかも考える。もしかすると、残りの人生はほとんどないのかも知れないと思うこともある。企業経営者として生涯のほとんどを過ごしてきた僕にはいっしょに働いてきてくださった仲間がとても愛しい存在で自分の人生に彩りを与えてくれた存在だ。

僕には愛する家族もいる。3人の子供たちはそれぞれ生まれてきたとき心からうれしく妻と抱き合って喜んだものだ。ただ、子供たちが健康で成長してくれるだけでとてもうれしかった。お父さんとは違う人生を歩むだろうし、僕の価値観を子供たちに強制するつもりはないが、これからも子供たちの幸福を願っていることに変わりはない。

僕は幸せな男だと思えるのはこうしたすばらしい人々といっしょに生きてこれたからだと感謝しないではおれない。いっしょに働いてくださる人々との毎日、家族の健康と幸せを願って生きている日々、僕に家族を与えてくださった妻の存在がとても貴重で自分の幸福の源泉だと思う。心から「ありがとう」と言いたい。

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2008年9月24日 (水)

家族に対する言葉使いで、その人の人柄が分かる

僕は20代のころ、独身で多額の借金があったがブティックを経営し衣料品メーカーもやっていた。毎月たくさんの利益を出すが返済に明け暮れるので生活は厳しいが見た目は華やかに映る。衣服は卸値で手に入るし、毎月のように仕入れているのでいつも最新のファッションで身を包むようになる。東京への出張も多く、仕事が一息ついたときなどはお店に行って綺麗な女性のお客様と話をしていた。

店員になりたいと言ってくださる方も多くいた。付き合って欲しいという女性も多くいた。そんなお客様の1人とお付き合いをするようになった。やさしくて綺麗で金払いも良い彼女と付き合っているとき彼女の家に招待された。ご家族と話をする態度は僕に接するときとまったく違ってとても乱暴な言葉だった。「おまえ~しろよ!」「ばっかじゃない」「うるさいんだよ」・・・

僕はそれ以後彼女とデートするのを少なくして付き合いを止めた。付き合っているときはいちばん素敵な態度を示してくれるが、結婚して家庭を持てば家族になるので彼女が自分の家族に接する態度に変わると思えた。彼女から別れる理由を聞かれたが「とても乱暴な言葉使いのなかで我慢していれば疲れるし、かといって僕は乱暴な言葉は使えない」とは言えなかった。

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2008年9月22日 (月)

他人は自分の期待を裏切りながら生きている

「あれ、これやってくれるんじゃないの?」「えっ、これって私がやるの?」ってことはしょっちゅうある。そのたびに腹を立てる人もいれば、落胆する人もいるし、我慢する人もいる。腹を立てる人はおかしいなと思ったときに聞いてみればよい「これやってくれませんか?」たったこれだけであなたは腹を立てないで済む。他人はあなたと同じ考えで行動していない。

落胆する人は「これやりましょうか?」と聞いてみればいい。腹を立てやすい人は自分の期待を裏切られるとすぐに感情的になるが自分が勝手に思い込んでいるだけだとは気が付いていない。落胆する前に、あなたも私の期待を裏切っていると教えてあげましょう。そのときは機嫌を損ねますが次からは注意するようになります。どのみち悔しい思いをするなら注意した方がましです。

いつも期待を裏切られて腹立たしい思いをしている人は、ちょっと腹を立てる前に相手は自分が思っているのと同じ思いで行動していないと思いましょう。そのうえで、相手に説明すべきことは説明し、注意することがあれば注意し、思いやりが必要な時はそうしてあげてください。人間関係はお互いの思い込みに違いが生じて感情的になることから始まるのです。

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2008年9月21日 (日)

人々を愛する心と積極的に奉仕する姿勢

4月や9月は地域の役員の改選時期に当たる。地域の役員をしている僕は後任の役員を選ばなければならない。地域のために無償奉仕をしなければならない役員になりたがる人はなかなかいない。いろいろな理由をつけて何とか逃れようとするのが普通で、僕も出張が多いので長く地域の方々にご迷惑をおかけしてきた。

1年間、役員をさせていただき街や河川の清掃、行政への陳情、祭りの手配、会館の維持、防災、区費徴収、区民の巡回など多岐にわたり町の人々の暮らしを陰で支える仕事をさせていただいた。この地に暮して16年、ほとんどの方を知らない僕はやっとほとんどの方を知るようになった。自分が住んでいる人々と親交を深めればより楽しくなる。

如何なる仕事も積極的に挑戦すれば面白くなり感謝もされるが、如何なる仕事も嫌々挑戦すれば面白くなく感謝されることもない。どんな出来事も楽しい思い出に変えるのは人々を愛する心と積極的に奉仕する姿勢だ。自分の都合を優先している人に大きな喜びはやってこない。

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2008年9月19日 (金)

馬鹿にしている人ほど偉大な人はいない

学生の頃は理想を語り、自分をよく見せようと知識が豊富な分口先ばかり上達するが、初めての就職では経験がないだけに上司の指導に自信はもろくも崩れ去り、上司やお客様にペコペコ頭を下げる屈辱に耐えきれなくなる。友達との付き合いでは存在感もあり尊敬もされている。家では誰の命令も受けたことがなく、今まで誰にも叱られたことがない、両親は自分の言うことに必ず従わせる。

自分よりも学歴も教養もない安物のスーツを着た下品な上司がお客様から信頼され、高学歴で教養もあり高級品で身を包みバッチリ決めているこの私がこの会社では誰からも信頼されていない。社会人になれば学歴・教養・ルックスよりも人格・経験・人脈が大切になってくる。鼻先をへし折られてから人は初めて謙虚になり成長する。

理想の仕事が見つからない、自分のやりたいことではない、といった理由で家に閉じこもりがちになり「あの会社は、あの上司は私を馬鹿にしてクソッ覚えていろ!」とカッカしている。両親は心配しているが黙って世話をしてくれる。うだつの上がらない、あんな馬鹿父ちゃんや軽蔑している母ちゃんをよく見れば自分の悩みの解決策が見えてくる。

馬鹿父ちゃんは会社でもお客様にも馬鹿にされているかもしれないが、家族を養うためにジッと我慢してどんなに馬鹿にされても働いている。服はボロボロ、いつ買ったのか不明の黄ばんだ下着に身を包み、贅沢もせずに職場で若い社員にも毛嫌いされ、それでも働いているのは馬鹿にされている家族を養うためだろう。そんな父ちゃんを軽蔑できる?

ブヨブヨに太った母ちゃんは美味しくもない手抜きの食事を作り、汗にまみれて洗濯して、子供の命令に従順に従っている。手厳しい子供の指摘に謝るが、家事を手伝えばどんなに辛い仕事なのかがよく分かる。馬鹿にして軽蔑している母ちゃんをよく見れば悲しい目をしていないか?子供をいちばん大切にしてくれている両親をいちばん毛嫌いして自分の幸せは何処にあるのか?

再就職する前に見つめなければならないことがあり、感謝しなければならないことがあり、自分以上に守らなければならないことがあるだろう。両親は自分以上に守らなければならない家族のために自分を捨てて生きている。恋人や友だちはそこまで自分に尽くしてはくれない。馬鹿にしている人ほど偉大な人はいない。感謝を忘れた人に幸せはやってこない。

2008 09 19 [心と体] | 固定リンク

2008年9月17日 (水)

33年間借金を返済し続けた経営者 上杉鷹山(ようざん)

「成せば成る、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」=何事もやろうと思えばできるものだ、しかしやろうと思わなければどんな些細なことでもできない、できないといっているのはその人の心だけである という意味の言葉で山形県が昔、米沢藩と言われていた頃に藩の財政再建を成し遂げた9代目藩主 上杉鷹山(ようざん)の教えです。

17歳の若き青年は赤字の会社の再生を託され9代目の社長に就任します。リストラもできないので質素倹約 質実剛健をスローガンに、管理職も現場に出て働くことを提言・実行しますが、いまさら営業なんかできるかと古参幹部社員の猛反対にあいます。苦しんだ末、青年社長はこれまで会社を守ってきた反対派の主だった幹部7人を解雇しますが企業再生はうまく往かず18年目の35歳で社長を退きます。

反対派が実権を握り給料の33%カットなど経費節約を実行しますが、社員のヤル気を削ぎ隠れて別の仕事をしていたり在庫をごまかして副収入を得るようになりました。ヤル気の失せた社員がいればお客様はどんどん離れていき4分の一近い減少となりました。ここにいたって反対派も打つ手がなくなり再度上杉鷹山が社長としてカンバックします。上からの指示だけで合意が得られない改革案はとん挫します。

39歳で再度社長に就いた鷹山は、企業業績(貸借対照表や損益計算書など)を開示して借入金の総額などを示し従業員に再生への提言を求めます。事業部内の壁(規制)をなくし(緩和)し、企業研修を実施、社員教育に力を入れ、新商品を開発し営業に力を入れます。お客様からのご意見も頂戴し優秀な社員は新入であってもプロジェクト・リーダーとして抜擢します。ヤル気に満ちた企業はどんどん業績を伸ばして33年後全額返済を成し遂げます。

2008 09 17 [心と体] | 固定リンク

2008年9月16日 (火)

すべてはバランス

原子はプラスとマイナスがバランスよく配置され安定している。飛行機は力のバランスを保って飛んでいる。人間の体もバランスの良い食べのものを摂取することで健康を維持できる。この世はバランスがうまく取れている。みずからの行いも良く言う人悪く言う人が相互にいてうまくバランスが取れている。

どんなに良いと思ったことでも挑戦すればするほど、感謝してくださる人と非難する人が出てくる。非難する人に会うと気分を害して落ち込み、ひどい時には挑戦したことすら後悔して人付き合いを止めてしまう人すら出てくる。しかし、事を成すとはそういうバランスの下にあると思えばひどい言われ方をされても笑顔でいられる。

同じ環境に置かれても、人間は考え方ひとつで落ち込みもしうれしくもなる思考の産物である。

2008 09 16 [心と体] | 固定リンク

2008年9月11日 (木)

見た目でなく中身を磨いた方が良い

僕は20代のころ20代の女性向けのブティックを2件経営していた。街でいちばんお洒落な洋服を東京のマンション・メーカーから直接仕入れて販売していたので人気のあるお店だった。街中の若い女性たちが買い物に来てくださり知り合いになった。お店の中で華やかな商品に囲まれいろいろな話をした。それから30年が経った今、当時の彼女たちと街で会うことがある。

とても綺麗でお金持ちの家に嫁いでいった女性は今、自前の「たこ焼き屋」の屋台でタコを焼いている。お金持ちの家が没落したのか油まみれになって小学生にタコを売っている姿はどこか疲れているようでさみしさを感じてしまう。優しくて綺麗だった女性は街いちばんの文房具屋に嫁いだが今は町のスーパーでレジのバイトをしている。話しかけようにも相手が目線を外してしまう。

高級外車に乗っていちばん洋服を買ってくれていた女性は高級車に乗っている男性と結婚したが出産後すぐに離婚し、今は街のファミリー・レストランでウエイトレスをしている。20代の彼女たちは僕のお店に来て、付き合っている男性自慢を話してくれたが、自分の幸せを愛する男性に委ね、みずからの努力は自分を魅力的に見せることだけだったように思う。

美貌が自慢の彼女たちは男性を魅了するものの結婚すれば色褪せるようで離婚するのも早いし再婚するのも早い。50代になった彼女たちに当時の魅力はもうない。若い頃に美貌を磨くのではなく仕事で勝負できる女性であろうと努力していれば、50代にいろいろな花が咲いただろう。若い頃に自分をよく見せたいのは誰しも同じだが見た目でなく中身を磨いた方が良いと50代になり感じるようになった。

2008 09 11 [心と体] | 固定リンク

2008年9月 8日 (月)

人は人によって磨かれ光を放つ

地球上でもっとも硬い鉱物であるダイヤモンドはダイヤモンドによってのみ磨くことができる。磨かれたダイヤモンドは眩い光を放ち人々を魅了する。人も同じように人によってのみ磨かれ光り輝くようになる。ただ、磨かれているときは痛くて逃げ出したいと思うものだし、自分が磨かれているなどとは思えない。

みずからを磨くことは何かを起こすことで何かを起こせば必ず誰かがの誹謗中傷・嘲笑に合う。悪意をもった人の誹謗中傷・嘲笑はエスカレートすることはあっても反省して謝罪することはない。このためみずから夢を持って磨くことを止め誹謗中傷・嘲笑されたことに対する落ち込みのままで生涯を終えることをよしとする。

世に何かを成し得た人は誹謗中傷・嘲笑にあっても夢をあきらめなかった人でもある。どんな些細なことでも事を始めれば誹謗中傷・嘲笑はつきものだ。そのことを恐れていたり落ち込んでいればあきらめしかない。人生たかが100年程度、如何なる誹謗中傷・嘲笑があったとしてもやり遂げる時間はそんなにない。

2008 09 08 [心と体] | 固定リンク

2008年9月 7日 (日)

そしてお父さんがいなくなった

40代の男性サラリーマンはちょうど中間管理職で上からの指示には応えなければならないし下からの圧力は抑えなければならないのでたいへんなストレスを抱えることになる。リストラや成果での評価制度のために残業も多いし、帰宅しても頭は仕事のことでいっぱいになっている。

反抗期を迎えた子供たちは母親とは話をしても父親とは話をする気もない。もちろん感謝の気持ちすらないので態度はよそよそしいものになる。妻は子育てに疲れているので家庭内のストレスを主人にぶつけるが期待に応えられるだけの余裕がない。夫婦関係もギクシャクしたものになっている。

職場でもストレスを抱え、家庭内でも居場所を失くし、何のために自分は働いているのだろうと疑問に思う毎日が続く。居酒屋でしばしの憂さを晴らしてやっと日常生活を送っているが誰にも期待されず、感謝もされずに生きていることが苦しくなって心を病んでしまう。

そうして誰にも何も言わず、ひっそりといなくなるお父さんやみずから命を絶つお父さんがいる。居酒屋や定食屋などでひとりひっそりと食事をしている疲れきったお父さんをみると僕は心から「がんばれ」と言ってあげたくなる。愛されなくても愛すべき人々を黙って守るのがお父さんというものだ。

2008 09 07 [心と体] | 固定リンク

2008年9月 4日 (木)

麦は足で踏まれて強くなる

麦は、人に踏まれ根を深く張り、倒れにくい丈夫な麦に成長する。人も同じように、人に踏まれて心の根っこを深く張り、打たれ強い自立した人に成長する。成長するほど感謝されることも多くなるが、誹謗中傷もまた同じほど大きくなる。ちょうど、深く根っこを張り大きく成長した麦が成長した分、より風雨に耐えなければならないのと同じこと。

自分のために生きていればチョットした踏まれ方でも成長を止め腐ることを選択しがちだが、多くの人のために生きていれば力いっぱい踏まれても泣きながら歯を食いしばって耐え、成長を止めることはない。「家で待つ家族のため」「会社で待つ仲間のため」に必死になって働いている人の多くはそうした目的があるからこそ耐え抜けるのだ。

2008 09 04 [心と体] | 固定リンク

2008年8月31日 (日)

人を愛することで人は変わる

素敵な人に出会うと自分をよく見せようとしてダイエットしてみたり、オシャレな服を着てみたり、他人に優しくしてみたり、と今まではそんな良い人ではなかったのに素敵な人になろうと一生懸命に努力していることがある。素敵な人から注目されたい、好きになっていただきたいといった恋心がそうさせる。

たったひとりの人への恋心だけで人はまるで別人のように変わる。ヤル気に溢れ、積極的に人が嫌がることをやり、努力して「できる人」へと変身する。仕事でも素晴らしい人に出会うとその人から嫌われないように一生懸命に仕事に打ち込んで、気がつくと自分が他人から素敵な人に思われていることもよくある。

素晴らしい人との出会いを大切にして、素晴らしい人の期待に少しでもお応えできるように努力することで自分がどんどん成長する。「素晴らしい先生との出会いが自分の人生を変えた」「素晴らしいコーチとの出会いが勝利を産んだ」「素晴らしい伴侶との出会いが今の成功の原因です」といった話はよく聞く。

人との出会いを大切にして、多くの人の期待に添えるように自分を殺してでも努力してみると、自分自身が大きく成長する。僕はいっしょになって働いてくださる全国の「わかるとできる」のスタッフ、生徒、お取り引きをしている方々や自分の家族のために努力して自分自身を磨き感謝されるようになった。

2008 08 31 [心と体] | 固定リンク

2008年8月30日 (土)

愚痴と不満はガン細胞

幾人かの人が集まると必ずと言っていいほど愚痴と不満をこぼす人がいる。誰かの素敵な考えに水を差すことがまるで自分の役目かのように話しだし、誰かが注意すると不満をあらわにして感情的な態度をとる。他の人々は迷惑しているが黙って我慢している。なかには愚痴と不満に感化されていっしょになって愚痴と不満をこぼす人も出てくる。

こうした人はどんなに素晴らしい考えでも反対してやろうとはしない。団結できない人の集団は面白くないので何をやってもうまくいかない。面白みに欠ける集団は愚痴と不満をあらわにする人の活動を活発にするので積極的な人をも消極的にしてしまう。こうしてせっかくヤル気になろうとして集まった集団は後悔の念で埋め尽くされて崩壊する。

人のガン細胞も正常な細胞をむしばんで広がり、最後にはガン細胞に覆われてその人を殺してしまい、自分自身も死ぬことになる愚かな細胞だ。愚痴と不満を絶えず述べる人は行く先々でガン細胞となり行く先々の集団を破壊していき、最後は自分自身も崩壊するのはガン細胞とまったく同じだ。ガン細胞が摘出手術をして処置するように愚痴と不満の人は他の人から避けられる。

2008 08 30 [心と体] | 固定リンク

2008年8月29日 (金)

55歳の誕生日たくさんのお祝いありがとうございます

8月28日で僕は55歳になりました。たくさんのメール、寄せ書き、お手紙、おハガキなどをいただきました。とてもお返事を書ききれませんのでホームページにて感謝の意を示したいと思います。45歳で起業して10年、日本中の方々に道具としてのパソコンの楽しさをお伝えしながらその道具を使って挑戦して豊かな人生を切り開く勇気、決してあきらめない精神、多くの人を愛する心を皆さんにお持ちいただきたいと思ってきました。

いくつになっても、どんな環境であっても人はそれぞれこうありたいという「夢」をお持ちです。その夢を叶えようとパソコン教室に来られた方々に「本気でその夢を叶えましょう」と激励し、いっしょになって生きていく先生であろうと思って生きてみました。生徒の方が苦しんでいるときには真剣に激励し、抱擁し、抱き起して挑戦していただきました。生徒の方の希望となって生きることに何の悔いもありませんでした。

「如何なる環境にあっても愚痴をこぼさず歯を食いしばって、ともに真剣に前向きに生きてみましょう」と言い続けての10年でした。自分のやりたいことをやらずとも人のためであれば良かれと思ってやってきましたが、結局、自分がいちばん望んでいる幸せを感じるようになりました。「滅私奉公」は自分を活かすもっとも効果的な考えだと思えるようになりました。これからもその姿勢を崩さずがんばります。

2008 08 29 [心と体] | 固定リンク

2008年8月28日 (木)

政治家と民間人との意識の差

和歌山県のマリーナシティはとても人気のある観光スポットで、開発段階でこの埋立地の島を海南市にするか和歌山市にするかでもめた経緯がある。しかし、市民感情を高ぶらせて内乱を引き起こすような事態にはならず行政の人が勝手にもめていればいいといった程度の認識しかなかった。政治家はすぐに市民感情を刺激して高揚するが、そこで働く人々はどちらになっても仕事さえできればそれでいいと思っていた。

日本だけでなく他国でも仕事をするようになると仕事をしている場所が日本であろうが他国であろうが、その地の方といっしょに働き報酬を分け合い、お互いに笑顔で生活できる環境に感謝するだけで十分幸せを感じる。政治家は領域に関する意見の食い違いからこうした民間交流を中断し仕事ができない状態にし内紛や戦争もいたしかたないといった雰囲気を作りがちである。

政治家は一部の地域の利益しか考えないが民間人は一部の地域ではなく世界中どこにでも行ってその地で貢献しその地の利益を生み出そうとする。僕は自社ビルを持たないし所有しないで借りられる物はお借りし、外注できるものは外注するようにしている。所有ではなく利用にこだわり利用して利益を生み出し人々に還元し人々の幸せを創造するようにしている。

かつて、日本では鹿児島県の方と山口県の方が連合して他県の方と戦争を起こしたことがあるが、現在の県民がそのようなことを誰も真剣に起こそうとはしない。政治家が非常に限定的な地域と人々の利益しか考えないのはとても残念でしかない。地球規模で人々が交流している現在、了見の狭い政治家に軍隊などの指揮権を与えるべきではないと思う。

2008 08 28 [心と体] | 固定リンク

2008年8月24日 (日)

咸臨丸に乗ったジョン万次郎

高知県(土佐)で船すら持てない貧しい漁師の家に生まれた万次郎は、漁の最中に嵐に巻き込まれ無人島に漂着する。その後、近くを通りがかったホイットモーア船長のアメリカの捕鯨船に助けられ、万次郎は船長の養子としてマサチューセッツ州フェアヘブンに入る。そこで学校に入学し英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び主席となる。

彼にとって身分制度のない自由なアメリカは日本とは全く違った国に映ったに違いない。誰もが自分の能力次第で何にでもなれる社会は予想だにできなかったに違いない。そのまま、アメリカに移住していれば幸福な生活を過ごせたが、彼は日本に帰ることを決意する。人は誰もが自らの意思によって自由に暮らせる権利を持っているという人権主義や誰もが選挙によって政治家を決める民主主義などを日本に広めたいと思ったことだろう。

琉球で日本の土を踏んだ万次郎は、薩摩藩主の島津斉彬に会い西洋化の必要性を訴えたことだろう。その後、土佐藩に戻り土佐藩主の山内容堂、後藤象二郎、岩崎弥太郎、坂本竜馬などに英語を教えている。若い彼らに「人は誰でも平等だ」と講義し、身分制度の廃止や民主主義、株式会社などの考えを教え彼らの心に開国の芽を植えた。

その後、坂本竜馬の縁で勝海舟が開いた軍艦操練所に教授として雇われる。その後、咸臨丸に乗船することが決まり福沢諭吉も乗船できるように尽力する。航海中に福沢諭吉に英語を教え西洋の考えを教えたのも万次郎だろう。万次郎が夢見た武士階級や身分制度にとらわれない本当の民主主義は第二次世界大戦が終わる昭和20年まで待たねばならなかった。

2008 08 24 [心と体] | 固定リンク

2008年8月23日 (土)

文句ばっかり言っていても

子供は反抗期になると文句ばかり言うようになる。「お母さん、起こしてって言ったでしょ!」「お母さん、こんな食事は食べたくないわ!」お母さんの気持ちや行動などへの配慮などまったくなく自分の気分次第で話していく。自分のためにどれほどのことをしてくれているのか、それを自分ができるのかという思いがないので感謝できずに母親を大きく傷つけてしまう。

こうした感情を大人になっても持っている人がいる。何をしてあげても文句ばかり「あんなことは誰でもできるのに、遅いわよ」「何よあの挨拶は・・・」でも、本人はそんなことはできないし、できる地位にいない。自分の反抗的な気持ちが他人を不愉快にしていることに気がつかないで反抗期の中学生のように振る舞う大人ほど困った存在はない。

こうした人は一部の反抗的な仲間をのぞいて周りの人に感謝されることはない。不愉快な言動はいつかは我慢している人の反発を招く「あなたは文句ばかり言っているけれど、反省すべきはあなたでしょ」などと言ってくれればありがたいが、ほとんどの人はその人から黙って離れるようになる。付き合いきれない奴になってしまい叱る気にもなれないでいる。

叱れば感謝するどころか憎まれてますます反抗的になる。無視する態度や「あんたなんかうざいんだよ!」などといった暴言を吐いたり、出会う人に「あいつは悪い奴だ」と言いふらししたり手に負えない。叱った方が落ち込んでしまうが、反抗的な人はその落ち込みを楽しんでますますエスカレートしてくる。叱って平然としているとよほど気に入らないらしくにらみ返してくる。

職場ではこうした人は協調性がないので退職せざるを得ない。転職を繰り返しても前の職場を悪く言うばかりで何の反省もなく年老いていく。「社会が悪い」「世間が悪い」「~さんが悪い」と言うが自分を反省することなく孤独な人生を歩むようになる。他人への評価ばかりで自分を見すえた反省がない人生なので嫌われ者で生涯を終える。残念なことに僕の知る限り反省できる人はそういない。55年も生きているといろいろな人の生涯の予想がつくようになる。

2008 08 23 [心と体] | 固定リンク

2008年8月21日 (木)

人の言葉は状況次第でコロコロ変わる

僕の言葉は時代や場所や状況によってコロコロ変わる。あるビジネスモデルで儲かっている場所に行けば「このやり方はすばらしい」というけれど、別の場所に行って儲かっていない時は「このやり方はおかしいんじゃないの」という、全く同じやり方なのに評価はまるで違っていることがある。

評価の違いは業績で業績がよければそのやり方を継続すればいいが、儲かっていない場合はその原因を広く求めなければならない。「うどん」は関西では儲かるが、関東では儲からないし、「そば」はその反対だ。老人が多い地区では若者向けの商売は成り立たず、田舎で高級ブランドショップは儲からない。

人の指導でも最初のミスは「今度からは注意してください」で済まされるだろうが、何度も同じミスをすれば「どうしてこんなミスをするんだ」と厳しい内容になる。「仏の顔も3度まで」というように3度までは許してあげても4度目になるとさすがに我慢の限界を超えてしまう。態度も言葉も変えざるをえない。

心やさしい人ほど叱るという行為は憎まれたり反発されたりして叱る方の心が傷つくことが多い。しかし、叱ってあげる勇気を持たなければその人は成長せず、自分はストレスをため込むばかりになる。子育てでは子供に叱るタイミングは10年20年という長い期間で見ることができても職場では2~3か月という短い期間で成長してもらわなければならない。

僕は人の成長を願って叱るべきはしっかりと叱る。しかし、それを認めてくださる人もいる反面、憎しみの目で睨みつける人もいる。どうしてあんなことをするのだと叱られることもあれば無視されて無言で非難の態度を示されることもある。それに反論せず、ただ耐えている自分がいるが人の指導とはそうした我慢が必要だと割り切っている。他人の評価を気にしていては本気でその人の成長を願う指導はできない。

2008 08 21 [心と体] | 固定リンク

2008年8月20日 (水)

秋のBUNちゃん講演会日程のお知らせ

■日程

平成20年10月2日(木)・・・札幌会場(40名)
平成20年10月3日(金)・・・仙台会場(80名)
平成20年10月4日(土)・・・東京会場(240名)
平成20年10月7日(火)・・・浜松会場(90名)
平成20年10月8日(水)・・・大阪会場(130名)
平成20年10月9日(木)・・・福岡会場(50名)

■スケジュール(予定)

「BUNちゃん講演会」
 開場:10:00~
 開演:10:30~
 閉会:11:30

■会場

【10/2札幌会場】
 会場:かでる2・7(北海道立道民活動センター)「1040会議室」
 住所:北海道札幌市中央区北2条西7丁目 道民活動センタービル
 電話:011-204-5100

【10/3:仙台会場】
 会場:「仙台市青年文化センター:エッグホール」
 住所:宮城県仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5
 電話:022-276-2110

【10/4:東京会場】
 会場:東京ビックサイト 「607・608」
 住所:東京都江東区有明3-21-1
 電話:03-5530-1115

【10/7:浜松会場】
 会場:アクトシティ浜松 研修交流センター 「62研修交流室」
 住所:静岡県浜松市中区坂屋町111-1
 電話:053-451-1111

【10/8:大阪会場】
 会場:新梅田研修センター 「Cホール」
 住所:大阪市福島区福島6-22-20
 電話:06-6612-7773

【10/9:福岡会場】
 会場:福岡朝日ビル株式会社 「15会議室」
 住所:福岡市博多区博多駅前2-1-1
 電話:092-431-1228

お申し込み・お問い合わせはお近くの「わかるとできる」パソコン教室まで・・・すべての人の心に響くBUNちゃん先生のサイン入り新刊本を申込者にもれなくプレゼントします。

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2008年8月18日 (月)

深い苦しみの連鎖

心に傷を受けている人は誰かを傷つけることで自分の心のバランスを保とうとします。傷つけられた人は我慢の限界を超えるとまた誰かを傷つけて自分の心のバランスを保とうとします。こうした状態は憎しみの連鎖ですべての人の心を破壊しつくすまで止みません。でも、誰かが心に傷を受けている人を受け止めて憎しみの連鎖を断ち切れば傷は癒され笑顔で幸福な生活を送ることができます。

心に傷を受けているのは自分だけではありません。誰もが何かしらで心に傷を受けています。何で自分だけがこんなに苦しいんだろうと思っているときは、傷つけている相手だって傷つき苦しんでいるものです。笑顔で苦しみを隠して平気な顔をして生活していても心は大きく傷ついて涙すら枯れている人も多くいます。周りの人をよく見れば誰だって傷つき苦しんでいることが分かります。だからこそ多くの人を愛することが大切ではないでしょうか。

生きていれば心に傷をつけられることが多いものです。活発な活動をすればするほど余計に心を傷つけられることが増えていきます。しかし、心に受けたたくさんの傷は深い愛情を持って包みこめば大きな感謝となっていつかは返ってきます。やさしい愛情と厳しい愛情のバランスをとることだけは難しいですが、心に受けた傷を治す薬は愛情しかありません。

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2008年8月17日 (日)

恨む父こそ尊敬に値する

従業員は労働時間に比例して収入が増える。働く時間が増えれば増えるほど収入は増えていく。ひと月20万円の給与ならば2カ月働けば40万円、3カ月働けば60万円の収入が保証されている。企業が支払えなければ法律にのっとって罰せられる。

しかし、非上場企業の企業経営者は労働時間に比例して収入は増えない。給与という形はあるにせよ株主でもある非上場企業経営者は企業業績の赤字はすべて自分の財産で補てんしなければならない。赤字でどんなに苦しい時も従業員には給与を支払う義務がある。

そのため金策に奔走し、万策尽きた時、ときとして子供に黙って子供名義で借り入れをする父もいる。そんな父の経営する会社を引き継いだ子供はすべてを知ったとき父を恨んだ。それでも必死になって働き企業業績を改善し何とか黒字経営にまで持ち込んでいったが親会社の倒産に巻き込まれて破産した。

子供に黙って多額の借金をし、債務超過の企業の経営を任され、従業員に恨まれ、最後の幕引きをした彼は心から父を憎んでいた。人への恨みは自分への恨みとなって返ってくる。彼は現在の職場で従業員に誤解され恨みを買っていた。その人の奥底にある感情でも必ず鏡のように映される。

「お父さんは企業経営者として家族を犠牲にして従業員の給与を支払うことを選んだ。それは従業員とともに働けば業績は良くなるだろうと信じたからだ。倒産すれば従業員の職場はなくなる。あなたも企業経営者ならそうするだろう。失くしたものは返ってこないがお父さんの行為は尊敬に値する」

「お父さんは息子に申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうになっていることだろう。そんな父親に会い、『お父さん、あなたの選択は間違っていない。多額の借金を従業員の給与に費やしたお父さん、あなたは偉い。僕はあなたの息子で幸せです』と言ってあげる愛情を持った時、君は本当の幸せを手に入れる」と僕は彼に言った。

老い先短い父に幸せな人生だと思わせてあげるのも後悔の念で押しつぶされそうになって死なせるのも子供の態度一つにかかっている。如何なる事情があっても父には感謝して事に当たるのが子としての立派な生き方だろうし、そのなかに自分の幸せもある。親への孝行は生きているうちにしかできない。

2008 08 17 [心と体] | 固定リンク

2008年8月 8日 (金)

巣立ち

春、会社の玄関にツバメが巣を作りはじめる。泥と唾を練り合わせて蛇から子供を守ってくれる安全で強靭な巣を夫婦で懸命に作る。巣ができ卵を産み温めヒナがかえると畑や川べりを飛び回り餌を探して食事を与える。ヒナが巣の中で寝ているときは親鳥は巣の周りにいて敵が近づくと注意を自分たちに向け巣を守る。

ヒナはうまく巣の外に排泄し、ピーピー大きな声で餌を求めるようになる。敵が近づいていると感じるとピタッと泣きやみ巣の中で小さくなっている。そのうちヒナ鳥の1羽が巣から飛び出す。巣の周りを飛び回っているのを見て他のヒナも巣から飛び出すようになる。飛べるようになると子供たちは巣を捨て親鳥から離れてしまう。夫婦だけになったツバメもやがて巣からいなくなる。

ひと夏の出来事だが、4羽のヒナ鳥を見ているとそれぞれ顔つきも体格も違うし性格も異なっている。自然の営みの中では子供は一人で生活できるようになると親から離れ自分の思う生き方をする。そして素敵な相手を見つけて巣を作り・・・。親の役割は巣立つまで餌を与え敵から子供を守ることなのだろう。親のツバメは子供といっしょに巣の中で寝ることはない。

子供のツバメが産み育ててくれた親鳥に感謝することはない。飛べるようになったヒナ鳥が年老いた親鳥に餌を与えている姿も見たことがない。自然の中での子育ては非常にドライで巣立っていった子供たちを親鳥が気遣っている様子もない。子育てを終えた親鳥はきれいさっぱり子供のことを忘れ自分のために精一杯生きる。自然とはかくも割り切りがハッキリしている。

2008 08 08 [心と体] | 固定リンク

2008年8月 5日 (火)

わかるとできる本社創業10周年記念総会

「わかるとできる」を植田専務とふたりで創業して10年、多くの加盟校の皆様から支えられ日本全国に本社スタッフが働いてくださるようになりました。8月に初めての本社社員総会を熱海で2日間にわたり行いました。北海道や九州からの参加もあり移動は飛行機、電車、バスといろいろでしたが100名近い従業員が参加してくださいました。

僕の心にはただただ感謝があるだけで従業員の皆様に頭を下げていました。社長挨拶でも「みなさまのおかげで日本一の会社だと評価していただけるようになりました。心から皆様には感謝いたします」と簡単に挨拶しただけです。これまで名も知らない顔も知らない本社スタッフ同士が笑顔で歓談している様子を僕や植田専務は万感の思いで見ておりました。

パソコン教室では教室長がいちばん責任が重い役職です。自分を支えてくださる教室スタッフに自分の感謝の気持ちを一晩かけてじっくりと伝えることができたと報告があり、教室スタッフはパートでありながらこれほどまでにしてくださる会社に感謝の気持ちが湧いてきましたと報告してくださいました。システムや教材開発や加盟校周りのスタッフ、総務や経理スタッフは教室スタッフと会えたことを心から喜んでいました。

当日はご家庭のご事情から参加されなかった本社スタッフにも熱海のお土産を用意してお配りするようにしました。お土産を戴いた本社スタッフから感謝のお言葉を頂きました。教室で勤務しているスタッフ、支社で勤務しているスタッフ、本社で勤務しているスタッフは外から見れば全員本社の従業員(本社スタッフ)です。僕は本社スタッフとしての意識の統一を図りたいといつも思っていました。

いっしょに美味しいものをいただいて、少しはお酒をたしなみ、笑顔になったところで一晩語り明かす。その内容はとても前向きでこの会社の将来のために今できること、自分たちがどのように考え行動するべきなのかといったことでした。ヤル気のないスタッフにはヤル気が芽生え、落ち込んでいたスタッフには元気が、目標のないスタッフには目標が明確になったと報告してくださいました。

2008年7月の業績は2008年6月に引き続き直営教室始まって以来の好業績で、秋からもまた期待できるものとなりました。人が2人以上いればチームワークほど大切なものはありません。チームを思う気持ちがなければどんなに個人技が素晴らしくとも試合には負けます。自分が苦しい時、必ず仲間が助けに来るという確信がなければ頑張り抜けないものです。

総会終了後、ヤル気に満ちた従業員を見て僕と植田専務は仕事の喜びを感じました。僕を社長として植田を専務として就いてきてくださる彼らこそ僕達のいちばんの財産なのだと思わずにはいられませんでした。このすべての人の生活やご家族の生活は僕達の手にゆだねられている。だからこそ、尚一層努力し彼らを必ず幸せにしなければならないと強く決意した瞬間でもありました。


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2008年8月 1日 (金)

感謝を忘れて我が身を滅ぼす 

スーパー女子高生と期待された女子5000m陸上の北京オリンピック出場選手が社会人となってからスランプに苦しみもがきやっと復活を果たしたとき「練習ができる環境があたりまえだと思っていた時は不調で苦しみ、練習ができる環境を与えてくださる多くの人々に感謝するようになってから好成績を収められるようになりました」とコメントしていた。

今の自分は自分の実力だと思い気に入らないことには感情的になって平常心を失くして失敗する人がいる。自分が今いるのは多くの人の支えがあるからだという感謝の念があれば我慢強く平常心を保ち成功するようになる。毎日生きていることすら多くの人に支えられているという事実に気がつかず何事も自分が努力すればなんとかなるという慢心が不幸を招く。

多くの人に支えられていることに甘えてみたり反抗したりしているときは才能の芽は伸びてこない。自分に対して愛情ある人はお世辞ではなく正面から叱ってくれるものだがそれすら憎んでしまう。気がつけば自分の周りには真剣に叱ってくれる人がいなくなっている。功成り名を遂げる人の多くは「多くの人のおかげで今の自分がある」と感謝の言葉が最初に出てくる。

2008 08 01 [心と体] | 固定リンク

2008年7月30日 (水)

お手伝いと自立心

幼い子供は親に甘え、親も甘える子供がかわいいと思う。しかし、反抗期を迎えて親から自立しようとする時期になると子供は親に干渉されることを嫌うようになる。親離れ、子離れの時期になり、それぞれが自分自身の生き方を見直さなければならないようになる。子供は自分の将来を夢見るようになり、友達との付き合いが多くなる。

親の手伝いをしている子供は家族の親の苦労を少しは理解しているので親への感謝を持ち続ける。しかし、お手伝いをいっさいしない子供たちは生きることの基本、挨拶、感謝、料理、掃除などができていないので親への感謝よりも親の干渉に対する反抗心だけが増幅される。勉強以外に強制されず育てられた子供は依存心が強く甘えられなければ憎しみを抱く。

「勉強しなさい」というアドバイスには「お手伝いしなくてもいいから」という条件を親が勝手につけていることが多い。自立しようとしている子供にはお手伝いも勉強もしないという反抗心だけが培われる。「勉強しなくてもいいからお手伝いをしなさい」と言われて育った子供は親への反抗心よりも自立心の方が強くなる。

僕は母親から「勉強なんてあなたの個人的な問題でしょ、でもお買い物は家族みんなが困るのよ。さっさとこれを買ってきて」と言って、勉強よりもお手伝いを優先させた。お手伝いはお付き合いの基本を身につけることができる。僕がどの高校に進学するかどうかなどはおかまいなしで中卒で就職を希望していても何も言わず家の手伝いや挨拶、金銭の授受には厳しかった。

夕方帰宅するとお買い物、家の掃除、洗濯物を取り込んでたたみ、お風呂の用意、料理のお手伝い、手袋の内職の手伝いが日常だった。夜遅く帰宅する父親は酔っ払っているので寝かしつけなければならない。朝は6時から新聞配達、冬休みや夏休みは郵便局でアルバイトをしていたので勉強する時間がない。成績はふるうはずもなかったが親に勉強する時間をくださいと言ったことはない。


2008 07 30 [心と体] | 固定リンク

2008年7月28日 (月)

チャンスは日頃の行いから作られる

「君はすばらしい正社員になってほしい!」「君にすべてを任せたい!」「君を見込んで独立してみないか!」などといったチャンスはある日突然やってくるのではなく日頃の行いを見ている人がその人を評価してチャンスを与えてくれるものだ。つまりチャンスをものにできるかどうかの判断は自分自身ではなく実力者の目なのだ。社会人になれば他人がその人の評価を下す。

実力者は社会に出て仕事をしている人の態度やアイデア、経験や技量、業績や人柄に応じてチャンスを与えるかどうかを判断する。世界企業のヘッドハンティングなどでは個人に対して数億円のもの評価をする場合もある。社会に出てからの経験や業績、知識や技量、人柄などが秀でていると判断したからチャンスを与える。

「お金がないからチャンスがない」「こんな仕事をしていてもチャンスはない」のではなくそう思っているからチャンスがないのだ。資金がなくても真似されないアイデアや実績があれば資金は提供されるし、こんな仕事だと馬鹿にするならさっさと転職するか一生懸命に働くかの選択をしないからこそ実力者の評価を得られないのだ。

今の時代はチャンスに満ちているがチャンスをモノにするには自分を磨き実力者に認めさせなければならないことを忘れ、何の努力もしないで愚痴ばかり言っている私にラッキー・チャンスがやってこないと不満を述べる。成功者と言われる人は人一倍社会に出てから実力を蓄え、誰もが認める実績を作り、実力者の評価を勝ち得ただけなのだ。

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2008年7月26日 (土)

貧乏な子供時代を過ごした成功者達

子供時代に貧乏を経験してきた人で大人になってから成功された方は多い。かくいう僕も子供時代は人一倍貧乏を経験してきた。幼い頃に貧乏を経験すると食べること生きることに必死になり両親に甘えるどころか両親を楽にしてあげたいという気持ちの方が大きくなる。

人はいつかは自立しなければならない。年を重ねるに従って親を頼ることなく親に頼られる存在へと成長していかねばならない。子供時代に貧乏を経験すると自立するという意識が同年代の子供より早くから芽生える。その意識が社会に出ると大きな差となって表れてくる。

30代、40代になっても親を頼る子供が、拗ねて親を困らせる行為を行う。貧乏を経験してきた親にすれば自分の子供には貧乏を経験させたくはないだろう。しかし、何不自由なく生活できたことが子供の自立心を育めなくしているという皮肉がおこってしまう。

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2008年7月21日 (月)

感謝を忘れて我が身を滅ぼす

僕の父は大酒飲みで酔っ払って帰宅して僕や妻に暴力をふるっていた。僕はそんな父が大嫌いだったが、僕が通っている小学校のグラウンドで父の会社の野球大会があり、父がエラーをして社員からバカにされている姿をふと見てしまった。ペコペコ謝っている父の姿を見たのは初めてで、驚きとともに父も人間なのだと思った。

父が家で横暴なのは僕と母が父に冷たい態度で接しているからかもしれないと思った。職場では小さくなって働き稼いだお金で僕たちの生活費を出してくれている。大学に進学したかった父は付き合っている女性が妊娠したので進学を断念して結婚し僕を産み育ててくれた。そのことに対して何の感謝もなく母と僕は生きていることをとても恥ずかしく思った。

大人になってもご両親に感謝できない人は多いが、ご両親はたくさん我慢して子供を育てていることには気がつかない。自分の立場で親の態度を非難するが、親の立場で考えてみようとは思わない。僕の父は仕事で疲れた体で帰宅して僕や母から冷たい態度でいられることが辛かったに違いない。だから、いつも飲み歩き酔っていなければ家に帰れなかったのだろう。

父に感謝し父にたくさんの笑顔を見せるようにしてから父は驚くほど変わった。自分が変われば人は変わる。感謝の心をなくせば人は冷たくなり離れていく。感謝の心を持ち態度で表わせば人は笑顔を見せて寄ってきてくださる。どんなに腹の立つ相手でも腹が立つことを知らずにおこなっているかもしれないと思えるゆとりがなければ自分の幸せは築けない。

2008 07 21 [心と体] | 固定リンク

2008年7月15日 (火)

叱ってくれる人がいるうちが花

叱られて拗ねる態度をとっている人は最初のうちはそれを許してくれるが、長く続くと誰からも相手にされなくなる。叱られるということは叱られることをしたからであって何もしていないのに叱られることはほとんどないだろう。拗ねる前に反省すべきことがあるはずだが、ただ叱られたことに対する怒りだけが収まらず大きな態度に出ることもできずに拗ねている。

拗ねていることで友人知人や家族の人が心配してなだめてくれるが、なだめるのは反省しやすいように動いてくれているということで拗ねている人を褒めているのではない。なだめてくれていることを自分は正しくて叱った相手が悪いんだと思い込んでしまう人がいるが、それはなだめてくれている人の思いとは正反対のことになるのでなだめようとしなくなる。

「そうだよね、~ちゃんはよく我慢したね」などと言ってくれているうちにさっさと反省して前向きに生きていければ人間関係はうまくいくが、無視したり、睨みつけたり、反省なき態度を続けるようになると叱った人からガツンときつい決断を下されるかまったく無視されるのがおちだろう。叱った人の愛情が相手には伝わらずただ拗ねるだけで終わるのはその人の器が小さかったとしか言いようがない。

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2008年7月14日 (月)

人のために動くと書いて働くと読む

「あなたは誰のために働いていますか?」と聞かれれば、「家族のため」「自分のため」と答える人が多いのではないだろうか。でも、入社時の面接では「会社のために何でもします!」などと啖呵を切っていたのではないだろうか。そう言わなければ採用されないだろうと誰もが思う。「自分のために」と言って喜んで採用してくれる会社はそうそうあるものではない。

あるいは「お客様のために働きます」というのはどうだろう。お客様がいちばん喜ぶのは無料なので、飲食は無料、欲しい商品は無料、受けたいサービスは無料にすればいちばんうれしいに違いない。しかし、それでは会社は仕入れ代金も払えないし従業員への給与も支払えないので倒産する。倒産することなく支払いもキチンと行い給与も支払うには代金をお客様から戴かなければならない。

立場を変えて物事を考えれば分かりやすい。「あなたはお手伝いさんを雇うとき、どんな働き方を希望しますか?」もちろん、無給で言われたことを何でもテキパキと行う人を雇いたいに違いない。しかし、給与を支払わなければ誰も来ないし違法だ。また、「今日はすき焼きをしてほしい」と言っても聞き入れてくれないお手伝いさんは欲しいとは思わない。言われたことをやってほしいから雇うのが普通だろう。

つまり、人のために動く=働くとは、雇ってくれた人=経営者のために働くのであって、その対価として給与を戴く(支払う)と考えるのが妥当なことだ。雇ってくれた人のために動けない時は雇用契約違反となり辞職するのがもっとも好ましい解決策となる。働くとは雇ってくれた人のために動くことだというあたりまえの考えが希薄になっている気がする。

2008 07 14 [心と体] | 固定リンク

2008年7月13日 (日)

それぞれの人の器に見合った生き方

親は自分の経験から子供に何度もアドバイスを送るが子供はそれに感謝することはなく疎んじるだけで、アドバイスも頻繁になるとむしろ反発され反抗されるだけとなる。「もっと勉強すれば・・・」などというアドバイスは効果的に効くことはほとんどない。その親も子供の時は親から「もっと勉強すれば・・・」などとアドバイスを受けてうるさい親だと思っていたことだろう。

人はそれぞれ自分の器に合った生き方しかできないものだ。自分はこれでいいと思っているときはこれでいいと思っている器に合った生き方を誰のアドバイスも受け入れずに選択しているものだ。これで良いと思っている生き方がおかしいと気づいたとき自分は不幸だと思って生き方を変えようとする。このときはじめて人のアドバイスに耳を傾けるようになる。

つまり如何なるアドバイスも受け手の人に自分を変えようという意欲がなければ効果的ではないということになる。自分を変えようと思うのは失恋や不合格、不採用など反省しなければならない状況になった時で、このとき人は初めて他人のアドバイスに耳を傾ける。「地獄に落ちて人は変わる」という所以である。今自分は不幸だと思っている人は生まれ変わるチャンスだと思えばいい。

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2008年7月 9日 (水)

僕のストレス解消法

誰だってストレスを抱えていると体調もおかしくなってくる。前頭葉はストレスには弱い、嫌なことはできるかぎり考えないようにするべきだ。ストレスの原因となっていることからできるかぎり離れるようにしておくか、そんなことを考えないで済むように別のことを考えるか行動するかを選ぶようにしている。

ストレスは頭の中でぐるぐる回る性質を持っている。ぐるぐる回っている間に前頭葉を破壊していき何もできない状態にしてしまう。ストレスに対抗するには前頭葉では前向きな事や楽しいことしか考えないことで、スカッとする映画や感動的な映画を観たいなと考え行動したり、楽しい場所に出かけてみたり、友達に嫌なことを話してスカッとするかだろう。

気分をいったん切り替えておくとストレスは先ほどよりも強く意識しなくなる。ジッとして我慢しているとストレスのループがかかり気分はどんどん落ち込んでいくので、さっさと別な楽しいことを考えてさっさと行動することだ。スカッとしてからストレスに向き合い、また気分が悪くなれば別な楽しいことを考えスカッとしてから考え直す。この繰り返しで前頭葉をストレスから守る。

気分がすぐれない時は仕事をしないことだ。僕はストレスを抱えているときは講座の収録はしないでデスクワークに徹している。もっと気分がすぐれない時は2~3時間の休みを取って近くの海に出かけてひとり海水浴を楽しんでいる。しっかりと前向きに取り組める気分にならなければ生徒の方に申し訳ないので収録はしないようにしている。気分転換はとても大切なストレス解消法なのだ。

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2008年7月 2日 (水)

僕の憂鬱

社長である僕の仕事で大切なことは将来を見据えた業務提携や商品開発、各事業部の最高決定の判断など社長にしかできない前向きな仕事がたくさんある。しかし、お客様の不満、自社内の従業員の不満、加盟校の従業員の不満、自社内の幹部社員の不満、加盟校幹部社員の不満、加盟校オーナー様の不満、などが集中してやってくる。企業のトップは叩きがいのある標的で不満をぶつけるにはもってこいだ。

パソコンという便利なツールはこちらの都合にお構いなく日曜・祭日・関係なく24時間体制でやってくるので、僕の仕事は大忙しになる。良い情報は挨拶程度で済ませることができるが、不満はこうはいかない。内容を吟味して社内の過去の取引記録や情報を収集し関係者にお聞きしてお返事を書かなければならないのでたったひとりの対応だけで数日仕事となる。

心身になって考えてくださる方はこちらの返事に寛容の態度で応対してくださるが、自分の都合で書かれている方は返事の内容が気に入らないとさらに追い打ちをかける。「おまえの態度は権力者の横暴だ」という方もいれば、「社長は何も知らないから教えてやった」という方、「恨んでやる」「おまえに言うのは俺ぐらいだろう」という方までいろいろだ。

このために僕の前向きな仕事はどんどん遅れてくる。そこで結論を急いで「僕が嫌なら僕から距離を置かれてはどうですか?」と言うとさらに追い打ちをかけるかのように「おまえは俺を非難するが、何という人でなしだ」とたたみかけられる。いったいどうして欲しいのか分りかねるモノもあれば、何を言ってもどんどんエスカレートする方もいる。組織が大きくなれば風当たりもそれだけ大きくなる。

どうしても納得していただけない場合は、こちらも厳格に対処せざるをえない。世間の常識から逸脱した場合は法的な手段で対処するし、いろいろな方の意見を聞きながら対策を練り上げていかねばならない。顧問弁護士の方と今後の対策を打ち合わせしっかりした対処を行わなければ、前向きな仕事に取り組めない状態になってしまう。こうした方への対応が僕の憂鬱となる。


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2008年6月29日 (日)

物事の二面性を理解できない人は不幸になる

20代、お金で困っているときに父は一銭もお金を出してくれなかった。「酒の好きな奴に酒を断つから最後の酒をくださいと言って酒をやって断った奴はいない。同じようにお金で困っている奴にお金の工面をしても感謝するのはいっときで絶えずお金を要求し、あまりの厚かましさに断ると憎むものだ。稼げる人になれなければおまえは腹を切って死ね。」と突き放された。

自分の息子に「腹を切って死ね」と啖呵を切る父を僕は憎んだ。それが父の深い愛情だと知るのに10年かかった。同じように多額の借財で苦しんでいた知り合いの経営者がいた。返済に苦しむ彼は一生懸命に仕事をしていたが愚痴っぽかった。憐れんだご近所のおばさんがなけなしの800万円を彼に貸してあげた。しかし、彼は返済できずに女と逃げていった。おばさんは烈火のごとく怒って彼を憎んで死んで逝った。

僕は父の言葉が真実なのを目の当たりにした。お金を工面してほしい人は情けをかける人を良い人だと喜び、情けをかけない人をろくでなしと非難する。情けをかけた人は次も情けをかけてくれるものと期待され、断ると最初の人よりも非難され憎まれる。1度は情けをかけてくれたことに感謝したことを忘れてしまう。自分の都合だけで物事判断すると思わぬ落とし穴に陥り不幸になってしまう。


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2008年6月28日 (土)

苦しいは生きてる証し

運動選手は自分の限界以上にトレーニングするそうだ。自分でこれが限界だと思っている地点を過ぎて初めてそのトレーニングは効果を発揮するそうだ。自分で考えている限界がどんどん大きくなっていく。肉体は限界に耐えられるように増強していく。自分の限界に達しないうちにトレーニングを止めれば体力的な成長はないと教えてもらった。

メンタルタフネス(精神的強さ)も同じことで、「もう嫌だ」「誰があんなこと我慢するか!」「もう頑張らない」と思っているときは精神的なトレーニングを積んでいるということだろう。嫌な事に出会うと誰もがそこから逃げ出したくなる。逃げることができなければ無視しようとする。しかし、真正面からその問題にぶつかり乗り越えようとする人だけがメンタルタフネスを身につける。

運動でも精神的な強さでもトレーニングの苦しさから逃げ出せば成長はない。これは自分を鍛えるトレーニングだと自覚しているのか、それとも誰かにやらされていると思うのかでその人の成長は大きく違ってくる。すべてはみずから挑戦すべき課題だと思って挑戦してみることだ。真正面から全力でぶつからなければいつまでたっても問題解決とはならない。

思いっきり叫んだり、思いっきり涙したりすることもあるだろうがそれが生きている証だろう。運動選手だって叫んでいるし涙を浮かべて笑っている。それは自分の限界に絶えず挑戦し続けた者が得る生きている実感なのだろう。精神的な苦痛から目をそむけず、これこそが自分に突きつけられた最高の課題だと思って挑戦し、思いっきり叫び涙すればいい。

2008 06 28 [心と体] | 固定リンク

2008年6月24日 (火)

大義に生きて思うこと

人の生き方には小義、中義、大義とある。小義とは自分のために生きる生き方で他人の幸せなど願う必要がないのでそこそこの生き方で充分だ。自分の満足を求めるとゲームがしたい、テレビが見たいなど我慢しなければならないこと、努力しなければならないことをできる限り避けようとする。諦めや挫折しやすい生き方で大きな満足感はない。

中義に生きるとは家族や会社など自分が属している組織などのために生きる生き方で、最初にこうした生き方をしたいと思うのは恋人を幸せにしたいと思って働いたり努力したりすることで得られる満足だ。恋人ができると自発的にそうした努力を惜しまないがチームや家族や会社といった組織ではかなり意識して行動しなければ中義は保てない。しかし、感謝される満足感は小義に勝る。

大義に生きるとは、庶民や地域や地球といった大きな社会のために生きることで、江戸末期、藩のために生きる武士が中義とすれば、日本のために藩を捨て生きる事を大義と解釈してもいいでしょう。会社のために生きる事を中義とすれば会社が儲かれば二酸化炭素を出し続けても良いではないかという考え方です。もう一歩進んで地球環境のために二酸化炭素を削減する努力を惜しまない企業になろうとすれば大義に生きることになります。

大義に生きると小義を犠牲にしてしまいますし、中義と考えが食い違う場合も起こり得ます。中義で得たチームのために生きることで協調性が出てきます。大義ではさらに生命すべての配慮ができるようになり生命への畏敬の念が芽生えてきます。自分は生きているよりも多くの生命によって生かされているという感覚を持つようになり、中義よりもさらに高い満足感が得られます。

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2008年6月22日 (日)

ビジネスは戦争だ!

会社はひとつの組織で経営者を中心としたチームでライバル企業と戦って勝ち残らなければならない。商品やサービスといった武器を持ちライバル企業と必死になって戦わなければならない。戦略を立てる経営者は軍司令部にあたるし戦略を理解し実行する幹部社員は将校にあたいし幹部社員の部下は兵卒だろう。

戦略を無視して単独行動にでれば部隊は全滅する危険を伴う。軍では軍法会議を行い規律違反者は上官といえども徹底的に糾弾するがそれは部隊が生き残るために必要不可欠だからだ。戦略は全部隊が一丸となって必死に行動することで目的を達成する。誰一人として勝手な振る舞いや手抜きは許されない。

戦う仲間が傷つき死んでいくこともあろうが、仲間を守るためには感傷に浸っている場合ではないことの方が多い。特に上官や指揮官は感傷に浸っていると部隊を全滅させる危険を伴う。退職、転職、解雇、引き抜き、クレームなど部隊のチームワークが乱れそうになることはしょっちゅうだが感情的になってはチームは守れない。

上官や指揮官に求められることは軍司令部がたてた戦略を忠実に守り実行することで批判や無視は許されない。生きるも死ぬも全部隊がいっしょであり、だからこそ鉄壁の団結が求められる。戦う仲間意識が芽生え、戦友のためには自身の命すら危険にさらして守ろうとする。そうでなければ戦争では勝ち残れない。

2008 06 22 [心と体] | 固定リンク

2008年6月21日 (土)

自分を生かす唯一の道

バクテリアをシャーレで培養するとシャーレいっぱいに繁殖して全滅する。生命は自分の都合だけで生きていると欲望のために自分自身を滅ぼすまで欲望のままに生きてしまう。繁殖すること繁栄することを優先すればその先にあるのは自滅だとシャーレの中で朽ちてしまったバクテリアは教えてくれる。

相手のことを思いやり我慢すること(理性)を覚えるようになれば長く繁栄することができる。自然は自分の欲望と相手の欲望のバランスで成り立っているが、肉食動物はむやみに草食動物を食べないし、草食動物はむやみに草花を食い荒らさない。彼ら動物には自然と共存共栄の精神が宿っているように思える。

人間だけがむやみに増殖し朽ち果てるまでの短い繁栄を謳歌しようとする。もともと意識の中にある共存共栄の精神=博愛を忘れたかのように自己都合が優先される。つっぱって、相手を傷つけ、無視したり、横暴な態度をとったり、自分の言い分が正しいと暴言を吐いて相手を傷つける。

人類だけが理性と感情を自分でコントロールすることが許された動物だ。他の動物は自然と理性が働きむやみに他の生き物を殺したりしないしムシャクシャするからと他の生き物を傷つけるようなことはしない。しかし、食物連鎖の頂点に立つ人類は理性を意識しなければ横暴な振る舞いが目立つやっかいな動物だ。

愛情溢れる地球上では、いかなる生命といえども愛情に満ちていなければ自滅する。それは自然の法則なのだろう。元気に生きている生命を食し、自分の命を長らえている人類は他の生命に感謝し自分を抑制し感謝に満ち溢れた行動をとることが自分を生かす唯一の道だ。

2008 06 21 [心と体] | 固定リンク

2008年6月20日 (金)

素直に「ありがとう」と言えなくて…

いつの頃からか「ありがとう」と素直に言えない人が増えてきているように思う。相手の反応が分らないから、言っても感謝されないから、言いたくないから、などといった自分の都合で「ありがとう」と言えなくなっている。相手から受けた好意に対して素直に感謝できないのはとても危険だ。

映画館で大声で話をしている人に注意した人を注意された人が憎しみを込めた眼で睨みつける。決して素直に謝ることはない。まして「注意してくださりありがとうございます」などと言ったという話は聞いたことがない。この場合、話の邪魔をされたことに対する怒りや憎しみに心は満たされる。

周りの人が映画鑑賞をしているので静かにすることがマナーだということに気がつかない。つまり、周りの状況が分かっていないが自分のやっていることを否定されたことに対する怒りだけが心を満たす状況、自己勝手な判断に陥っていることに気がつかないでいる。

自己都合が優先されて周りの状況が呑みこめない人を「場の空気を読めない奴」と言う。「ありがとう」と素直に言えない人はこうした状態に陥っていると判断でき、放置すれば自己勝手な行動が目立つようになるので周りの人が迷惑だと判断して距離を置くので誰も付き合ってくれないようになる。

自分の心を健全に保つためにも人の好意に関しては素直に「ありがとう」と言うようにすべきだろう。「ありがとう」は他人への感謝の言葉ですが、自分の心を磨く言葉でもある。自分磨きができなくなればどんどん退廃していき破滅する。他人への憎しみに包まれて「ありがとう」と言えない人は注意しなければいけない。

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2008年6月14日 (土)

反省すべきはいつも感情的になっている自分にあるものだ

いろいろな場面で人は自分の立場で発言し行動する。遊びに夢中になっている子供が部屋にいて家が火事になっていることに気がついたお父さんは子供を逃がそうとしますが、子供は遊びに夢中で言うことを聞いてくれません。焦るお父さんは子供をぶん殴って部屋から子供を外に連れ出します。家が火事になっていることを初めて知った子供は憎んでいたお父さんに感謝する。

赤字の会社に勤めている従業員はケチでいつも始末してくださいと言っている経営者を嫌っている。安月給なので仕事も手抜きをすることが多くそのたびに経営者が指摘しお互いに険悪な空気になる。「こんな安月給で働けるかバカ!」と思いながらも転職する気はない。経営者が自分の給与を取らないで金融機関を回り親戚からお金を借りて給与を払ってくださっていることに感謝することはない。

有能なプロの選手は監督が使ってくださらないことに腐ってしまってヤル気を失くしプロの世界から脱落していくことが多い。しかし、有能でない選手が地道に努力して才能を開花させ監督が使わざるを得ないほど伸びてくることもプロの世界ではままあることだ。監督の立場からすれば才能ある選手でもチームワークを優先して起用しなければならない。

相手の立場に立って物事を熟慮すれば自分の課題が見えてきます。腹を立てていたことは自分の甘えで、そうしてもらっていることに感謝できていない自分がいたり、もっと周りの状況をよくみるべきなのに自分が見えていることに夢中になっていたり、結論を急ぎ過ぎていたり…あれあれ、それって自分勝手なのかな?と思うことがよくある。反省すべきはいつも感情的になっている自分にあるものだ。

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2008年6月12日 (木)

ピンチの時こそチャンスあり

資源高の2008年、企業業績は悪化し物価は上昇し株価は下がり、不景気観測懸念から気分も沈みがちです。しかし、こうした状況下だからこそ新たなチャンスが生まれるのです。これまでスーパーに卸していた製造メーカーは直販に挑戦しなければ生き残れないでしょうし、コスト高から新たな技術が採用されやすくなり、新たな資源開発も活発になります。

社会構造の激変はその直前にたいへんな不景気を迎えます。今回は石油価格の上昇により電気自動車の開発と販売が前倒しになり、鉄鉱石の上昇によりカーボンファイバーなどへの需要が高まってきています。食糧資源の高騰により減反や休耕田が見直されていますし、肉食から穀物をもっと食べようという変化が見られるようになりました。

人間も堪え難い苦痛をともなう状況に追い込まれて激変します。変わらなければ生きていけない状況こそ成長へのきっかけとなるのは経済の世界と同じです。「不幸は幸福の種」であり多くの人が不幸のどん底を味わった時にやろうと決意したと言われます。経済も人間も追い込まれて初めて生まれ変わるのですから、今が苦しい人ほど成長できます。

2008 06 12 [心と体] | 固定リンク

2008年6月 4日 (水)

自分の殻を破らないと!

「自分の殻を破らないと成長しない!」とよく言われます。自分の殻って何でしょう?営業が嫌いな人は「見ず知らずの他人に笑顔なんかできないし、私だったらそんなことされても相手にしない」と考えるでしょう。しかし、会社からすれば営業できないことで赤字になり倒産するぐらいなら、その社員を教育して営業できるようにしたいですね。

研修係のスタッフは参加している方に「自分の殻を破って笑顔でお客様にお声をかけてみましょう」と言うでしょう。この場合、自分の殻は自分の考えということになります。「そんなことをすればカッコ悪い」という思いが自分の殻です。しかし、カッコつけていると嫌われることってよくありますね。つまり、自分ではカッコいいと思っていることは他人にはカッコ悪いと映っていることが多いのです。

反対に自分ではカッコ悪いと思っているのに他人にはカッコイイと映っていることもよくあります。一生懸命に頑張っていたのに合格しなかった、受賞しなかった、入賞できなかったとき、ひどく落ち込んでしまいますが、見守ってきた人にはそれがとてもカッコよく映ります。「君はとても素敵だったよ!」と言っていっしょに涙してくださる人がいるものです。

自分ではやりたくもないことに果敢に挑戦し遂行する姿を見て誰もカッコ悪いとは思っていません。たとえそれが大失敗だったとしても、人は喜んで受け入れてくれます。自分がカッコ悪いと思っていることに果敢に挑戦してみることで多くの人から感謝され信頼されることはよくあります。ほんとは「カッコ悪いことが、いちばんカッコいいんだ」ってことでしょうね。

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2008年6月 2日 (月)

当たって砕けろ!

仕事の悩みの大半は人間関係だと思います。お互いに気を遣いすぎて疎遠になり憶測だけでストレスをため込んでしまっていることが多いです。解決策はストレスの原因となっている一番気を使っている人に直接ストレスの原因を話す対話を試みることです。つまり「当たって砕けろ!」ということです。

お互いにもっとも避けたい話題ですから最初は硬い表情になりますが、どちらかが無償の愛情を示せば解決します。何があっても何と言われてもどんな態度を取られても相手を受け入れるという強い意志と愛情あふれる態度を貫き通せば時間がかかっても必ず相手は折れてきます。

上司との人間関係、同僚との人間関係、部下との人間関係、お客様との人間関係…どこかで諦めていたりためらっていたり感情的になっていたりしていませんか?気まずい雰囲気をつっくっているのはあなた自身なのですし、解決するのもあなた自身です。

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2008年5月31日 (土)

あなたは何のために働いていますか

再就職面接で「あなたはこれまでの職場で何のために働いていましたか?」と聞かれて「生活のためです」と答えれば採用されないだろう。企業が採用したい人材とは会社の業績をこれまで以上に伸ばしてくれる人で、面接では「会社の業績を向上させるべく働いてきました」と答えなければならない。それで得た収入を生活に使おうが趣味に使おうがそれは個人的な問題で会社としては関知しない領域だ。

会社で働いている人に「企業は従業員に何を期待しているのか?」と聞けば欧米では「企業収益の向上」だと答える。「そのために自分はこの企業に雇われているし、できなければリストラされる」と答えるだろう。企業は利益集団であり、稼いだ収益で従業員の給与を支払い株主に配当を出し次の投資を行っている。赤字の企業はみんなに迷惑をかけるので社会から淘汰される。

成功している企業人はいつも「企業収益の向上のため何ができるのか?いくらの予算でいつ、いかなる方法で、どれほどの収益をもたらすのか?」いつも自分に問いかけている。その挑戦が積み重なって自分を鍛え社会に貢献できる人材となっていく。企業収益向上のために知識を蓄え、スキルを磨き、積極的に技術を磨き営業し、広く出かけて多くの人に会い、お客様に喜ばれる人となる。

2008 05 31 [心と体] | 固定リンク

2008年5月24日 (土)

あなたが僕の子供というだけで幸せです

僕は自分の子供が大好きで、ただ自分の子供でいてくれるだけで幸せだ。学校の成績が如何なるものであってもそれを咎めるようなことはせず、笑顔で子供を受け入れたやりたいと思う。僕が自分の生き方にいつも反省しているように、子供だって人を傷つけたり失敗したり反省することはたくさんあるだろうが、それを責めるのではなくいつもかばってやろうと思う。

家族はどんなときにも助け合う間柄でありたい。どんなに落ち込んでいても虐められても辛いことがあっても親に辛くあたっても反抗的であっても家に帰ればいつも笑顔で迎え入れてやりたい。自分の子供たちの父として生きていることにうれしさと感謝をいつも感じる。お父さんだって失敗し人を傷つけてばかりなんだからただ生きてくれるだけでいい。

2008 05 24 [心と体] | 固定リンク

2008年5月19日 (月)

親を敬う子供が社会で成功する

日本人がブラジルに渡って100年以上、日系ブラジル人が大出世しブラジル経済に大いに貢献しているが、彼らの多くは祖父や祖母、父親や母親が一生懸命に働き、自分たちを学校に行かせてくれたおかげでこうして成功しているのだと異口同音に話している姿を見る。貧しい暮らしの中から子供にだけは学校に行かせてくれたことに感謝し何としても成功して家族に少しでも良い暮らしをさせてあげたいと必死になって勉強してきたことがよく分かる。

1980年代、アメリカにいた僕は若い日本の留学生が遊びに夢中になっている中で、中国人やインド人の留学生が真剣に勉強している姿を見てきた。彼らも同じように家族が懸命に働いてくれているおかげでこうして勉強できていると感謝していた。2008年、中国やインドが伸びてきているが彼らが成長し国家を支える人材となっている。彼らもまた祖父や祖母、父や母に対する感謝の気持ちが人一倍ある。

僕もまた両親に感謝しながら生きてきた。暴力的だった父親で何の資金援助もしてくれなかった父親だった。父をよく知る人の評価が決してよくないのも知っているが実直に働いてきた父親を僕は誇りに思っている。両親がいなければ僕はここにいない。もっとも身近にいる人を愛せない人が社会で成功するとは思えない。社会で成功するには多くの人を愛せるハートが必要だ。

2008 05 19 [心と体] | 固定リンク

2008年5月15日 (木)

やることなすこと気に入らないって?

その人が好きであれば、その人の言動のすべてが好印象で、とても好感を持って受け入れる。ちょっとしたミスでもカバーしたり許してあげることにも嬉しさを感じるほどだ。その人と何かしら関係していると思うだけでワクワクしてくる。その人が嫌いであれば、その人の言動のすべてが悪印象で、嫌悪感を持って受け入れる。ちょっとしたミスでもカバーできず許してあげることもできずに憎悪を感じるほどだ。その人と何かしら関係していると思うだけでムカムカしてくる。こうした二面性が人間にはある。

全く同じ人物なのにある時は好感を持ちあるときは嫌悪感を持ってしまう。その人が何かの原因で変わり印象が変わる場合もあるが、その原因は自分にあることが多い。他人を受け入れる寛容性=器は日常受ける刺激によって大きく変わるので寛容性がなくなってくると感情的になって他人に対して嫌悪感を持ちやすくなってしまう。たとえば毎日嫌なことが続くとチョッとした他人のミスが気になって気分が悪くなってしまう。

あの人は嫌な人だと思ってしまうとき、自分の寛容性が小さくなっていないかと考える。良いことがあると人は嫌なことがあっても平気で過ごせる。楽しい出来事を思い出してみたり、良い思い出になるように努力してみたり、その場を離れて気分を入れ替えたり、つまりはその人との関係を良くしようと考えて実行してみることだ。嫌悪感を抱く前に嫌悪感を抱いている自分を反省してみる。嫌悪感はその人の世界を小さくして不幸の原因となるので避けなければならない。

ストレスが多い毎日の中では他人を受け入れるどころか他人を拒否しがちになる。一方が嫌悪感を持つと必ずお互いに嫌悪感を持ってしまうので好印象を持とうと決意して行動してみることだ。それでも相手が嫌悪感を持ち続けていれば別れていくだろうが寛容性を広げようと努力した人はそれだけ成長する。寛容性の大きさはその方の幸福感を左右し、寛容性が大きい人ほど生きていることも楽しくなる。「何をそんなに私とんがってるの?」って思える自分が大切だろう。

2008 05 15 [心と体] | 固定リンク

2008年5月12日 (月)

人の心を溶かすのは深い愛情

拗ねる(すねる)、妬む(ねたむ)、憎む(にくむ)、反抗するといった感情は自己主張が認められない状態になり、相手を思いやる感情がなくなり、自己実現だけが目的になってしまった時に起こる。激しい怒りやどうしようもない深い悲しみに陥ることで自己防御しようと脳細胞が働く。しかし、感情に振り回される自己防御であって問題の解決策にはならない。

こうした激しい感情を突き抜けると今度はただ生きている自分に感謝できるようになる。どんなに辛いことでも受け入れられる自分を発見した時に、人はもっとも人らしい行動が取れるようになる。すべての生命は他の生命の助けなしには生きていけない。毎日の食事ですら他の生命を皿に盛り頂いている。自分は活かされているひとつの命だと気がつく。

周りの人に感謝し、深い愛情を注げるようになる。拗ねる(すねる)、妬む(ねたむ)、憎む(にくむ)、反抗するといった感情を持っていた自分が恥ずかしくなり自己主張よりも他人主張を受け入れようという気持ちになる。こうした感情の起点となるのがみじかな人の無償の愛情で、無償の愛情をもった人に接することによって人は甦るのだと僕は思う。

2008 05 12 [心と体] | 固定リンク

2008年5月10日 (土)

片思いの力って凄いんだよ

片思いのとき、相手の方が自分の思いを受け入れてくれるように必死になって努力する。気に入られようと高価なモノを買ってプレゼントしたり、手足となってどこにでも行ってあげたり、どんな相談にも応じようとしたり…相手の方が好きになったことでこうした行動を喜んでとるようになる。それを僕は片思いの力と言っている。

片思いの力を恋人に限定せずにいろいろなモノに広げてみてほしい。たとえば仕事に片思いを馳せるとどんなことでも必死になって喜んでやるようになる。仕事に熱中しているので上達も早いしお客様や仕事仲間の信頼も厚い。結果としてその仕事はその方の人生になくてはならないものになり多くの人に認められるモノになっていく。

人間関係に広げてみれば、多くの方が良い人だと褒めてくださるようになり信頼も厚くなる。人の好き嫌いをなくして多くの人を愛して片思いの力を利用すれば、幸福に満ち溢れた人生を過ごしていることに気がつく。人の好き嫌いは自分の器の大きさで、その人の器が小さければ仲の良い友達ぐらいしか受け入れられない。

僕は相手がどうあれその方やモノに片思いをするようにしている。片思いなのでその方やモノには迷惑なこともあろうがどんどんその方のためになると思えることは積極的に努力する。気がつくと僕は多くの方から信頼され感謝されるようになった。こうした幸せはお金や名誉や権力では得られない人間としての最高の喜びだと思えるようになった。

2008 05 10 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 7日 (水)

上意下達と下意上達がなければ遣り甲斐は生まれない

アメリカのAT$T社の製造部門でウエスタン・エレクトリック社がシカゴに持っていたホーソン工場で従業員のヤル気がなくなり欠陥商品が増加して返品の山を築いてしまった。工場長は労働環境をチェックしたが給与面でも福利厚生施設面でもライバル工場より優れていた。報告を受けた経営者は困ってハーバード大学に調査を依頼した。

従業員に聞き取り調査をして、1、従業員全員、自分がやっている仕事の目的を知らない。2、自分たちの仕事が地域社会や会社のためにどのように役立っているのか知らない。3、貢献度や寄与度に応じた評価基準が知らされていない。という結果を得た。つまり、従業員全員が何のために仕事をしているのか全く分からない状態だということに気がついた。

ハーバード大学のメーヨー教授は二つのことが必要だと診断した。ひとつは上から下へのトップダウン(上意下達)もうひとつは下から上へのボトムアップ(下意上達)で、この二つの連絡網がキチンと機能していない=コミュニケーション不足であることが仕事へのヤル気を削いでいることを教えてくれた。不都合な真実であっても上に報告することが大切なのだ。

部下に必要な情報を伝えないでこれだけにしようと制限を加える。上司に現場の情報を制限して伝えるなどということがあった場合、業績は必ず悪化する。僕の会社でもこうした情報操作が行われていたことがある。そのために全員が苦しむ事態に陥ったが、その原因はこうした情報操作だった。面白いことに情報操作している幹部ですらそのことで苦しむという皮肉を生んでいた。

2008 05 07 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 6日 (火)

人と接する幸せ

僕は人と接するのが大好きでテレビを見ているよりも人と話をする方が好きだ。テレビは多くの情報を与えてくれるが人はその人が感じたモノを僕に与えてくれる。人はそれぞれ感じ方が違うのでその人の感じ方を知るとそうした感じ方もあるのかとちょっと不思議な感覚を覚える。多くの人は多くの感じ方を教えてくれるので人との出会いはとっても好きだ。

テレビやパソコンはたくさんの情報を与えてくれるが、時間があれば静かに何もない部屋で明かりもなく音もなくひとりでボーッと深く静かに考える時間が好きだ。そんな時間が考えをまとめてくれるし閃きもある。瞑想というにはおこがましいし熟慮というほど頭を回転させていない。人と会っている時間とひとりでボーっと考えている時間が交互にあって僕は自分を保っているように思う。

2008 05 06 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 4日 (日)

長く生きることより充実した中身が大切

僕の父は死期を悟ってからは心静かにベッドで横になり、妻に「これで最後だからタクシーを呼んで欲しい」と言って病院の先生に痛み止めの注射を打ってもらって永眠した。愛される喜びを感じた日々に感謝して、これ以上病院の治療を続けようとはしなかった。僕や母に遺書を残していたがその内容は感謝にあふれていた。僕は父の死を見て長く生きるよりも充実した生き方が大切なのだと思った。

多くの人のために尽くし、人の愛情を感じ、人に感謝できる生き方こそもっとも大切な生き方なのだろうと思った。たったひとりでも自分を愛してくださる人がいて、その人とともに過ごした日々に感謝できればいつ死んでも悔いはないということだろう。自分と関わる多くの人にできるだけその期待にそえる生き方をしてみようと僕は思った。気がつけば僕は悔いのない日々を過ごしていることに気がついた。

「滅私奉公」とは自分を活かすことだと僕は思う。自分を殺して人のために尽くすことができれば、結局自分を最大限に活かすことになると実感する。若い頃は自分がやりたいことや認められたいことが前面に出て人を傷つけることもあったが、今は他人がやりたいこと、望むことをやらせるように最大限自分が努力することに徹している。

2008 05 04 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 3日 (土)

東広島校 植木博秀さんの体験発表

東広島教室に伺った時、教室に来られていた生徒の方々と教室スタッフの皆さんが僕のために歌を歌って出迎えてくださいました。初めてのことだったので、これにはビックリでした。スタッフの涙の体験談とともに生徒代表の植木さんの体験発表を記載します。


ブンちゃん先生、ようこそ東広島校へおいでくださいました。あの人気の高いブンちゃん先生にお会いすることができるということで、私達は今日のこの日を指折り数えて待っておりました。大変お忙しい中を時間を割いてこの交流会に来て下さったことに心から感謝申し上げます。1時間という短い時間ではありますが、めったにお会いできないブンちゃん先生との心の交流会を有意義に過ごしたいと思っております。私がこの「わかるとできる」教室を知ったのは、平成18年10月に新聞の広告を見たときでした。今どきの会社では、パソコンができるぐらいは常識ではないだろうか、と思い当時77歳でしたが挑戦してみることにしました。

10月17日に入校した時には、尾花由記先生がおられていろいろと説明をしてくださいました。私はワープロで文章を書くぐらいのことしか知りませんでしたので、説明を受けてからパソコンは随分いろいろなことができるんだなあと関心してこれだけいろいろなことができれば人生が豊かに過ごせるかもしれないと意を強くしました。あれから、インストラクターの先生がたもつぎつぎと変わられましたが、今では福重照美先生と前谷夏季先生のお二人の先生に指導を受けております。

両先生ともいつも笑顔で迎えてくださり、生徒たちの為に前向きに一生懸命に指導してくださいます。何度も同じことを聞いても、いやな顔ひとつせず、わかるまで丁寧に教えてくださいます。私たちはいつもこのお二人の先生に「ありがとうございます」と感謝しています。両先生の人柄のよさもさることながら、ブンちゃん先生の教室運営の理念がここでも立派に生きているのだと思います。ブンちゃん先生!どうかこのお二人の先生をほめてあげてください。

私はこの教室に週2回通って1年半になりますが、ワード初級とデジタルカメラ応用編を修了し、エクセル初級講座がもう少しで終わるところです。としを取ると若い頃に比べて物覚えは遅く、忘れるのは早いという情けない状態となりますので、習うスピードはどうしても遅くなります。ブンちゃん先生の教えにあるように「年齢に関係なく挑戦することが大切でそこから道が開けてくる」という言葉に力づけられて、夢と希望を持っていまからもパソコンに挑戦して行きたいと思っています。

次に、ブンちゃん先生のパソコン講座を聞いている時、その合間にパソコンのことだけでなく、人生の生き方について教訓になるいろいろな言葉を解説つきで教えていただきました。これらの教訓は家庭でも職場でも大切にしたいものであり、ブンちゃん先生が大変な苦労をされていろいろな職業を体験され、ついに成功されてその中から生まれたものだけに大変感銘を受けました。私は過去の人生を反省するとともに、これからの人生に活かしていきたいと思っています。

名言の一部を挙げてみますと、「幸福は自ら挑戦して自らの手で勝ち取るものです」「夢と希望を持ちなさい」「他人に与えたことは見返りを期待しない」「感情で対立した時は我慢して自ら折れる」「人を非難しない」「喧嘩をしても相手に逃げ道を作ってあげることが大事です」「苦しい時は逃げないで前を向いて前進する」「精一杯努力する」「何事も年齢に関係なく前向きに挑戦することが大事です」などです。今日は、ブンちゃん先生にお会いできて本当に幸せでした。ブンちゃん先生!どうかますますお元気でこれからも私たちをご指導くださいますようお願いいたします。今日はどうもありがとうございました。

2008 05 03 [心と体] | 固定リンク

2008年5月 2日 (金)

生徒さんとの感謝の思い出


フジグラン東広島校 インストラクター 福重照美

BUNちゃん先生、本日はお忙しい中フジグラン東広島校までお越しくださり、まことにありがとうございます。今回このような場を設けていただき、BUNちゃん先生の前で体験発表をさせていただけることをとても光栄に思います。

東広島校のインストラクターになって約1年4か月が経ちます。とても内容の濃い毎日で、たくさんの生徒さんとの出会いと別れがあり日々学ばせて頂いております。インストラクターの仕事は人の役に立てている!と常に実感でき、今まで経験してきた仕事の中で一番やりがいを感じる仕事です。人から感謝されることの喜びを生徒の皆さんから教えていただきました。本当にありがとうございます。

私は大阪の大学卒業後、兵庫県で訪問販売の営業をしておりました。宅配牛乳の営業で、一軒一軒のお宅に飛び込み営業をしていました。日々・毎月決められた契約目標軒数の達成に向けて業務に取り組んでいました。兵庫県は宅配牛乳の激戦区で営業所もたくさんあり、お客様への営業も激しく、とても嫌われる営業でした。居留守を使われたり、話を全く聞いてもらえなかったり、いらないと言われることがほとんどで、どうやって話をして契約を取るかだけを考えて日々働いていました。仕事のやりがいは契約件数をみんなよりたくさん取ってくることや目標達成をすることでした。お客様の気持ちは一切無視をして行っていたので、人の役に立つことや感謝される喜びは全く感じませんでしたし、それが仕事のやりがいだと知りませんでした。

東広島校のインストラクターになってから本当の仕事の楽しさを知ることができました。私にとってとても大きな出会いでした。この仕事との出会いは東広島に住んでいる従兄の叔母さんからの紹介でした。パソコンの資格を持っていたので活かせる仕事に就きたいと思い探していたところ、紹介してくれました。叔母さんからの紹介がなかったらここで働いていることもなかったと思います。紹介してくださったことにとても感謝しています。

パソコン資格があるといってもインストラクターの仕事は初めてで、最初は全くわかりませんでした。業務に就く前に、生徒の皆さんが受けられるBUNちゃん先生の授業の受講をさせていただいていたので、授業内容は事前に把握することができ、とても心強かったです。しかし、いざ業務に就くとなかなか思うようにはいきませんでした。質問されたことに対してどのようにお答えしたらいいのかわからない。緊張して質問された内容を理解することさえでいないこともありました。

また、フォトショップや水彩講座などまだ私が勉強していない講座を受けていらっしゃる生徒さんからのご質問に答えられず、先輩インストラクターの方に対応していただくことも多々ありました。業務に就きたての頃は先輩の方々にはもちろん、生徒の皆さんにもとてもご迷惑をおかけしていたと思います。うまくお答えすることができなかったり、時間がかかったりしてしまっても、何一つ文句を言わず、私の説明で「ありがとう」と言っていただけた時はとても嬉しい気持ちと今のままではいけないと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。生徒の皆さんのパソコンを身につけたいという頑張りが、私の勉強の励みにもなりました。

インストラクターの業務に就いて最初に嬉しかった思い出は、生徒さんから先生と呼んでいただけたことです。私とお名前が同じ、野尻照美さんという生徒さんがいらっしゃいました。私が業務に就いてすぐのイベントで皆さんの前で自己紹介をさせていただきました。イベント参加者の皆さんもそれぞれお互いに自己紹介をされた時に、野尻さんは「福重先生と同じ野尻照美です。」とあいさつをされました。照れくさかったですが、とてもうれしかったです。そして、まだまだ入りたての私が先生と呼ばれてもいいのだろうかとも思い、不安もありました。しかし、先生と呼んでいただけることに感謝し、責任を持って行動しなければならないと実感した出来事でした。

私自身の初めての入会対応・担任は業務に就いて丸2ヶ月が経った時でした。現在も続けて通ってくださっている、尾辻康博さんです。教室前にいらっしゃったところをお声がけしました。私が、リードしてお話や提案を進めることができず、教室前で二時間ぐらいお話をしました。その後、教室内でまた一時間ぐらいお話をして入会をしていただきました。私にとって初めての入会獲得そして担任でしたが、自分自身納得できない気持ちでした。対応時、何をお話すればいいのかがわからず、ダラダラとお話をしてしまい、私自身、途中から進め方がわからなくなってしまいました。そして、尾辻さんに入会していただくことが申し訳ない気持ちでいっぱいでした。話しに終わりが見えず堂々巡りになっていたので、仕方なく入会してくださったのではないかと思いました。

尾辻さんが帰られた後、りょうこオーナーにこの気持ちを伝えると、「そんな気持ちで尾辻さんの担任になることが、一番尾辻さんに失礼であること。私のことを信用してくれてお金をお支払いして入会してくださったのだから、納得いかないと思うのではなく、責任をもってパソコンを身につけていただくため対応していかなければならない。」と教えてくださいました。納得いかないと無責任な考えを持ってしまった自分がとても軽率で恥ずかしく思いました。

私に、インストラクターとしての自信をつけてくださったのは、佐武基寿さんです。入会された時、パソコン初めてでお家にパソコンもありませんでした。再就職のためにパソコンができるようになりたいと、とても意欲的で前向きな方だと思いました。平日は毎日教室に来てお勉強されました。教室でお勉強されている時にVistaのパソコンを購入されました。ちょうどVistaのパソコンに切り替わった時期でした。パソコン全く初めてで、教室ではXPでお勉強され、お家ではVistaのパソコンで練習をされて、人一倍苦労をされたと思います。しかし、弱音や愚痴は一切はかず毎日ひたむきにお勉強されていました。私は、佐武さんとお会いすることがとても楽しみでした。そして、いつも私の励みになりました。

パソコンでは私が先生ですが、それはパソコンだけでのことで、佐竹さんを始め生徒の皆さんが私にとっては先生であり人生の大先輩です。お話をしたり、ひたむきに頑張られている姿に日々教えられました。私よりはるかにいろんな経験をしてこられているので、言葉の一つ一つにも重みがあります。佐武さんから、継続してやり続けることの大切さ、人に感謝する気持ちを教えていただきました。

インストラクターの業務について、約10か月がたった頃に、戸田雄憲さんとの出会いがありました。現在も通ってくださっており、マンツーマン会員としていつも一緒にお勉強をさせていただいております。私がお渡ししたチラシを見て教室まで来てくださった方です。その時パソコンはお持ちでなく、まったくの初めてでした。知り合いの方がネット株をされていて、自分もやってみたいと興味があったそうです。チラシをお渡しした翌日に教室まで来てくださり入会してくださいました。通い始めて1か月ぐらいが経った頃に、パソコンを購入しようと思うとおっしゃられ、教室でも購入できることをお伝えしました。

お勧めを紹介してと言われ、なるべく安くて最新のパソコンを何台かお勧めしました。その時、私はパソコン本体の性能などについて知識がほとんどなく、調べても違いがあまりよくわかりませんでした。誰もが高いものより安いものの方がいいと思うと勝手に思っており、手頃な価格のパソコンをお勧めしました。パソコンでどんなことをやりたいのかどのようなパソコンがいいのかなど、戸田さんのご要望はまったく聞かず考えず提案をしました。私が調べたパソコンの見積もりをご説明したところ、「商売はお客様のことを考えて自分が自信をもって良いと思えるものを提案しなければならない。この商品は私のために心の底から提案してくれていると思えない。そんな気持ちではダメだ。」と言われました。

言われた時はそこまで言わなくてもとムッとしました。しかし、それは図星で、私の心の中を見透かさせていました。戸田さんからビシッと言っていただき、パソコンの知識がなくパソコン販売から逃げ腰だった私を向き合わせてくださいました。アドバイスしてくださった後に、「私は、このようなこと思っていても本当は人には言わない。教えてくださいと言われない限りしゃべらない。」とおっしゃられました。私のことを思って言ってくださったのだと思い、とてもありがたく感謝の気持ちでいっぱいになりました。その後も戸田さんは現役で働かれていた時の話や子どもの頃の話など、いろいろお話をしてくださいます。若い頃はとてもご苦労をされていたみたいです。昔の話や自分の考えなどご家族の方にも周りの方にもあまりお話しされないそうです。「このような話をするのは、あんたにだけよ。」とおっしゃってくださり、とても嬉しかったです。

ちょうどこの頃、前谷教室長が愛媛から東広島校に転勤して来られました。私よりインストラクター経験も長く、生徒対応や入会対応などとてもすごいと聞いていたので、来られることが決まってから楽しみでした。一緒に働いてみてそのすごさを実感しました。いつでもどんな時でも相手の方のことを考えて生徒さんのことを考えて行動されます。そして自分がしんどい時もしんどそうな顔は絶対にせず、いつも優しい笑顔をされていて本当に素晴らしい人だと思いました。教室長になられてからは、有言実行で考えたことはすぐ実行し、目標は絶対に達成できるように計画をしっかり立ててお話しをされ、本当に尊敬しています。

今回BUNちゃん先生に東広島校へ来て頂くためにたてた「2ヶ月で入会者数30名」の目標は、私は最初、達成できるのか半信半疑でした。簡単に達成できるような数字ではありません。しかし、教室長が絶対に達成できる!と自信を持って言われていたので、私も信じて頑張ろう!と思いました。信じて行動した結果、本当に達成することができ嬉しさと驚きでいっぱいでした。私が、ここまで一生懸命に取り組むことができたのは教室長の目標に向かってのひた向きな行動と自信いっぱいの姿をいつも見せていただいたからです。物事に対して精一杯取り組む姿勢と達成した時の喜びを教えてくださいました。

わかるとできるのインストラクターの仕事を通じて、皆さんから教えて頂くことはとても多いです。この仕事に就いて、人と正面から向きあうことの大切さ、向き合ってともに喜んで悲しんで苦しんで、時には本気でぶつかり合うことの大切さを教えていただきました。人としっかり向き合うことはとてもエネルギーを使います。エネルギーを使いますが、その分日々喜びを感じる量は何百倍も大きいです。生きる喜びを皆さんから教えていただきました。毎日一生懸命パソコンのお勉強をされている皆さんの姿が私の励みです。これからも一緒に頑張りましょう!よろしくお願い致します。

パソコン教室わかるとできるとの出会いがなかったら今の私はありません。わかるとできるを創立してくださったBUNちゃん先生に感謝しております。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願い致します。

2008 05 02 [心と体] | 固定リンク

東広島教室の教室長の前谷さんの体験発表

今日は、東広島教室の教室長の前谷さんの体験発表を載せます。全国ランクインの常連ですが、常連になれた秘訣が生徒の方との心温まる交流だったのだなと感じる発表です。吉村オーナーの教室は3教室ともに全国ランクインしスタッフの皆さんがこうした体験を生徒の方々の前で感涙しながら発表して下さいます。もらい泣きしました。

体験発表の前に、私の自己紹介をさせていただきます。

私は2年前の5月に愛媛県のジャスコ川之江校に入社しました。入社して初めての会社が、このありがとう株式会社でした。入社当初は内気で人とコミュニケーションをとるということが一番苦手でした。次第に「自分にはこの仕事は向いていないんじゃないか」と考えるようになり、辞職を申しでました。でも、社長をはじめ、専務やジャスコ川之江校の教室長はこんな私をこの会社には必要だと言ってくれたのです。その時私は、「もう少し頑張ってみて、それでだめなら辞めよう」と決めました。

それから2カ月程経ち、生徒さんとも距離が縮まり始め、今まで一番苦手だったコミュニケーションが一気に楽しくなり、今では生徒さんとの会話がとても楽しみになりました。その頃、私はこの仕事の楽しさを体感し、自分の居場所はここしかないと思い始めました。それから1年半、愛媛県のジャスコ川之江校でお世話になり、昨年10月に東広島校へ転勤してきました。

東広島校の生徒さんはどんな方がいらっしゃるのか、私を受け入れてくださるのか、という期待と不安がありました。しかし、皆さん笑顔で歓迎してくださり、不安は一気になくなりました。中でも植木さんは私を一番歓迎してくださり、それが何よりも励みになりました。そして、これから一緒に働く福重先生とも早く打ちとけて楽しく仕事をしていきたいと思いました。福重先生は私を実家へ招いてくれたり、教室に早く馴染めるように気を使ってくださいました。福重先生の実家に行かせていただいた時は、お母さんが私の好きな山芋の手料理を沢山用意してくていました。お父さんも隣でお餅を焼いてくれたり、色々お話をしました。おじいちゃんとおばあちゃんもとても親切に私を迎え入れてくださり、すごく温かい気持ちになりました。それからもお母さんが手料理を作って下さったり、私が体調を崩した時は薬を持ってきて下さったりと本当に愛情に溢れたご家族だと思います。その一つ一つの心遣いや思いやりが私にとって心の支えとなっています。

そして今年の2月、BUNちゃん先生に東広島校へ来て頂くための目標を達成するために力を合わせて精一杯がんばりました。福重先生と二人で目標達成するための話し合いを何度も行いました。「絶対にBUNちゃん先生に来ていただいて、生徒さんに喜んで頂きたい!」私たちにはその想いだけでした。それが生徒さんにも伝わったのか、たくさんの生徒さんに応援のお声をかけていただいたり、協力もしていただきました。このような素晴らしい日を迎えることができたのも、皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

東広島校はこれからもっとたくさんの地域の人たちに愛される教室、なくてはならない教室にしていきます。どうかこれからもよろしくお願いいたします。

2008 05 02 [心と体] | 固定リンク

2008年4月27日 (日)

泣いた赤鬼作戦で行こう!

昔々、山影にひとりの赤鬼が住んでいました。やさしい赤鬼は人間と友達になりたいと思っていましたが怖がって誰も近寄ってきてくれません。友達の青鬼は「僕がふもとの村に行ってあばれるから君が助けに来ればいい」躊躇する赤鬼に青鬼は言いました「何か一つめぼしいことを成し遂げるには誰かが犠牲にならなくちゃ」…人間と友達になれた赤鬼は感謝するために青鬼の家に行きました。

青鬼の家の前に1枚の張り紙がしてありました「赤鬼くん、人間たちと仲良くしてください。僕が君と会えば人間は君を疑うので僕は旅に出ます。いつまでも君の友達 青鬼」赤鬼は黙って二度三度とそれを読み、戸に手をかけて、顔を押し付けて、しくしくと、涙を流して泣きました。

子育てに手を焼いている妻に僕は言いました「長女も中学生となり反抗的で、長男が大阪暮らしでいなくなったことでますます君に反抗し乱暴な言葉や態度が目立つようになった。僕が長女を手にかけるから君が長女の助けに入れば、きっと長女は君に心を開くよ」僕は生れて初めて長女を叱り手をかけた「お母さんに感謝するどころか苛めるなんて、なんて奴だ、こらしめてやる!」

泣きながら助けに入った妻は数日して僕に言いました「長女が、お母さん大好きよ!って言ってくれた」僕のことを心配している様子だったので僕は言いました「な~に、家庭ではお母さんをみんなが大好き、お父さんをみんなが避けるぐらいでちょうどいいのさ。」長女はそれ以降、僕とは目線を合わさないようにして黙っていますが、穏やかな態度に変わりました。

2008 04 27 [心と体] | 固定リンク

2008年4月13日 (日)

わかるとできるテーマソング・エピソード たかなしさとし物語 

僕は現在、東京・赤坂にあるポストプロダクション(映像編集・MAを行う会社)に勤めています。僕が今の会社に就職できたのは、BUNちゃん先生のお陰に他なりません。ここに辿り着くまでには、様々な経緯がありました。今回は、そのことについてお話したいと思います。

1984年・僕は、祖父・祖母・両親・親戚の多数が“薬剤師の資格を持つ”という薬剤師家系の長男として誕生しました。そんな僕は当然の如く薬剤師になるよう育てられ、小学時代の文集には「夢は薬剤師になること」と必ず書いていたことを覚えています。

しかし、中学三年生の秋、その夢は何処かへ行ってしまうことに…。体育祭の出し物であるダンスに夢中になり、その魅力にとりつかれてしまったのです。 まぁ、ダンスに夢中になったきっかけは、転校してきた女の子を振り向かせたいという邪な気持ちだったのですが…。その女の子にはもちろん振られました(笑)

これを機に、ダンスを本格的に習いたいという想いが芽生え、地元・仙台でスクールに通い始めることになります。と言っても、このスクールはダンス専門ではなく、平たく言うと“タレント養成スクール”のようなところで、ダンスを習うには、歌と芝居も共に学ばなくてはならないカリキュラムになっていました。それまでカラオケすら行ったことがなかった僕にとって“歌”というものなどは未知の世界。半ば嫌々トレーニングを続けていたのですが、スクール長の「君はいい声を持っている」という一言で、歌にも真剣に取り組んでみようという意欲が湧いてきました。

それからは、ひたすら歌とダンスに明け暮れる日々・・・そして、いつからか“本格的に習いたい”という気持ちは“プロを目指したい”という気持ちに変わっていきました。以後、タレント養成兼、タレント事務所でもあるこのスクールに、一アーティストとして所属、DoCoMo主催のイベント出演や仙台ホテルでのディナーショー、ZeppSendaiでのワンマンライヴ、ラジオパーソナリティーやテレビ出演、インディーズでのCD発売など、数えきれないほどの経験を積み重ねました。

その後、“僕の目指す道はこれしかない”と言わんばかりに、音楽専門学校への進学を決意。一アーティストとして活動を続ける傍ら、そこではソングライターとしての知識を得ようと、コンピューターを使っての作曲技術を学びました。主に学んだソフトはプロツールス。ここでの経験が現在の僕の職に就く原点となります。

さて、無事音楽専門学校を卒業し、いよいよプロのシンガーソングライターとして本格的に活動を開始する!・・・のかと思いきや、僕が就職した先は、某専門学校ダンス科の講師でした。僕のアーティストとしての活動経歴と、以前からダンス指導を行っていたこともあり、他の専門学校の方から声をかけて頂いたのです。今後、音楽活動をしていくに当たって、ダンス講師というのは時間の融通がきく魅力的なものだったので、それならと選択した職業でした。

そうして、アーティスト活動を続けながら、ダンス講師を務め、1年が過ぎた頃、所属しているスクールの移転話が持ち上がり、“専門学校でMacを扱っていた智史になら、任せても大丈夫だろう”というスクール長の一言から、新たなオフィスでの事務の一切を僕に任せてもらえることになりました。二つ返事で承諾してしまったものの、WordやExcelの知識など持ち合わせているはずもなく、初めて扱うWindowsに僕はお手上げ状態。ですが、HPデザインやスクール広告のデザインなどなど、スクール長の期待はとても大きく、その期待に応えるのは当時の僕の力量では到底無理なことでした。

それが悔しくてたまらず、どうにかしてその期待に応えたい!という想いから、パソコン教室へ通うことに。しかし・・・どういった教室に通えば良いものか・・・、そう思った僕の頭にある光景が浮かんできました。それは、近頃妙にイキイキしてきた、母の姿。帳簿をつけるためにパソコン教室に通い始めた母の姿は、今までとは全く違うもので、とても楽しそうに見えました。そのことを母に尋ねると、母は延々と僕に語りだしたのです。現在通っている教室の分かりやすさ、授業料の安さ、そして何より講師の方の素晴らしさについて。母の話を聞いて、僕もそこに通うことに。そう、その教室が何を隠そう、僕の尊敬するBUNちゃん先生が経営する教室『わかるとできる』だったのです!ここで僕は、わかるとできるとの運命の出逢いを果たしました。

いざ、わかるとできるに通ってみると、楽しいの何のって!!『わかるとできる』には本当に沢山の魅力が詰まっていました。

~僕が感じた『わかるとできる』の魅力~

一.授業はDVDを用いたスタイルなので、自分の興味がある分野を重点的に学び、復習することができる
二.授業に出席できない日があっても、DVDスタイルなので、遅れをとることがない
三.BUNちゃん先生がDVD授業の合間に話す小話がとっても面白い
四.授業内容が夢と希望に溢れている

語っても語り尽くせないほどの魅力溢れる、わかるとできる。母をイキイキさせた理由はここにあったのだと確信しました。わかるとできるに通い、苦手だったはずが、いつの間にか大好きになっていたWindows。Word・Excelを使用した重要書類の作成や、スケジュール管理。Photoshopを使っての、CDジャケット・ライブチラシやポスターなどのデザイン。ブログ講座・ホームページビルダー講座で身につけた技術を活かして作成した、スクールHP・アーティストHPなどなど・・・わかるとできるで身についた技術は、即実践として活用できるものばかりだったので、学ぶ楽しさは倍増していくばかりでした!

母と同様、わかるとできるの魅力の虜になった僕は、空いている時間は教室に通いつめるようになりました。こうして、ダンス講師を務めながら、スクールの事務をこなし、アーティスト活動を行いながら、空いた時間は教室に通い始めて約1年が経過―――。寝る間も惜しんで働き続けた僕ですが、振り返ってみると、その年の年収は40万足らずでした。それもそのはず、収入を得られるものはダンス講師のみだったのですから。スクールからの報酬も多少はありましたが、生活の足しになるほどではありませんでした。

ですが、僕はそれでも充実した人生だと感じていたのです。講師として生徒と関わり合うことは非常に楽しいものでしたし、事務の仕事も、今までお世話になったスクール長への恩返しが出来るのだと思うと、この上ない喜びでした。そんな僕の気持ちとは裏腹に、収入が少ない僕に対して、家族の心配は膨らんでいく一方だったようで、見兼ねた母からは「夢を追うのも良いけれど、端くれながらも社会に出て働いているんだから、自分の衣食住くらい、自分自身で賄いなさい」と言われてしまう始末・・・。それならと、僕は今までの日課に、新聞配達を加えることにしました。

新聞配達が加わったことにより、さらに僕は壮絶な日常を送ることになります。毎朝3時半に起床し、2区間の新聞配達を終えた後、専門学校・高等学校でのダンス講師を務め、スクールでは事務行をこなし、空いた時間に教室へ通い、卒業制作に励む専門学校の生徒に付き合い徹夜し、そのまま一睡もせず翌日を迎え再び新聞配達へ・・・。息つく暇もないほど多忙な毎日の連続。将来が見えない不安定な職よりも、資格を取り、安定した職に就いてもらいたいと願う両親との衝突も絶えませんでした。

そうして、社会人3年目を迎えた頃には、年収は250万を越すほどになっていました。ダンス講師としても信頼を勝ち取り、アーティスト活動も充実。正に全てが“上り調子”。そんなとき、事件は突然起こりました―――・・・。
大きなコンサートを一週間後に控えたある日の練習中、僕はアクロバットの着地に失敗してしまったのです。腰に走った激痛。時間が経つほど増していく痛みに耐えきれず、病院に行った僕に、先生から告げたれた言葉は残酷なものでした。

「腰の骨が削れています。身体を酷使し過ぎたことが原因でしょう。これ以上は踊らないようにしてください。」ドクターストップ――――。少しずつ、少しずつ、積み重ねてきた無理に、身体は悲鳴をあげていました。それに僕は気付くことが出来なかったのです。コンサートは腰をかばいながら何とか乗り切ったものの、ダンス講師は辞めざるを得なくなりました。踊ることを生きがいとしていた僕は、これからどうやって生きていけば良いのか・・・大きな収入元、そして未来への希望すら、突然奪われてしまった僕は、目の前が真っ暗になりました。

どうすれば良いか悩む日々。自分が楽しいと思えるもの・・・今の僕に出来ること・・・そうやって必死で考える中、ある答えが浮かんできました。“音楽・映像編集技術を教えられないだろうか”僕は、それまで自分が出演するライブで使用する音楽、ライブなどで撮影した映像を、編集していました。それを仕事にすることは出来ないだろうかと考えたのです。

悩んでいる暇なんて僕にはありませんでした。思い立つと同時に、スクール長に相談し、紹介してもらった専門学校へ自分が編集したDVDなどを持って営業へ―――。スクール長の推薦ならと、面接もそこそこに採用してもらえることになりました。一度沈みかけた僕の心に、明るい光が差し込んだ瞬間でした。そこで僕は、MACを使用した音楽編集の授業と、Windowsを使用した映像編集の授